学位論文要旨



No 120273
著者(漢字) 上羽,悟史
著者(英字)
著者(カナ) ウエハ,サトシ
標題(和) ケモカイン・接着因子を標的としたGVHDの回避と選択的GVT誘導法の開発
標題(洋)
報告番号 120273
報告番号 甲20273
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2422号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 助教授 井上,和男
 東京大学 客員助教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

 同種造血幹細胞移植(allogeneic hematopoietic stem cell transplantation)は様々な造血器系腫瘍に対する最も効果的な治療法であり,時には化学療法単独では治癒が得られないような状態の疾患に対しても根治をもたらすことに成功している.同種造血幹細胞移植による腫瘍治癒には,移植骨髄または末梢血幹細胞に混入するドナーT細胞が宿主型組織適合抗原を発現する腫瘍細胞に対して細胞傷害性を発揮するGVT(graft-versus-tumor)/GVL(graft-versus-leukemia)効果が重要な役割を担う.一方でドナーT細胞が正常臓器を傷害する致死的併発疾患である,急性GVHD(graft-versus-host disease)を否めないのが現状である.同種造血幹細胞移植における最大の問題はGVT効果とGVHD,双方においてドナー由来anti-tumor/host CTLすなわちエフエクタードナーCD 8T細胞が中心的な役割を果たすため,一般的にはGVT効果とGVHDの差別化が困難な事にある.急性GVHDでは標的臓器が腸管,肝臓,皮膚に限定されており,その選択性を規定するものとしてエフェクタードナーCD8T細胞が標的臓器へ選択的に浸潤し,臓器傷害を引き起こすことが考えられる.急性GVHDにおける臓器傷害の中でも腸管GVHDは,下痢による脱水や,傷害を受けた腸管上皮から消化管内細菌が生体内に転移し,全身性の炎症を誘導する等,GVHDの重症化に関与している.本研究において私は,腸管GVHDの発症機序およびGVT効果をエフエクタードナーCD 8T細胞の臓器浸潤の観点から詳細に解析し,細胞遊走関連分子を標的としてGVT効果を損なうことなく選択的に腸管GVHDを抑制する新規な治療法の可能性を検討した.

方法と結果

1) 腸管GVHDにおけるドナーCD 8T細胞の動態

 まずC57BL/6(B6)マウスの脾細胞をC57BL/6xDBA/2F1(BDF1)マウスに移入する急性GVHDモデルを用いて,エフェクタードナーCD 8T細胞誘導の場である2次リンパ組織およびGVHDの標的臓器である腸管におけるドナーCD 8T細胞の動態を解析した.フローサイトメトリー解析により,腸管膜リンパ節および脾臓においてドナーCD 8T細胞数は移入後2日目より増加を始め,10日目にピークを迎え,その後急速に減少する事が明らかとなった.腸管では移入後8日目までは少数のドナーCD 8T細胞を認めるのみであったが,その後GVHDの極期である14日目にかけて急速に増加するという,2次リンパ組織とは異なった動態を示した.腸管組織の免疫蛍光染色により,ドナーCD 8T細胞は主に腸管陰窩部から浸潤を始めることが明らかとなった.またHE染色およびTUNEL法により,ドナーCD 8T細胞の腸管浸潤に伴って腸管陰窩部におけるアポトーシス細胞の増加,さらには破壊を伴う過形成といった腸管GVHDに特有の症状が認められた.これらの結果からGVHD早期に2次リンパ組織で増殖,分化したエフェクタードナーCD 8T細胞が,GVHD後期に2次リンパ組織から腸管等の末梢組織へ再分布するという,きわめてダイナミックなドナーCD 8T細胞の動態が明らかとなり,またドナーCD 8T細胞の腸管浸潤が腸管GVHDの発症に深く関与していることが示唆された.

