学位論文要旨



No 120262
著者(漢字) 関,貴弘
著者(英字)
著者(カナ) セキ,タカヒロ
標題(和) 免疫誘導あるいは腫瘍標的治療用麻疹ウイルスベクター開発に関する基礎的研究
標題(洋) Basic Research on Development of the Measles Virus Vector for Induction of Immune Response and Tumor Targeting Therapy
報告番号 120262
報告番号 甲20262
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2411号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 田原,秀晃
内容要旨 要旨を表示する

 麻疹ウイルス(MV)は、牛疫ウイルス(RPV)、イヌジステンパーウイルス(CDV)などとともにパラミクソウイルス科モービリウイルス属に分類されており、そのウイルスゲノムはマイナス一本鎖のRNAから成るモノネガウイルスである。モービリウイルスは伝播力や病原性が強いという特徴を持ち、それぞれの動物種において最も重要なウイルス感染症の一つである。中でもMVはヒトを唯一の自然宿主とするウイルスであり、以前は自然病態を再現する良い感染実験モデルがなかったが、我々はサルで発疹を誘発する独自のウイルス株(MV-HL株)を用いてモデル実験系を確立している。また、モノネガウイルスでは困難とされてきたcDNAクローンからの感染性ウイルスを作出するリバースジェネティクス法が近年に至って確立され、現在モノネガウイルスの研究が飛躍的に進んでいる。

 著者らの研究グループでは、我国で分離されたMV-HL株を元に全ゲノムcDNAクローンを作製し、ウイルス構成タンパクであるnucleocapsid(N)、phospho(P)、large(L)タンパクのサポーティングプラスミドと共に細胞に導入することで感染性のウイルス粒子を回収する方法(リバースジェネティクス系)の確立に成功している。本リバースジェネティクス系では各構造蛋白遺伝子間に制限酵素認識配列を配してあるため組換えが容易であり、未だ解明されていない病原性発現機構や宿主特異性決定機構の解析に役立つばかりでなく、新型ワクチン開発やウイルスベクターへの応用等に有用であると期待される。本研究ではこの新リバースジェネティクス系を用いて、免疫誘導あるいは腫瘍標的治療用麻疹ウイルスベクターへの開発を行うための基礎的研究を行った。本論文は以下の2章より構成される。

第一章:組換え麻疹ウイルスベクターを用いたC型肝炎ウイルス膜タンパクの発現

 MVを含むモービリウイルス属は先進国においてはワクチン接種によって良くコントロールされており、その免疫誘導能及び免疫持続効果が優れている。また、著者らの研究グループは組換えCDVベクターを用いて原虫感染症に対する二価ワクチン開発を試み、モービリウイルスが多価ワクチン開発に有効なベクターである事を既に明らかにしている。一方、C型肝炎ウイルス(HCV)は全世界で1億7千万人、日本においても200万人以上の抗体陽性者がいると推定されている。しかし、現在のところ唯一の治療方法であるインターフェロン療法、特に最も有効であるリバビリンとの併用でもHCVの型によっては患者の5割程度にしか効果がないと言われている。さらに、薬剤が高価でかつ長期投与が必要であること等からC型肝炎に対するワクチン開発は急務となっている。本章においては、MVをベクターとしてHCV膜蛋白を組込んだウイルス(rMV-Es)を作製し、MV-HCV二価ワクチン開発のための基礎研究を行った。

 我々が既にリバースジェネティクス系を確立している組換えMVベクターのN遺伝子とP遺伝子の間にPCRにより増幅したHCV膜蛋白のE1、E2、E12のフラグメントを挿入し組換えゲノムcDNAクローンを作製した。得られた組換えプラスミドを、MVのN、P、L蛋白を発現するサポーティングプラスミドと共に293細胞に導入し、3日後にB95a細胞と共培養することでrMV-E1、rMV-E2、rMV-E12の3種の組換えウイルスの作出に成功した。これらの組換えウイルスも親株のrMVと同様にB95a細胞で多核巨細胞型の細胞変性効果を示し、その大きさや性状などで特に差異は認められなかった。

 本組換えウイルスの増殖能力を親株と比較すると増殖は約一日遅いピークを示したものの、最大力価は同程度のものが得られ、挿入したフラグメントの種類や長さによる差異はわずかなものだった。また、感染細胞のペレットから回収したcell associated virusとメディウム中から回収したcell free virusを比べてもウイルス力価に大きな差異は無く、培養上清中にも多くのウイルス粒子が放出されていることがわかり、これらの結果から本組換えウイルスにおいても親株同様に効率良くウイルスの増殖、回収が出来ることが明らかとなった。

