学位論文要旨



No 120250
著者(漢字) 泊,泰三
著者(英字)
著者(カナ) トマリ,タイゾウ
標題(和) 膜型マトリックスメタロプロテアーゼ1(MT1-MMP)複合体のプロテオミクス解析
標題(洋)
報告番号 120250
報告番号 甲20250
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2399号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 服部,成介
 東京大学 助教授 泉,友則
 東京大学 助教授 大海,忍
内容要旨 要旨を表示する

 細胞表層には種々のサイトカインやその受容体,細胞と細胞外基質(ECM;Extracellular matrix)を連結する接着分子,細胞同士を連結する細胞間接着分子,これらの活性を制御する膜蛋白質など多様な蛋白質が発現している.これらの表層分子は細胞外の情報を細胞内へ伝達することで,細胞増殖や分化,細胞死や運動性など様々な細胞機能を制御している.近年,これら細胞表層分子はプロテアーゼにより不可逆的な制御を受けることが明らかとなりつつある.細胞表層のプロテオリシスにはECM分解,膜結合型リガンドの放出,接着分子や受容体分子の切断による機能変換などが知られ,主に膜型プロテアーゼが関与する.

 このような表層分子のプロテオリシスを担う膜型メタロプロテアーゼはADAMs(A disintegrin and metalloproteinases)ファミリーおよびMMPs(Matrix metalloproteinases)ファミリーの膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(MT-MMPs;Membrane type-matrix metalloproteinases)が知られている.

 MT1-MMPは基底膜分解酵素であるMMP-2の活性化酵素として同定された膜型プロテアーゼであり,現在まで6種類のヒトホモローグが報告されている.これまでの病理学的解析から,MT1-MMPは肺癌,胃癌や乳癌などの悪性腫瘍で発現が亢進し,癌組織の浸潤先進部に局在が認められている.また,癌細胞株を用いた解析から,MT1-MMPの活性阻害や発現抑制が運動や浸潤能を抑制することから,MT1-MMPを介したプロテオリシスは癌細胞の悪性形質発現に重要な役割を担うと考えられている.

 また,MT1-MMPに関する近年の解析から,1)アクチンと連結したCD44HがMT1-MMPと結合することにより,MT1-MMPが運動先進部位へ局在化すること,2)運動先進部位に局在化したMT1-MMPがホモ多量体を形成して,効率的に前駆型MMP-2を活性型へ変換することやI型コラーゲンへの結合および分解を行うことで,細胞運動能を亢進することが明らかとなっている.これらの報告は,細胞表層でMT1-MMPが他の分子と相互作用を介して,プロテアーゼ活性を発現する新たな調節機構の一端を示すものと考えられるが,癌細胞の表層のMT1-MMP活性に制御的な役割を担う相互作用分子や標的基質に関して,まだ十分に明らかになっていない.したがって,まず癌細胞に発現するMT1-MMPの相互作用分子を明らかにすることは,悪性形質発現に関与する新たなMT1-MMP活性の制御分子や酵素基質への理解に繋がるものと考えられた.そこで本研究では,MT1-MMPに着目して,プロテオミクス解析によりMT1-MMPを含む複合体の構成蛋白質を明らかにすることを目的とした.

 方法として,テトラサイクリン発現誘導系を用いて,FLAG標識したMT1-MMP,対照として,アミノ酸一次配列および機能的にMT1-MMPホモローグであるがMT1-MMPと遠類に位置するGPIアンカー型のMT4-MMPの各MT-MMPsを発現するヒト悪性黒色腫細胞株(A375)を樹立した.これらの細胞株より調製した細胞溶解液の可溶性画分から,発現誘導したFLAG標識MT-MMPsを抗FLAG抗体カラムに結合させ洗浄後,FLAGペプチドで溶出を行い,各MT-MMPsを含む溶出画分を回収した.FLAGペプチド溶出画分に含まれる蛋白質をSDS-PAGEによって分離した後に,銀染色法で検出した.その結果,MT1-,MT4-MMPの発現誘導に依存して,MT1-,MT4-MMPを含む各画分に,それぞれ複数の蛋白質が検出された.

 次に,MT1-,MT4-MMPのFLAGペプチド溶出画分に含まれる蛋白質の同定を試みるため,これらの画分の蛋白質をプロテアーゼ消化して回収したペプチド断片を,ナノ流路系の逆相液体クロマトグラフィーと連結したタンデム質量分析装置(Nano Flow LC/MS/MS)にて解析を行った.独立して複数回のNano Flow LC/MS/MSで解析を行った結果,MT1-MMPを含む画分で161分子,MT4-MMPでは50分子の蛋白質を同定した.そのうちMT1-MMPとMT4-MMPを含む画分に共通の蛋白質は20分子であり,MT1-MMPを含む画分にのみ,既知のMT1-MMP結合分子であるαv,β1インテグリン,CD63やTIMP-3が同定された.

 さらに,MT1-MMPを含む画分で同定した分子がMT1-MMPの複合体を形成する分子なのか調べるため,免疫沈降法で既知のMT1-MMP結合分子であるCD63を含めた9種類の膜蛋白質に関して検討した.その結果,9分子のうち8分子はMT1-MMPと共に免疫沈降することが明らかとなった.さらに蛍光免疫染色法による検討から,それら8分子のうち,4分子(EphA2,5T4 antigen,1L13Rα2 chain,CD63)はMT1-MMPとラッフリング膜領域で共局在が認められた.また,MT1-MMPと共局在を示すEphA2,5T4 antigenはin vitroアッセイ法によりMT1-MMPで限定分解を受けることから,MT1-MMPの標的基質となり得る可能性が示唆された.

 MT1-MMPによって,これら分子が切断された結果,細胞機能に与える影響は今後の検討課題である.また,本研究でMT1-MMPと複合体を形成した膜蛋白質の多くは,既報より癌の悪性化に抑制的あるいは促進的な役割を担うことが明らかになっている.したがって,今後これら分子とMT1-MMPがどのような機能的複合体を形成するのか解析することで,浸潤や運動時に形成される複合体として機能するMT1-MMPの活性制御に応用できる可能性が考えられる.

 また本研究で同定した,機能未知分子を含めた複合体の候補分子を個別に解析することで,細胞表層で行われているMT1-MMPを介した分子間の相互作用が及ぼす細胞機能への影響や癌の悪性形質に関与するMT1-MMPの理解を深めることに繋がるものと期待される.

審査要旨 要旨を表示する

 癌細胞の運動や浸潤過程において、膜結合型マトリックスメタロプロテアーゼ1(MT1-MMP)は細胞外マトリックス分解などの癌細胞膜上で起こるプロテオリシスに重要な役割を担うと考えられている。本研究では、癌細胞において、MT1-MMPがどのような膜分子を標的基質としているのか、また、MT1-MMPがどのような相互作用分子を介してプロテアーゼ活性の制御を受けるのか明らかにすることを目的に、癌細胞株よりMT1-MMPが形成する分子複合体を明らかにする試みにより、下記の結果を得ている。

1.ドキシサイクリン発現誘導システムを用いてFLAG標識したMT1-MMPおよび、対照をMT1-MMPホモローグであるMT4-MMPのそれぞれ発現誘導可能なヒト悪性黒色腫株の樹立を行い、抗FLAG抗体アフィニティー担体カラムを用いてMT1、4-MMPの発現誘導に依存した蛋白質を単離した。これら単離した蛋白質をナノ流路系の逆相液体HPLCと接続した質量分析装置により解析を試みたところ、MT1-MMPで161分子、MT4-MMPでは50分子を同定した。また、CD63、αvインテグリンやTIMP-3など、既知のMT1-MMP結合分子がMT1-MMPで同定した蛋白質の画分に含まれていた。

2.MT1-MMP画分で同定した蛋白質から、9種類の膜蛋白質に関して、MT1-MMP複合体分子の評価を免疫沈降法により解析したところ、9種類の膜蛋白質のうち8分子がMT1-MMPと共沈することが示された。また、蛍光免疫染色法から、8種類の分子がMT1-MMPと共局在することが示された。

3.上記に検討した9種類の膜蛋白質がMT1-MMPにより分解されるのか否か、in vitroアッセイ法にて検討したところ、MT1-MMPにより切断を受ける分子はEphA2や5T4 antigenなど4種類含まれることが示された。

4.本研究で解析した9種類の蛋白質のうち、MT1-MMPと複合体を形成することを確認したInterleukin 13 receptor alpha2、EphA2や5T4 antigenなどの分子は、腫瘍マーカーとして臨床応用が期待されている分子であり、癌の増殖、運動や浸潤などの悪性形質に関与することが明らかとなっていることから、本研究で解析した分子とMT1-MMPの複合体形成が細胞機能に重要な機能制御が行われているものと考えられる。

 以上の結果から本論文は、癌の悪性形質発現に関与する複数の分子がMT1-MMPと複合体を形成する分子として明らかにし、また、EphA2や5T4 antigenなどの分子はMT1-MMPの標的基質となることも明らかにした。本研究により、これまでに個別に解析されてきた癌の悪性形質発現に関連する分子が、癌細胞表層でMT1-MMPと機能的複合体を形成している可能性が示され、本論文は、癌の悪佐形質に関与するMT1-MMPの理解へ重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク