学位論文要旨



No 120283
著者(漢字) 今村,潤
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ジュン
標題(和) 癌抑制遺伝子Runx3結合分子の同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 120283
報告番号 甲20283
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2432号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景および目的】

 転写因子RUNXファミリーは近年、発生・分化・癌化の分野で急速に注目をあびるようになっている。RUNXファミリーはヘテロ二量体であるPEBP2/CBFのαサブユニットをコードし、三つの分子からなる。RUNXファミリーはいずれもアミノ末端に近い部位にRuntドメインと呼ばれる非常によく保存された128アミノ酸からなる構造をもっており、この部位でβサブユニットと結合する。ここはDNA結合部位でもある。また、カルボキシル末端寄りに転写活性化ドメインと抑制ドメインを保持しており、ここで転写活性を調節する。RUNX3は415アミノ酸から成る、約44kDaの蛋白である。

 RUNXファミリーのうちRUNX1は成体型造血に必須であり、造血幹細胞はこの遺伝子機能がなければ形成されない。そしてこの遺伝子領域を含む染色体転座や点突然変異が急性白血病の原因となることが報告されている。RUNX2は骨形成に必須であり、この機能不全は鎖骨頭蓋異形成症を起こす。RUNX3については長らく機能が明らかでなかったが、2002年に胃癌の癌抑制遺伝子であることが報告された。しかし、細胞内での役割や活性調節のメカニズムについては依然として不明な点が多い。

 近年、生体内の蛋白複合体のコンポーネントを同定できる機能的プロテオミクスの新手法として、異なる特性を持つエピトープタグを直列に連結させた複合体型タグシステムが注目を集めている。今回我々は、2つのaffinityタグ(mycおよびflag)とTEVプロテアーゼによる切断部位を直列につないだ複合体型タグ(MEFタグ)によるaffinity purificationの手法と質量分析計を用いてRUNX3の新規結合蛋白の同定を行い、その機能解析を行った。

【研究の方法および結果】

(a) MEFタグ法と質量分析によるRUNX3結合分子の同定

 RUNX3のN末にMEFタグを融合した蛋白発現プラスミドMTF-RUNX3を作製し、HEK293T細胞にトランスフェクションした。この細胞抽出液を抗myc抗体・抗Flag抗体を固相化したビーズとインキュベーションすることで2段階精製し、結合分子のaffinity purifyを行った。そして特異的に結合した蛋白質を電気泳動後、銀染色し、バンドを切り出してプロテアーゼ消化後、ハイブリッド(四重極-飛行時間)型の質量分析計(Q-TOF2)にてシークエンスを行った。この結果、新規の宿主側の結合因子として、DNA修復蛋白であるKu70およびKu80を同定した。

(b) 免疫沈降によるRUNX3とKu70/Ku80の結合の確認

 HEK293T細胞にMTF-RUNX3をトランスフェクションし、細胞抽出液を抗Flag抗体、抗Ku70抗体、抗Ku80抗体を用いて免疫沈降を行った。非特異的な蛋白複合体の形成を防ぐためにエチジウムブロマイドを添加した条件で施行した。この結果、RUNX3とKu70およびKu80が細胞内で複合体を形成していることが確認された。

(c) in vitro translationによるpull downアッセイ

 RUNX3とKu70もしくはKu80が直接結合しているか確認するため、ウサギ網状赤血球lysateでMTF-RUNX3をin vitro translationした。またN末His融合Ku70およびKu80発現プラスミドを作製し、大腸菌で発現・精製しNi-NTAビーズに結合した。このビーズをウサギ網状赤血球lysateで翻訳した蛋白に加えてpull downアッセイを行い、ウェスタンブロットを施行した。Ku70を結合したビーズを用いたレーンにはRUNX3のバンドを認めたのに対し、Ku80を結合したビーズおよびコントロールビーズでは認めなかった。このことから、RUNX3はKu70と直接結合しており、Ku80とは直接結合しないことが明らかとなった。

