学位論文要旨



No 120252
著者(漢字) 永井,武
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,タケシ
標題(和) 腸管病原性大腸菌のIII型分泌タンパク質EspFの機能解析
標題(洋)
報告番号 120252
報告番号 甲20252
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
内容要旨 要旨を表示する

 腸管病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli;EPEC)は、発展途上国などにおいて現在でも、乳幼児を中心とした重篤な水様性下痢の原因菌として脅威となっている。具体的には、ブラジル、メキシコなど中南米を中心とした地域の乳幼児胃腸炎の患者から、EPECが検出されることが多い。また、EPECは成人においてもしばしば下痢症を引き起こし、日本でも毎年数十件の食中毒が発生している。EPECは主にヒトの小腸上皮細胞に付着する菌であるが、コレラ菌などとは異なり、腸管毒素を産生しない。そのため、EPECによる下痢発症の詳細なメカニズムは未だ不明な点が多い。

 現在までに明らかとなっているEPECの定着機構は以下のようである。まず、小腸上皮細胞に束状線毛(bundle forming pilli;BFP)を用いて付着する。次に、III型分泌装置(Type III secretion sysrem;TTSS)により、エフェクターと呼ばれる一連の機能性タンパク質が宿主細胞に注入される。細胞内に注入されたエフェクターと宿主因子の相互作用により、菌体直下で細胞骨格の再編成とともに台座様の足場が形成され、菌が付着した上皮細胞の微絨毛が破壊される。このような現象は、EPEC感染における病理学的な特徴から、A/E(Attaching and Effacing)傷害と呼ばれている。このA/E傷害を引き起こす一連の遺伝子群は、染色体上に存在する病原性遺伝子塊(pathogenesity island;PAI)の一つであるLEE(Locus of Enterocyte Effacement)にコードされている。LEEは約35kbpのPAIで、41のORFから構成されている。LEEには、TTSSの構成成分、シャペロン、調節因子、エフエクター、付着因子であるインティミンがコードされている。また、新興感染症として近年アメリカや日本で大流行したEHEC(enterohemorrhagic E.coli,0157:H7)や、マウス感受性を示すCitrobacter rodentium(C.rodentium)、ラビット感受性の病原性大腸菌RDEC-1にもLEEは高度に保存されている。EPECやC.rodentiumは、EHECよりも毒性が弱いことから、EHEC感染のモデルとして利用されており、その分子レベルでの感染機構の解析が非常に重要であると考えられる。

 EspFは、1998年にMacNaramaらによって最初に報告された。それによると、EspFは、LEEのなかにコードされているエフェクターの1つであり、TTSSを用いて、宿主細胞内に注入される。また、EspFは菌の付着、侵入、菌体直下のアクチン凝集には影響しないことが報告された。その後、EspFの機能として、感染細胞に細胞死を誘導、すること(Crane et al.、2001)、およびタイトジャンクションを破壊すること(MacNarama et al.2001)が報告された。また、最近、EspFは中間系フィラメントの一つであるサイトケラチン18と結合することが報告されたが、その感染における意義はまだ不明な点が多い。さらに、C.rodentiumのespF欠損株を用いたマウス感染実験の結果、病原性がわずかに低下することが示された。しかし、これらの現象についての詳細な機構や、in vivoでの病原性については依然不明な点が多い。そこで、本研究では、EspFのin vitroおよびin vivoにおける機能を分子生物学的ならびに細胞生物学的手法を用いて解析した。第1章では、EspFの細胞内局在を明らかにし、そこから細胞死を引き起こすメカニズムについて検討した。続いて、第2章では、C.rodentiumを用いて、マウス感染モデルによりEspFの病原因子としての役割を解析した。

 まず、EPECより注入されたEspFの細胞内局在について検討を行った。EPEC野性株をHeLa細胞に感染させ、抗EspF抗体を用いて免疫蛍光染色を行った。その結果、EspFは、ミトコンドリアと完全に一致したことから、EspFはEPECより細胞に注入された後、ミトコンドリアに移行することが明らかとなった。一般的に、ミトコンドリアタンパクの約95%は核染色体にコードされており、その多くは、N末端側にミトコンドリア移行シグナル(mitochondrial targeting signal;MTS)を有する。そこで、EspFにもMTSが存在するかどうかを検証するため、さまざまな長さのEspF-EGFP融合タンパクをCOS-7細胞に発現させ、ミトコンドリア移行能を検討した。その結果、EspFのN末端24アミノ酸とEGFP融合タンパク質(EspF(1-24)EGFP)でも、ミトコンドリアに移行した。しかし、1-23アミノ酸を除いたEspF(24-206)-EGFPでは、全く移行しなかった。また、EspF(6-23)の二次構造を予測した結果、MTSに特徴的な正電荷アミノ酸を含む両親媒性αヘリックス様構造を取ることが示唆された。さらに、EspFのMTSに点変異を導入した結果、16thLeuをグルタミン酸に変換したEspF(L16E)もしくは14thArgと22ndArgをグルタミンに変換したEspF(R14,22Q)は、まったくミトコンドリアには移行しないことが明らかとなった。以上の結果より、EspFのN末端にはMTSが存在し、その移行には16thLeuおよび14th、22ndArgが重要であることが明らかとなった。

 つぎに、espF欠損株(△espF)にpEspFおよびpEspF(L16E)(EspF、EspF(L16E)を発現させるプラスミド)を導入し、EspFによって引き起こされる現象が、ミトコンドリア移行に依存して起きているか否かを検討した。ここで、ミトコンドリアは、その内膜の膜電位(mitochondrial membrane potential,△Ψm)により生体エネルギー物質であるATPを合成するオルガネラであるとともに、細胞の生死を制御している。一方、EspFは細胞死を引き起こすことが報告されているので、細胞死におけるEspFとミトコンドリアの関係について検討を行った。EPEC野性株、△espF、△espF/pEspF、△espE/pESpF(L16E)をHeLa細胞に感染させ、細胞死をLDHアッセイ、および△Ψmの消失をローダミン123(△Ψm依存的にミトコンドリアに取り込まれる蛍光物質)を用いて解析した。その結果、感染による△Ψmの消失、およびそれに続くネクローシス様細胞死は、EspFのミトコンドリア移行能に依存して起きていることが明らかとなった。

 次に、C.rodentiumによるマウス感染モデルを用いて、EspFがミトコンドリアに移行することが、病原性を発揮する上で重要であるか否かを検討した。(以後、C.rodentiumのespFをespFCRとする)まず、EPECと同様、△espFCR、△espFCR/pEspFCRおよび△espFCR/pEspFCR(L16E)を作製した。C3H/HeJマウスにそれぞれ、2×108cfu/headを経口投与し、生存率を求めた(n=10)。その結果、野性株では12日目までに全てのマウスが死亡するが、△espFCRでは90%の生存率であった。また、同様に、△espFCR/pEspFcR感染では20%、および△espFCR/pEspFCR(L16E)では80%の生存率であった。つまり、EspFCRがミトコンドリアに移行することがマウスに対する病原性に必要であることが示唆された。また、大腸に対する定着菌数、粘膜層の肥厚、大腸の重さおよびTUNEL陽性細胞数(死細胞数)などについても、EspFCRがミトコンドリアに移行するこによって増大することも明らかとなった。

