学位論文要旨



No 120260
著者(漢字) 小宮山,寛
著者(英字)
著者(カナ) コミヤマ,ユタカ
標題(和) 遺伝子欠損マウスを用いた炎症性免疫応答の機構解析
標題(洋)
報告番号 120260
報告番号 甲20260
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2409号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 松島,綱治
内容要旨 要旨を表示する

 継続的な局所性あるいは全身性炎症を主徴とする慢性自己免疫疾患の病因は、遺伝的背景、免疫、内分泌異常、環境的要因などが推測されているが明確にはなっていない。そのため、そのほとんどの自己免疫疾患に対する有効な治療法が確立できていないのが現状である。しかしながら、多くの自己免疫性疾患患者の病変部において炎症の誘導に関わる炎症誘導因子が過剰に検出されることから、これら過剰な炎症誘導因子の産生や活性を阻害することによる炎症の減弱、症状の緩和が期待される。その主たる炎症誘導因子として炎症性サイトカインが挙げられる。サイトカインは免疫細胞を中心として様々な細胞から産生・分泌される細胞間情報伝達因子であり、免疫系に限らず、中枢神経系や内分泌系にも多様な生理活性を示す(作用の多様性)。また、これまでに数多くのサイトカインが同定されているが、異なるサイトカインが同一の細胞に作用して、類似の生理活性を示す特徴(作用の重複性)を有する。さらに、炎症を増強させる作用をもつサイトカイン、例えば、炎症性サイトカインinterleukin-1(IL-1)やtumor necrosis factor(TNF)が、他の細胞からそれ自身を誘導し、炎症をより効果的に誘導する他、速やかに炎症応答を鎮静化させるために、炎症性サイトカインが抗炎症性サイトカイン、IL-10やIL-1receptor antagonist(IL-1Ra)を誘導する。通常、このようなサイトカインネットワークを介して免疫応答依存的な炎症反応の惹起一鎮静化のバランスが保たれ、生体の恒常性が維持されているが、何らかの原因でそのバランスが破綻した場合、慢性炎症を伴う自己免疫性疾患などの疾病が誘導されると考えられる。

 本研究では自己免疫性疾患である多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)の発症機構に焦点をあてた。MSは中枢神経系における代表的な炎症性自己免疫であり、自己抗原ミエリン塩基性タンパク質を持つ視神経、大脳、脊髄など中枢神経細胞が自己のミエリン反応性T細胞によって攻撃を受け、中枢神経系内で広範囲にわたり炎症性脱髄病変を呈し、症状としては四肢の麻痺や時空間認知障害を示す。この自己免疫性疾患の炎症病態には、自己反応性T細胞の誘導及び活性化、そしてこの活性化に伴う局所での炎症反応が認められ、その病態形成に炎症性サイトカインが深く関与していると推測される。そこで著者は、病態形成に自己抗原反応性T細胞が中心的な働きを担うMSの発症機序において、主にT細胞から産生される炎症性サイトカインIL-17の病態形成における役割を、IL-17欠損マウスを用いて検討した。

 IL-17は健常者では認められないが、MSやRA患者の他、喘息、全身性エリテマトーデス、炎症性腸疾患および移植片拒絶反応をもつ患者の組織や血中で検出されることから、これら疾病の病態形成に何らかの寄与を持っていると考えられる。実際、MS患者の脳部位においてIL-17が検出され、脳脊髄液もしくは血中から単離された単核球においてもこれらが検出されることや、MSの動物実験モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalomyelitis:EAE)を誘導したマウスの脾臓でIL-17が上昇していることなどからIL17はMSおよびEAEの病態形成に深く関与していることが考えられる。そこで、当研究室で確立されたIL-17欠損マウスにEAEを誘導し、EAEの病態形成におけるIL-17の役割を個体レベルで検討した。

