学位論文要旨



No 120263
著者(漢字) 河津,正人
著者(英字)
著者(カナ) カワヅ,マサヒト
標題(和) 胸腺細胞分化におけるRunx1の各機能ドメインの役割
標題(洋) Functional Domains of Runx1 in Thymocytes Development
報告番号 120263
報告番号 甲20263
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2412号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 山本,孝之
 東京大学 講師 三崎,義堅
 東京大学 講師 後藤,典子
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

Runx1(Aml1,Pebpa2あるいはCbfa2とも呼ばれる)はruntドメイン転写因子であり、その遺伝子は急性骨髄性白血病でみられるt(8;21)転座からクローニングされた。Runx1欠損マウスは胎生致死であるが、その解析からRunx1は2次造血に必須であることが明らかにされている。さらにRunx1は2次造血だけでなく、T細胞の分化においても重要な役割をしていることが示唆されている。例えばT細胞受容体α、β、γ、δの各遺伝子のエンハンサーに結合して転写活性を上げることが示されていて、胸腺の発生の過程でRunx1の発現することがノーザンブロッティングおよびin situハイブリダイゼーションで示されている。主に胸腺の皮質で発現がみられ、real-timePCRによるとCD4/8ダブルネガティブ細胞での発現が強い。強制発現させるとCD8細胞への分化が誘導され、Th2細胞への分化が抑制される。われわれの研究室では胸腺細胞特異的にRunx1遺伝子がknock-outされるマウスを作成し、Runx1の欠損によりCD4/8ダブルネガティブ(以下DN)細胞からCD4/8ダブルポジティブ(以下DP)細胞への分化が傷害されることを見出した。別のグループからはRunx1がDN細胞でCD4の発現を抑制していることが示された。

Runx1がどのように胸腺細胞の分化に関わっているのかより詳細に検討するために、Runx1の各機能ドメインの胸腺細胞分化における働きについて解析した。

材料および方法細胞およびマウス

Runx1 floxed/wt(以下f/+),Lck-Cre tgのオスマウスをRunx1 wt/null(以下+/-)メスマウスと交配し、性交後14.5日の胎仔肝細胞を実験に用いた。Runx1 f/-,Lck-Cre tgを試験、Runx1 +/+,Lck-Cre tgを対照とした。C57/BL6へ少なくとも9世代Backcrossしたマウスを用いた。

得られた胎仔肝細胞をOP9-DL1細胞上でIL-7存在下で5日間培養し、5日目にRunx1 cDNAあるいはRunx1変異体のcDNAを組み込んだレトロウイルスを感染させ、その5日後(培養10日目)および10日後(培養15日目)に細胞を回収しフローサイトメトリーにより解析を行った。

レトロウイルスベクターとその感染方法

Runx1 cDNAおよびRunx1変異体のcDNAはpGCDNsamレトロウイルスベクターに挿入した。

これらのレトロウイルスベクターをΨMP34パッケージング細胞にtransfectionし、これらのレトロウイルスベクターを持つウイルスを産生する細胞株を樹立した。ウイルス産生細胞株の培養上清をpolybreneとともに加えることにより感染すなわち遺伝子導入をおこなった。

結果

Runx1 f/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞の培養結果

野生型マウスあるいはRunx1 +/+,Lck-Cre tgマウスの胎仔肝細胞をOP9-Dl1細胞の上で15日間培養するとDP細胞まで分化した。DN細胞もみられ、CD44,CD25の発現により解析するとDN1(CD44+,CD25-),DN2(CD44+.Cd25+),DN3(CD44-,CD25+),DN4(CD44-,CD25)の各分化段階の細胞がみられた。10日間の培養ではDP細胞はみられずDN細胞はDN2細胞(CD44+,CD25+)まで分化していた。Runx1 f/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞を培養した場合、15日目でもDN2で分化が止まっていた。10日目ではDN細胞のほかにCD4を中等度に発現した細胞が見られた。これは、本来Runx1によって発現の抑制されているDN細胞のCD4発現が、異常に発現しているものと考えられた。

以上のようにOP9-Dl1細胞を用いた培養によりRunx1 f/-,Lck-Cre tgマウスでみられる胸腺細胞の分化障害が試験管内でも再現された。

Runx1遺伝子の導入による胸腺細胞分化の回復

次に培養中のRunx1 f/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞にレトロウイルスをもちいてRunx1遺伝子を導入したところ、DN3、DN4、DPにまで分化が進み、分化の障害がRunx1の欠損によることが確かめられた。次に胸腺の分化に必要なRunx1の機能ドメインを同定するためにC端側を欠損させたRunx1の変異体をレトロウイルスにより導入し、同様の実験を行った。VWRPYモチーフあるいはinhibitory domainを欠損した変異体を導入した場合には分化の回復が見られたが、activation domainを欠損した変異体では分化は回復せず、activation domainが必須であることが示唆された。

Runx1遺伝子の導入によるCD4発現の抑制

培養中のRunx1 f/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞にレトロウイルスをもちいてRunx1遺伝子を導入したところ、培養10日目でみられていた異常なCD4の発現がみられなくなり、CD4の発現がRunx1の欠損によることが確認された。次にCD4の抑制に必要なRunx1の機能ドメインを同定するためにC端側を欠損させたRunx1の変異体をレトロウイルスにより導入し、同様の実験を行った。

