学位論文要旨



No 120267
著者(漢字) 新井,憲俊
著者(英字)
著者(カナ) アライ,ノリトシ
標題(和) 連続経頭蓋磁気刺激のパーキンソン病治療への応用に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 120267
報告番号 甲20267
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2416号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 坂井,克之
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 青木,茂樹
 東京大学 講師 川合,謙介
内容要旨 要旨を表示する

 連続経頭蓋磁気刺激法(repetitive transcranial magnetic stimulation;rTMS)が開発されて以来,この刺激法は認知・言語等の高次機能の研究に使用されるとともに,持続する効果が得られることから,精神科疾患やパーキンソン病をはじめとする運動障害疾患の治療に応用されてきた。しかし,その作用機序に関する研究や最適な刺激方法に関する研究は,十分とは言えない。本研究では,最適な連続磁気刺激法の確立を目指して,単相性パルス刺激と二相性パルス刺激の効果の差異を検討するため,両者で短期的効果と長期的効果を比較した。この結果が最適な刺激法開発の一つの助けになると考える。これら経頭蓋磁気刺激法の研究に先立ち,臨床的効果が明白である脳深部刺激法(deep brain stimulation;DBS)の作用機序を分析した。同様の効果を磁気刺激法が誘発できれば,治療にも有効になると考えたからである。

第1章: パーキンソン病と脳刺激療法について〜脳深部刺激療法での分析〜

 Parkinson病(Parkinson's disease,PD)の治療は薬物療法が主体であるが,脳を刺激することにより症状を改善させる刺激療法があり,脳深部刺激療法(DBS)と連続経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)が知られている。その作用機序については様々な説が提唱されているが,未だに明らかになっていない。今回我々は,PET(positron emission tomography)を用いて,一側視床下核(subthalamic nucleus;STN)DBSによる治療を受けている患者さんに協力をいただき,その機序を検討した。PETで用いる核種として,黒質線条体系ドーパミンニューロンの神経終末に取り込まれ,ドーパミンの貯蔵能を反映する18F-DOPA(fluorodopa)と,神経活動の変化と平行して変化するブドウ糖代謝を反映する18F-FDG(fluorodeoxyglucose)を用い,DBSON/OFF時に撮像した。画像解析はSPM99を用い,DBSのON時とOFF時の差異を調べた。いずれの条件でも薬剤は12時間以上offとし,その影響を除外した。

 その結果,18F-DOPA PETではDBS ON/OFFで有意な差異は見られなかった。一方,18F-FDG PETでは,ONにより刺激同側の視床腹外側に集積上昇を,刺激対側の淡蒼球内節に集積低下を認めた。これらの結果をもとに,STN-DBSの作用機序として,ドーパミンの合成・分泌を促進することにより治療効果をもたらす可能性は低く,元来パーキンソン病で機能抑制を受けている視床を活性化することにより,投射先の前頭葉運動関連皮質(運動前野,補足運動野など)の神経活動を活性化し,パーキンソン症状を改善させると推測された。rTMSでも同様な変化が誘発できれば,PDなどの基底核疾患の治療に役立つと考えられる。

 上記の結果を踏まえ,rTMSにより,非侵襲的に視床,基底核の神経活動に上記と同様な影響を与えられれば,PDの運動症状の改善につながるのではないかと考えた。また,近年,運動野を連続電気刺激することにより,パーキンソン症状が改善することが報告されている。一方,DBSはPD全例に行える治療法ではなく,年齢を始めとした厳格な適応がある。DBS適応外の症例にも,rTMSによる治療は可能であることから,磁気刺激による治療法が開発されれば,患者にとっては吉報となろう。今までrTMSにより,PDの治療が試みられているが,その効果については一定の見解が得られていない。その原因として,最適な刺激条件が定まっていないことがあり,最も効率のよいパラメータの選択が必須である。刺激回数,頻度,部位などのパラメータに関しては多数の研究がなされている。本研究では今までにほとんど考慮されてない,刺激パルス(単相性・二相性パルス)の相違について検討することとした。

第2章: 連続経頭蓋磁気刺激法のパラメータに関する基礎的研究

2-1 単発刺激での単相性・二相性パルスの差異

 まず,単発刺激での差異について,健常者7名を対象として検討した。左側運動野を刺激し,右側第一背側骨間筋(first dorsal interosseous muscle;FDI)から表面筋電図を記録した。2種類の刺激パルスで単発刺激を行い,運動野閾値,大脳皮質ニューロンの細胞膜興奮性を鋭敏に反映するstimulus-response curve,運動野や脊髄由来の抑制性ニューロンの機能を反映するsilent periodの持続時間を測定した。これらのすべてのパラメータを単相性パルスと二相性パルスの間で比較した。

 運動閾値は単相性パルスのほうが二相性パルスより有意に高値であった。また,誘導電流の方向によっても影響を受け,単相性では前向き,二相性では初めに後向きに電流を誘発したほうが,その反対方向の刺激よりも閾値は低値で効率的な刺激ができた。一方,stimulus-response curve,silent periodの持続時間には両者の間で有意な差異がなかった。両刺激パルスによる単発刺激では,閾値に有意な差異があり,さらに誘導電流の方向によっても閾値だけは影響を受けた。これらは,各刺激パルスの波形の差(振幅の大きさ,パルスの持続時間),さらに運動野内の細胞の配列の方向と刺激電流の向きの関係とにより説明できると考えた。さらに,筋電図の反応の大きさを揃えた効果を誘発する条件で,両者を比較したニューロンの細胞膜興奮性を調べる検査や抑制性ニューロンの機能を調べる検査では,両者とも同等であることが示された。すなわち,単発刺激で同じ大きさの筋電図の反応を誘発している範囲では,刺激時点で誘発される一回の効果に関しては,どちらのパルスを用いても,ほぼ同様な生物学的効果を誘発していると推論した。

2-2 連続磁気刺激最中の単相性パルスと二相性パルス刺激の差異

 前章で示したように,単発刺激では両刺激パルス間の運動閾値に差があるが,閾値を基準にするとニューロンに及ぼす影響は,単相性・二相性とも同等であった。次に,連続刺激をした場合には,いかなる差異が見られるかを検討した。

 被検者は健常成人13名。単相性あるいは二相性パルスで閾値上の磁気刺激を連続20発,左側運動野に行い,右側FDIから表面筋電図を記録し,その振幅の変化を検討した。刺激頻度はそれぞれ0.5,1,2,3Hzを用いた。

 その結果,単相性パルスでは2,3Hzで,反応の振幅が1発目から20発目に向かい単調増加する傾向見られた。二相性パルスでも同様な傾向があったが,単相性パルスよりも増加する割合が有意に少なかった。3Hz単相性パルスによる脳幹刺激では増加傾向はなかった。大脳運動野刺激で反応が変化し,脳幹刺激では不変であったことから,反応が増加する傾向は大脳運動野の興奮性の変化によると考えられた。2,3Hzの連続刺激では,単相性パルスでは興奮性の効果が加重され,得られる反応が単調増加するが,二相性パルスでは,配列に方向性のない抑制性ニューロンも多く刺激されるため,単調増加しにくいと考えた。

 この結果から,単相性パルスでは,二相性パルスに比べて,連続刺激中に得られる効果が加重しやすいことが示された。したがって治療効果を考えると,単相性パルスを用いた刺激のほうが強いことが予想された。

2-3 連続刺激後の長期効果における単相性パルスと二相性パルス刺激の差異

 上記の仮説を検証するために,両者の刺激パルスで10Hzの高頻度刺激を運動野に与え,刺激後MEPに及ぼす影響について調べた。連続刺激を治療応用するには,刺激後の長期効果が重要であると考えたからである。

