学位論文要旨



No 120278
著者(漢字) 笹平,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ササヒラ,ナオキ
標題(和) 肝細胞癌に対する経皮的局所療法の経過中に生じる閉塞性黄疸に対するインターベンションの有用性に関する検討
標題(洋)
報告番号 120278
報告番号 甲20278
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2427号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 國土,典宏
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 肝細胞癌(hepatocellular carcinoma;HCC)による死亡者は年間約3万人で、本邦の悪性疾患の中で死因の第3位を占め、一般にはウイルス性肝硬変を背景として発生する。治療法として、外科的切除とともに、近年、経皮的エタノール注入療法(percutaneous ethanol injection therapy;PEIT)やマイクロ波(percutaneous microwave coagulation therapy;PMCT)、ラジオ波焼灼療法(radiofrequency ablation;RFA)といった、経皮的局所療法(percutaneous tumor ablation;PTA)も、より低侵襲な治療法として普及してきたが、同時に、PTAによる胆管損傷を始め、腫瘍の胆管内進展や圧排・浸潤、腫瘍出血、胆管結石などによる閉塞性黄疸といった、胆道系の諸問題も認識されるようになった。また、時に肝移植後に見られる"Biliary Cast"と同様の、胆管内を占める鋳型状の構造物に遭遇することがあるが、これまでHCCに対するPTA後のBiliary Castの報告はなく、これらが、どのような経過で形成され、いかなる臨床的特徴をもつのか、検討することとした。

 元来、肝硬変を合併しているHCC患者においては、これらの病態に応じて適切な治療を行わねば、肝不全に移行し、致死的になることもある。肝外胆管の閉塞は結石、Biliary Cast、胆道出血からなり、これらは内視鏡除去の適応となる。除去に際して、通常は内視鏡的乳頭切開術(endoscopic sphincterotomy,EST)が標準的に行われるが、出血傾向を有するHCC患者では、ESTに伴う出血を回避するために、内視鏡的乳頭バルーン拡張術(endoscopic papillary balloon dilation,EPBD)がよい適応となる。一方、肝門部の胆管閉塞は、主として腫瘍の胆管内進展や、肝門部浸潤、穿刺に伴う瘢痕狭窄によることが多く、経皮経肝胆道ドレナージ(percutaneous transhepatic biliary drainage,PTBD)の適応となる。しかしながら、HCCが高度に進行した時点で発症する肝門部閉塞は、肝不全との鑑別が困難で、適応に迷うところでもある。

 このように、HCCに対する低侵襲的治療法としてPTAが普及するにつれ、その合併症を含めた胆道疾患に対しても、より低侵襲で安全かつ確実な治療法が望まれるようになった。そこで、今回HCCの経過中に生じる胆道系の諸問題に対するInterventionの有用性について検討することとした。

2. 胆道系疾患の頻度と特徴

 1995年1月より2002年12月までにPTAを施行したHCC1043例中47例(4.5%)に計52回の閉塞性黄疸を合併した。主な閉塞原因は、肝外胆管閉塞として、胆管結石11例、Biliary Cast10例、胆道出血11例、肝門部胆管閉塞として、胆管内腫瘍栓が9例、肝門部胆管狭窄が8例であった。PTAと関連した胆道出血は、血小板減少やプロトロンビン時間延長などの出血傾向と関連があり、その早期診断には胆嚢内に充満するエコー像(Haemobilia sign)が有用である。一方、PTAと関係なく生じる胆道出血は、腫瘍の肝門部進展によることが多く、EPBDによる内視鏡的ドレナージのみではコントロールのつかないことが多いため、肝門部胆管閉塞と同様の対処が必要になる。初回PTAから閉塞性黄疸までの期間は、この遅発性胆道出血を含めた肝門部閉塞群で約4年と長く、よりHCCが進行した時点で、肝門部閉塞が起こるものと思われた。また、肝外胆管閉塞は黄疸が進行する前に腹痛などの症状を有することが多く、逆に肝門部胆管閉塞では、高度に黄疸が進んだ時点で診断がつくことが多かった。

3. Biliary Castの特徴

 PTAの経過中に見られるBiliary Castは、胆泥が胆管の形状に合わせて鋳型状に固まったもので、病理学的には、細胞成分を持たない胆汁を混じた物質で、胆管上皮の断片や線維組織が混じたような組織であり、肝移植後のBiliary Castと同様のものであった。症例としても3cm以上の大型HCCの症例に多く、治療としては、PTAの中でもPEIT後に多いことから、虚血に加えて、治療により注入されたエタノールが一部胆管内に漏れることにより、胆管上皮の障害を引き起こし、それらが契機となって形成される可能性が考えられた。また、90%に胆管狭窄を合併し、50%で肝膿瘍も合併することから、逆に肝膿瘍の症例では膿瘍のドレナージのみならず、その原因として、胆道の評価が必要であると思われた。

4. 内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)の成績

 EPBDは、肝外胆管閉塞32例全例で成功した。合併症はEPBD後に石槍状の硬い結石を除去する際に結石端で乳頭部に裂傷をきたし、経カテーテル的動脈塞栓術を要した出血が1例で、急性膵炎は軽症1例のみであった。肝硬変症例において、通常の内視鏡的乳頭括約筋切開術(endoscopic sphincterotomy,EST)による死亡率が20%程度との報告もあるが、今回の検討では、手技と関連した死亡は1例も見られなかった。安全性を確認するために、EPBDを行った、肝硬変非合併総胆管結石例との間でCase Control studyを行った。Control群と比べ、血小板やプロトロンビン時間、血清ビリルビン値が有意に悪かったが、胆管挿管困難の原因とされる傍乳頭憩室の合併は低く、処置時間を含めた検査の難易度も特に差は認めなかった。また、偶発症に関しても、Control群と同等であり、全身状態の悪いHCC症例でも、通常の胆管結石症例と同様に安全で確実なEPBDが可能と思われた。