2) GVHD誘導マウスにおける遊走関連分子の解析

 GVHD後期におけるエフェクタードナーCD 8T細胞の浸潤腸管に関与する遊走関連分子の発現を,フローサイトメトリーおよび定量PCRにより解析した.ドナーCD 8T細胞は血行性に2次リンパ組織から腸管へ遊走する.GVHD誘導後5日目までの末梢血を循環するドナーCD 8T細胞は,80%以上が接着因子CD62Lを高発現するリンパ組織指向性細胞であり,腸管指向性ホーミングレセプターα4β7を発現する細胞はほとんど認められなかった.GVHD誘導後5日目から9日目にかけて,末梢血におけるCD62L高発現ドナーCD 8T細胞は減少し,同時にα4β7を発現する細胞が増加した.10日目に腸管へ浸潤したドナーCD 8T細胞は多くがCD62L陰性,α4β7陽性であり,またケモカインレセプターCXCR6およびCX3CR1の遺伝子発現が上昇していることが明らかとなった.定量PCR,および免疫組織染色により,それぞれのリガンドであるMAdCAM-1,CXCL16およびfractalkineの腸管組織における恒常的な発現を認め,さらにドナーCD 8T細胞がMAdCAM-1陽性血管内皮周辺から腸管浸潤を始めることが明らかとなった.これらの結果からα4β7-MAdCAM-1,CXCR6-CXCL16およびCX3CR1-fractalkineの相互作用がエフェクタードナーCD 8T細胞の腸管浸潤および腸管GVHDの発症に重要な役割を果たしていると考え,中和抗体を用いたブロッキング実験によりこれらの分子の関与を検討した.抗MAdCAM-1抗体または抗fractalkine抗体をGVHD後期に投与する事により,ドナーCD 8T細胞の腸管浸潤および腸管陰窩部上皮におけるアポトーシスが有意に抑制され,一方で脾臓,リンパ節,肝臓におけるドナーCD 8T細胞数および肝傷害の指標とした血清ALTレベルに有意な差を認めなかった事から,抗fractalkine抗体および抗MAdCAM-1抗体が腸管GVHDを選択的に軽減する事が明らかとなった.また,抗CXCL16抗体投与群ではGVHDの病態に有意な差を認めなかった.

3) 抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与がGVT効果に及ぼす影響

 抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与が肝浸潤ドナーCD 8T細胞のanti-tumor/host CTL活性に与える影響を検討した.GVHD誘導14日目に肝臓へ浸潤したドナーCD 8T細胞が宿主型腫瘍細胞P815(H-2d)に対してCTL活性を示し,さらに抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与群がコントロール抗体投与群と同等のCTL活性を示したことから,抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与によりドナーCD 8T細胞に由来するanti-tumor/host CTL活性の誘導が阻害されないことが明らかとなった.P815は経静脈投与により肝臓に腫瘍を形成する.P815をGVHD誘導2日前に経静脈的に移入するGVTモデルにおいて,コントロール抗体投与群ではGVHD誘導後10日目の肝臓腫瘍局所に大量のドナーCD 8T細胞の浸潤,および腫瘍局所におけるアポトーシスの誘導が認められた.抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与群においてもコントロール抗体投与群と同等のドナーCD 8T細胞の浸潤を腫瘍局所に認めたことから,抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与がドナーCD 8T細胞の腫瘍局所への浸潤を阻害しないことが明らかとなった.最後に抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与がGVT効果による生存延長に与える影響を検討した.同系コントロールとしたBDF1マウス脾臓細胞移入群がドナー細胞移入後14-17日(median survival=15.2)でP815の肝浸潤により死亡したのに対し,B6脾臓細胞移入-コントロール抗体投与群では25-46日(median survival=37.1)とGVT効果による有意な生存延長(p<.001)が認められた.GVT効果による生存延長は抗MAdCAM-1抗体投与群(median survival=34.0)および抗fractalkine抗体投与群(median survival=34.8)においても保存されていたことから,抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与はGVT効果に影響を与えないことが明らかとなった.

考察

 同種造血幹細胞移植では組織適合抗原を標的とする大量のドナー由来anti-tumor/hostエフェクターCD 8T細胞が誘導されるため,他の癌免疫療法に比較し非常に高い抗腫瘍効果が得られる.一方で免疫療法に共通する問題点であるエフェクターCD 8T細胞による正常臓器の傷害がGVHDという形で最も重篤に現れるため,免疫抑制剤により正常臓器傷害と共に抗腫瘍効果を抑制しているのが現状である.本研究を通じて私はGVHDにおけるドナーCD 8T細胞の生体内動態を解析し,α4β7-MAdCAM-1およびCX3CR1-fractalkineの相互作用がエフェクタードナーCD 8T細胞の腸管浸潤に重要な役割を果たすこと,またこれを阻害することによりドナー由来anti-tumor/hostエフェクターCD 8T細胞の活性を損なうことなく選択的に腸管GVHDを軽減できることを明らかにした.今後MAdCAM-1およびfractalkineを標的とした分子標的療法が確立し,同種造血幹細胞移植がより安全且つ効果的な癌免疫療法として発展することを期待したい.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は同種造血幹細胞移植における抗腫瘍効果(GVT効果)と致死的併発疾患であるGVHDを差別化するため,GVT効果およびGVHD双方に重要な役割を果たすドナーCD 8T細胞の生体内動態を解析し,ドナーCD 8T細胞の腸管浸潤を阻害することにより腸管GVHDを選択的に抑制する予防,治療法の開発を試みたものであり,下記の結果を得ている.

1. C57BL/6マウスの脾細胞をBDF1マウスに移入する急性GVHDモデルにおいて,ドナーCD 8T細胞はGVHD早期に2次リンパ組織で増殖,エフェクター細胞へと分化し,GVHD後期に2次リンパ組織から腸管等の末梢組織へ再分布するという,きわめてダイナミックな動態を示した.またエフェクタードナーCD 8T細胞の腸管浸潤に伴い,腸管GVHDに特徴的な病変である腸管陰窩部上皮のアポトーシスが誘導されたことから,エフェクタードナーCD 8T細胞の腸管浸潤が腸管GVHDの発症に深く関与していることが示唆された.

2. GVHD後期に腸管へ浸潤したエフェクタードナーCD 8T細胞では細胞接着因子α4β7およびケモカインレセプターCXCR6,CX3CR1の発現が上昇しており,またこれらのリガンドであるMAdCAM-1,CXCL16およびfractalkineは腸管組織において恒常的に発現していた.MAdCAM-1またはfractalkirleに対する中和抗体をGVHD後期に投与する事により,ドナーCD 8T細胞の腸管浸潤および腸管陰窩部上皮のアポトーシスが有意に抑制され,一方で脾臓,リンパ節,肝臓におけるドナーCD 8T細胞数,および肝傷害の指標とした血清AITレベルに有意な差を認めなかった事から,α4β7-MAdCAM-1およびCX3CR1-fractalkineの相互作用を阻害することにより腸管GVHDが選択的に軽減される事が明らかとなった.

3. 肝臓に腫瘍を形成する腫瘍細胞P815をGVHD誘導2日前に投与するGVTモデルを用いて,抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与がGVT効果に与える影響を検討した.抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与はanti-tumorエフェクタードナーCD 8T細胞の誘導,エフェクタードナーCD 8T細胞の肝臓腫瘍局所への浸潤,およびGVT効果による生存延長を阻害しなかったことから,抗MAdCAM-1抗体および抗fractalkine抗体投与はGVT効果に影響を与えないことが明らかとなった.

 以上,本論文はGVHDにおけるドナーCD 8T細胞の生体内動態を解析し,α4β7-MAdCAM-1およびCX3CR1-fractalkineの相互作用がエフェクタードナーCD 8T細胞の腸管浸潤に重要な役割を果たすこと,またこれらの相互作用を阻害することによりGVT効果を損なうことなく選択的に腸管GVHDを軽減できることを明らかにした.本研究により得られた結果は,同種造血幹細胞移植がより安全且つ効果的な癌免疫療法として発展するうえで重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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