学位論文要旨



No 120271
著者(漢字) 小川,実幸
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,ミユキ
標題(和) 新規RING finger蛋白質Rinesによる神経発生制御因子Zic2蛋白質分解の役割
標題(洋) Degradation of Zic2 protein is promoted by Rines,a novel RING finger protein
報告番号 120271
報告番号 甲20271
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2420号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 講師 森島,真帆
内容要旨 要旨を表示する

(序論)

 Zicファミリーは神経発生をはじめとする脊椎動物の様々な発生過程を制御するZinc finger 型転写因子である。特にヒトZIC2変異および、発現量が著しく減少するZic2ノックダウンマウスにおいては、終脳正中部位欠損の先天性奇形、holoprosencephaly(HPE)を生じる。さらにカエルでのZic2の過剰発現の結果、神経外胚葉と神経堤の拡大が観察され、Zic2が神経発生において重要な役割を持つことが示されている。しかし、発生過程におけるZic2蛋白質の制御機構には不明な点が多い。そこで、Zic2の具体的な分子作用機序を理解するため、yeast two hybrid法を用いてZic2と相互作用する蛋白質を探索し、新規のRING finger蛋白質を見い出した。

 最近、RING finger蛋白質の多くが、ユビキチン-プロテアソーム系におけるE3ユビキチンリガーゼであることが示されている。プロテアソーム系蛋白質分解機構は、細胞の増殖、分化、アポトーシスおよび神経発生やシナプス可塑性など様々な細胞制御過程に関わる蛋白質を特異的に分解し、適切な量に制御する機構である。E3ユビキチンリガーゼは、基質蛋白質を特異的に認識し、その分解を時間、空間的に厳密に制御する分子群で、この分解系において中心的な役割を果たす。E3ユビキチンリガーゼにより認識され、ポリユビキチン化された蛋白質はプロテアソームにより迅速に分解される。

 本研究では、このZic2結合活性を持つ新規のRING finger蛋白質、Rinesの構造、発現パターンおよび分子機能を解析し、Rines蛋白質がZic2蛋白質のプロテアソームによる分解を促進することを明らかにした。

(結果、考察)

1、 新規RING finger蛋白質Rinesの同定。

 Yeast two hybrid法を用いて、Zic2と相互作用する蛋白質数種を同定し、完全長cDNAをクローニングした。またそれらの発現部位がZic2のそれと重なることを確認した。このうち、RING finger(C3HC4-type Zinc finger)ドメインを持つ新規遺伝子をRines(RING finger protein in neural cells)と命名し、解析を行った。Rines蛋白質は、coiled-coilドメインおよびRING fingerドメインを持ち、脊椎動物において進化的に保存されていることが分かった。特にRING fingerドメインで高く保存されていた。また、RING fingerドメインに相同性のある蛋白質の特徴から、RinesのRING fingerドメインが、蛋白質間相互作用に関わることが示唆された。

2、 Rinesの発現部位の解析

 Rinesはヒト、マウスにおいて脳での発現が強く、マウス胎児においては、神経前駆細胞の存在が示されている側脳室脳室帯で特に強い発現を示す(図1左、右)。また、発生段階の側脳室脳室帯では、Zic2の発現が内側部位で強いのに対し、Rinesは外側部位で強く、その境界で発現が重なっている(図1中、右)。さらにRinesは、Zicと同様に特定の脳腫瘍組織においても発現が見られた。これらの所見から、RinesがZic2の分子機能制御機構を介して神経前駆細胞の増殖、分化制御に関わる可能性があると考えられた。

3、 Rines蛋白質とZic2蛋白質の相互作用の検討

 Zic蛋白質とRines蛋白質の結合をGST-pull down法によりin vitroで確認した。また、Rines蛋白質は、そのcoiled-coilドメインおよびRING fingerドメインでZic2蛋白質と結合し、Zic2蛋白質は、Zic-opa保存領域(ZOCドメイン)とZinc fingerドメインとの間の領域でRines蛋白質と結合することが分かった。また精製蛋白質を用いて、Zic2蛋白質とRines蛋白質のdirectな結合を確認した。