 被検者は6名。単相性あるいは二相性パルスで,10Hz rTMSを左側運動野に1000発行った。刺激強度は,90%AMT(active motor threshold 随意収縮時運動閾値)または90%RMT(resting motor threshold 安静時運動閾値)である。100発(10秒)刺激・50秒間休止を1セッションとし,全部で10セッション行い,その前後で右側FDIから得られるMEPの振幅の変化を調べた。

 その結果,90%AMTで連続刺激した後は,単相性・二相性パルスいずれも数分間持続する促通効果を認めたものの,両者の間で有意差は見られなかった。しかし,90%RMTで連続刺激した場合は,単相性パルスを用いた方が二相性パルスよりも,促通効果が有意に大きく,その効果もより長く持続し,少なくとも30分以上続いた。二相性パルスでは,一時的な促通効果が得られるが,その程度は小さく,持続も5分以内と短かった。単相性パルスによるrTMSのほうが,二相性パルスと比べて,より強いLTP(long-term potentiation)様の効果をもたらすと結論した。この機序として,以下の様なことが考えられた。LTPは,錐体細胞内のカルシウム濃度に依存し,さらに濃度上昇の時間経過にも依存すると言われている。単相性パルス刺激では,刺激の最初に瞬時にニューロンを刺激するが,二相性パルスでは,持続も少し長く,緩徐に刺激効果を現す電流の変化が起きている。このことから,単相性パルスのほうが,瞬時に細胞内カルシウム濃度を高めるために,二相性パルスよりも強いLTP様効果を誘発すると推論した。今回の結果からは,rTMS後の長期効果は,単相性パルスを用いた方が,二相性パルスよりも得られる促通作用が強力であり,さらにその作用時間も長いことから,臨床応用する場合に単相性パルスの方が有用である可能性があると考えた。

2-4 連続刺激時の脳血流変化での単相性パルスと二相性パルス刺激の差異

〜Positron emission tomogranhy (PET)を用いた研究〜

 これまでは刺激パルスによるMEPに及ぼす効果の差について示してきた。本研究では刺激パルスの相違が脳血流に及ぼす影響についてPETを用いて検討した。健常者6名を対象とし,左側運動野に,10Hz,90%AMTの強度で刺激を与えた。高頻度刺激をすると効果の加重により,対側に筋収縮が誘発され,sensory feedbackにより運動野に集積増加を来すおそれがある。それを防ぐため,10Hz rTMSを行ってもMEPが誘発されない刺激強度であることを表面筋電図により確認し,刺激強度を設定した。2-3章で長い効果が見られた90%RMTを用いると連続刺激の最後で筋電図が誘発されてしまう可能性があるため,本実験では持続の短い効果だけ得られる90%AMTで行った。刺激回数は5,10,15,20,25,30回とし,刺激の順はランダムとし,被検者間でバランスをとった。刺激と同時にH215Oを静注し90秒間撮像し,連続刺激中に脳血流がいかに変化するかを調べた。同一被検者への両パルス刺激は,それぞれ一週間以上開けた別の日に行った。画像解析はSPM99を用い,脳血流の変化と刺激回数が相関する領域を検出した。

 その結果,脳血流量と刺激回数が,正の相関を示した部位は認められなかった。単相性パルスでは,刺激同側一次運動野/運動前野,同側下頭頂小葉で直線的な負の相関を認めた。二相性パルスでは,同部位で変化は見られなかった。さらに交互作用は,刺激同側運動野/運動前野,刺激対側小脳半球で,単相性のほうが二相性パルスよりも有意に直線的な負の相関を認めた。このことから,rTMSでは刺激と効果の容量依存関係が,刺激パルスの性状により異なることが示された。

