学位論文要旨



No 120274
著者(漢字) Vigeh,Mohsen
著者(英字)
著者(カナ) ビージェ,モーセン
標題(和) 鉛および微量金属の血中濃度と子かん前症の関連 : テヘランの職業性曝露のない女性を対象とした研究
標題(洋) Relationship of Blood Concentrations of Lead and Other Trace Metals with Preeclampsia : A Study on Non-Occupational Exposed Women in Tehran,Iran.
報告番号 120274
報告番号 甲20274
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2423号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 助教授 石川,昌
内容要旨 要旨を表示する

I 緒言

 産業革命以降、女性における重金属の職業性あるいは環境からの曝露機会が増加した。重金属への曝露は、とりわけ妊娠女性によくない影響を与える。過去の疫学研究や実験室レベルの研究から、血中鉛と血圧の間に有意な関連のあることが報告されている。筆者の先行研究によれば、妊娠高血圧症を発症した妊婦の出産直後の血中鉛濃度(56.8±20μg/l)は、正常血圧の妊婦のそれ(48.3±19μg/l)より有意に高かった。

 本研究の目的は、テヘラン(イラン)に居住する、重金属等に対する職業性曝露のない妊娠女性を対象にして、子かん前症(preeclampsia)発症と、母体血中(mother whole blood)および臍帯血中(umbilical cord blood)の鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)、水銀(Hg)、カドミウム(Cd)、コバルト(Co)、鉛(Zn)の濃度との関連について検討を行うことである。

II 方法

 当該研究は、2003年4月から2004年1月にかけて、テヘランの2つの教育病院において、同病院を含むイランと日本の複数の研究組織による共同研究として行われた。対象者は上記の2病院に妊娠のため通院し、出産した女性である。ただし心疾患、糖尿病、悪性新生物、腎不全などの慢性疾患を有する者は除外した。対象者に対して、調査の意義と内容について医師が説明し、調査への参加は任意とした上で、参加への同意を得た。B型肝炎ウイルス保因者、HIV保因者は、以後の分析から除外した(計37名)。初診時および出産のための入院時に、身長および体重を計測し、BMI(Body Mass Index)を算出した。対象者の血液採取については、臍帯血は臍帯排出直後に、母体血については出産後24時間以内に行った。対象とした金属の全血濃度は、誘導結合プラズマ質量分析法で測定した。

 血液採取後、対象者に対して一定の質問票に基づく聞き取り調査を行った。調査内容は、年齢、妊娠・出産歴、重金属等の曝露に関する事項などである。

 本研究における子かん前症の定義は(1)妊娠20週以降において収縮期血圧140mmHg/拡張期血圧90mmHg以上、および(2)尿中蛋白24時間量300mg以上または試験紙法で尿蛋白1+以上が持続している状態とした。

 統計的解析については、子かん前症群ならびに健常(非子かん前症)群の2群に分け、Wilcoxon順位和検定あるいはカイ2乗検定を用いた。また変数間の相関についてはPearson相関係数を計算した。さらに子かん前症の有無を目的変数とし、対象金属の血中濃度の対数および関連しうる属性等を説明変数とした変数増加法ロジスティック回帰分析を行った。以上の統計解析には、SPSS version 11.5を用いた。

III 結果

 最終的に396名の妊婦が分析対象となった。対象妊婦の平均年齢(SD)は27(±6)歳、年齢幅は15-49歳であった。過去6ヶ月間に対象の金属について職業性曝露のある者はいなかった。対象者のうち、子かん前症を発症した者は31名(7.8%)だった。子かん前症群の平均年齢は26歳で、健常群より1歳若かったが、有意差はなかった。臍帯血中の鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の濃度は、子かん前症群(平均±SD:43.0±24.9μg/l,4.2±2.7μg/l,46.9±15.0μg/l)が健常群(35.1±20.9μg/l,3.2±2.7μg/l,40.4±15.3μg/l)に比して有意に高かった(p<0.05)。アンチモン(Sb)については、母体血濃度および臍帯血濃度と収縮期血圧の間に有意な相関があった。ロジスティック回帰分析の結果、子かん前症に対す臍帯血中の鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の濃度の対数およびBMIのオッズ比(95%信頼区間)は、それぞれ13.2(1.6-109.2)、6.2(1.1-34.0)、33.3(1.8-631.3)、1.1(1.005-1.2)であった。