(d) RUNX3とKu70の結合部位の同定

 RUNX3のKu70との結合部位を明らかにするために、RUNX3の欠失変異体の発現プラスミドMTF-RUNX3(2-155)、MTF-RUNX3(146-415)、MTF-RUNX3(146-275)、MTF-RUNX3(265-415)、MTF-RUNX3Δ(241-322)を作製した。HEK293T細胞にこれらのプラスミドをトランスフェクションし、免疫沈降を行った。また、in vitroで翻訳した蛋白によるpull downアッセイを行った。in vitroでのpull downアッセイの結果、転写活性化ドメイン(アミノ酸235-325)の欠失変異体であるRUNX3Δ(241-322)および、転写活性化ドメインを欠くRUNX3(2-155)、一部だけを保持しているRUNX3(146-275)、RUNX3(265-415)はKu70と結合しなかったのに対し、転写活性化ドメインの全長を保持しているRUNX3、RUNX3 (146-415)はKu70との結合が認められた。HEK293T細胞を用いた免疫沈降では、活性化ドメインを持たないRUNX3 (2-155)およびRUNX3Δ(241-322)もKu70と複合体を形成する結果となった。in vitroでのpull downアッセイの結果から、RUNX3のKu70との結合の責任領域はRUNX3のアミノ酸241-321と考えられた。この部位はRUNX3の転写活性化ドメインに相当する。HEK293T細胞を用いた免疫沈降では、転写活性化ドメインを持たない欠失変異体もKu70と結合する結果となったが、細胞内ではRUNX3の転写活性化ドメイン以外の領域も介してKu70と間接的に結合しているものと推定された。

(e) RUNX3およびKu70の細胞内での局在

 RUNX3とKu70の細胞内での局在を調べるために、免疫蛍光染色を行った。pcDNA3/Flag-RUNX3およびhKu70-EGFPを同時にCOS7細胞にトランスフェクションし、Flagを赤色に染色した。共焦点顕微鏡で観察したところ、RUNX3およびKu70はいずれも核内の核小体を除いた部位に共局在した。

(f) RUNX3によるp21誘導に対するKu70の関与

 RUNX1がp21のプロモーターに存在するコンセンサス配列に結合しp21転写を調節することから、RUNX3がp21を誘導する可能性があると考え検討した。

 HEK293T細胞にpcDNA3/Flag-RUNX3をトランスフェクションし、細胞を回収しウェスタンブロットを行ったところ、p21が誘導された。そこで、p21レポーターであるp21P'を用いたルシフェラーゼアッセイの系で解析した。

 MKN45細胞にKu70ノックダウン用のsiRNAオリゴを添加し96時間後に回収、ウェスタンブロットを行ったところ、内在性のKu70がノックダウンされた。この条件下でp21P'、 pcDNA3/Flag-RUNX3もしくはpcDNA3をトランスフェクションし48時間後に回収し、ルシフェラーゼ活性を測定した。コントロールではRUNX3によりp21レポーターの活性が3.37倍に上昇したのに対し、Ku70をノックダウンした条件下では1.44倍に止まった。この結果より、RUNX3はp21の誘導能を持ち、Ku70はこの作用を増強する可能性があることが示唆された。

(g) RUNX3の細胞周期に与える作用の解析

 RUNX3がp21を介して細胞周期を調節するという仮説を検証するため、フローサイトメトリーによる解析を行った。HEK293T細胞にpcDNA3/Flag-RUNX3をトランスフェクションし、24・48・72時間後に回収し、Propidium IodideでDNAを染色し、蛍光強度を測定した。