5. 経皮経肝胆道ドレナージ(PTBD)の成績

 PTBDは肝門部胆管閉塞17例で成功し、出血や胆汁性腹膜炎などの合併症は認めなかった。しかしながら、ドレナージにより速やかに減黄が進む症例は少なく、一旦血清ビリルビン値が低下するもののすぐに再上昇し始めて肝不全に至る症例が多く見られ、この時点でPTBDを追加しても効果は認めなかった。しかしながら、著効例では、特に胆管内腫瘍栓の場合、肝動脈塞栓術やその後の手術が可能となり、長期予後が望めた。このドレナージ効果を予測するために、著効例と無効例で背景因子の検討を行ったところ、閉塞性黄疸発症前のChild-Pughスコアが、著効群で有意に低く、背景肝機能の関与が示唆された。実際、ドレナージ後の50%生存期間は、胆管内腫瘍栓で13.0ヶ月、肝門部胆管狭窄で4.2ヶ月であり、1年生存率は、それぞれ、63%及び11%であった。

6. まとめ

 HCCに対するPTAの経過中に生じる胆道系の諸問題は、(1)PTA直後の胆道出血、(2)PTA、特にPEITの3ヵ月後に発症するBiliary Cast、(3)HCCの進行に伴って初回治療から4-5年後に発症する肝門部腫瘍進展や肝門部穿刺に伴う瘢痕狭窄、(4)HCCと関係なく発症する胆管結石に区別できた。

 PTA後出血に関してはエコーで見られるHaemobilia signが早期診断の重要な手がかりになる。また、Biliary Castは胆管狭窄や肝膿瘍を合併することが多く、逆に肝膿瘍から診断にたどり着ける可能性も高い。これらの肝外胆管の閉塞に対しては、EPBDを用いた治療は、通常の総胆管結石の症例と同様に安全に施行可能であった。

 一方、HCCの進行とともに発症する肝門部胆管閉塞は、背景肝機能次第でドレナージの適応を判断し、特に胆管内腫瘍栓の場合には、その後のTAEや手術が奏功する可能性も高く、より早期にドレナージを行う必要があるが、背景肝機能の悪い胆管狭窄例では、QOLを考えてドレナージの適応を慎重に判断するべきであると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、肝細胞癌に対する低侵襲的治療としての経皮的局所療法が普及してきた中で、その経過中に生じる胆道系の諸問題を明らかにするとともに、それに対する低侵襲的なインターベンションの有用性を検討したもので、特に肝硬変合併例を多く含む症例に対する治療の安全性を含めて言及しており、下記の結果を得ている。

1. 肝細胞癌に対する経皮的局所療法の経過中に、胆管内に鋳型状に嵌頓する黒色の物質が見られることがあり、肝移植後のBiliary Castと同様のものであった。これは、病理学的には、細胞成分を持たない胆汁を混じた物質で、胆管上皮の断片や線維組織が混じたような組織であり、3cm以上の大型HCCに対してエタノール注入療法を施行した例に多く見られ、エタノールによる胆管上皮の障害が契機となって形成されるものと推察された。また、高率に胆管狭窄や肝膿瘍を合併し、複雑な臨床症状を呈することがあり、正確な胆道評価が重要であることが示された。

2. 8年間に経皮的局所療法を行った肝細胞癌1043例中、47例(4.5%)に閉塞性黄疸を合併した。上記のBiliary Cast以外に、胆道出血、胆管結石、胆管内腫瘍栓、肝門部胆管狭窄が閉塞性黄疸の主な原因であることが示された。

3. Biliary Castや胆道出血・胆管結石などの肝外胆管閉塞の治療として、内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)は有用な治療法であった。肝硬変による出血傾向のある症例でのEPBDの安全性を、非肝硬変での胆管結石症例とのCase-Control studyで比較検討しており、肝硬変の有無にかかわらず安全に処置可能であることが示された。

4. 肝門部胆管閉塞に対する経皮的胆道ドレナージ(PTBD)も安全に施行可能であったが、その後の減黄が進む症例と肝不全に至る症例があり、その背景に、黄疸出現前のChild-Pughスコアがかかわっていることが示された。特に、肝門部の胆管狭窄による閉塞性黄疸の場合は、予後が非常に厳しく、背景肝機能でドレナージの適応を検討するとの提唱が示された。

 以上、本論文は肝細胞癌に対する経皮的局所療法を中心とした治療経過中に生じる胆道系の諸問題を整理し、その病態と治療法について一定の見解を示した。局所療法後のBiliary Castの報告は本研究が初めてであり、high riskとされた大型肝細胞癌に対する局所療法に際しては、適応を慎重に検討する必要がある。肝細胞癌に対する非侵襲的治療も、手技の安全性と偶発症を含めた諸問題への安全な治療法が確立されてこそ、さらなる普及に至る。本研究は、肝細胞癌に対する経皮的局所療法に対する警鐘とともに、その安全な普及に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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