学位論文要旨



No 120248
著者(漢字) 柳井,秀元
著者(英字)
著者(カナ) ヤナイ,ヒデユキ
標題(和) 樹状細胞群におけるIRFファミリー転写因子の役割
標題(洋)
報告番号 120248
報告番号 甲20248
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2397号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 高木,智
内容要旨 要旨を表示する

 I型インターフェロン(interferon-α/β;IFN-α/β)は、ウイルスをはじめ、種々の微生物による感染の初期に産生誘導される代表的なサイトカインの1つであり、自然免疫系において様々なIFN誘導遺伝子を発現することにより抗ウイルス活性を発揮することが知られている(Biron2001)。さらに、ウイルス感染時の樹状細胞の成熟に重要な役割を担っていることも示されており、cytotoxic T-lymphocyte(CTL)応答の誘導やB細胞による抗体産生に寄与していることも報告されている(Iwasaki and Medzhitov 2004)。そのため、IFN-α/βは自然免疫応答の活性化のみならず、その後の適応免疫系の活性化を誘導する役割を担っている点でもその重要性は特筆すべきものがある。IFNの産生誘導に関しては、近年の病原体認識機構に関する研究の発展により(Akira and Takeda 2004; Iwasaki and Medzhitov 2004)、Toll-like receptor(TLR)下流でのIFN誘導機構の解析が必要とされている。しかしながら、そのシグナル伝達経路はまだ十分には解明されていない。今回、TLR9サブファミリーであるTLR7およびTLR9を介するシグナルに着目し、その受容体下流でのIFN-α/β遺伝子発現誘導の分子メカニズムの解明を目的として研究を進めた。とくに、ウイルス感染によるIFN-α/β遺伝子の発現誘導に必須因子として知られているIFN regulatory factor(IRF)-3及びIRF-7転写因子に焦点を合わせ、遺伝子欠損マウスを用いたin vivoでの解析を含めて研究を進めた。また、近年、樹状細胞の亜集団として知られている形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cell ; pDC)が、TLR9やTLR7を介してIFN-α/βを高産生することが報告されており(Hochrein,Schlatter et al.2004;Krug,Luker et al.2004;Lund,Alexopoulou et al.2004)、免疫応答での重要性が明らかになりつつある。このような背景のもとで今回の研究はこのpDCにおけるIFN-α/β高産生性のメカニズムの一端を明らかにすることにもつながった。

 まず、TLR9サブファミリーであるTLR7およびTLR9受容体下流の主要なアダプター分子であるmyeloid differentiation factor 88(MyD88)とIRF転写因子との関連性を中心としたシグナル伝達の素過程について解析を進めた。これらの分子の細胞内での局在を調べた結果、MyD88とIRF-7は細胞内で粒状構造を形成し、その局在が一致することが観察され、一方で、MyD88とIRF-3との共局在は認められなかった。また、免疫沈降の実験からもMyD88とIRF-7が共沈し、両者が会合することが示された。さらにMyD88変異体を用いて、MyD88のIRF-7との会合に必要な領域を検討し、IRF-7はMyD88のdeath domain(DD)を介して会合することを明らかにした。次に、MyD88によるIRF-7の活性化を検討する為、HeLa細胞にMyD88及びIRF-7を発現させ、TLR9のリガンドとして知られる、CpGモチーフを含むDNAの一つであるCpG-Aで刺激したところ、IRF-7の核移行が観察され、TLR9-MyD88依存的にIRF-7が活性化されることが示唆された。以上の結果から、MyD88-IRF-7経路を介した新しいIFN-α/βの誘導機構の存在が示唆され、この機構によってpDCで大量にIFN-α/βが誘導されていると考えられた。また、従来知られていたIFN-α/β誘導機購と異なり、この機構にはIRF-3は関与しないことが予想された。これらのことをさらに明確にする為、次にIRF-7及びIRF-3遺伝子欠損マウス由来のpDCを用いて検討した。

 野生型、IRF-3遺伝子欠損マウス及び1RF-7遺伝子欠損マウスに、TLR9、TLR7を介して認識されることが知られている、herpes simplex virus type-1(HSV-1)及びvesicular stomatitis virus(VSV)を感染させ、脾臓からpDCを調製し、IFN-α/βの転写誘導についてRT-PCRにて検討した。その結果、IRF-7遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいてのみIFN-α/βの転写誘導が著明に減弱し、一方で、IRF-3遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいては野生型と変化ない誘導を示した。同様のことは、これら遺伝子欠損マウス由来のpDCをin vitroでCpG-A刺激した際にも認められた。さらに、ELISAによってCpG-A刺激時の産生量について検討した結果、択F-7遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいてのみ、著明な減弱が認められ、IRF-7がpDCでのIFN-α/βの誘導を担っていることがmRNAレベル、蛋白レベルにおいて示された。この時、MyD88遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいてもCpG-A刺激時のIFN-αの産生量が著明に減弱しており、TLR9のシグナルにおいて、MyD88-IRF-7経路によりIFN-α/βが誘導されることが確認された。さらにこのことは、TLR7のリガンドとして知られているpoly(u)刺激においても同様であった。

 IRF-7はIFN-α/βによって誘導され、誘導されたIRF-7によってさらにIFN-α/βが誘導されるpositive feedback機構の存在が、mouse embryonic fibroblast(MEF)の解析から示されていた。IFNAR1遺伝子欠損マウス及びIFN stimulated gene factor3(ISGF3)の構成因子の一つであるIRF-9遺伝子欠損マウス由来のpDCをCpG-A刺激したところ、IFN-αの誘導が著明に減弱し、pDCにおいてもIRF-7を介するpositive feedback機構が機能していることが明らかとなった。

 IRF-7はMyD88のDDを介して会合することが示され、このドメインにはIL-1receptor-associated kinase 4(IRAK4)も会合することが報告されている。そこでIRAK4のMyD88-IRF-7経路への関与を調べる為、IRAK4遺伝子欠損マウス由来のpDcを用いてIFN-α/β誘導を検討したところ、IFN-αの誘導が著明に減弱し、MyD88-IRF-7経路へのIRAK4の関与が示された。また、MyD88下流で機能することが知られているtumornecrosis factor receptor-associated kinase 6(TRAF6)もIRF-7と会合し、この経路に関与することが示唆された。

 IRAK4及びTRAF6はNF-κBの活性化や炎症性サイトカインの誘導に関与することが報告されているが、IRF-7遺伝子欠損樹状細胞における、TLR9刺激時のNF-κB、p38及びJNKの活性化は正常で、IL-6、IL-12などの炎症性サイトカインの産生にも異常は認められず、IRF-7はIFN-α/βの誘導のみに影響していることが示された。

 MyD88-IRF-7経路を介して産生されるIFN-α/βのin vivoでの重要性を明らかにすべく、まずHSV-1感染に対する生存率及び血中へのIFN-αの誘導について検討した。その結果、IRF-3遺伝子欠損マウスは野生型と変化ない生存率、IFN-αの産生量を示す一方、IRF-7遺伝子欠損マウスはHSV-1感染に脆弱で、血中IFN-αの産生量も著明に減弱していた。また、MyD88遺伝子欠損マウスにおいては生存率、IFN-αの産生量は正常であった。これらのことから、HSV-1感染時の血中IFN-αの誘導はMyD88非依存的であることが判明し、一方で、このMyD88非依存経路による血中IFN-αの誘導においてもIRF-7は重要な役割を果たしていた。

 次に、CpG-Aをアジュバントとして用いた時のovalbumin(OVA)に対するCD8+T細胞の応答性について解析した。その結果、IRF-7遺伝子欠損マウス及び砂D88遺伝子欠損マウスにおいて、OVA特異的なCD8+T細胞の応答性が減弱し、野生型マウスからpDCを除いておくことによっても減弱した。IRF-7遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいては、他の炎症性サイトカインの産生等には異常がなかったことと併せて、これらの結果により、CpG-Aをアジュバントとして用いた時のCD8+T細胞の応答性には、pDCにおいてMyD88及びIRF-7が重要であり、恐らくこの経路により産生されるIFN-α/βが重要である可能性が考えられた。

この研究の結果、TLR7およびTLR9下流でMyD88-IRF-7依存性のIFN遺伝子誘導経路が見出された。TLR4の下流でのIFN産生誘導がMyD88非依存性であり、かつIRF3にも依存している一方で、今回見出した経路は、これらとは異なる新しいIFN遺伝子誘導経路であると考えられる。IRF-7がMyD88やTRAF6と会合し、これらの分子依存的に活性化を受けることや、さらに、従来MyD88下流のNF-kBの活性化に関わることが知られていたIRAK4がIRF-7の活性化にも関与し、IFN産生に必須であることが明らかとなった。おそらくTLR9、TLR7直下においてMyD88をはじめとするIRAKsやTRAF6を含む複合体に、IRF-7がMyD88のDDドメインを介してrecruitされることによって、活性化を受け、IFN産生誘導経路を分岐しているものと考えられる。本研究により見出されたMyD88-IRF-7経路によって誘導されるIFN-α/βは、Hsv-1感染時の血中IFN-αの誘導にはほとんど影響せず、血中IFN-αはMyD88非依存経路によって担われていることが示された。MyD88依存、非依存どちらの経路によるIFN-α/βの誘導にもIRF-7は重要な役割を果たしていることが明らかとなった。一方で、pDCにおいてMyD88-IRF-7経路により誘導されるIFN-α/βは、OVAのような抗原特異的なCD8+T細胞の活性化に重要であった。pDCが脾臓やリンパ節においてT細胞領域に存在していることを併せて考えると、局所においてpDCによってIFN-α/βが誘導されることが重要で、MyD88-IRF-7経路によるIFN-α/βは、CD8+T細胞の活性化など適応免疫系において重要な役割を果たしているかもしれないということが考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cell;pDC)における、Toll様受容体(Toll -like receptor;TLR)を介した1型インターフェロン(interferon-α/β;IFN-α/β)の誘導経路を明らかにするため、主にIFN regulatory factor(IRF)遺伝子欠損マウスを含む、種々の遺伝子欠損マウス由来のpDCを用いてTLR刺激時のIFN誘導について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.TLR9サブファミリーであるTLR7およびTLR9受容体下流の主要なアダプター分子であるmyeloid differentiation factor 88(MyD88)とIRF転写因子との関連性を中心としたシグナル伝達の素過程を293T細胞を用いて解析し、免疫沈降の実験からMyD88とIRF-7が共沈し、両者が会合することを示した。さらにMyD88変異体を用いた解析から、IRF7は