 以上の結果をまとめると、i)EspFはミトコンドリアに移行する、ii)EspFはN末端にMTSを有する、iii)EspFがミトコンドリアに移行することで、△Ψmの消失および細胞死が誘導される、iv)in vivoにおいても、EspFがミトコンドリアに移行することが、病原性を発揮する上で重要であることが示された。今後、EspFの機能をより詳細に解析することで、これに基づいた新たな治療法の開発につながるのではないかと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、腸管病原性大腸菌(EPEC)が産生するIII型分泌タンパク質EspFの病原因子として役割を、分子、細胞および個体レベルで解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1)EPECより注入されたEspFの細胞内局在について検討を行った。EPEC野性株をHeLa細胞に感染させ、抗EspF抗体を用いて免疫蛍光染色を行った。その結果、EspFは、ミトコンドリアと完全に一致したことから、EspFはEPECより細胞に注入された後、ミトコンドリアに移行することが明らかとなった。一般的に、ミトコンドリアタンパクの約95%は核染色体にコードされており、その多くは、N末端側にミトコンドリア移行シグナル(mitochondrial targeting signal;MTS)を有する。そこで、EspFにもMTSが存在するかどうかを検証するため、さまざまな長さのEspF-EGFP融合タンパクをCOS-7細胞に発現させ、ミトコンドリア移行能を検討した。その結果、EspFのN末端24アミノ酸とEGFP融合タンパク質(EspF(1-24)EGFP)でも、ミトコンドリアに移行した。しかし、1-23アミノ酸を除いたEspF(24-206)-EGFPでは、全く移行しなかった。また、EspF(6-23)の二次構造を予測した結果、MTSに特徴的な正電荷アミノ酸を含む両親媒性αヘリックス様構造を取ることが示唆された。さらに、EspFのMTSに点変異を導入した結果、16thLeuをグルタミン酸に変換したEspF(L16E)もしくは14thArgと22ndArgをグルタミンに変換したEspF(R14,22Q)は、まったくミトコンドリアには移行しないことが明らかとなった。以上の結果より、EspFのN末端にはMTSが存在し、その移行には16thLeuおよび14th、22ndArgが重要であることが明らかとなった。

2)espF欠損株(△espF)にpEspFおよびpEspF(L16E)(EspF、EspF(L16E)を発現させるプラスミド)を導入し、EspFによって引き起こされる現象が、ミトコンドリア移行に依存して起きているか否かを検討した。ここで、ミトコンドリアは、その内膜の膜電位(mitochondrial membrane potentia1,△Ψm)により生体エネルギー物質であるATPを合成するオルガネラであるとともに、細胞の生死を制御している。一方、EspFは細胞死を引き起こすことが報告されているので、細胞死におけるEspFとミトコンドリアの関係について検討を行った。EPEC野性株、△espF、△espF/pEspF、△espF/pEspF(L16E)をHeLa細胞に感染させ、細胞死をLDHアッセイ、および△Ψmの消失をローダミン123(△Ψm依存的にミトコンドリアに取り込まれる蛍光物質)を用いて解析した。その結果、感染による△Ψmの消失およびそれに続くネクローシス様細胞死は、EspFのミトコンドリア移行能に依存して起きていることが明らかとなった。

3)C.rodentiumによるマウス感染モデルを用いて、EspFがミトコンドリアに移行することが、病原性を発揮する上で重要であるか否かを検討した。(以後、C.rodentiumのespFをespFCRとする)まず、EPECと同様、△espFCR、△espFCR/pEspFcRおよび△espFCR/pEspFCR(L16E)を作製した。C3H/HeJマウスにそれぞれ、2X108cfu/headを経口投与し、生存率を求めた(n=10)。その結果、野性株では12日目までに全てのマウスが死亡するが、△espFCRでは90%の生存率であった。また、同様に、△espFCR/pEspFCR感染では20%、および△espFCR/pEspFCR(L16E)では80%の生存率であった。つまり、EspFCRがミトコンドリアに移行することがマウスに対する病原性に必要であることが示唆された。また、大腸に対する定着菌数、粘膜層の肥厚、大腸の重さおよびTUNEL陽性細胞数(死細胞数)などにっいても、EspFCRがミトコンドリアに移行するこによって増大することも明らかとなった。

 以上、本論文では、EspFは病原因子として必須の因子であり、その機能の発揮にはミトコンドリアに移行することが、in vitroおよびin vivoにおいて重要であることを明らかにした。よって本研究では、EPEC感染における病原性の解明に大きく貢献したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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