学位論文要旨



No 120281
著者(漢字) 齋藤,朗
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,アキラ
標題(和) マウス胚性幹細胞(ES細胞)の増殖制御機構におけるTGF-βスーパーファミリーの役割
標題(洋)
報告番号 120281
報告番号 甲20281
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2430号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 寺本,信嗣
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 胚性幹(ES)細胞は胚盤胞の内部細胞塊から得られる細胞であり、多分化能と自己複製能によって特徴付けられる。ES細胞は再生医療における様々な組織細胞の供給源として期待されているが、その増殖調節機構には未解明な部分が多い。TGF-βスーパーファミリーはTGF-β、Activin、Nodal、骨形成因子(BMP: bone morphogenetic protein)を含み、これらのシグナルの伝達分子のノックアウトマウスの表現型の解析から、ES細胞の増殖において重要な役割を果たしていることが示唆されている。

 ES細胞の培養方法として血清を含む培地の使用が一般的であったが、無血清培養によってTGF-bスーパーファミリー因子のES細胞増殖への効果を検討することとした。血清を代替する添加物としてGibco社のKSR(knockout serum replacement)を用い、さらにACTHを加えることでES細胞の無血清培養が可能となった。血清の存在する条件では、TFG-β、Activin、NodalおよびBMPの増殖への影響はみられなかったが、無血清の培養方法ではActivin、Nodalによって濃度依存的に増殖促進効果が認められた。この効果はTFG-β、Activin、Nodal の阻害剤であるSB431542の共刺激によって抑制された。

 マウスES細胞であるEB5およびMGZ細胞においてTFG-βスーパーファミリーのシグナル伝達因子の発現をRT-PCR法にて検討したところ、Activin、NodalおよびBMPのシグナル伝達に必要な分子を全て発現していることを確認した。

 次にTFG-βスーパーファミリーのシグナルへの応答性をルシフェラーゼアッセイにより解析したところ、Activin、NodalおよびBMPのシグナルに対応するレポーターの応答が認められた。

 さらにTFG-βスーパーファミリーのシグナルへの応答性を、細胞内シグナル伝達因子であるSmadのリン酸化により検討した。Activin、NodalによりSmad2のリン酸化が検出されたが、TFG-βによるリン酸化は認められなかった。Activin、NodalによるSmad2のリン酸化はTFG-β、Activin、Nodal シグナルの阻害剤であるSB431542によって抑制された。また、BMPによるSmad1/5/8のリン酸化が確認された。

 リアルタイムPCR法により、Activin、Nodal刺激によって標的遺伝子であるLefty-1、Lefty-2の発現上昇が認められた。増殖促進効果に関与しうる多様な分子の発現変化を調べたが、その同定には到らなかった。

 Activinのノックアウトマウスでは発生初期の異常は認められないが、Nodalのノックアウトマウスでは発生初期の原腸陥入の時期に胎生致死となる。したがってES細胞においてはActivinよりもNodalのシグナルの重要性が高いと考えた。ES細胞におけるNodalの役割をさらに解析するため、Nodal蛋白の精製を試みた。Flagタグを結合させたNodal分子を発現するベクターを作成し、293T細胞に発現させ、その培養上清を回収した。この培養上清をFlagに対するアフィニティクロマトグラフィーにより精製した。

 ルシフェラーゼアッセイを用いて内因性のARE活性(Activin、Nodal活性)を測定したところ、無血清培養では血清存在下に比べ活性が低く保たれ、外因性のNodal刺激により活性化されることが確認された。この外因性のNodalの効果は血清の存在下では顕在化しないことも確認した。Nodalシグナルの阻害剤であるSB431542によるARE活性の顕著な抑制も認められた。

 TFG-βスーパーファミリーのシグナルの抑制因子であるSmad7、c-Ski、SnoNをES細胞に強制発現させたところ、増殖抑制効果およびコロニーの縮小効果を認めた。さらにNodalシグナルの下流の転写因子であるFASTのドミナントネガティブ変異体を強制発現させても同様の効果を認めた。一方、Nodalシグナルの共受容体であるCripto-1の強制発現により細胞増殖促進効果が認められた。BMPシグナルのみを抑制するSmad6の発現による増殖への影響はみられなかった。

 ES細胞をNodalで刺激した後も、ES細胞の未分化性のマーカーであるOct-3/4、UTF-1、FoxD3、Nanogの発現に変化がみられないことをRT-PCR法により確認した。さらに、胚様体の形成能をNodalで刺激した群と未刺激群とで比較したが、有意な差は認めなかった。Nodalで刺激したES細胞をヌードマウスに皮下注射したところ、未刺激群と変わらず奇形腫を形成する能力を保持していることが確認された。以上よりNodal刺激によってもES細胞の未分化性が維持されることが証明された。

 Nodalの細胞周期への効果を検討したところ、Nodal刺激群ではG1期の減少、G2M期の増加が認められたが、その変化は僅かであり有意差に到らなかった。次にアポトーシスへの影響を検討したところ、DNAラダーアッセイにおいてDNA断片化は検出されなかった。

 以上の結果から内因性のNodalシグナルがES細胞の増殖に重要な役割を果たしていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は再生医療における様々な組織・細胞の供給源として期待されている胚性幹(ES)細胞の増殖・自己複製の制御機構におけるTFG-βスーパーファミリーの役割について解析を試みたものであり、マウスES細胞であるMGZ5細胞とEB5細胞を用い、下記の結果を得ている。

1. 血清の存在する培養条件では、TFG-β、Activin、NodalおよびBMPの増殖への影響はみられなかったが、無血清培養条件ではActivin、Nodalによって増殖促進効果が認められた。この効果はTFG-β、Activin、Nodal の阻害剤であるSB431542によって抑制された。

2. TFG-βスーパーファミリーのシグナル伝達因子の発現をRT-PCR法にて検討し、Activin、NodalおよびBMPのシグナル伝達に必要な分子を全て発現していることが示された。

3. TFG-βスーパーファミリーのシグナルへの応答性をluciferaseアッセイにより解析し、Activin、NodalおよびBMPのシグナルに対し各々に対応するレポーターの応答が認められた。さらに細胞内シグナル伝達因子であるSmadのリン酸化を検討し、Activin、NodalによるSmad2のリン酸化と、BMPによるSmad1/5/8のリン酸化が検出された。Activin、Nodal刺激によって標的遺伝子であるLefty-1、Lefty-2の発現上昇がRealtime PCR法により示された。

4. luciferaseアッセイを用いて内因性のARE活性(Activin、Nodal活性)を測定したところ、無血清培養では血清存在下に比べ活性が低く、外因性のNodal刺激により活性化されることが示された。また、SB431542によるARE活性の顕著な抑制も認められた。

5. TFG-βスーパーファミリーのシグナルの抑制因子であるSmad7、c-Ski、SnoNをES細胞に強制発現させたところ、増殖抑制効果が認められた。さらに転写因子FASTのドミナントネガティブ変異体を強制発現させても同様の効果を認めた。一方、Nodalシグナルの共受容体Cripto-1の強制発現によって細胞増殖促進が認められた。BMPシグナルのみを抑制するSmad6を発現させても増殖への影響は認めなかった。

6. ES細胞をNodalで刺激した後も、ES細胞の未分化マーカーであるOct-3/4、UTF-1、FoxD3、Nanogの発現に変化がみられなかった。Nodal刺激後においても胚様体の形成能や奇形腫の形成能を保持していることが示された。以上よりNodal刺激によってもES細胞の未分化性が維持されることが示された。

7. Nodalの細胞周期への効果を検討し、有意差に到らなかったものの、Nodal刺激群ではG1期の減少、G2M期の増加が認められた。次にアポトーシスへの影響を検討したところ、DNAラダーアッセイにおいてDNA断片化は検出されなかった。

 以上、本論文はマウスES細胞(MGZ5およびEB5)において、内因性のActivin、NodalシグナルがES細胞の増殖に重要な役割を果たしていることを明らかにした。ES細胞はあらゆる細胞・組織へと分化しうる能力を有し、様々な疾患の治療に貢献しうる可能性を秘めた、再生医療の中核をなす存在である。本研究はES細胞の増殖制御のメカニズムを解明したものであり、ES細胞の臨床応用において基盤となる重要な新知見であると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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