IV 考察

過去の研究によれば、鉛(Pb)は腎臓におけるトロンボキサン濃度、血中ノルアドレナリン濃度およびアドレナリン濃度、アンギオテンシンIIの感受性を増加させることが知られている。また鉛(Pb)は血中の酸化窒素(NO)を増加させると報告されているが、酸化窒素は血管拡張因子としても知られている。鉛(Pb)はカルシウム代謝を通して、末梢血管の平滑筋に直接的に作用し、妊娠時の高血圧を引きおこす可能性が指摘されている。本研究では、母体血および臍帯血の鉛(Pb)濃度と血圧との関連は見られなかったが、鉛(Pb)は子かん前症のリスクを高める可能性が示唆された。

 本研究において、血圧と統計的に関連があったのは母体血および臍帯血のアンチモン(Sb)濃度であった。ATSDRの報告によれば、アンチモン(Sb)は心血管系へ作用して血圧上昇をもたらすとされている。実験室レベルの研究によれば、アンチモン(Sb)はアセチルコリンの血圧低下作用を弱めるとされる。今回の結果はこれらの報告と矛盾しないと思われる。

 マンガン(Mn)に曝露した集団において、血中レニン活性が増加したことが報告されている。本研究では、マンガン(Mn)濃度と血圧との関連は見られなかったが、子かん前症との関連が認められた。上記の金属濃度以外の要因として、高BMI、多胎妊娠、未経産婦と子かん前症と関連が認められた。

V 結論

 非職業性曝露による鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の臍帯血濃度上昇は子かん前症発症のリスク増加と関連があった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、テヘラン(イラン)に居住する、重金属等に対する職業性曝露のない妊娠女性を対象にして、子かん前症(preeclampsia)発症と、母体血中(mother whole blood)および臍帯血中(umbilical cord blood)の鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)、水銀(Hg)、カドミウム(Cd)、コバルト(Co)、鉛(Zn)の濃度との関連について検討を行い、下記の結果を得ている。

1. 396名の妊婦が分析対象となった。対象妊婦の平均年齢(SD)は27(±6)歳、年齢幅は15-49歳であった。過去6ヶ月間に対象の金属について職業性曝露のある者はいなかった。対象者のうち、子かん前症を発症した者は31名(7.8%)だった。子かん前症群の平均年齢は26歳で、健常(非子かん前症)群より1歳若かったが、有意差はなかった。

2. 臍帯血中の鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の濃度は、子かん前症群(平均±SD:43.0±24.9μg/l,4.2±2.7μg/l,46.9±15.0μg/l)が健常群(35.1±20.9μg/l,3.2±2.7μg/l,40.4±15.3μg/l)に比して有意に高かった(p<0.05)。

3. アンチモン(Sb)については、母体血濃度および臍帯血濃度と収縮期血圧の間に有意な相関があった。

4. ロジスティック回帰分析の結果、子かん前症に対する臍帯血中の鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の濃度の対数およびBMIのオッズ比(95%信頼区間)は、それぞれ13.2(1.6-109.2)、6.2(1.1-34.0)、33.3(1.8-631.3)、1.1(1.005-1.2)であった。

 以上、本研究はテヘランに居住する、重金属等に対する職業性曝露のない妊娠女性を対象にし、子かん前症発症と、母体血中ならびに臍帯血中の鉛および微量金属の濃度との関連について、疫学的および統計学的検討を加えた結果、非職業性曝露による鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の臍帯血濃度上昇と子かん前症発症のリスク増加との関連を明らかにした。本研究は、環境中の低濃度重金属曝露による健康影響について、新たな知見を加えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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