学位論文要旨



No 120259
著者(漢字) 鍵和田,京子
著者(英字)
著者(カナ) カギワダ,キョウコ
標題(和) ストレス応答におけるインターロイキン1の役割
標題(洋) The RoLe of Interleukin-1 in Stress Responses
報告番号 120259
報告番号 甲20259
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2408号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 高木,智
 東京大学 教授 三宅,健介
内容要旨 要旨を表示する

序章

インターロイキン1(IL-1)は炎症や感染などの様々なストレスに応答して産生されるサイトカインの一つである。IL-1のリガンドにはIL-1α,IL-1βおよび内在性のアンタゴニストであるIL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)の3つが存在する。IL-1の生理活性は2つの異なった遺伝子産物であるIL-1αとIL-1βにより媒介され、これらはアミノ酸配列においてわずか25%の相同性しか持たないが、類似の三次元構造をとり、同一の受容体を介してシグナルを伝える。IL-1Raは、IL-1αとβの受容体への結合を阻害するアンタゴニストとして働き、受容体に結合するもののシグナルを全く伝えない。IL-1の受容体についても2種類存在することが知られている。I型受容体(IL-1RI)が細胞内にシグナルを伝えるのに対し、II型受容体(IL-1RII)はIL-1と結合するもののシグナルを伝えない。IL-1がIL-1RIと結合すると、IL-1・IL-1RI複合体が形成され、さらにこの複合体がIL-1Rアクセサリータンパク質(IL-1RAcP)と結合する。この二量体化がIL-1のシグナルを伝達し、NF-kBの活性化などを介して作用する。このようにIL-1は複数のリガンドと受容体を併せ持ち、それらが互いに作用しあうことで、生体内でのIL-1の作用を厳密に制御していると推察される。

 IL-1は広範囲にわたって多様な生物活性を示すことが明らかにされている。たとえば、IL-1は急性期炎症反応のメディエーターとして、TNFやIL-6とともに重要な役割を果たしている。感染などにより単球やマクロファージ、好中球などからIL-1が放出されると、発熱や急性期タンパク質が誘導され、炎症反応が引き起こされる。また、IL-1は抗原やマイトジェンの存在下でIL-2を分泌させ、IL-2レセプターの発現を増大させることにより、T細胞を活性化させる。また、IL-2、IFN-γ、IL-6などのサイトカインの産生を促進したり、サイトカイン遺伝子発現を増加させるなどして、免疫反応の調節を行っていることが既に知られている。

 また、IL-1は単球、好中球、マクロファージといった免疫系細胞だけでなく、ミクログリア、アストロサイト、血管内皮細胞といった中枢神経系細胞からも産生されることが知られている。IL-1の受容体はヒト・マウスともに脳内に多く存在しており、たとえば、海馬、視床下部、大脳皮質、血管上皮、小脳などに局在していることが報告されている。このことから、IL-1は、末梢だけでなく中枢に直接作用し、免疫系・神経系・内分泌系など広範囲な機能に関与することで、生体防御・恒常性の維持に重要な役割を果たしていると考えられているが、中枢におけるIL-1の機能についてはいまだ不明なことが多い。

 本研究では、まず第一章に「IL-1と発熱」として、発熱物質末梢投与による炎症性ストレスに伴う発熱機構における脳内IL-1の役割について解析した結果をまとめた。また第二章に「IL-1と行動・情動」として、ストレス反応性に脳内に産生誘導されることが知られているIL-1とうつ様行動の関連を検討した結果をまとめた。以下に、それぞれの章の要約を記述する。

第一章 「IL-1と発熱」

 IL-1は炎症性サイトカインの1つとして知られており、末梢投与、脳室内投与ともに発熱、食欲不振、体重減少、下垂体・副腎皮質系の活性化、徐波睡眠の変化、社会性行動の変化などの中枢を介した様々な効果をもたらすことが知られている。炎症モデルの1つであるバクテリアのリポ多糖(LPS)投与では、IL-1のmRNAおよびその遺伝子産物は、末梢で増加するのみならず、視床下部を含む脳内においても増加する。また、IL-1の受容体は脳内で広範囲に発現誘導されることが明らかになっている。既に、生体内でのIL-1の多様な働きを明らかにするために、IL-1α/β両遺伝子欠損マウスが作成され、このマウスがテレピン油の後肢投与による局所炎症モデルにおいて発熱反応に対して抵抗性を示すことが示され、局所炎症反応による発熱に対してIL-1が末梢・中枢間の主要なメディエーターであることが明らかにされた。一方、脳内IL-6と、Cox-2によって合成されるPGE2も発熱誘導に重要な役割を果たしていることが知られている。しかしながら、炎症時に末梢で産生されたIL-1がこれらの発熱関連分子とともに発熱反応を引き起こすメカニズムについては、いまだ明らかになっていない。よって本研究では、とくに、IL-1α誘導型発熱機構における脳内の内在性IL-1の役割、そして、温度感受性ニューロンを活性化する脳内シグナルカスケードについて明らかにすることを目的とした。