VWRPYモチーフあるいはinhibitory domainを欠損した変異体を導入した場合にはCD4の発現が部分的に抑制され、activation domainを欠損した変異体ではCD4の発現は全く抑制されなかった。したがってCD4の発現抑制にはactivation domainが必須であり、VWRPYモチーフおよびinhibitory domainも何らかの関与をしているものと考えられた。

考察

conditional knock-outマウスの生体内でみられた胸腺細胞分化の異常を試験管内で再現することができた。特にDN細胞を豊富に回収することが出来、DN細胞の解析に有用と思われる。さらに比較的容易に遺伝子を導入しそれによる影響を調べることが可能であった。今後はRunx1の欠損の分子メカニズムをより詳細に解析する必要があるが、DN細胞が豊富に得られるので、その解析に用いることが可能と考えられる。またなんらかの関連する分子が挙げられた場合には、その遺伝子を導入して解析するという方法も可能である。

Runx1がDN細胞からDP細胞への分化およびCD4の発現抑制に必要であることが確かめられた。

またそのいずれの機能にもP300などのco-activatorとの結合に必要なactivation domainが必須であることが示せた。一方WVRPYモチーフはco-repressorであるTLEとの結合に必要であることが知られているが、DN細胞からDP細胞への分化には必要なく、CD4の発現抑制には何らかの関与をしていることが示された。Runx1には、胸腺細胞の分化においてTLE依存性の働きと、TLE非依存性の働きがあることが示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は造血に必須な転写因子Runx1の胸腺細胞分化における役割の詳細を明らかにするために、骨髄ストローマ細胞OP9-DL1上で胎仔肝細胞から胸腺細胞を分化させる系を用いて、マウスの胸腺細胞の初期分化における転写因子Runx1の各ドメインの機能解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. 野生型マウスあるいはRunx1 +/+,Lck-Cre tgマウスの胎仔肝細胞をOP9-DL1細胞の上で15日間培養するとCD4/8ダブルポジティブ(DP)細胞まで分化した。CD4/8ダブルネガティブ(DN)細胞もみられ、CD44,CD25の発現により解析するとDN1(CD44+,CD25-),DN2(CD44+.Cd25+),DN3(CD44-,CD25+),DN4(CD44-,CD25)の各分化段階の細胞がみられた。10日間の培養ではDP細胞はみられずDN細胞はDN2細胞(CD44+,CD25+)まで分化していた。Runx1 floxed/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞を培養した場合、15日目でもDN2で分化が止まっていた。10日目ではDN細胞のほかにCD4を中等度に発現した細胞が見られた。これは、本来Runx1によって発現の抑制されているDN細胞のCD4発現が、異常に発現しているものと考えられた。

以上のようにOP9-DL1細胞を用いた培養によりRunx1 floxed/-,Lck-Cre tgマウスでみられる胸腺細胞の分化障害が試験管内でも再現された。

2. 次に培養中のRunx1 floxed/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞にレトロウイルスをもちいてRunx1遺伝子を導入したところ、DN3、DN4、DPにまで分化が進み、分化の障害がRunx1の欠損によることが確かめられた。次に胸腺の分化に必要なRunx1の機能ドメインを同定するためにC端側を欠損させたRunx1の変異体をレトロウイルスにより導入し、同様の実験を行った。VWRPYモチーフあるいはinhibitory domainを欠損した変異体を導入した場合には分化の回復が見られたが、activation domainを欠損した変異体では分化は回復せず、activation domainが必須であることが示唆された。

3. 培養中のRunx1 floxed/-,Lck-Cre tg胎仔肝細胞にレトロウイルスをもちいてRunx1遺伝子を導入したところ、培養10日目でみられていた異常なCD4の発現がみられなくなり、CD4の発現がRunx1の欠損によることが確認された。次にCD4の抑制に必要なRunx1の機能ドメインを同定するためにC端側を欠損させたRunx1の変異体をレトロウイルスにより導入し、同様の実験を行った。VWRPYモチーフあるいはinhibitory domainを欠損した変異体を導入した場合にはCD4の発現が部分的に抑制され、activation domainを欠損した変異体ではCD4の発現は全く抑制されなかった。したがってCD4の発現抑制にはactivation domainが必須であり、VWRPYモチーフおよびinhibitory domainも何らかの関与をしているものと考えられた。

 以上、本論文は胎仔肝細胞を骨髄ストローマ細胞上で培養し試験管内で胸腺細胞分化を再現する系において、胸腺細胞分化における転写因子Runx1の各ドメインの機能解析を行い、Runx1が胸腺細胞の分化においていくつかの働きをしていること、その作用によって必要とされる機能ドメインが異なることを明らかにした。胸腺細胞分化におけるRunx1と転写共役因子との関わり、Runx1が胸腺細胞の増殖と分化に与える影響など、依然として明らかにすべき点は多く残されているが、これらの問題点を明らかにする手がかりとなり得る結果であり、学位の授与に十分値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク