学位論文要旨



No 120253
著者(漢字) 藤井,健
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ケン
標題(和) インフルエンザウイルスNS RNA分節のパッケージング・シグナルの同定
標題(洋) Characterization of the Incorporation Signal for the NS Segment of Influenza Virus
報告番号 120253
報告番号 甲20253
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2402号
研究科 医学系研究科
専攻 病因病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 齋藤,泉
 東京大学 教授 伊庭,英夫
内容要旨 要旨を表示する

 インフルエンザウイルスは毎年、冬に流行するのみならず、時に新型ウイルス出現による世界的大流行を起こし、多くの人が犠牲になる。また、最近、話題となっている高病原性トリインフルエンザウイルスは、経済的損失もさることながら、直接ヒトに感染し、ヒトからヒトへの伝播力を持っ新型ウイルスが出現する可能性もある。現行のインフルエンザワクチンでは、抗原性が異なるため、新型ウイルスに対する効果は期待できない。従って、新型ウイルスが出現した場合は抗インフルエンザ薬が重要な役割を担う。現在、作用機序の異なるアマンタジンとノイラミニダーゼ阻害薬が抗インフルエンザ薬として認可されている。アマンタジンはA型インフルエンザウイルスにしか効果がなく、耐性ウイルスが高頻度に出現する。ノイラミニダーゼ阻害薬は、耐性ウイルスが出現しづらいと言われていたが、必ずしもそうではないことが最近明らかとなった。従って、作用機序の異なる抗インフルエンザ薬開発のためのターゲットを同定するために、インフルエンザウイルスの増殖過程を明らかにする必要がある。

 A型インフルエンザウイルスの特徴は、そのゲノムとして8種類のRNA分節を持っていることである。しかし、これらのRNA分節がどのようなメカニズムでウイルス粒子にとりこまれるのかについては未だ充分には解明されていない。これまでに、ウイルスRNAのパッケージング機構に関して2つの仮説が提唱されている。一つは8種類のウイルスRNA分節が共通のパッケージング・シグナルを持ち、分節の種類および数に関係なくランダムに粒子内にパッケージングされ、8種類のRNAが揃ったウイルス粒子が感染性を持つとする説(ランダム説)である。この仮説は、一粒子中に8種類以上のウイルスRNA分節がパッケージングされうることにより支持されている。もう一つは、8種類のウイルスRNAがそれぞれ固有のパッケージング・シグナルを持ち、一つのウイルス粒子に8種類1セットでパッケージングされるとする説(選択説)である。選択説は、defbctive interfbring(DI)RNAセグメント(中央部分が欠損したウイルスRNAで、ウイルス増殖を抑制する)が存在すると、DIRNAセグメントが由来した元々のウイルスRNA分節のパッケージングの効率が低下することから支持されている。それぞれのRNA分節は非翻訳領域と翻訳領域とに分かれており、NS RNA分節のウイルス粒子への取り込みには、非翻訳領域のみで十分であると報告されている。しかしながら、最近、NAとHARNA分節が効率よくパッケージングされるためには、翻訳領域も必要であると報告された。そこでRNA分節パッケージングの全容を解明することを目的として、NS RNA分節のパッケージング・シグナルの解析を行った。

 翻訳領域にGFP遺伝子を挿入した組換えNS RNA(NS-GFP)を発現するプラスミドを各種作製した。これらはそれぞれ異なる長さのNS翻訳領域を持っている。組換えNS RNA、NS以外のウイルスRNA、そして10種類すべてのウイルス蛋白質を細胞内でプラスミドから発現させて、人工的にウイルス様粒子を作製した。得られたウイルス様粒子を細胞に感染させた後、ウイルス陽性細胞の中でGFP陽性細胞が占める割合を求めることにより組換えRNA分節を持つウイルス様粒子の比率を算出した。

 翻訳領域をvRNAの3'と5'側に150塩基ずつ持つ組換えNS RNAを取り込んだウイルス様粒子は、総感染性ウイルスの約60%であったが、翻訳領域をもたない組換えNSRNAを持つウイルス様粒子の割合は、約0.5%であった。一方、3'側に150塩基、5'側に30塩基の翻訳領域を、あるいは3'側に30塩基、5'側に150塩基の翻訳領域を持つ組換えNSRNAを取り込んだウイルス様粒子の割合はそれぞれ約30%であった。ところが、翻訳領域を3'側だけ150塩基もつ組換えNSRNAを取り込んだウイルス様粒子は約20%であったのに対して、5'側だけ150塩基もつ組換えNS RNAを取り込んだウイルス様粒子は約2%であった。また、3'側の始めの30塩基を除いた組換えNS RNAを取り込んだウイルス様粒子は約4%であった。さらに、3'側の翻訳領域の始めの30塩基内に蛋白質のアミノ酸配列には影響を与えないような突然変異を導入すると、ウイルス増殖能が低下した。以上の成績から、NS RNA分節がウイルス粒子へ効率良く取り込まれるためには翻訳領域が必要で、3'側の翻訳領域、特に始めの30塩基が重要な役割をしていることが示唆された。

 次に非翻訳領域のウイルスRNAのパッケージングにおける重要性を明らかにするために、NS RNA分節の非翻訳領域を欠損させ、そのパッケージング効率を解析した。非翻訳領域を持つ組換えNS RNAを取り込んだウイルス様粒子は、総感染性ウイルスの約74%であったが、非翻訳領域の3'と5'側をもたない組換えNS RNAを持つウイルス様粒子の割合は、約1.3%であった。一方、5'側の非翻訳領域を欠損した組換えNS RNAを取り込んだウイルス様粒子は約47%であったのに対して、3'側の非翻訳領域を除いた組換えNS RNAを取り込んだウイルス様粒子は約5.7%であった。以上の成績は、NS RNA分節がウイルス粒子へ効率良く取り込まれるためには翻訳領域の一部も必要であるが、非翻訳領域も重要で、特に3'側の非翻訳領域が重要な役割をしていることが示唆された。

 3'側の翻訳領域の始めの30塩基内(27から56番目)でパッケージング効率に影響を与える部分を詳しく調べるため、27-35番目、36-44番目、45-53番目、48-56番目の4つの領域の9塩基をすべてアデニンに置換したNS-GFP分節のパッケージング効率を比較した。36-44番目、45-53番目、48-56番目の塩基をアデニンに置換したNS-GFP分節のパッケージング効率は、それぞれ37.8%、42.1%、71.9%であった。一方、27-35番目の塩基をアデニンに置換したNS-GFPのパッケージング効率は14.8%と減少したことから、翻訳領域の27-35番目の塩基はパッケージングに重要であることが示唆された。

 NS RNA分節のパッケージングに関与する特定の塩基配列を決定するために、パッケージングに必要な領域をランダムな塩基配列に置換し、その中からパッケージングに重要な塩基配列を抽出する方法(シークエンス・トラップ法)を用いて解析を行った。具体的には、上述の実験で決定したNS-GFP分節のパッケージングに必要な領域を2つの領域(vRNAの塩基16-26番目(非翻訳領域)、塩基27-35番目(翻訳領域))に分け、それぞれの塩基をランダムな配列に置き換えた変異NS-GFPを発現するプラスミドを作製した。また、HAとNSの両方の遺伝子産物(すなわち、HA、NS1、NS2)を産生するHA-NSタンデム分節を発現するプラスミドを作製した。これらのプラスミドを用いてリバース・ジェネティクス法で組換えウイルスを作製し、MDCK細胞に感染させ、プラークを形成させた。GFP陽性プラークからウイルスを回収し、粒子内にトラップされたNS-GFP分節の塩基配列を調べ、ランダムな配列を導入した領域の塩基配列を解析した。16-26番目(非翻訳領域)に関しては12個、27-35番目(翻訳領域)に関しては18個のGFP陽性プラークが得られた。これらのNS-GFP分節のランダム配列を導入した部分を解析した結果、各領域で保存された配列は見られなかった。すなわち、分節が効率よくパッケージングされるためには、特定の塩基配列が重要というのではなく、16-35番目の全体の配列が重要であることが示唆された。

 本研究から、NS RNA分節の効率のよいパッケージングには16・35番目(非翻訳と翻訳領域を含む)の全体の配列が重要であることを明らかになった。これらの塩基配列はNS RNA分節特有のものであることからインフルエンザウイルスのゲノムは選択的に粒子内に取り込まれていると考えられる。また、NS RNA分節のパッケージング・シグナルへの変異導入によりウイルス増殖能が低下したことから、ウイルスゲノムのパッケージング機構は抗インフルエンザ薬の標的に成りうるものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はインフルエンザウイルスゲノム・パッケージング機構の一端を解明することを目的とした。リバース・ジェネティクス法を用いてNS RNA分節のパッケージング・シグナルを解析し、下記の結果を得た。

1.NS RNA分節の翻訳領域欠損変異体のパッケージング効率の解析の結果、NS RNA分節の翻訳領域が本分節のパッケージングに重要であることが示された。また翻訳領域3'側の始めの30塩基が特に重要であることが示された。

2.パッケージングに重要なNS RNA分節の翻訳領域にアミノ酸配列には影響を与えない点変異を導入し、そのパッケージング効率を解析した。その結果、NS RNA分節の長さではなく、特定の領域の塩基配列がパッケージングに重要であることが示された。またこの点変異を導入したNS RNA分節をもつ変異ウイルスをリバース・ジェネティクス法で作製し、その増殖能の解析からNS RNA分節のパッケージング効率の低下は、ウイルス増殖に影響することが示された。

3.NS RNA分節の非翻訳領域欠損変異体の解析の結果、分節特異的な非翻訳領域もパッケージングに重要であることが示された。

4.NS RNA分節変異体の解析からNS RNA分節3'側16-35番目の塩基が(16-26番目:非翻訳領域、27-35番目:翻訳領域)が特にパッケージングに重要であることが示された。この16-35番目の塩基配列をランダムな塩基配列に置換し、パッケージングに必要な塩基配列をウイルスに選択させる実験系(シークエンス・トラップ法)を確立した。本法を用いてトラップされた配列には、保存された塩基は見られなかった。すなわち、NS RNA分節のパッケージングには16-35番目の特定の塩基ではなく、その配列全体が重要であると考えられた。

 以上、本論文ではインフルエンザウイルスNS RNA分節の解析から、NSRNA分節のパッケージング・シグナルを同定した。本研究はこれまで明らかにされていなかった、インフルエンザウイルスのゲノム・パッケージング機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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