 いずれの時間においてもG2/M期のピークは低下し、RUNX3によりG1期における細胞周期の停止が起こることが示された。

【考察】

 複合体型タグ(MEFタグ)によるaffinity purificationの手法と質量分析計を用いて、胃癌の癌抑制遺伝子RUNX3の結合蛋白として、Ku70およびKu80を同定した。Ku70は分子量70kDaの蛋白質で、主に核内に局在し、二本鎖DNA切断の修復に機能している。Ku80は分子量80kDaの蛋白質で、Ku70とヘテロダイマーを形成する。このうちRUNX3と直接結合するのはKu70であり、結合部位がRUNX3の転写活性化ドメインであることを、in vitroでのpull downアッセイおよび欠失変異体を用いた実験により明らかにした。また、RUNX3とKu70は核内で共局在しており、siRNAオリゴを用いたノックダウンの系での検討により、Ku70がRUNX3によるp21の転写を増強する可能性を示唆する結果が得られた。フローサイトメトリーによる解析では、RUNX3がG1期における細胞周期の停止を起こすことを示した。

 癌抑制遺伝子としてのRUNX3の機能が障害されるのは、これまでのところ、プロモーター領域のmethylationもしくは染色体欠損による発現量の低下・消失によると考えられているが、今回我々が得た結果からは、Ku70によるRUNX3の転写活性化能の調節がp21を介して細胞周期をコントロールし、癌化に関与している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、近年、胃癌の癌抑制遺伝子として報告された転写因子Runx3の分子機構を解明するために、複合体型タグによるaffinity purificationの手法と質量分析計を用いてRUNX3の新規結合蛋白の同定を行い、その機能解析を行ったものである。下記の結果を得ている。

1.RUNX3の新規結合蛋白を同定するために、複合体型タグを融合した蛋白発現プラスミドMTF-RUNX3を作製し、HEK293T細胞にトランスフェクションした。この細胞抽出液を2段階精製し、結合分子のaffinity purifyを行い質量分析計でシークエンスした。この結果、新規の宿主側の結合因子として、DNA修復蛋白であるKu70およびKu80を同定した。

2.免疫沈降を行い、RUNX3とKu70およびKu80が細胞内で複合体を形成していることを示した。また、ウサギ網状赤血球lysateでMTF-RUNX3をin vitro translationし、大腸菌で精製したHis融合Ku70およびKu80を用いてpull downアッセイを行い、RUNX3がKu70と直接結合しており、Ku80とは直接は結合しないことを示した。

3.RUNX3のKu70との結合部位を明らかにするために、RUNX3の欠失変異体の発現プラスミドを作製し、これを用いてin vitroでのpull downアッセイを行ったところ、RUNX3の転写活性化ドメイン全長を保持する欠失変異体のみがKu70と結合する結果となり、同部がRUNX3とKu70の結合部位と推定された。

4.RUNX3とKu70の細胞内での局在を調べるために、免疫蛍光染色を行った。pcDNA3/Flag-RUNX3およびhKu70-EGFPをCOS7細胞にトランスフェクションし、共焦点顕微鏡で観察したところ、RUNX3およびKu70はいずれも核内の核小体を除いた部位に共局在した。

5.HEK293T細胞にpcDNA3/Flag-RUNX3をトランスフェクションすると、p21が誘導された。MKN45細胞のKu70をノックダウンし、p21レポーターとpcDNA3/Flag-RUNX3をトランスフェクションしたところ、Ku70をノックダウンすることによりp21レポーターのルシフェラーゼ活性が有意に低下することを明らかにした。

6.HEK293T細胞にpcDNA3/Flag-RUNX3をトランスフェクションしフローサイトメトリーにより細胞周期を解析した。Runx3をトランスフェクションすることにより、G2/M期のピークは低下し、RUNX3によりG1期における細胞周期の停止が起こることを明らかにした。

 以上、本論文は癌抑制遺伝子Runx3に結合する分子としてKu70を同定し機能解析した初めての報告である。本研究からは、Ku70によるRUNX3の転写活性化能の調節がp21を介して細胞周期をコントロールしている可能性が示唆され、癌化の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

1.フローサイトメトリーによる解析を追加した。

2.統計上の表記および方法を適切なものに改めた。

3.全体の文章構成を見直し、不適切な表現を改めた。

4.目的および考察を適切なものに改めた。

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