 HCV膜蛋白の発現については間接蛍光抗体法(IFA)、免疫沈降法(IP)及びウェスタンブロット法(WB)を用いて検索した。IFAの結果からいずれのHCV膜蛋白もCPEを形成している細胞に強く発現が見られ、ウイルスの増殖に際してMV由来蛋白と同様に高発現していることがわかった。さらに本来のHCV膜蛋白同様に細胞内小胞体への局在も確認できた。IP及びWBからは予想される分子量を持ったHCV膜蛋白が発現された後、適切に糖鎖修飾され、本来のHCV膜蛋白同様にHCV-E1とE2でヘテロダイマーを形成していることが確認できた。

 以上の結果から、各組換えウイルスが発現する膜蛋白はHCV-E1、E2本来の構造・性質を保持していると考えられ、本組換え麻疹ウイルスベクターが外来タンパクの効率的な発現ベクターとして利用でき得ることが示された。

第二章:腫瘍標的治療用麻疹ウイルスベクターの開発

 1970年代始めに麻疹に感染した後にリンパ腫が縮小した症例が報告されて以来、麻疹ウイルスを癌治療用ウイルスとして応用しようという試みがなされており、近年では麻疹ウイルス弱毒生ワクチンの卵巣癌に対する治療効果を検討するため第一相臨床治験に進んだ例もある。麻疹ウイルス(MV)は本来肝臓では増殖しないため、肝癌細胞に感染、増殖して破壊できる組換えMVを構築できれば癌部を破壊し、非癌部を破壊しない有効な肝癌治療ベクターとしての利用が期待できる。また、RNAウイルスであるMVはその生活環が細胞質に限局されており、宿主細胞のDNAに組込まれないことから、安全性の高い肝癌治療ベクターとなりうる。

 第二章では肝癌特異的に感染する組換えMVの開発を目指して、肝癌特異的マーカーであるalpha-fetoprotein(AFP)に対するモノクローナル抗体の抗原認識部位(ScFv)遺伝子を組み込んだrMV-αAFPを作出し、肝癌に特異的に感染するMVベクターの開発を試みた。まず、αAFPモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマOM3-1.1よりH鎖及びL鎖の遺伝子断片をクローニングした。これらをリンカー配列で繋ぎ、さらにウイルス粒子上に発現させるためMV-H、あるいはVSV-Gの膜貫通配列を付加した一本鎖抗体発現ユニット(ScFv)を構築した。これを組換えMVベクターのN-P遺伝子間に挿入し、組換えウイルスrMV-H-αAFP、rMV-G-αAFPのレスキューに成功した。

 rMV-H-αAFP、rMV-G-αAFP共にB95a細胞では効率良く増殖し、親株と同等力価のウイルスが得られた。また、HepG2細胞におけるrMV-G-αAFPの増殖曲線は親株に比べて10倍以上高いウイルス力価を示し、rMV-G-αAFPが親株のrMVに比較して肝癌細胞内で効率良く増殖することが明らかとなった。rMV-H-αAFPは親株のrMVに比較して顕著な差は認められなかった。

 次に、本組換えウイルスをヒト肝癌由来細胞PLC/PRF/5、Hep3B、Li-7、HepG2、HT-17、HuH-7、及び肝内胆管癌細胞由来細胞IHGGKに感染させαAFP-ScFvの効果を検討した。Multiphcity of infection(MOI)=0.1TCID50で3日間感染後、MV-Nに対するモノクローナル抗体を用いて感染効率を検討したところ、いずれの細胞においてもrMV-G-αAFPの感染効率が親株のrMVやrMV-H-αAFPに比較して上昇していた。PLC/PRF/5、Hep3B、Li-7細胞でのCPE数を比較したところ、rMV-G-αAFPでは他株の2〜5倍の感染効率が得られた。

 以上の結果からAFPに対するScFvタンパクをVSV-Gの膜貫通領域と融合する形で発現する組換えウイルスrMV-G-αAFPは肝癌由来細胞に対する感染増強効果をもたらすことが明らかとなり、本組換えMVの肝癌治療ベクターとしての有用性が示唆された。この結果は肝癌特異的抗原に対するモノクローナル抗体が得られた際には、より特異性の高い治療用ベクターが開発できる可能性を示すものである。

