学位論文要旨



No 120265
著者(漢字) 亀山,征史
著者(英字)
著者(カナ) カメヤマ,マサシ
標題(和) 標準脳座標系を用いた脊髄小脳変性症の脳血流画像解析
標題(洋)
報告番号 120265
報告番号 甲20265
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2414号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 高山,吉弘
 東京大学 助教授 熊野,宏昭
 東京大学 講師 阿部,修
内容要旨 要旨を表示する

 脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration;SCD)は、小脳性または脊髄性の運動失調を主症候とし、小脳や脊髄の神経核や伝導路に病変の主座を持つ変性疾患の総称である。

 これまで、脊髄小脳変性症の脳血流分布についてはあまり報告がないが、これは脊髄小脳変性症自体が多くはないこと、遺伝子検査ができるようになったのは比較的最近であることが背景にあるものと思われる。確かに近年は報告が散見されるようになってきたが、まだ脊髄小脳変性症のSPECTの解析は、視覚的評価や関心領域(ROI)によるものがほとんどで、標準脳座標系を用いた統計画像解析は、これからの領域である。

 特に、多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)の高次脳機能に着目した研究はまだほとんどないため、MSAの高次脳機能にも着目して標準脳座標系を用いた統計画像解析を行うこととした。

 1995年10月より2004年9月までに、SPECT検査を施行され、臨床的に診断された、MSA症例46名(MSA-C:34名,MSA-P:12名),Machado-Joseph disease(MJD)症例6名,7名のspinocerebellar ataxia type 6(SCA6)および12名のnormal controlを対象とした。

 撮像装置は3検出器型ガンマカメラGCA9300A/HGを用いて、99mTc-hexamethylpropyleneamine oxime(HM-PAO)740MBqを静注し、15分後から30分間のsingle photon emission computed tomography(SPECT)撮像を行った。また、大部分の症例では、2検出器型ガンマカメラを用い、脳と大動脈弓の放射カウントからPatlak-Matsuda methodにより全脳平均血流量の測定をおこなった。得られたSPECTデータはTalairach標準脳座標系を用いた2種類の脳統計画像解析システムStatistical Parametric Mapping(SPM)および、three dimensional stereotactic surface projection(3D-SSP)を用いて解析を行った。

 MSA,MSA-C,MSA-P,MJD,SCA6とnormal controlとの差異を検討した。また、MSAでは、高次脳機能障害を伴うものについて、高次脳機能障害を伴うMSAと高次機能障害を伴わないMSAの差異を3D-SSPで解析したほか、SPM2にてmultiple regressionを用いてHDS-Rの得点と罹病期間とMSA-PかMSA-Cかの3つをregressorとして解析し、MSAの高次脳機能障害にどのような因子が関与するのかを検討した。

 この研究でわかったことは、以下の通りである。

 ・MSA(全体)およびMSA-Cでは統計的に有意な小脳の血流低下が確認できた。

 ・MSA-Pにおいても小脳の血流低下はMSA-Cほどはめだたないものの、3D-SSPでは有意に認められた。SPM2(uncorrected)でも、有意な血流低下を認めた。

 ・MSA-Pでは線条体の血流低下が見られる症例もあるが、今回の研

究では統計的には有意差を検出できなかった。先行論文では有意差があったとするものもあるが、先行論文はほとんどがROI解析であること、および、東大でのMSAの症例は比較的早期にSPECT検査を行っていることを反映しているのかもしれない。

 ・MSA-PとMSA-Cとの差は、MSA-Cの方が有意な小脳の血流低下を示していた。

 ・MSAにおいて、高次脳機能障害を伴う群と伴わない群との差は高次脳機能障害を伴う群では、小脳および前頭葉下部、側頭葉下部の有意な血流低下が観察された。小脳も高次脳機能障害を伴う群では低下しており、MSAの進行に伴ってで大脳皮質の前頭葉下部〜側頭葉下部の血流が低下するのであろうと推測される。

 ・MSAにおいては、MSA-PやMSA-Cであるかや罹病期間よりも、HDS-Rの得点の方が脳血流に影響を強く及ぼしていた。特に前頭葉下部および側頭葉下部でもっとも強い影響を与えていた。

MSAでは前頭葉機能が低下することが既に知られており、その結果と合致すると思われる。

 ・MJDでは、脳血流分布も多彩であった。症状の多彩さに対応すると思われる。

 ・MJDでは大脳にも広く障害を及ぼすため、小脳の血流が相対的にはそれほど落ちていないように思われる。統計解析では有意な差を認めなかった。

 ・MJDでは先行論文は大部分が小脳の血流低下を認めたとしているが、本研究の結果からは、小脳の血流低下を認める症例もあるが、全体としては、大脳皮質の血流低下も同程度に存在し、小脳だけに血流低下がくるとするのは誤りであると推定される。

 ・SCA6では小脳に限局した強い、統計的に有意な血流低下を示した。

 以上、脊髄小脳変性症例において標準脳座標系を用いた統計画像解析システムにより脳血流画像の解析をおこなった。疾患のサブタイプに応じて、脳血流分布に少しずつ差のあることが明らかとなった。これはある程度疾患に特有の症状経過を反映した所見と思われる。

 先行研究ではほとんどがROI解析を行っており、このように、標準脳座標系を使った研究というのはほとんど見あたらない。また、MSAを46人も集めて解析した事例はなく、SCA6の血流を調べた論文も数少ない。また、MSAの高次脳機能障害について焦点を当てた解析はあまりなく、この研究は、脊髄小脳変性症の画像による鑑別診断や病態を考える上で貴重なデータを提供するものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、1.脊髄小脳変性症Spinocerebellar degeneration(SCD)を構成するいくつかの疾患の間に差異があるか否か?2.脊髄小脳変性症においては、頻度は多くないが、痴呆を呈することがあり、痴呆を呈する例と呈しない例で血流分布に差異があるか否か?という点を明らかにするために脊髄小脳変性症を構成する、多系統萎縮症Multiple System Atrophy(MSA)(小脳症状が優位なMSA-C,パーキンソン様症状が優位なMSA-Pに分けられる)、マチャドジョセフ病Machado-Joseph disease(MJD)、Spinocerebellar ataxia type 6(SCA6)の3疾患についてSingle Photon Emission Computed Tomography(SPECT)で測定した脳血流画像をretrospectiveに標準脳座標系を使った統計画像解析(three dimensional stereotaxic surface projection(3D-SSP)およびStatistical Parametric Mapping(SPM)を使用)を行って、下記の結果を得ている。

 1. 多系統萎縮症の解析では、MSA全体、MSA-Cの小脳血流は有意に低下していた。MSA-Pにおいても、MSA-Cほどではなかったが、有意な小脳血流低下が認められた。MSA-CとMSA-Pを比較すると、MSA-Cの方が有意な小脳血流低下が認められた。したがって、小脳の血流低下はMSAの診断の上で重要な所見となりうる。

 2. MSA-Pでは、線条体の血流低下が観察される症例もあったが、統計的に有意ではなかった。

 3. HDS-Rが比較的低めであった高次脳機能障害を示すMSAの患者は、3D-SSPおよびSPMを用いて、前頭葉下部〜側頭葉下部の血流が小脳の血流低下とともに低下していることが示された。MSAの進行に伴って、大脳皮質の前頭葉下部〜側頭葉下部の血流が低下するものと推測される。また、MSAでは、前頭葉機能が低下することが知られており、それに合致するものと思われる。

 4. MJDの解析では、小脳虫部の血流低下は3D-SSPで示されたものの、それ以外は、有意な血流低下を示さなかった。おそらく、大脳の血流も広く障害を受けるためにコントラストがつかないことや、小脳もPurkinje細胞が保たれているとする病理所見を反映しているものと思われる。また、遺伝性疾患ではあるが、症状も多彩であり、それに応じて、脳血流分布も多彩であった。

 5. SCA6の解析では、小脳の有意な血流低下が示された。

 以上、本論文は、標準脳座標系を用いて統計画像解析による脊髄小脳変性症の各病型に対応した血流パターンを抽出し、脊髄小脳変性症の画像診断に有用であることを示した。更に、各疾患群の病態を理解する上で重要な知見を得ており、学位の授与に値すると考えられる。

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