 野生型マウス、IL-1α/β欠損マウス、IL-6欠損マウスを用いてIL-1α誘導型発熱実験を行った結果、IL-1α/β欠損マウスでも野生型マウスと同様に発熱反応を誘導できることがわかった。つまりこの結果は、脳内IL-1の産生は必ずしもIL-1α誘導型発熱反応には必要ではないということを示唆している。一方、同実験において、IL-6欠損マウスは発熱反応を全く引き起こさなかった。このことから、I-L6はIL-1α誘導型発熱機構において必要不可欠であることが確認された。次に、IL-1α誘導型発熱時におけるIL-6、IL-1α、IL-1β、Cox-2の経時的発現量をノーザンハイブリダイゼーションによって調べた結果、脳内でのCox-2はIL-1α投与後1.5時間に強く誘導されたが、IL-6の発現は投与後3時間に強く誘導されることがわかった。また、IL-6欠損マウスにおける脳内でCox-2の発現誘導は、野生型マウスと違いが見られなかった。つまり、脳内Cox-2の発現誘導は脳内IL-6の有無に影響を受けていないことが明らかになった。さらに、Coxの阻害剤であるインドメタシンを投与することで、IL-1末梢投与後の脳内IL-6の誘導を完全に阻害することができた。

 以上の結果から、IL-1α誘導型発熱においては、脳内IL-1は必ずしも必要ではないこと、そして、IL-1α誘導型発熱における脳内カスケードは、IL1α→Cox-2→PGE2→IL6であることが示唆された。血中のIL-1がCox-2を活性化し、結果としてPGE2が脳内のIL-6を誘導することで発熱が引き起こされる、というIL-1α誘導型発熱反応のメカニズムの1つが明らかになった。

第二章 「IL-1と行動・情動」

 IL-1は、免疫系だけでなく、神経系・内分泌系を調整しており、物理的、心理的ストレスに対する生体防御機構の主要なメディエーターの一つである。IL-1の受容体は、海馬、視床下部、小脳、大脳皮質、嗅球など脳内各所に局在することが知られており、IL-1の中枢神経系における様々な役割が示唆されている。これまでに、脳内IL-1とモノアミン、そしてうつ症状の関連を示す研究が数々報告されている。しかしながら、内在性のIL-1がうつ病の発症に決定的な役割を果たすかどうかについてはいまだ明らかにされていない。よって、本研究では、IL-1Ra欠損マウスを用いて、行動遺伝学的手法により、内在性IL-1の過剰シグナルがマウスの行動・情動に与える影響について検討することを目的とした。

 マウスの行動解析の結果、IL-1Ra欠損マウスは、うつ状態を反映しているとされている強制水泳テストにおける不動時間が野生型マウスに比べて長いことがわかった。このマウスに抗うつ薬を慢性投与すると、不動時間の減少が見られた。また、うつ状態にはなんらかの睡眠異常が伴うことが指摘されているが、IL-1Ra欠損マウスの睡眠を観察したところ、IL-1Ra欠損マウスは野生型マウスに比べて入眠潜時が長い、つまり寝付きが悪いなど睡眠状態に異常があることがわかった。さらに、このマウスの脳内モノアミンに異常が見られるかを調べた結果、IL-1Ra欠損マウスは海馬、幹脳、線条体におけるセロトニンの枯渇化、そして海馬のみにおけるセロトニン代謝産物の枯渇化などが観察された。また、海馬と視床下部そして幹脳におけるセロトニンの代謝異常、そして海馬のみにおけるノルアドレナリンの代謝異常が観察された。そして抗うつ薬であるセロトニン再取り込み阻害剤を投与することにより、このセロトニンの代謝異常は改善し、これに伴い強制水泳での不動時間も減少することがわかった。

