学位論文要旨



No 120257
著者(漢字) 谷川,千津
著者(英字)
著者(カナ) タニカワ,チヅ
標題(和) 新規p53標的遺伝子p53RDL1の単離とその機能解析
標題(洋) Identification and functional analysis of a novel p53-target gene,p53RDL1.
報告番号 120257
報告番号 甲20257
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2406号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトの癌の約半数で変異の見られる代表的な癌抑制遺伝子であるp53は転写因子であり、その標的遺伝子を介して細胞周期の停止、アポトーシスの誘導、DNA修復といった様々な機能を発揮する。そして、これら標的遺伝子を複合的に制御することによって、p53は癌抑制遺伝子として機能している。しかし、現在までに、100以上存在すると推測されているp53標的遺伝子の内、まだその半数程しか明らかになっていない。したがってp53の機能の全貌を解明するには、未知のp53標的遺伝子の同定および、個々の標的遺伝子の機能解析が必須である。これら標的遺伝子の解析を通して、発癌機構の解明のみならず、癌の診断や治療へ応用することを最終的な目標とし、研究を行った。

 これまでp53の標的遺伝子の検索方法としてはYeast Enhancer Trap法、Differential Display法等が用いられてきた。本研究の特徴として、p53により発現誘導を受ける遺伝子群を網羅的にスクリーニングするため、cDNAマイクロアレイを利用した点があげられる。変異型p53遺伝子を有する脳腫瘍の細胞株であるU373MGに、正常型p53遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター(Ad-p53)と、対照群としてLacZ遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター(Ad-LacZ)を感染させ、時系列でRNAを回収、これらを標識化してプローブとして利用し、cDNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、コントロールと比較してAd-p53を感染させた系でmRNAの顕著な発現誘導が見られた遺伝子群をp53標的遺伝子の候補として選別し、それらの遺伝子についてRT-PCRを施行することにより、cDNAマイクロアレイの結果を確認した。

 本研究ではその中のひとつであるp53RDL1(p53-regulated receptor for death and life)を新規p53標的遺伝子として単離、機能解析を行った。この遺伝子はp53により発現誘導されるESTのひとつとして選択された。まず、ESTの配列をもとにcDNAライブラリースクリーニングを行い、mRNAの全長および全アミノ酸配列を決定した。その結果、p53RDL1は、C末側にdeathドメインを有する1回膜貫通型タンパク質をコードし、軸索誘導および神経系アポトーシスに重要な働きを持つラットのUnc5H2と高い相同性(アミノ酸配列で92%が一致)を有していることがわかった。また、イントロン1に存在するp53結合候補配列にp53タンパク質が結合することや、reporter assayによりp53依存性に発現が誘導されることが明らかとなり、p53の直接の標的遺伝子あることが証明された。

 アンチセンスオリゴによりp53RDL1の発現を抑制すると、p53依存性のアポトーシスが抑制され、またアデノウイルスを用いたp53RDL1遺伝子導入は、Glioblastoma細胞株に対して顕著にアポトーシスを誘導した。このことから、p53RDL1はp53依存性のアポトーシス誘導に重要な新しい因子であることが推測された。また、このp53RDL1によるアポトーシス誘導には、カスパーゼを介した412残基のアスパラギン酸での切断による活性化が必須であることを証明した。

 さらにこれらのメカニズムを解析するために、p53RDL1がレセプターであることに着目した。まず、p53RDL1と高い相同性を持つラットUnc5H2のリガンドであるNetrin-1のリコンビナントタンパク質を作製した。GST-pull down assayにてp53RDL1とNetrin-1は実際に結合する事、また、その結合によって、p53RDL1の412残基のアスパラギン酸での切断が阻害され、p53RDL1およびp53依存性アポトーシスが顕著に抑制されることを明らかにした。またこの現象は神経前駆細胞を用いた実験においても確認された。

 Netrin-1とそのレセプターは、神経系の発生、分化において、軸策の進展する方向性を決定する際に重要な役割を示すことが知られている。また近年になって、DCCやUNC5HといったNetrin-1のレセプターがdependenceレセプターとして機能し、リガンドの非存在下においてアポトーシス誘導に関与すること、およびNetrin-1がレセプター存在下において癌遺伝子として機能していることが報告された。つまり、Netrin-1とそのレセプターは、細胞を生存させる機能と、細胞死を誘導する機能の両方を、そのリガンドの結合状態によって制御している可能性がある。興味深いことに、P53RDL1もラットUnc5H2と同様Dependence receptorとして機能していた。このことはp53が、p53RDL1の発現誘導を介して、細胞の生死のバランスを決定している可能性を示唆するものである。

 以前よりp53が神経系アポトーシスに重要な役割を果たすことが示唆されていたものの、その詳細なメカニズムは十分に解明されていなかった。今回、Netrin-1がp53RDL1を介して神経系細胞におけるp53依存性アポトーシスを抑制することが明らかとなったことから、p53による軸索誘導関連因子の制御機構の研究が進むことにより、神経系細胞のアポトーシス誘導におけるp53の役割が明らかになるものと考えている。

 現在、p53を用いた遺伝子治療が実際の臨床の場で行われているが、期待していたほどの効果は認められていないという問題がある。その原因の一つとして、p53は様々な機能を発揮する能力を持つため、遺伝子導入によって増殖停止のみをもたらし腫瘍が残存するという現象がある。癌治療法として外来遺伝子導入を考えた場合、p53そのものを用いるよりむしろ、その目的に沿った機能(アポトーシス誘導能)を有する標的遺伝子を導入する方がより効果的ではないかと考えられる。p53の標的遺伝子の単離・機能解析を通して、癌細胞に対し高い治療効果を持つ遺伝子を同定できれば、これまでにない新たな可能性が開けるものと期待される。

 臨床応用という点で、本研究は、p53RDL1遺伝子導入は脳腫瘍に対する新しい治療法の可能性を示唆し、またNetrin-1によるp53依存性アポトーシスの抑制は神経変性疾患・神経損傷などに対する新しい治療法の開発へと発展する可能性を示したものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒトの癌の約半数で変異の見られる代表的な癌抑制遺伝子であるp53は転写因子であり、その標的遺伝子を介して細胞周期の停止、アポトーシスの誘導、DNA修復といった様々な機能を発揮する。本研究は、これら多種多様な遺伝子を複合的に制御することによって癌化抑制能を発揮する、p53の機能の全貌を解明するため、cDNAマイクロアレイを利用し網羅的に未知のp53標的遺伝子群のスクリーニングし、さらに、個々の標的遺伝子の機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.変異型p53遺伝子を有する脳腫瘍の細胞株であるU373MGに、正常型p53遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター(Ad-p53)と、対照群としてLacZ遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター(Ad-LacZ)を感染させ、時系列でRNAを回収、これらを標識化してプローブとして利用し、cDNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、コントロールと比較してAd-p53を感染させた系でmRNAの顕著な発現誘導が見られた遺伝子群をp53標的遺伝子の候補として選別し、それらの遺伝子についてRT-PCRを施行することにより、cDNAマイクロアレイの結果を確認した。本研究ではその中のひとつであるp53RDL1(p53-regulated receptor for death and life)を新規p53標的遺伝子として単離した。

2.ESTの配列をもとにcDNAライブラリースクリーニングを行い、mRNAの全長および全アミノ酸配列を決定した。その結果、p53RDL1は、C末側にdeathドメインを有する1回膜貫通型タンパク質をコードし、軸索誘導および神経系アポトーシスに重要な働きを持つラットのUnc5H2と高い相同性(アミノ酸配列で92%が一致)を有していることがわかった。

3.イントロン1に存在するp53結合候補配列にp53タンパク質が結合し、reporter assayによりp53依存性に発現が誘導されることが明らかとなり、p53の直接の標的遺伝子あることが証明された。

4.アンチセンスオリゴによりp53RDL1の発現を抑制すると、p53依存性のアポトーシスが抑制され、p53RDL1はp53依存性のアポトーシス誘導の重要なmediatorであることが推測された。

5.アデノウイルスを用いたp53RDL1遺伝子導入は、Glioblastoma細胞株に対して顕著にアポトーシスを誘導した。また、このp53RDL1によるアポトーシス誘導には、カスパーゼを介した412残基のアスパラギン酸での切断による活性化が必須であることを証明した。

6.ラットUnc5H2との相同性よりp53RDL1のリガンドと予想される、Netrin-1のリコンビナントタンパク質を作製し、それが生理活性を持つことを示した。GST-pull down assayにてp53RDL1とNetrir-1は実際に結合する事、また、その結合によって、p53RDL1の412残基のアスパラギン酸での切断が阻害され、p53RDL1およびp53依存性アポトーシスが顕著に抑制されることを明らかにした。またこの現象は神経前駆細胞を用いた実験においても確認された。

 以上、本論文は、cDNAマイクロアレイを利用した新規p53標的遺伝子群の網羅的スクリーニングにより単離されたp53RDL1の解析から、この遺伝子がアポトーシス誘導に関与すること、およびリガンドであるNetrin-1の存在・結合によりそのアポトーシス誘導が抑制されることを明らかにした。

本研究は、p53がp53RDL1の発現誘導を介して、細胞の生死のバランスを決定している可能性を示唆するものであり、代表的な癌抑制遺伝子であるp53の機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク