学位論文要旨



No 120284
著者(漢字) 立石,晶子
著者(英字)
著者(カナ) タテイシ,ショウコ
標題(和) 制御性T細胞による抗原提示細胞機能抑制機構の解析
標題(洋)
報告番号 120284
報告番号 甲20284
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2433号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 三崎,義堅
 医科学研究所 教授 森本,幾夫
内容要旨 要旨を表示する

 免疫応答は、生体を侵襲しようとする様々な微生物や異物を認識し、排除することで生体内の恒常性を保つ反応である。この免疫応答が自己に対して向けられたり、過剰に応答することは、自己免疫疾患やアレルギーなどの疾患を誘発する。このような自己への攻撃のリスクを避けるために、自己に対して通常の免疫反応が起こらない免疫寛容機構が存在する。免疫寛容には、胸腺内での自己反応性未熟T細胞の細胞死の誘導(clonal deletion)や、末梢での自己反応性T細胞の不活化といった受動的な寛容がある。最近、これに対して、能動的な寛容としてCD25+CD4+ T細胞をはじめとする制御性T細胞による活性化T細胞の抑制が注目されている。

 末梢における制御性T細胞の存在を示す事実は、正常マウスのCD4+ T細胞の亜集団を特定の細胞表面抗原(CD5+, CD45RB, CD25+など)の発現量により2群に分けた一方を一定期間除去すると様々な自己免疫疾患が自然発症するが、CD25+CD4+T細胞を移入すると発症しないという実験により示唆された(J Immunol 1995; 155:1151-64)。これはマウスの末梢には、自己免疫疾患を引き起こす自己反応性T細胞が存在すると同時に、それらを抑制的に制御するCD4+T細胞が存在することを示すものであった。その後CD25 (interleukin-2:IL-2受容体α鎖)が この細胞群の最も特異的な表面マーカーであり、齧歯類やヒトに生理的に存在することが確認された。このCD25+CD4+ T細胞は、胸腺内で免疫制御活性をもつ機能的に成熟したT細胞として産生され、末梢のCD4+ T細胞の約5-10%を占めることが分かった。さらにその細胞表面には、T細胞の活性化マーカーでもあるCTLA-4(cytotoxic T lymphocyte associated antigen 4)、GITR(glucocorticoid-induced tumor necrosis factor family-related gene)を恒常的に発現していると報告された。そしてin vitroにてCD25+CD4+T細胞は、抗原刺激に対して自己の増殖応答を示さず(アナジーな状態)、他のT細胞と混合するとその活性化反応を強力に抑制することも明らかになった。最近、CD25+CD4+ T細胞の分化や機能に関わるマスター遺伝子として転写因子Fox (forkhead box)ファミリーに属する蛋白質であるFOXP3(マウスではFoxp3)が同定された(Science 2003 ; 299 : 1057-1061)。このFoxp3遺伝子が他のT細胞に強制発現されると、機能的な制御性CD25+CD4+ T細胞への転換がみられる。重要なことにこの遺伝子が、多臓器にT細胞の浸潤を認めることで知られていたScurfyマウスと、ヒトのX染色体劣性遺伝病で自己免疫病変や炎症性腸疾患などを起こすIPEX (immune dysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy, x-linked syndrome)の共通の疾患原因遺伝子であり、いずれもCD25+CD4+ T細胞の分化経過が障害されていることがその病因であると報告された。