 これらの結果から、内在性IL-1の過剰シグナルは、モノアミン関連性のうつ病発症に重要な役割を果たしていることが明らかになった。IL-1Ra欠損マウスは、一つのうつ病様モデルマウスであると考えられ、抗うつ薬の開発やうつ病のさらなる研究に有用なツールとなりうることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は諸々のストレス応答におけるIL-1の役割を明らかにするために、IL-1familyの遺伝子操作マウスを用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 第一章「IL-1と発熱」では、発熱物質末梢投与による炎症性ストレスに伴う発熱機構における脳内IL-1の役割について解析した。

1.野生型マウス、IL-1α/β欠損マウス、IL-6欠損マウスを用いてIL-1α誘導型発熱実験を行った結果、IL-1α/β欠損マウスでも野生型マウスと同様に発熱反応を誘導できることがわかった。つまりこの結果は、脳内IL-1の産生は必ずしもIL-1α誘導型発熱反応には必要ではないということを示唆している。一方、同実験において、IL-6欠損マウスは発熱反応を全く引き起こさなかった。このことから、IL-6はIL-1α誘導型発熱機構において必要不可欠であることが確認された。

2.IL-1α誘導型発熱時における1L-6、1L-1α、1L-1β、Cox-2の経時的発現量をノーザンハイブリダイゼーションによって調べた結果、脳内でのCox-2はIL-1α投与後1.5時間に強く誘導されたが、1L-6の発現は投与後3時間に強く誘導されることがわかった。また、IL-6欠損マウスにおける脳内でCox-2の発現誘導は、野生型マウスと違いが見られなかった。つまり、脳内Cox-2の発現誘導は脳内IL-6の有無に影響を受けていないことが明らかになった。

3.Coxの阻害剤であるインドメタシンを投与することで、IL-1末梢投与後の脳内IL-6の誘導を完全に阻害することができた。

 以上の結果から、IL-1α誘導型発熱においては、脳内IL-1は必ずしも必要ではないこと、そして、IL-1α誘導型発熱における脳内カスケードは、IL-1α→Cox-2→PGE2→IL-6であることが示唆された。血中のIL-1がCox-2を活性化し、結果としてPGE2が脳内のIL-6を誘導することで発熱が引き起こされる、というIL-1α誘導型発熱反応のメカニズムの1つが明らかになった。

 第二章「IL-1と行動・情動」では、ストレス反応性に脳内に産生誘導されることが知られているIL-1とうつ様行動の関連を解析した。

1.マウスの行動解析の結果、IL-1Ra欠損マウスは、うつ状態を反映しているとされている強制水泳テストにおける不動時間が野生型マウスに比べて長いことがわかった。このマウスに抗うつ薬を慢性投与すると、不動時間の減少が見られた。

2.うつ状態にはなんらかの睡眠異常が伴うことが指摘されているが、IL-1Ra欠損マウスの睡眠を観察したところ、IL-1Ra欠損マウスは野生型マウスに比べて入眠潜時が長い、つまり寝付きが悪いなど睡眠状態に異常があることがわかった。

3.このマウスの脳内モノアミンに異常が見られるかを調べた結果、IL-1Ra欠損マウスは海馬、幹脳、線条体におけるセロトニンの枯渇化、そして海馬のみにおけるセロトニン代謝産物の枯渇化などが観察された。また、海馬と視床下部そして幹脳におけるセロトニンの代謝異常、そして海馬のみにおけるノルアドレナリンの代謝異常が観察された。そして抗うつ薬であるセロトニン再取り込み阻害剤を投与することにより、このセロトニンの代謝異常は改善し、これに伴い強制水泳での不動時間も減少することがわかった。

 これらの結果から、内在性IL-1の過剰シグナルは、モノアミン関連性のうつ病発症に重要な役割を果たしていることが明らかになった。IL-1Ra欠損マウスは、一つのうつ病様モデルマウスであると考えられ、抗うつ薬の開発やうつ病のさらなる研究に有用なツールとなりうることが示唆された。

 以上、本研究はこれまで明らかにされていなかった諸々のストレス応答におけるIL-1の役割を明らかにしたもので、学位の授与に値するものと考えられる。

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