4、 RinesはZic2のプロテアソームによる分解を促進する。

 293T細胞内でのRines蛋白質とZic2蛋白質との結合は、通常では確認されず、プロテアソーム阻害剤存在下でのみ確認された(図2)。よって、Rines蛋白質がユビキチンリガーゼとして働き、Zic2蛋白質を標的として、プロテアソームによる分解を促進するのではないかと考えた。実際に293T細胞においてRines蛋白質の過剰発現によりZic2蛋白質の分解が促進され、その効果はプロテアソーム阻害剤でのみ抑制され、リソソームプロテアーゼ阻害剤では抑制されなかった。Zic2蛋白質と同様に、Rines蛋白質も、プロテアソーム阻害剤存在下でのみ増加することが確認された。さらに、NIH3T3細胞においてもRines蛋白質によりZic2蛋白質の分解が促進され、プロテアソーム特異的阻害剤存在下においてのみ、その分解効果は抑制された。実際にRines蛋白質がZic2蛋白質の半減期を早めていることがNIH3T3細胞での蛋白質合成阻害剤シクロヘキシミドによるchase実験により証明された(図3)。以上の事実から、Rines蛋白質がZic2蛋白質のプロテアソームによる分解を促進し、自身もプロテアソームにより分解されることが明らかになった。

 次に、Rines蛋白質のcoiled-coilドメインおよびRING fingerドメインがZic2蛋白質の分解に必要であるかをRinesの欠失変異体を用いて検討した(図4)。その結果、Zic2と結合できないN末領域のみの変異体、および、Zic2結合ドメインであるcoiled-coilドメインの欠失変異体には有意なZic2蛋白質分解活性がなかった。一方、同じくZic2結合ドメインであるRING fingerドメインの欠失変異体は弱いZic2分解活性を示したが、野生型Rinesに比べてその活性は減少していた。これらの事実から、Rines蛋白質によるZic2蛋白質分解において、coiled-coilドメインおよびRING fingerドメインが必要であると考えられた。

5、 Rines蛋白質はZic2蛋白質による転写活性化を抑制する。

 実際に、Rines蛋白質の存在によってZic2の転写活性化機能が影響を受けるかを、レポーターアッセイにより検討した(図5)。この結果、野生型Rinesの発現量に依存してZic2の転写活性化能が抑制された。また、RING fingerドメインの欠失変異体にも、野生型に比べて低いがZic2の転写活性抑制能力があることが分かった。しかし、RinesのN末領域およびcoiled-coilの欠失変異体ではZic2の転写活性化能は有意には影響を受けなかった。このように、Rinesの野生型および欠失変異体によるZic2蛋白質の分解能力と転写活性化抑制はよく一致していた。これらの事実から、Rines蛋白質がZic2蛋白質へ結合し、分解を促進することで、Zic2の転写活性化能を抑制すると考えられた。

6、 E3ユビキチンリガーゼとしてのRines蛋白質の役割。

 更なる解析の結果、多くのRING finger型ユビキチンリガーゼと同様に、Rines自身もユビキチン化され、プロテアソームにより分解されること、またユビキチンープロテアソーム系において活性化ユビキチンと結合するE2結合酵素の一つであるUbcH6と特異的に結合することが明らかになったため、Rines蛋白質がユビキチンリガーゼとして働くことが考えられた。そこで、実際にRines蛋白質がZic2蛋白質のユビキチン化を促進するかを検討したが、Zic2蛋白質のユビキチン化は確認されなかった。以上の事実より、Rines蛋白質は、基質蛋白質のユビキチン化を介さずにプロテアソームによる分解を促進するユビキチンリガーゼであることが示唆された。最近、同様に基質蛋白質のユビキチン化を介さないプロテアソームによる分解機構が報告されている。生理的条件下ではRines蛋白質による、Zic2蛋白質のユビキチン化の促進が起きている可能性も否定できないが(図6A)、本研究の結果から、Rines蛋白質が自身もしくは他のユビキチンリガーゼによりユビキチン化され、結合してきたZic2蛋白質と共にプロテアソームにより分解されるというモデルが考えられる(図6B)。

7、 Rines-Zic2蛋白質間相互作用の神経発生における役割

 Zic2蛋白質は、前脳背側の内側部分での神経前駆細胞の増殖と分化を制御すると考えられてきた。本研究の側脳室脳室帯におけるZic2とRinesの発現の特徴から、Rines蛋白質がZic2蛋白質の分解を介して、Zic2蛋白質を前脳の内側部分に限局させ、発生過程の前脳脳室帯における内側-外側の境界の形成に関与していることが示唆された。結果として、Rines-Zic2蛋白質間相互作用は、終脳の部域特異化に役割を持つ可能性があると考えられた。

(結語)

 新規RING finger蛋白質Rinesが、Zic2蛋白質のプロテアソームによる分解を促進し、その結果、Zic2蛋白質による転写活性化を抑制することが明らかになった。以上により、Rinesは神経前駆細胞におけるZic2蛋白質の分解を制御することにより、神経発生、分化に関わるのではないかと推測された。

図1 マウス胎児脳におけるRinesおよびZic2の発現。

 17.5日胚(左)および14.5日胚(中、右)の前頭部冠状断。

 Rinesは側脳室の脳室帯に強く発現する(左、右)。

 Zic2とRinesの発現は脳室帯の内側の一部で重なる(中、右)。

 CC:大脳皮質、LV:側脳室、LS:lateral septal nucleus、scale bar:200μm

図2 293T細胞でのRines蛋白質とZic2蛋白質との結合。

 プロテアソーム阻害剤存在下でのみ結合が確認できる。また、Rinesの過剰発現によりZic2蛋白質は分解され、プロテアソーム阻害剤でのみ、その分解効果が抑制される。Rines蛋白質もプロテアソーム阻害剤でのみ増加する。

 MG132:プロテアソーム阻害剤

 E64:リソソームプロテアーゼ阻害剤

図3 シクロヘキシミドによるchase実験。

 Rines蛋白質はZic2蛋白質の半減期を早める。

(*)P<0.01 by Student's t test

図4 Rines蛋白質のcoiled-coilドメインおよびRING fingerドメインが、Zic2蛋白質の分解に必要である。

図5 Zic2の転写活性を指標にしたレポーターアッセイ。

 Rines蛋白質はZic2蛋白質による転写活性化をdose-dependentに抑制する。*,P<0.05;**,P<0.01by oneway ANOVA,with Student-Newman-Keuls test

図6 Rines蛋白質によるZic2蛋白質分解機構のモデル

 A:Zic2のユビキチン化によるZic2分解。Rinesがユビキチンリガーゼとして働き、Zic2のユビキチン化を促進し、プロテアソームによる分解を促進させる。

しかし、本研究ではZic2の直接のユビキチン化は見られていない。

 B:Rinesのユビキチン化によるZic2分解。Rinesが自身のユビキチンリガーゼ活性(ルート1)もしくは他のユビキチンリガーゼ(ルート2)によりユビキチン化され、結合したZic2と共にプロテアソームにより分解される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、神経発生をはじめとする脊椎動物の様々な発生過程を制御する転写因子Zic2の具体的な分子作用機序を理解するため、Zic2と相互作用する新規の蛋白質を探索、同定し、その機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1、Yeast two hybrid法を用いて同定された、Zic2と相互作用する蛋白質の中から、発現部位がZic2のそれと一部重なる新規の蛋白質数種を同定し、完全長cDNAをクローニングした。その中でもRING finger(C3HC4-type Zinc finger)ドメインを持つ新規遺伝子をRines(RING finger protein in neural cells)と命名し、解析を行い、Rines蛋白質が、coiled-coilドメインおよびRING fingerドメインを持ち、脊椎動物において進化的に保存されていることを示した。

2、Rinesの発現部位の検討をNorthern blot法およびin situ hybridization法により行ったところ、Rinesはヒト、マウスにおいて脳での発現が強く、マウス胎児においては、神経前駆細胞の存在が示されている側脳室脳室帯で特に強く発現することが示された。発生段階の側脳室脳室帯では、Zic2の発現が内側部位で強いのに対し、Rinesは外側部位で強く、その境界で発現が重なることが示された。以上のことから、RinesがZic2の分子機能制御機構を介して神経前駆細胞の増殖、分化制御に関わる可能性があると考えられた。

3、Zic蛋白質とRines蛋白質との結合をGST pull-down法により示した。また結合ドメインとして、Rines蛋白質は、coiled-coilドメインおよびRING fingerドメインでZic2蛋白質と結合し、Zic2蛋白質は、Zic-opa保存領域(ZOCドメイン)とZinc fingerドメインとの間の領域でRines蛋白質と結合することが示された。また精製蛋白質を用いて、Zic2とRinesのdirectな結合を示した。

4、293T細胞内でのRines蛋白質とZic2蛋白質との結合を免疫沈降法により検討したところ、通常では確認されず、プロテアソーム阻害剤存在下でのみ確認された。したがって、Rines蛋白質がユビキチンリガーゼとして働き、Zic2蛋白質を標的として、プロテアソームによる分解を促進するのではないかと考えられた。実際に293T細胞においてRines蛋白質の過剰発現によりZic2蛋白質の分解が促進され、その効果はプロテアソーム阻害剤でのみ抑制されるが、リソソームプロテアーゼ阻害剤では抑制されないことが示された。またRines蛋白質自身もプロテアソーム阻害剤存在下でのみ増加することを確認した。さらに、NIH3T3細胞においてもRines蛋白質によりZic2蛋白質の分解が促進され、プロテアソーム特異的阻害剤存在下においてのみ分解効果が抑制されるが、カルパイン特異的阻害剤存在下においては抑制されないことが示された。実際にRines蛋白質がZic2蛋白質の半減期を早めることがNIH3T3細胞での蛋白質合成阻害剤シクロヘキシミドによるchase実験により証明された。以上の事実から、Rines蛋白質がZic2蛋白質のプロテアソームによる分解を促進し、自身もプロテアソームにより分解されることが示された。

5、Rines蛋白質のcoiled-coilドメインおよびRING fingerドメインがZic2蛋白質の分解に必要であるかをRinesの欠失変異体を用いて検討した。その結果、RinesのN末領域のみの変異体、およびZic2結合ドメインであるcoiled-coilドメインの欠失変異体には有意なZic2蛋白質分解活性がないことが示された。一方、Zic2結合ドメインであるRING fingerドメインの欠失変異体は弱いZic2分解活性を示したが、野生型Rines、に比べてその活性は減少していた。これらの事実から、Rines蛋白質によるZic2蛋白質分解において、coiled-coilドメインは必須のドメインであり、またRING fingerドメインも関与するものと考えられた。

6、実際に、Rines蛋白質がZic2の転写活性化機能に影響を与えるかを、レポーターアッセイにより検討したところ、野生型Rinesの発現量に依存してZic2の転写活性化能が抑制されることが示された。また、RING fingerドメインの欠失変異体にも、野生型に比べて低いがZic2の転写活性化抑制能力があることが示された。しかし、RinesのN末領域およびcoiled-coilの欠失変異体ではZic2の転写活性化は有意な影響を受けなかった。以上のことから、Rinesの野生型および欠失変異体によるZic2蛋白質の分解能力と転写活性化抑制能力はよく一致することが示された。これらの事実から、Rines蛋白質がZic2蛋白質の分解を促進することで、Zic2の転写活性化機能を抑制すると考えられた。

7、多くのRING finger型ユビキチンリガーゼと同様に、Rines自身もユビキチン化され、プロテアソームにより分解されること、またユビキチンープロテアソーム系において活性化ユビキチンと結合するE2結合酵素の一つであるUbcH6と特異的に結合することが示された。したがってRines蛋白質がユビキチンリガーゼとして働くことが考えられた。そこで、実際にRines蛋白質がZic2蛋白質のユビキチン化を促進するかを検討したが、Zic2蛋白質のユビキチン化は確認されなかった。以上の事実より、Rines蛋白質は、基質蛋白質のユビキチン化を介さずにプロテアソームでの分解を促進するユビキチンリガーゼであることが示唆された。本研究の結果から、Rines蛋白質が自身もしくは他のユビキチンリガーゼによりユビキチン化され、結合してきたZic2蛋白質と共にプロテアソームにより分解されるというZic2分解モデルが考えられた。

 以上、本論文は新規RING finger蛋白質Rinesが、Zic2蛋白質のプロテアソームによる分解を促進し、その結果Zic2蛋白質よる転写活性化を抑制することを明らかにした。本研究はこれまで未知であった、Zic2蛋白質のプロテアソーム系蛋白質分解制御機構を明らかにし、神経前駆細胞の発生、分化におけるプロテアソーム系蛋白質分解の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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