MyD88のdeath domain(DD)を介して会合していることを明らかにした。次に、HeLa細胞にMyD88及びIRF-7を発現させ、TLR9のリガンドであるCpGモチーフを含むDNAであるCpG-A刺激によるIRF-7の核移行を観測し、TLR9-MyD88依存的にIRF-7が活性化されうることが示された。

2.野生型、IRF-3遺伝子欠損マウス及びIRF-7遺伝子欠損マウスに、herpes simplex virus type-1(HSV-1)及びvesicular stomatitis virus(VSV)を感染させ、脾臓由来のpDCを調製し、IFN-α/βの転写誘導についてRT-PCRにて検討した結果、IRF-7遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいてのみIFN-α/βの転写誘導が著明に減弱していることが示された。同様のことは、これら遺伝子欠損マウス由来のpDCをin vitroでCpG-A刺激した際にも認められている。

ELISAによってCpG-A刺激時のIFN-αの産生量についても検討し、IRF-7遺伝子欠損マウス由来のpDCにおいてのみ、著明な減弱が認められ、IRF-7がpDCでのIFN-α/βの誘導を担っていることがmRNAレベル、蛋白レベルにおいて示された。さらにこのことは、TLR7のリガンドとして知られているpoly(U)刺激においても同様であった。また、IFNAR1遺伝子欠損マウス及びIFN stimulated gene factor3(ISGF3)の構成因子の一つである1RF-9遺伝子欠損マウス由来のpDCを用いた解析から、IFN-αの誘導が著明に減弱していることが示され、pDCにおいてもIRF-7を介するpositive feedback機構が機能していることを明らかにした。さらに、IRAK4遺伝子欠損マウス由来のpDCを用いてIFN-α/β誘導を検討し、IFN-αの誘導が著明に減弱し、MyD88-IRF。7経路へのIRAK4の関与していることを示した。また、MyD88下流で機能することが知られているtumor necrosis factor receptor-associated kinase6(TRAF6)もIRF-7と会合し、この経路に関与することが示唆された。

3.MyD88-IRF-7経路を介して産生されるIFN-α/βのin vivoでの役割について検討しており、HSV-1感染に対する生存率及び血中へのIFN-αの誘導について解析した結果、RF-3遺伝子欠損マウスは野生型と変化ない生存率、IFN-αの産生量を示す一方、IRF-7遺伝子欠損マウスはHSV-1感染に脆弱で、血中IFN-αの産生量も著明に減弱した。また、MyD88遺伝子欠損マウスにおいては生存率、IFN-αの産生量は正常であった。これらのことから、HSV-1感染時の血中IFN-αの誘導はMyD88非依存的であることが判明し、一方で、このMyD88非依存経路による血中IFN-αの誘導においてもIRF-7は重要な役割を果たしていることが明らかとなった。次に、CpG-Aをアジュバントとして用いた時のovalbumin(OVA)に対するCD8+T細胞の応答性について解析した結果、IRF-7遺伝子欠損マウス及びMyD88遺伝子欠損マウスにおいて、OVA特異的なCD8+T細胞の応答性が減弱し、野生型マウスからpDCを除いておくことによっても減弱することが明らかとなり、CpG-Aをアジュバントとして用いた時のCD8+T細胞の応答性には、pDCにおけるMyD88及びIRF-7が重要であることが示された。

以上、本論文はTLR7およびTLR9下流でのMyD88-IRF-7依存性IFN遺伝子誘導経路を明らかにした。本研究はこれまで未知であった、MyD88依存性のIFN誘導経路を明らかにしたものであり、TLRを介したシグナル伝達経路の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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