 以上,本研究全体の結果から,単相性パルス連続刺激を用いた方が,刺激後も程度が大きく,さらに長時間持続する効果を誘発でき,より強い治療効果が期待できると考えた。多くのパルス数の単相性連続磁気刺激が可能な刺激装置の開発が期待され,疾患の治療という臨床応用が行われることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、近年パーキンソン病(Parkinson's disease,PD)の治療として行われており、その臨床効果が明白である視床下核(subthalamic nucleus,STN)の脳深部刺激法(deep brain stimulation,DBS)の作用機序をPET(positron emission tomography)を用いて検討し、さらに連続経頭蓋磁気刺激法(repetitive transcranial magnetic stimulation,rTMS)を同疾患の治療に適用する際の臨床効果を得るための刺激条件を論じたものであり、以下の結果を得ている。

1. 18F-DOPA PETでは、STN-DBSのON/OFFの間で線条体の集積に有意な差異は見られなかった。過去の動物実験の報告や、ヒトにおける11C-raclopride PETによる報告を考慮すると、STN-DBSはドーパミンの合成や分泌を促進することにより臨床効果をもたらすとは積極的には考えにくい。一方、18F-FDG PETでは、DBS ONにより刺激同側の視床腹外側に活動上昇を、さらに刺激対側淡蒼球内節に活動低下を認めた。このことから、STN-DBSは、刺激対側の症状は刺激同側視床の活性化を介し、また刺激同側の症状は元来PDで活動が亢進している淡蒼球内節の活動を抑制させることにより、症状を改善させていると考えられた。さらにDBS ONにより、刺激同側の海馬傍回の活動低下を認め、STN-DBSの副作用として報告されている記憶障害と関与している可能性がある。

2. 近年、rTMSをPDの治療として用いた報告が散見される。しかし、その効果には一様の結果が得られていない。その原因として、刺激パラメータ(刺激頻度・刺激強度・刺激部位など)が報告により一様でないことが大きな原因である。本研究ではrTMSの刺激パラメータとして、過去にほとんど報告のない刺激パルスの相違(単相性パルス・二相性パルス)による効果の違いを複数の方法を用いて検討した。

 単発磁気刺激において、運動閾値では単相性パルスの方が二相性パルスに比べて有意に高値であった。また、刺激パルスの方向によっても影響を受け、単相性パルスでは前向き、二相性パルスでは、最初の誘導電流の方向が後向きであるほうが、閾値が低くより有効な刺激が可能であった。この原因として、運動野のニューロンの配列方向とそれぞれの刺激パルスによる誘導電流の向きとの関係により説明した。

3. 連続磁気刺激において、運動閾値上のshort-train刺激(20発)で運動野を刺激し、対側背側骨間筋(FDI)から運動誘発電位(motor evoked potential,MEP)である表面筋電図を記録した。その結果、刺激頻度が3Hzのとき、単相性パルスが、二相性パルスよりもより加重効果が強く、刺激する度に得られる筋電図の反応がより促通しやすいことが判明した。

4. 閾値下1000発の連続磁気刺激後に得られるafter-effectにおいてMEPの振幅に差があるか否かを検討した。その結果、安静時運動閾値の90%の刺激強度を用いれば、単相性パルスにより連続刺激をしたほうが二相性パルスによる連続刺激よりもより強く、長く持続する促通効果を認めた。

5. 単相性パルスと二相性パルスによるrTMSが脳血流に及ぼす影響について調べた。その結果、表面筋電図で得られた反応と同様に、rTMSでは刺激回数と脳血流の変化量の関係が、刺激パルスの性状により異なり、二相性パルス刺激よりも単相性パルスのほうが、より強い加重効果をもたらすことが判明した。

 これらの研究により、刺激パルスの性状の違いが生理学的に異なる影響を及ぼすことが示され、連続刺激を行う場合は、従来用いられている二相性パルスよりも、単相性パルスを用いたほうがより強い効果が得られることが判明した。

 以上、本論文は、PETにより視床下核・脳深部刺激療法(STN-DBS)の作用機序を検討するとともに、さらに高頻度連続経頭蓋磁気刺激法(rTMS)の適切な刺激パラメータについて考察し、rTMSの治療への応用に関して重要な知見を得た研究であり、学位の授与に値すると考えられる。

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