学位論文要旨



No 120247
著者(漢字) 吉河,智城
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,トモキ
標題(和) ポリオウイルス感染の感受性決定機構の解析
標題(洋)
報告番号 120247
報告番号 甲20247
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2396号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 伊庭,英夫
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

 ポリオウイルス感染の組織特異性:ポリオウイルスはピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属し、急性灰白髄炎(小児マヒ)の原因となるウイルスである。その病原性のモデルは以下のように考えられている。経口感染の後、まず消化管で増殖する。さらに扁桃やバイエル板を介し、血流に侵入しウイルス血症となる。さらにウイルスは中枢神経系に到達し、神経細胞を破壊しマヒなどの発症に至る。ウイルス血症の間に、全ての組織はウイルスにさらされることになるのだが、中枢神経系以外に明確な病変やウイルス抗原が確認される組織はほとんど無い。つまりポリオウイルスの特徴は神経系で選択的に病変を示す点である。神経系で激しく増殖するのに、消化管以外の非神経系では増えにくいという感受性の明確な差が何故生まれるのかは長い間謎のままであった。一方でin vitroではウイルスはほとんどの培養細胞にその由来組織に関係なく感染してよく増殖する。1949年にEndersらがヒト胎児小腸由来の細胞を使ってポリオウイルスの増殖を行った。それ以来多くの初代培養細胞や株化細胞はその由来組織に関係なくウイルスは感染して増殖することがよく知られている。本来はウイルスに対しての感受性を持たない腎臓や、肝臓等の組織由来であっても培養細胞になれば感受性を獲得する。in vivoであれだけ明確に存在した組織特異性がin vitroになると無くなる理由は長い間不明であった。

 感受性の違いを生む因子:ウイルスが感染し増殖をするためには、宿主側が持っている様々な因子が必要となる。今までウイルスの組織感受性の違いは、感染、増殖に必須な因子の発現が、組織によって偏りがあるためだと考えられてきた。逆に培養細胞の場合in vivoでは発現量の低かった因子が、in vitroでの培養という環境の劇的な変化により誘導されてウイルスに対して感受性を獲得するようになると考えられた。ポリオウイルスは、ポリオウイルスレセプター(PVR)に結合後、脱核し細胞内に侵入する。PVRを持たない細胞へは感染しない。その後ウイルスタンパクの合成、ゲノムRNAの複製、ウイルス粒子の形成が行われてウイルスは増殖する。強毒株と弱毒株の中枢神経系での増殖能力を決めている比較的強い決定基は、ウイルスRNAの5'-noncoding regionに存在するinternal ribosome entry site(IRES)にマップされている。IRESはウイルス特異的蛋白合成開始のシスエレメントである。この機構には通常のmRNAの翻訳開始(cap依存性のタンパク合成開始)に必要な因子群以外にIRES trans-activating factors(ITAFs)を必要とすることが判明している。このことより感受性の違いはPVRやITAFsに起因するのではないかと考えられている。1989年にPVRの単離がなされ、トランスジェニック(tg)マウスが作製された。するとマウスはウイルス接種によってヒトの急性灰白髄炎と類似した症状、病変を示した。PVR-tgマウス組織でのPVR発現は感受性組織である神経系では神経細胞に強く発現が見られる。しかし、非感受性組織である腎臓でも糸球体に強い発現がみられた。PVRは感受性の一部を決定する因子だが発現していても感受性を持たない組織があり、これだけでは全てを説明しきれないことがわかった。またITAFsとしてpolypyrimidine tract binding protein(PTB)、La autoantigen、poly(rC)binding protein-2(PCBP-2)などが同定されている。特にPTBは中枢神経系での発現は少なく、代わりに同じ遺伝子ファミリーのneuralcell-specific PTB(nPTB)が高レベルで発現している。ポリオウイルス強毒株のIRESはPTB、nPTBともに利用して効率よくタンパク合成を開始できる。弱毒株のIRESはPTBを利用可能だが翻訳効率は強毒株に劣りさらにnPTBは十分効率よく利用することができないことが明らかになっている。「IRES依存性ウイルストロピズム」の一例である。しかし、非神経系組織にもPVRやITAFsは存在するのでポリオウイルスは増殖できるはずである。そこでウイルスの組織感受性の違いを決定する因子として、PVRやITAFsに加えて別の因子の存在を考える必要があった。

目的及び方法

 我々は、PVR-tgマウスにウイルスを静脈内接種後、各組織中のウイルス量を比較したところ、PVR-tgマウスでは肝臓、脾臓、膵臓において一過性にウイルス量が増えて、その後減少する傾向があることを明らかにしていた。これはPVRによって細胞内に侵入できればウイルスは非神経系組織でも増殖しうること、一過性の増加であることからウイルス増殖に抑制的な因子が非神経系組織には存在していることを示唆している。我々は、その因子は自然免疫ではないかと推測した。また、in vitroにおいてもIFN処理をした細胞にポリオウイルスを感染させるとウイルスの増殖は著しく阻害される。IFN作用のeffecterであるOAS,protein kinase R(PKR)を単独で強制的に発現させた細胞でもEMCVの増殖は阻害されることがわかっている。そこで本研究では、もっともよく研究されている1型IFNに着目し、IFNα/βレセプター(IFNAR)を欠損しているノックアウト(KO)マウスとPVR-tgマウスを交配した。このマウスへのウイルスの病原性の変化を調べた。

実験結果

 組織感受性の違いはIFN応答によって説明できる:I型IFNレセプターをKOしたPVR-tgマウスにウイルスを静脈内接種すると、非標的臓器であった、肝臓、脾臓、膵臓などで脳や脊髄と同等の効率よいウイルス増殖が見られた(図1)。ウイルスは非神経系組織にも潜在的に感染が可能だが、IFN系による防御機構のために十分な増殖ができなかったことを示している。すなわちI型IFN系はポリオウイルス特有の組織感受性を決定している負の制御因子であると結論づけられた。更にこの結果より、通常の非神経系組織はIFN系による防御機構が神経系組織よりも強く働いているのではないかと推測した。そこでwtのPVR-tgマウス各組織のIFN応答に関与する遺伝子群(IFN-stimulated genes(ISGs))の発現をリアルタイム定量PCRによって調べた。その結果、肝臓、腎臓などの非感受性組織では、IFN-βや抗ウイルス作用に関わるeffectorである2',5'oligoadenylate synthetase(OAS)1a等や、IFNの誘導に重要な役割を果たしているregulatorであるRIG-1などISGsの発現が感染前から神経組織に比べて高いレベルで発現しており、さらに感染後の発現量は更に増加した(図2AB)。即ち、ポリオウイルスの非感受性組織は感染前からISGs発現量が比較的高いので、感染に対しすぐに応答してさらなるIFNを誘導して抗ウイルス状態になると思われる。一方で神経系ではeffector,regulatorともに発現量が低くウイルス感染に対する準備ができていないと考えられた。実際にpolyI:Cを中枢神経に接種するとポリオウイルス抵抗性が上昇した。

 in vitroでのウイルス感受性の増加はISGs発現量の低下に起因する:in vitroでほとんどの細胞がウイルス感受性を持つ大きな原因はIFN応答がin vivoの感受性組織の様に弱くなるためではないかと考えた。そこで、PVR-tgマウスの初代培養細胞でのOAS1a等ISGsの発現をリアルタイム定量PCRによって調べた。in vivoではwtのPVR-tgマウス腎臓は感染前から高いレベルでOAS1aを発現しており、感染後更に増加した(図3A)。一方でin vitroの初代培養細胞ではwtのPVR-tgマウス由来であってもISGsの発現量は、I型IFNレセプターKOマウス由来の細胞と同程度の非常に低い発現量であった(図3B)。これらの結果よりin vitroの多くの培養細胞はISGsの発現量が非常に低く、ウイルス感染時に速やかなIFN応答によって抗ウイルス状態になるための準備ができていないことが明らかとなった。このことが由来組織に関係なく初代培養細胞や株化細胞にウイルスは感染して増殖する大きな要因であることが示唆された。事前に細胞にIFNβ処理しておくことでポリオウイルスの抵抗性が上昇したことからもこのことが示唆される。

結語

 今まではPVRやITAFsといったウイルスの複製に直接関与する因子が感受性の決定に重要であると考えられてきた。しかしこれらの発現量に神経組織、非神経組織といった明確な区別はない。したがってポリオウイルスは全身感染を引き起こしても良いはずである。本研究では新たにI型IFN応答系がin vivoの組織においても、in vitroの培養細胞においてもポリオウイルス感染の感受性を決定する重要な負の因子の一つであることを明らかにした。ポリオウイルスの野生株にヒトが自然感染しても、ほとんどが軽微な症状などで終わり発症に至るのは感染したヒトの1%以下である。このことも、IFN応答の効率で、ある程度説明できる可能性があると考えている。PVR、ITAFs、I型IFN応答といった因子が相互に複合的に関与することで、細胞や組織のウイルスに対しての感受性が決定されていると考えられる。