 本研究の成果は麻疹ウイルスリバースジェネティクス系がウイルスタンパク機能の遺伝子からの解析等の基礎研究に有用であるだけでなく、新型ワクチン並びに治療用ベクター開発などの有用性を示したもので、麻疹ウイルスベクターの応用的領域を新たに開く多大な知見を与えたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 著者らの研究グループでは、我国で分離された麻疹ウイルスHL株(MV-HL)を元に全ゲノムcDNAクローンを作製し、感染性のウイルス粒子を回収する方法(リバースジェネティクス系)の確立に成功している。本リバースジェネティクス系ではウイルス遺伝子の改変が容易であり、未だ解明されていない病原性発現機構や宿主特異性決定機構の解析に役立つばかりでなく、新型ワクチン開発やウイルスベクターへの応用等に有用である。

 本研究ではこのリバースジェネティクス系を用いて、ワクチン開発が急務となっているC型肝炎ウイルス(HCV)に対する免疫誘導用ウイルスベクターあるいは安全性の高い肝がん治療用ウイルスベクターへの開発を行うための基礎的研究を行い、下記の結果を得ている。

1. 我々が既にリバースジェネティクス系を確立している組換えMVベクターのN遺伝子とP遺伝子の間にPCRにより増幅したHCV膜タンパクのE1、E2及びE12のフラグメントを挿入した組換えゲノムcDNAクローンを作製し、rMV-E1、rMV-E2、rMV-E12の3種の組換えウイルスの作出に成功した。

2. 得られた組換えウイルスは親株のrMVと同様にB95a細胞で多核巨細胞型の細胞変性効果を示し、その大きさや性状などで特に差異は認められなかった。本組換えウイルスの増殖能力を親株と比較すると増殖は約一日遅いピークを示したものの、最大力価は同程度のものが得られ、親株同様に効率良くウイルスの増殖、回収が出来ることが明らかとなった。また、挿入したフラグメントの種類や長さによる増殖能への影響はわずかなものであった。

3. 組換えウイルスにおけるHCV膜タンパクの発現について、間接蛍光抗体法(IFA)、免疫沈降法(IP)及びウェスタンブロット法(WB)を用いて検討し、HCV膜タンパクがウイルスの増殖に際してMV由来タンパクと同様に高発現していることがわかった。IP及びWBからは予想される分子量を持ったHCV膜タンパクが発現された後、適切に糖鎖修飾され、本来のHCV膜タンパク同様にHCV-E1とE2でヘテロダイマーを形成していることが確認できた。さらに本来のHCV膜タンパク同様に細胞内小胞体への局在も確認できた。以上の結果から、各組換えウイルスが発現する膜タンパクはHCV-E1、E2本来の構造・性質を保持していると考えられ、本組換え麻疹ウイルスベクターが外来タンパクの効率的な発現ベクターとして利用でき得ることが示された。

4. αAFPモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマOM3-1.1よりH鎖及びL鎖の遺伝子断片をクローニングした後これらをリンカー配列で繋ぎ、さらにウイルス粒子上に発現させるためMV-Hタンパク、あるいは水疱性口内炎ういする(VSV)-Gタンパクの膜貫通配列を付加した一本鎖抗体発現ユニット(ScFv)を構築した。これを組換えMVベクターのN-P遺伝子間に挿入し、組換えウイルスrMV-H-αAFP、rMV-G-αAFPの作出に成功した。

5. rMV-H-αAFP、rMV-G-αAFPは共にB95a細胞では効率良く増殖し、親株と同等力価のウイルスが得られた。また、HepG2細胞におけるrMV-G-αAFPの増殖曲線は親株に比べて10倍以上高いウイルス力価を示し、rMV-G-αAFPが親株のrMVに比較して肝がん細胞内で効率良く増殖することが明らかとなった。rMV-H-αAFPは親株のrMVに比較して顕著な差は認められなかった。

6. 本組換えウイルスをヒト肝がん由来細胞PLC/PRF/5、Hep3B、Li-7、HepG2、HT-17、HuH-7、及び肝内胆管がん細胞由来細胞IHGGKに感染させαAFP-ScFvの効果を検討した結果、いずれの細胞においてもrMV-G-αAFPの感染効率が親株のrMVやrMV-H-αAFPに比較して上昇していた。PLC/PRF/5、Hep3B、Li-7細胞でのCPE数を比較したところ、rMV-G-αAFPでは他株の2〜5倍の感染効率が得られた。以上の結果からrMV-G-αAFPの肝がん治療用ベクターとしての有用性が示唆された。

以上、本論文の成果は麻疹ウイルスリバースジェネティクス系がウイルスタンパクの機能解析等の基礎研究に有用であるだけでなく、新型ワクチン並びに治療用ベクター開発などへの有用性を示したもので、麻疹ウイルスベクターの応用的領域を新たに開く多大な知見を与えたと考えられ、学位の授与に値するものである。

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