 このCD25+CD4+ T細胞は、自己免疫疾患、炎症性腸疾患、アレルギーなどの治療に応用可能であるかもしれず、種々の疾患の治療法へとつながると考えられる。その免疫抑制機序の分子的メカニズムに関しては、液性因子を介するものか、あるいは直接の細胞接触によるものとの報告がある。現在のところ、活性化された制御性T細胞からの培養上清添加で他のT細胞の抑制を認めないこと、in vitroにおいてIL-10やTGF-βなどの抑制性液性因子の中和抗体やノックアウトマウスを用いた実験で制御性T細胞の増殖抑制活性が阻害されないことなどから、それら液性因子による抑制機序は否定的である。さらにまたtranswell cultureを用いた実験で細胞接触がないと抑制活性が見られないことより、細胞の接触による相互作用を介する可能性が示唆されている。そしてこの細胞接触による抑制のメカニズムとして二つの可能性が考えられる。一つはアルデヒド固定あるいは放射線照射した抗原提示細胞を用いても制御性T細胞の抑性能が阻害されないという報告から制御性T細胞が直接他のT細胞を抑制するというメカニズム(direct suppression)である。もう一つは制御性T細胞が抗原提示細胞の機能を抑制するとの報告からは抗原提示細胞を介して間接的に他のT細胞を抑制するメカニズム(indirect suppression)である。近年、抗原提示細胞の存在がT細胞活性化において必要であることや樹状細胞を始めとする抗原提示細胞が移植や自己免疫疾患において免疫寛容誘導に重要であることが知られている。そのため本研究では制御性T細胞の免疫抑制機序においても抗原提示細胞が重要であると考え、CD25+CD4+ 制御性T細胞の抑制作用が抗原提示細胞機能を抑制する可能性について検討した。

 具体的な実験として抗原提示細胞とCD4+ T細胞の共培養系におけるCD25+CD4+ T細胞の効果を検討した。マウス由来のCD25+CD4+ T細胞、CD25-CD4+T細胞および抗原提示細胞の3種類の細胞を用い、共培養をし、細胞増殖をサイミジンアップテイクアッセイおよびCFSE(carboxy fluorescein succinimidyl ester)染色法にて測定した。また、細胞表面分子の解析のためにフローサイトメトリーを、サイトカインの分泌、発現の解析のためにELISAとRT-PCRを用いた。

 始めにCD25+CD4+ T細胞のCD25-CD4+T細胞に対する増殖抑制効果を抗原提示細胞との共培養系で検討した。CD25+CD4+ T細胞の添加により細胞数依存性にCD25-CD4+T細胞の増殖を抑制することが確認された。

 抗原存在下においてCD4+T細胞が抗原提示細胞と反応するとT細胞からはIL-2が、抗原提示細胞からはIL-12が産生されることが知られている。次にCD25+CD4+ T細胞のこれらのサイトカインに対する影響を検討した。CD25+CD4+ T細胞はCD25-CD4+T細胞との共培養により、抗原提示細胞からのIL-12産生を抑制することを明らかにした。CD25+CD4+ T細胞によるCD25-CD4+T細胞の増殖抑制は外因性のIL-12の添加により一部回復できた事から、CD25+CD4+ T細胞によるIL-12産生抑制がCD25-CD4+T細胞の増殖抑制に少なくとも一部は関与していることが示唆された。

 制御性T細胞の抑制機序がIL-10による抗原提示細胞からのIL-12産生抑制であり、Th1反応が抑制される事が原因であるという報告がある。このため、制御性T細胞の抑制機序におけるIL-10の関与について検討したが、本実験条件においてはその抑制機序にIL-10の増加が関与していないことが分かった。

 一方、IL-12は活性化T細胞上のCD40L(CD154)によって抗原提示細胞上のCD40が刺激され、抗原提示細胞から産生されることが知られている。そこで活性化T細胞上でCD40Lの発現を解析したところ、CD25-CD4+T細胞では抗原提示細胞と共培養系において抗CD3抗体刺激8時間後、CD40Lの一過性の発現を認めた。一方、CD25+CD4+ T細胞では抗CD3抗体刺激にてもCD40Lの発現がほとんど誘導されなかった。つまり制御性T細胞はCD40Lをほとんど発現しないため、抗原提示細胞上のCD40を介するIL−12の産生を抑制する可能性が示唆された。