図1 PVR-tg、PVR-tg/InfarKOマウスの各組織でのウイルス量の比較。2x107PFUのMahoney株を静脈接種し、その3日後に各組織を採取してウイルス量をプラークアッセイによって測定した。

図2 PVR-tgマウスのISGsの発現。

PVR-tgマウスの各組織中のOASla(A),RIG-1(B)mRNAの発現量をウイルス感染前と2x107PFUのウイルスを静脈接種した後の経時変化ついてリアルタイム定量PCRを用いて測定した。

図3 PVR-tgマウス及びその腎臓初代培養細胞のISGsの発現量の比較。PVR-tgマウスに2x107PFUのウイルスを静脈接種する前(A左)と後の腎臓中のOASla mRNA量の推移(A右)。PVR-tgマウスの腎臓初代培養細胞にMOI=0.001のウイルスを感染させる前(B左)と後の細胞中のOASlaのmRNA量の推移(B右)

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、神経系特異的な感染を引き起こすポリオウイルス(PV)のin vivo及びin vitroにおける感染感受性決定機構への、I型インターフェロン(IFN)の関与について解析を試みている。具体的には、1.ヒトポリオウイルスレセプター(PVR)を発現するトランスジェニックマウス(PVR-tgマウス)と、IFNα/βレセプターを欠損しているノックアウト(KO)マウスとを交配して作出したマウス(PVR-tg/Ifnar KOマウス)を用いた、in vivoにおけるPVの組織特異的病原性発現機構の解析、2.霊長類由来の株化細胞、及びPVR-tgマウス及びPVR-tg/Ifnar KOマウス由来の初代培養腎、肝細胞を用いた、in vitroにおけるPVの由来組織特異性の消失機構の解析を行い下記の結果を得ている。

1.PVR-tgマウスと、PVR-tg/Ifnar KOマウスを用いて感染実験を行ったところ、本来の標的組織ではない肝や脾等でもPVが効率よく増殖し、PV感染が中枢神経特異的でなくなることを明らかにした。更にPVR-tgマウスにおけるIFN応答を調べると、非神経系組織ではIFN誘導及び抗ウイルス活性を司るIFN-stimulated genes(ISGs)mRNAの発現がPV感染前から見られ、感染後更に誘導されていた。一方神経系組織ではISGs mRNA発現は感染前ではほとんど確認できず、感染後も非神経系組織と比較して十分に誘導されていないことを明らかにした。この実験結果からI型IFNは非標的組織においてPVの増殖を抑制する負の制御因子であると結論した。

2.PVR-tgマウス及びPVR-tg/Ifnar KOマウスの腎、肝の初代培養細胞、ヒト由来株化細胞を用いて感染実験を行った。IFN応答にっいて調べると、PVが効率よく増殖する霊長類由来の株化細胞やPVR-tgマウス由来の初代培養腎細胞では、感染後のISGs mRNAの発現は確認できなかった。一方でPVの増殖効率が悪いPVR-tgマウス由来の初代培養肝細胞では感染後の速やかなISGs mRNAの誘導が観察された。しかし、PVR-tg/Ifnar KOマウス由来の初代培養肝細胞ではPVは効率よく増殖することが明らかとなった。これよりウイルス感受性はIFN応答性の有無によって決定されていることが強く示唆される結果となった。つまり非神経系組織由来の培養細胞がウイルス感受性を獲得する原因には、培養条件とIFN応答の変化が大きな役割を果たしていると結論した。

 以上、本論文はPV感染において、I型IFN応答による自然免疫は、in vivoとin vitro両方において他の因子と複合的に関与しつつ、PV感受性を決定する負の制御因子であることを明らかにした。すなわちPV感受性の決定においてこれまで提唱されてきたPVRの存否やIRES(lnternal ribosomal entry site)の組織特異的活性発現による決定だけでなくIFNに依存した感受性の決定機構が重要であることを示しており、学位の授与に値すると考えられる。

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