学位論文要旨



No 120268
著者(漢字) 三方,崇嗣
著者(英字)
著者(カナ) ミカタ,タカシ
標題(和) 多発筋炎/皮膚筋炎,封入体筋炎におけるC型肝炎ウイルス感染の意義に関する検討
標題(洋)
報告番号 120268
報告番号 甲20268
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2417号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 郭,伸
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要旨本文

 筋炎は炎症性機序で筋組織を障害する疾患の総称であり、原因の不明な特発性筋炎とウイルスや細菌、真菌等の感染に伴う感染性筋炎に大別される。特発性筋炎の多くは多発筋炎(Polymyositis:PM)、皮膚筋炎(Dermatomyositis:DM)、封入体筋炎(Inclusion body myositis:IBM)に分類され、その他に筋膜炎を伴う例、限局性筋炎、肉芽腫性筋炎等の病態が知られる。DMは液性免疫機序、PMとIBMは細胞障害性機序が主に関与する。PMやDMには、自己免疫疾患や癌に伴い発症する例もあり、障害の標的は不明であり、病態機序は均一ではないと考えられている。IBMは筋線維に特徴的封入体を認め、治療抵抗性で原因不明の筋炎である。

 筋炎とウイルスの関連に関しては、インフルエンザ筋炎など小児に見られる急性発症の筋炎と、成人でHuman Immune deficiency virus(HIV)やHuman T cell Leulcemia Virus-1(HTLV-1)などレトロウイルスに伴う筋炎が知られているレトロウイルスが関与する筋炎の機序に関しては、ウイルスが筋織と共通抗原を持っている可能性や、ウイルスが感染した炎症細胞がサイトカインを産生し組織の自己抗原の提示を亢進させる可能性、ウイルスの持続感染がT細胞機能を変化させる可能性、レトロウイルス自体が自己抗原提示において亢進的役割をする可能性などが推定されている。

 C型肝炎ウイルス(HCV)はフラビウイルス科に属するRNAウイルスである。近年になりHCV罹患者において自己抗体の陽性率が高いことや、HCV core蛋白が宿主の補体受容体に結合しT細胞の増殖を抑制すること、HCVがリンパ球にも感染すること等が明らかになり、HCV感染が宿主の免疫系に作用することが知られてきている。又、HCV感染に伴い、肝臓以外の臓器の病変が生じることも知られ、本態性混合性クリオグロブリン血症、膜性増殖性腎炎、末梢神経障害、悪性リンパ腫等が報告されている。

 HCV罹患と特発性筋炎の関連に関しては過去に症例報告レベルの検討がなされるのみで、系統的な検討はなされていない。HCVが筋に感染して炎症をおこしうるのか、HCVが筋炎の病態に関与するのか、さらにHCV罹患下で筋炎を安全にかつ有効に治療できるかに関するデータはない。

 そこで私はHCV感染と特発性筋炎の関連における上記問題点を明らかにする目的で本研究をおこなった。なお、皮膚所見がないためPMと診断される症例の筋病理で典型的DM所見を認めることもあり、PMとDMの臨床上の区別が困難なことが多い。そこで、特発性筋炎をPM/DMおよびIBMに分類した上で、1.HCVの合併頻度、2.HCV合併による臨床的・病理的特徴、3.HCV合併PM/DMの治療・予後における問題点、4.HCVの筋炎発症に至る病態メカニズムの4点を検討した。

1. HCVの合併頻度

 PM/DMに関しては、1990-2004年の15年間に当科で経験しBohanの診断基準を満たし抗HCV抗体の測定されていた150症例を対象とし、各症例あたり1名選んだ疾患対照と比較した。HCV陽性例は14例(9.3%)で、疾患対照では7例(4.7%)であり有意差(p=0.11)はなかった。IBMに関しては、1992-2003年の12年間に当科と協力施設に入院し、Griggsらの基準で確実例となった全46例を対象とし、各症例あたり2名選んだ疾患対照と比較した。IBMは8/46例(17.4%)、疾患対照は5/92例(5.4%)でありIBMにおけるHCVの合併は有意に高頻度であった(p=0.04)。

2. HCV合併による臨床的・病理的特徴

 PM/DMに関しては、14例のHCV陽性PM/DM,136例のHCV陰性PM/DMで臨床因子、病理所見を比較した。年齢はHCV陽性群で有意に高く、受診前期間はHCV陽性群で有意に長かった(27.7±67.8ヶ月vs4.7±11.7ヶ月)(p=0.002)。また、HCV(+)PM/DMのうち受診前期間が12ヶ月以上の例が14例中9例(64%)で、一方全150症例中で受診前期間12ヶ月以上の筋炎は21例であり、このうちのHCV陽性例の比率は43%であった。また、HCV(+)PM/DMでは筋力低下の分布が遠位の例を高頻度で認めた(P<0.001)。病理所見では、慢性を示唆する肥大線維像、筋線維内の自己貪食空胞であるrimmed vacuole(RV)をもつ筋線維像、非壊死筋線維へのリンパ球浸潤像の項目でHCV陽性群が有意に高頻度であった。14例のHCV合併の筋炎の中では、炎症細胞浸潤の程度、壊死再生線維の頻度は様々であった。また、DMに特徴的とされる所見(perifascicular atrophy 4例、筋内鞘の血管内皮tubuloreticular structures 3例)、PMに特徴的とされる所見(正常筋線維へのリンパ球浸潤像4例)の双方を認めた。慢性の変化を5例で認めた。

 IBMに関しては、8例のHCV(+)IBM,38例のHCV(-)IBMで比較をしたが、臨床因子、病理所見の出現頻度には明らかな差がなかった。

3. HCV合併PM/DMの治療・予後における問題点

 14例のHCV(+)PM/DM例の治療経過と問題点について、臨床チャートを用いて検討した。14例中11例に経口プレドニゾロン(PSL)が投与された。その内1例はPSL投与前にメチルプレドニゾロンパルスを行っていた。8例はPSL治療に良好に反応し、無効の3例には、追加治療としてIVIg施行されて良好に反応した。3例ではステロイド治療はされておらず、そのうち1例はC型慢性肝炎に対するIFNとリバビリン投与を先行した結果、肝機能改善に伴い筋症状も改善を見せた。他の2例のうち1例は、無治療でCK値、筋力ともに正常化し、全身状態不良で治療不能であった1例は、緩徐に筋症状は悪化した。治療後の経過は2年から10年追えており、免疫抑制剤でコントロール困難な明らかな再燃は認めなかった。modified Rankin Scaleで比較すると加療例は全例改善したが完全な回復に至らない症例を認めた。4例は死亡しており、死因は2例は肺炎、1例は肝細胞癌、1例は間質性肺炎であった。加療中に肝機能が増悪した症例はなく、HCV-RNA量も治療前後で測定されていた4例で明らかな増加は認めなかった。

4. HCVの筋炎発症に至る病態メカニズム

 生検筋組織に対して、RT-PCR-サザンブロット法および免疫組織化学染色法にて検討をした。

 PM/DMでは、RT-PCR法で、プラス鎖を6例、マイナス鎖を3例で検出した。プラス鎖は受診前期間が12ヶ月以下の3例、12ヶ月以上の3例で検出されたが、マイナス鎖は12ヶ月以上の症例のみ検出された。免疫組織化学では、検討した4抗体のうち、2種(抗E2抗体、抗core抗体)でのみ染色性を認め、6例で筋組織内の一部の浸潤炎症細胞の胞体が染色されたが、筋線維に染色性はなかった。

 IBMでは、RT-PCR法で検討しえた7例中、プラス鎖を4例、マイナス鎖を4例で検出した。これら、HCVプラス鎖、マイナス鎖の存在の有無での臨床像の差は認めなかった。免疫組織化学では、PM/DMと同じ抗体で、検討しえた5例中3例で筋組織内の一部の浸潤炎症細胞の胞体が染色されたが、筋線維には染色性はなかった。

 以上の結果に基づき、HCVとPM/DM及びIBMの関連性に関して以下のように考察をした。

 本検討の結果、HCV陽性PM/DMの中に緩徐進行の経過をとる例が多数例存在すること、緩徐発症筋炎の中にはHCV陽性例が高率に含まれることが明らかになった。また、IBMではHCV陽性率が有意に高値であることも明らかにした。以上の点からは、HCVと筋炎の合併が無関係な偶然の合併ではなく、HCV感染の存在が筋炎の緩徐進行化の因子となることが示唆された。また、HCV(+)PM/DMの慢性例には、DM機序、PM機序の両方の筋炎が含まれ、HCVの存在は様々な機序における筋炎の緩徐進行化に関係するとことが示唆された。本検討でHCVが特発性の筋炎の病態に影響をおよぼすことをはじめて指摘した。

 一方、治療を受けたHCV陽性PM/DM全例で改善状態の持続が確認され、明らかな肝機能の悪化や、ウイルス量の増加は認めなかった。通常のPM/DMと同様の加療をし、ステロイド不応の場合はIVIgの投与価値があると考えられた。

 HCVの筋炎の病態への関与のメカニズムについての検討で、RT-PCR法で、骨格筋から、本検討で初めてマイナス鎖を検出し、それは緩徐進行PM/DM例とIBM例においてのみであった。このことは、緩徐進行筋炎例においてのみHCVの増殖が確認されたことを意味し、さらにHCVが筋炎の緩徐進行化と関連することを支持する結果と考えた。HCVの局在に関しての免疫組織学的な検討では、HCVは筋線維にはなく、浸潤炎症細胞にのみ確認され、本検討からは筋線維への直接感染は示唆されなかった。