 IL-17欠損マウスでは野生型マウスに比べて顕著にEAEの発症の遅延および早期の症状の寛解が認められた。さらに、MOG35-55ペプチドで感作したマウスから得られたリンパ球はIL-17を産生していた。以上の結果から、IL-17はEAEの発症及び病態形成に深く関与するサイトカインであることが示唆された。EAEはT細胞依存的な病態であり、その発症の第一ステップとしてミエリン特異的なT細胞の増殖が必要となる。そこでIL-17欠損マウスにおけるミエリン抗原特異的なリンパ球増殖応答を検討したところ、野生型マウスに比べIL-17欠損マウスはそのリンパ球増殖反応が低下していた。一方、EAEの病態形成に中心的な役割を果たす細胞集団はCD4+であり、感作CD4+T細胞を未感作マウスに移入することでEAEが誘導できることが広く知られている。また、本研究の検討によりEAE病態時におけるIL-17産生細胞の大多数は好中球などの顆粒球ではないT細胞であり、CD4+T細胞からIL-17が産生されることが明らかとなった。そこでMOG35-55ペプチドで感作した野生型およびIL-17欠損マウスから得られたリンパ球をin vitroにてMOG35-55ペプチドで再活性化し、CD4+に精製した後、未感作の野生型マウスに移入することでEAEを誘導した。その結果、IL-17欠損マウス由来CD4+T細胞移入群は野生型のそれに比べ発症が遅延し、かつ病態が抑制された。以上の結果から、IL-17欠損マウスで見られたEAE発症の遅延はCD4+T細胞から産生されるIL-17の欠損が原因であり、ミエリン特異的なリンパ球の増殖抑制が原因となる可能性が考えられた。一方、IL-17欠損マウスではEAEの慢性化は認められず、発症後早期に病態の鎮静化が認められた。その理由として、IL-17は抗原特異的なT細胞の活性化に関与する他、マクロファージや線維芽細胞、血管内皮細胞などのIL-1やTNF-α産生を誘導し、局所的な炎症誘導にも深く関わることが挙げられる。また、EAEを発症したマウスに抗IL-17抗体を投与すると病態が一部抑制されるとの報告があることから、IL-17はEAE病態において、初期の免疫応答である抗原特異的なT細胞応答だけでなく、炎症局所での炎症応答に直接関与している可能性が考えられる。

 EAEの病態形成には多くのサイトカインが関与しているものと考えられる。その中でもTh1細胞の関与が大きいとされていたが、IFN-γ欠損マウスでは野生型マウスに比べてEAEが増悪化することが報告されている。近年、IL-17の上流に位置するIL-23がEAE病態に重要なサイトカインであるとの報告がなされた。そこでTh1サイトカインとIL-17のどちらがよりEAEの病態に関与するのか明らかにするため、IFN-γ欠損マウスとIL-17欠損マウスそれぞれにおけるIL-17産生細胞、IFN-γ産生細胞の割合をそれぞれ検討した。その結果IFN-γ欠損マウスにおいてIL-17産生細胞が野生型より多く観察される一方、IL-17欠損マウスにおけるIFN-γ産生細胞は野生型より多く観察される傾向が見られた。これらの結果はIFN-γ欠損マウスのEAE増悪化にはIL-17が関与している可能性を示しており、混沌としていたEAEにおけるTh1サイトカインの関与メカニズムを解明する一端になるものと思われる。

 本研究により、EAEの発症及び病態形成においてIL-17は抗原特異的なリンパ球の誘導及び活性化に深く関与していることが明らかとなった。これらの知見はEAEおよびMSの発症機構の解明だけではなく、IL-17に関係する細胞間情報伝達を選択的に阻害することによって新規のMSの治療法の開発に貢献できる可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は多発性硬化症(MS)の病態形成に重要な役割を果たすと考えられるサイトカイン、IL-17の病因メカニズムを明らかにするため、IL-17欠損マウスにMSモデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)を誘導することでその詳細な解析を試み、以下の結果を得た。

1.IL-17欠損マウスは野生型マウスと比べ、EAEの発症が遅延し、その病態も抑制されていた。IL-17の作用と競合しうるアジュバントを投与しないでEAEを誘導した場合は、さらに野生型IL-17欠損マウスの差が明確となった。以上のことからIL-17はEAEの病態形成に重要な役割を持つことが示された。

2.EAEの発症には自己抗原特異的なリンパ球増殖反応が必要となるため、IL-17欠損マウスにおける自己抗原特異的なリンパ球増殖反応を検討したところ、IL-17欠損マウスで有意にリンパ球増殖反応が抑制されていた。従ってIL-17を欠損することによるリンパ球増殖反応の抑制が、IL-17欠損マウスで見られるEAE発症遅延の原因となっている可能性が考えられた。

3.EAEの発症に重要な働きを示すといわれているCD4+細胞から、IL-17の産生がEAEを誘導したマウスで確認された。また、病態増悪化の原因が明らかとなっていない、IFN-γ欠損マウスにおいてIL-17産生細胞が多く観察された。

 以上のことから、IL-17がEAEの病態増悪化に関与している可能性が考えられた。

4.また、自己抗原で感作された野生型およびIL-17欠損マウスのCD4+T細胞を未感作の野生型マウスに移入したところ、IL-17欠損マウス由来CD4+T細胞移入群は、野生型マウス由来CD4+T細胞移入群と比べて明らかにEAEの発症が遅延し、病態が抑制されていた。以上のことから、CD4+T細胞から産生されるIL-17がEAEの病態形成に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

 以上、本論文はIL-17欠損マウスにEAEを誘導することによって、その病態形成におけるIL-17の役割を明らかにした。本研究は、未知の部分が多いEAEおよびMSのサイトカインカスケードの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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