学位論文要旨



No 120282
著者(漢字) 高橋,宏行
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヒロユキ
標題(和) ハブ毒由来新規VEGF類似因子(T.f.svVEGF)を用いた血管透過性の分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 120282
報告番号 甲20282
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2431号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 服部,成介
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 小川,誠司
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論文要旨

背景

 血管内皮増殖因子 (vascular endothelial growth factor, VEGF, VEGF-A)-VEGF receptor (VEGFR) 系は、in vivoにおける様々な血管新生および血管透過性の調節において中心的な役割を果たすことが次々と明らかになり、臨床的な立場からも重要度を増している。VEGF-Aは血管内皮細胞の増殖を促進する活性と強力な血管透過性亢進活性との主要な2つの生物活性を有し、VEGFR-1とVEGFR-2の2つのチロシンキナーゼ型受容体と特異的に結合する。VEGF-Aにより誘導される血管内皮細胞の増殖や血管透過性の亢進において、VEGFR-2の活性化が中心的な役割を果たすことが明らかとなる一方で、VEGFR-1の役割については、未だ明らかになっていないことも多い。すでに、胎生初期の血管新生において、VEGFR-2がポジティブなシグナルを伝達する一方で、VEGFR-1はVEGF-Aをトラップしてネガティブな調節をしていることや、病的血管新生においてVEGFR-1を介するシグナルが重要な役割を果たしていることが示されたが、血管透過性亢進におけるVEGFR-1シグナルの重要性はいままでほとんど明らかにされていない。

 VEGFファミリータンパク質には、VEGF-Aのほか胎盤成長因子 (PlGF)、VEGF-B、VEGF-C、VEGF-D、VEGF-Eがある。最近ヘビ毒からもVEGF-Aに類似したタンパク質が単離され、VEGF165 (ヒトVEGF-Aの主要なサブタイプ) とほぼ同様な生物活性を有することが報告されたが、いくつかの重要な疑問点が未だ明らかにされていない。ヘビ毒由来のVEGF類似因子はヘビVEGF-Aのサブタイプの一つであるのか否か、さらにもしヘビがヘビ毒由来VEGF類似因子とVEGF-Aという二つの一見非常に類似したVEGF関連因子を持っているとすれば、生物活性や分子機構にどういった相違点があるのか、これらを使い分けることで何かヘビにとって有利な点があるのか、という点である。

 本研究で私は、新規VEGF類似因子であるTrimeresurus flavoviridis snake venom VEGF (T. f. svVEGF) の精製、全長配列の決定とその分子生物学的特徴の解析を行った。その詳細な解析を通して、生理的な血管透過性におけるVEGFR-1シグナルの重要性を明らかにした。

結果

 ハブ毒の血管破壊の側面に注目し、奄美ハブ毒に含まれる血管新生因子として精製したT. f. svVEGFは、分子量約14 kDaのタンパク質で、ヒトVEGF-Aと52%の相同性を有し、2つのサブユニットが2量体を形成していた。T. f. svVEGFがハブのVEGF-Aであるかについて検討するため、ハブのVEGF-A遺伝子のクローニングを試み、ヒトVEGF-Aとアミノ酸レベルで71%の相同性を有するハブVEGF-A (T. f. VEGF-A) 遺伝子の単離に成功した。T. f. VEGF-AはヒトVEGF-Aと類似して主要な3種類のサブタイプを有し、ほとんどの臓器に発現が認められたが、T. f. svVEGFの発現は毒腺に限局していた。VEGFファミリーの分子系統樹からもT. f. svVEGFとT. f. VEGF-Aは異なった系統の分子であることが判明した。ハブが生理的な血管新生に使用するVEGF-Aとは別に、毒特異的な攻撃タンパク質としてT. f. svVEGFを利用していることが明らかとなった。毒腺においてT. f. VEGF-Aの比較的高い発現が認められたため、T. f. VEGF-Aのハブ毒中への分泌の有無についても検討した。その結果、T. f. VEGF-Aの3種類のサブタイプもハブ毒中に存在することが明らかとなったが、その含有量はT. f. svVEGFに比較して非常に少なく、T. f. svVEGFの約60分の1であった。T. f. VEGF-Aは、ヒトVEGFR-1およびVEGFR-2双方に結合する性質を有し、哺乳類の血管内皮細胞に対し何らかの生物活性持つと考えられるが、相対量を考慮すると、ハブ毒におけるT. f. VEGF-Aの役割はマイナーであり、T. f. svVEGFの生物活性にほとんど影響を与えないと考えられる。

 ハブが二つの異なったVEGF関連分子を持っていることが明らかとなったが、ハブは何故T. f. VEGF-Aとは異なるT. f. svVEGFを毒腺特異的な攻撃毒として利用しているのであろうか。ハブ毒のヒトを含めた哺乳類に対する影響を念頭に置き、T. f. svVEGFとヒトVEGF165との生物活性の違いについて更なる解析をすすめた。その結果、T. f. svVEGFは、VEGF165とほぼ同様の血管透過性亢進活性を有していたが、血管内皮細胞増殖活性に関しては、VEGF165の約10分の1であった。この特徴は、ハブ毒の毒作用を考える上で非常に合目的であり、興味深い。すなわち、血管透過性亢進作用は、ハブ毒中の他の攻撃タンパク質の血管内側への移行を助け、血管破壊・出血を助長する利点を有するが、血管内皮増殖作用は、傷害組織の再生に必要な血管新生を促進し、創部の治癒を促進してしまうからである。私は、T. f. svVEGFの分子メカニズムについても解析を行った。その結果、T. f. svVEGFはヘパリンとの結合能を有し、さらにVEGF-Aと同じくVEGFR-1及びVEGFR-2双方に結合するが、VEGFR-3やneuropilin-1には結合しないことが判明した。

ヒトVEGFRの強発現細胞株を用いて125I-VEGF165とVEGFR-1、VEGFR-2との結合に対する競合阻害実験を行ったところ、T. f. svVEGFは、VEGFR-1とはヒトVEGF165と同程度強く結合し、125I-VEGF165とVEGFR-1との結合に対する50%阻害濃度 (IC50) は、T. f. svVEGFでは30 ng/ml、VEGF165では12 ng/mlであった。一方、125I-VEGF165とVEGFR-2との結合に対するIC50は、T. f. svVEGFでは254 ng/ml、VEGF165では13 ng/mlであり、T. f. svVEGFが、VEGFR-2とはVEGF165の10分の1程度弱くしか結合しないことが明らかとなった。この受容体との結合の特徴を反映して、T. f. svVEGFは、VEGFR-1の自己リン酸化をVEGF165と同程度強く誘導するのに対して、VEGFR-2の自己リン酸化誘導能は、VEGF165の10分の1程度であった。

 T. f. svVEGFのこのユニークな受容体との結合特性が、血管内皮細胞の増殖を弱くしか誘導せずに血管透過性を強く亢進する生物活性と直接関連しているのかを検討するため、VEGFR-1特異的なリガンドであるPlGFとVEGFR-2特異的なリガンドであるVEGF-Eを用いて、VEGFR-1/VEGFR-2活性化の比率と血管透過性および血管内皮細胞増殖との関係を解析した。結果、血管内皮細胞の増殖は、VEGFR-2の活性化にほぼ比例して誘導され、PlGFとVEGF-Eとの割合が2:6のときに最も強く誘導された。これに対し、血管透過性亢進はVEGFR-2が弱く活性化され、VEGFR-1が優位に活性化されている条件、PlGFとVEGF-Eとの割合が5:3のときに最も強く誘導された。さらに、T. f. svVEGFにより誘導される血管透過性亢進におけるVEGFR-1シグナルの重要性を確認するため、VEGFR-1のシグナルの入らないVEGFR-1 のチロシンキナーゼ欠損マウス (VEGFR-1 TK (-/-) マウス) を用いて血管透過性を調べた。野生型マウスでは、T. f. svVEGFはヒトVEGF165と同程度に血管透過性を亢進させるのに対し、VEGFR-1 TK (-/-) マウスでは、VEGF165は血管透過性を亢進させたが、T. f. svVEGFはほとんど血管透過性亢進を誘導しなかった。以上より、T. f. svVEGFは血管内皮細胞増殖をほとんど誘導せずに血管透過性を強く亢進し、毒作用を効果的に増強するという毒として非常に合目的な特性を有し、これがVEGFR-1優位な活性化という、2種類のVEGFRとのユニークなアフィニティーより決定されているということが明らかとなった。

考察

 今までVEGFによる血管新生及び血管透過性の誘導はVEGFR-2の活性化が重要であると考えられ、特に血管透過性におけるVEGFR-1の役割はほとんど明らかにされていなかった。本研究は、生理的な血管透過性におけるVEGFR-1とVEGFR-2シグナルとの相乗効果を明確に示しており、VEGFにより誘導される血管透過性におけるVEGFR-1シグナルの重要性を示した最初の報告であると同時に、VEGFR-1/VEGFR-2活性化の比率により血管透過性亢進と血管内皮細胞増殖の程度に差異が生ずることを示した最初の報告でもある。最近、VEGFR-1とVEGFR-2との分子内あるいは分子間のクロストークが血管新生を増強することが報告されたが、本研究の結果は、こういったクロストークがVEGFにより誘導される血管透過性の亢進においても存在しうることを示唆している。さらにT. f. svVEGFは血管透過性をより選択的かつ強力に亢進させる因子であり、腫瘍血管新生をあまり誘導せずに腫瘍内の血管透過性を亢進し、抗腫瘍薬剤のドラッグ・デリバリーを改善するという臨床応用の可能性を秘めた因子と考えられる。

図 VEGFR-1/VEGFR-2の活性化のバランスと血管透過性亢進、血管内皮細胞増殖の関係

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ハブ毒より新規に同定したvascular endothelial growth factor (VEGF) 類似タンパク質、Trimeresurus flavoviridis snake venom VEGF (T. f. svVEGF) の分子生物学的特徴の詳細な解析を通して、血管透過性亢進におけるVEGF receptor (VEGFR) を介するシグナル伝達機構について検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. ハブ毒の血管破壊の側面に注目し、奄美ハブ毒に含まれる血管新生因子として精製したT. f. svVEGFは、分子量約14 kDaのタンパク質で、ヒトVEGF-Aと52%の相同性を有し、2つのサブユニットが2量体を形成していた。さらに、ヒトVEGF-Aとアミノ酸レベルで71%の相同性を有するハブVEGF-A (T. f. VEGF-A) 遺伝子の単離にも成功した。T. f. VEGF-AはヒトVEGF-Aと類似して主要な3種類のサブタイプを有し、ほとんどの臓器に発現が認められたが、T. f. svVEGFの発現は毒腺に限局していた。VEGFファミリーの分子系統樹からもT. f. svVEGFとT. f. VEGF-Aは異なった系統の分子であることが判明した。ハブが生理的な血管新生に使用するVEGF-Aとは別に、毒特異的な攻撃タンパク質としてT. f. svVEGFを利用していることが明らかとなった。

2. T. f. VEGF-Aの特異抗体を用いたウェスタン・ブロッティング結果、T. f. VEGF-Aの3種類のサブタイプもハブ毒中に存在することが明らかとなったが、その含有量はT. f. svVEGFに比較して非常に少なく、T. f. svVEGFの約60分の1であった。ハブ毒におけるT. f. VEGF-Aの役割はマイナーであり、T. f. svVEGFの生物活性にほとんど影響を与えないことが示された。

3. T. f. svVEGFとヒトVEGF165との生物活性の違いについて、内皮細胞の増殖アッセイや血管透過性のアッセイを用いて解析した結果、T. f. svVEGFは、VEGF165とほぼ同様の血管透過性亢進活性を有していたが、血管内皮細胞増殖活性に関しては、VEGF165の約10分の1であった。

4. T. f. svVEGFはヘパリンとの結合能を有し、さらにVEGF-Aと同じくVEGFR-1及びVEGFR-2双方に結合するが、VEGFR-3やneuropilin-1には結合しないことが明らかとなった。ヒトVEGFRの強発現細胞株を用いて125I-VEGF165とVEGFR-1、VEGFR-2との結合に対する競合阻害実験を行ったところ、T. f. svVEGFは、VEGFR-1とはヒトVEGF165と同程度強く結合する一方で、VEGFR-2とはVEGF165の10分の1程度弱くしか結合しないことが明らかとなった。この受容体との結合の特徴を反映して、T. f. svVEGFは、VEGFR-1の自己リン酸化をVEGF165と同程度強く誘導するのに対して、VEGFR-2の自己リン酸化誘導能は、VEGF165の10分の1程度であった。T. f. svVEGFはVEGF165と比較し、VEGFR-2を弱くしか活性化できず、VEGFR-1をより優位に活性化することが示された。

5. VEGFR-1特異的なリガンドであるplacenta growth factor (PlGF) とVEGFR-2特異的なリガンドであるVEGF-Eを用いて、VEGFR-1/VEGFR-2活性化の比率と血管透過性および血管内皮細胞増殖との関係を解析した結果、血管内皮細胞の増殖は、VEGFR-2の活性化にほぼ比例して誘導され、PlGFとVEGF-Eとの割合が2:6のときに最も強く誘導された。これに対し、血管透過性亢進はVEGFR-2が弱く活性化され、VEGFR-1が優位に活性化されている条件、PlGFとVEGF-Eとの割合が5:3のときに最も強く誘導された。VEGFR-1優位な活性化が強い血管透過性の亢進と弱い内皮細胞の増殖に直接関連していることが示唆された。

6. VEGFR-1のシグナルの入らないVEGFR-1 のチロシンキナーゼ欠損マウス (VEGFR-1 TK (-/-) マウス) を用いて血管透過性を検討した結果、野生型マウスでは、T. f. svVEGFはヒトVEGF165と同程度に血管透過性を亢進させるのに対し、VEGFR-1 TK (-/-) マウスでは、VEGF165は血管透過性を亢進させたが、T. f. svVEGFはほとんど血管透過性亢進を誘導しなかった。すなわち、T. f. svVEGFにより誘導される血管透過性亢進において、VEGFR-1シグナルが非常に重要であることが示された。

以上、本論文は、ハブ毒中よりVEGF-Aとは異なる毒腺特異的な新規タンパク質、T. f. svVEGFを精製・同定し、この因子が血管内皮細胞増殖をほとんど誘導せずに血管透過性を強く亢進するという特性を有し、これがVEGFR-1優位な活性化という、2種類のVEGFRとのユニークなアフィニティーより決定されているということを示すとともに血管透過性におけるVEGFR-1シグナルの重要性を明らかにした。本研究は、未だにあまり明らかにされていない血管透過性亢進のシグナル伝達機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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