 HCVの特発性筋炎への関与の機序に関しては、HCVが筋組織と共通抗原を持っている可能性、HCVが局所浸潤の炎症細胞に持続感染することで炎症細胞の機能が変化し緩徐進行化する可能性を考えた。一方、HCV駆除療法のみで軽快した例が存在し、同様の報告は過去にもあることから、機序は均一ではない可能性も残された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は炎症性筋疾患である多発筋炎(polymyositis:PM)/皮膚筋炎(dermatomyositis)、封入体筋炎(inclusion body myositis:IBM)におけるC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus:HCV)感染の意義を明らかにするために、PM/DM150例、IBM46例を用いて種々の検討を行い、下記の結果を得ている。

1. HCV合併頻度に関してPM/DMでは150例中14例(9.3%)がHCV陽性であり、性別・年齢を合致させた疾患対照群は150例中7例(4.7%)がHCV陽性でx二乗検定でp=0.11と有意差認めなかった。IBMでは46例中8例(17.4%)がHCV陽性であり、年齢・性別・居住地を合致させた疾患対照である脳血管障害は92例中5例(5.4%)が陽性であり、x二乗検定でp=0.04と有意差認めた。

2. 臨床チャートを用いてHCV陽性例と陰性例とを後方視的に比較検討した。HCV陽性PM/DMでは発症から受診までの期間(受診前期間)が27.7±67.8ヶ月で、HCV陰性PM/DMの4.7ヶ月±11.7ヶ月と比し有意(p=0.002)に長期間で緩徐発症の経過を辿った。筋力低下の分布に関しても上肢遠位に近位筋と同等かそれ以上の筋力低下を有意差を持って認めた。IBMに関して臨床的には明らかな差は認めなかった。

3. 生検筋組織の病理学的検討を行い、HCV陽性例と陰性例とで比較した。HCV陽性PM/DMでは14例中5例(36%)で肥大線維・脂肪浸潤・rimmed vacuoleといった慢性の所見を認め、136例中5例(3.7%)のHCV陰性PM/DMより有意に高頻度であった。病理学的機序から分類するとPMに特異的な非壊死筋線維へのリンパ球浸潤像をHCV陽性PM/DMでは14例中4例(29%)で認め、136例中8例(5.9%)のHCV陰性PM/DMに比し有意に高頻度であった。DM機序も認め、HCV陰性PM/DMと頻度は不変であった。IBMに関しては病理学的に明らかな差は認めなかった。

4. HCV陽性PM/DMでは加療された例は全例プレドニゾロン又は免疫グロブリン大量静注療法に良好に反応した。一例ではあるがC型肝炎に対するインターフェロン・リバビリン併用療法で筋力改善した例を認めた。

5. 凍結筋組織よりRNAを抽出し、cDNAとした後、HCVのcore領域に設定したプライマーを用いてnasted PCRを行い、サザンブロットで確認した。その結果HCV陽性PM/DMではプラス鎖を6例、マイナス鎖を3例で検出した。マイナス鎖を認めた症例は何れも受診前期間の長い症例であった。HCV陽性IBMからはプラス鎖を4例、マイナス鎖を4例認めた。HCV陰性生検筋からはプラス鎖・マイナス鎖共に検出されなかった。骨格筋組織にHCVが感染・増殖していることを初めて示した。

6. HCVcore蛋白及びHCVE2蛋白に対する免疫染色を凍結筋組織を用いて行ったHCV陽性PM/DMでは6例で浸潤炎症細胞の胞体のみに染色性を認め、筋線維には染色性を認めなかった。HCV陽性IBMでは3例で浸潤炎症細胞の胞体のみに染色性を認め、筋線維には染色性を認めなかった。骨格筋におけるHCV感染の場が浸潤炎症細胞であることを示した。

 以上、本論文は炎症性筋疾患とHCVの関連性を多数例を用いて検討した結果、IBMにおいてHCV陽性率が有意に高値であることを初めて指摘した。また、HCV陽性PM/DMにおいて緩徐発症の経過を取ること、臨床的に上肢遠位筋優位に筋力低下を来しうること、病理的にも慢性所見をとること、治療に良好に反応することを初めて明らかにした。さらにRT-PCR及び免疫染色で骨格筋組織内でHCVが感染・増殖していること、筋組織にではなく浸潤炎症細胞に感染していることを初めて示した。炎症性筋疾患の緩徐発症化にHCVが関連している可能性を示唆した。このように本論文は炎症性筋疾患の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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