 制御性T細胞の抗原提示細胞抑制機序として、抗原提示細胞上のCD80およびCD86に対する作用を検討した。CD80およびCD86の発現は制御性T細胞により抑制されていた。このことから制御性T細胞が抗原提示細胞の活性を抑制する機序の一部と考えられた。

 CD25+CD4+制御性T細胞は末梢血中で少数の存在であり、かつアナジーな状態であることを特徴とする制御性T細胞が、膨大なCD25-CD4+T細胞群を相手に免疫反応を効率良く抑制しているメカニズムはまだ明らかになっていない。制御性T細胞は、抗原刺激されてもIL-2遺伝子の発現を認めず、増殖しない。ただこのアナジーな制御性T細胞は高濃度のIL-2や抗CD28抗体の存在下ではTCR刺激時において増殖しうることが知られている。今回の実験において、CD25+CD4+制御性T細胞が、CD25-CD4+T細胞との共培養によっても増殖可能であることが明らかになった。そして、抗IL-2抗体の添加により増殖が阻害されたことから、CD25-CD4+T細胞から産生されたIL-2がCD25+CD4+ T細胞の増殖因子の一つであることが示唆された。

 本研究では制御性T細胞による抗原提示細胞を介した免疫応答の間接的抑制機序として、抗原提示細胞の活性化を抑制するのみならず、そのIL-12の産生をも抑制することを示した。また、本来はアナジーをその特徴とする制御性T細胞の増殖機構についてもCD25-CD4+T細胞から分泌されるIL-2によって制御性T細胞が増殖しうることを明らかにし、炎症の際に活性化されるCD4+T細胞が同時に制御性T細胞の増殖を助けることにより免疫応答を終結させるというネガティブフィードバックのメカニズムの存在を推察することができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は免疫寛容において活性化T細胞の抑制をはかるCD25+CD4+制御性T細胞の抑制機序について、とくに抗原提示細胞機能を抑制する間接的な抑制機序の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1 CD25+CD4+ T 細胞、CD25-CD4+ T 細胞および抗原提示細胞の共培養系(以下共培養系)において、CD25+CD4+ T 細胞が抗原提示細胞からのIL-12の産生を抑制することをELISAおよびRT-PCRを用いて明らかにした。

2 共培養系下における外因性IL-12の検討により、CD25+CD4+ T 細胞によるCD25-CD4+ T 細胞の増殖抑制が回復することをサイミジンアップテイクアッセイおよびCFSE染色法を用いて明らかにし、IL-12産生の抑制がCD25-CD4+ T 細胞の増殖抑制に一部関与していることを示した。

3 CD25-CD4+ T 細胞でみられる刺激後のCD40Lの発現が、CD25+CD4+ T 細胞ではほとんど認められないことを示し、制御性T細胞が抗原提示細胞上のCD40を介したIL-12の産生を抑制する可能性を示唆した。

4 制御性T細胞の抗原提示細胞抑制機序として、抗原提示細胞上のCD80とCD86に対する作用を検討し、共培養系においてその発現が抑制されることから、抗原提示細胞の活性化抑制を示した。

5 アナジーを特徴とする制御性T細胞の増殖機構の検討を行い、CD25-CD4+ T 細胞から産生されるIL-2がCD25+CD4+ T 細胞の増殖因子の一つであることを明らかにした。

 以上、本論文は制御性T細胞の抑制機序における抗原提示細胞の機能を解析することにより、抗原提示細胞機能を抑制する間接的な抑制機序の証明のみならず、そのIL-12産生抑制が抑制機序に関与することを明らかにした。また 本来はアナジーをその特徴とする制御性T細胞の増殖機構についても新たな知見を示唆し得た。本研究は制御性T細胞の抑制機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するもの考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

1 共培養条件下でのIL-12の産生に関する追加実験を行い、その結果を加えた。

2 T細胞上のCD40Lの発現に関するコントロール実験の結果を加えた。

3 イントロダクションおよび考察に関して、記載を充実させ論旨を明確にした。

4 不適切な用語を修正した。

5 本文の最後に結語を記載した。

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