学位論文要旨



No 120285
著者(漢字) 吉汲,祐加子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシクミ,ユカコ
標題(和) 膵臓の分化におけるJAM-1の役割の検討
標題(洋)
報告番号 120285
報告番号 甲20285
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2434号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 要旨を表示する

 膵臓は、内胚葉性上皮由来の臓器であり、消化酵素を分泌する外分泌細胞、膵ホルモンを分泌する内分泌細胞、導管系上皮細胞からなる膵管から構成されている。膵内分泌細胞と外分泌細胞は共に膵導管系細胞に由来する共通の前駆細胞から発生すると考えられている。膵ラ氏島にはα、β、δとPP細胞の4種の内分泌細胞が存在する。膵臓の分化はさまざまな転写因子の働きにより制御されていることが、分子生物学的な手法の進歩により明らかとなってきたが、標的遺伝子を含めて不明な点は多い。

 ラット膵腫瘍由来の細胞株であるAR42J細胞は、アミラーゼ、キモトリプシン、トリプシノーゲンなどの消化酵素を産生、分泌し、膵外分泌腺としての性格を有するが、デキサメサゾン (Dx) 処理によってさらにその性格を強くする。この細胞はシナプトフィジンやニューロフィラメントなどの神経マーカーも発現しているが、TGF-βスーパーファミリーの一員であるアクチビンA (Act) を添加すると、突起を伸張し、神経内分泌細胞に分化する。さらにEGFファミリーの一員であるベータセルリン (BTC) 又は肝細胞増殖因子を添加するとインスリン産生細胞へ分化する。このようにAR42J細胞は膵導管上皮の前駆細胞の性格を有しており、内分泌細胞と外分泌細胞への分化を研究できる極めて有用なin vitroモデルシステムである。

 我々のグループはこれまで、膵臓の分化の分子メカニズムを明らかにするために、mRNA differential display法を用いて、AR42J細胞の分化の過程で発現レベルが著明に変化する数多くの遺伝子を同定したが、その中で非常に興味深い動きを示し、発現レベルが著明に亢進するJAM (Junctional Adhesion Molecule) -1 に今回着目した。JAM-1はカルシウム非依存性の細胞間接着分子で、免疫グロブリンスーパーファミリーの一員である。細胞間結合部の集合、安定化促進、細胞極性の形成等の役割を果たしている。 JAM-1は本来、上皮と表皮細胞の細胞間のタイトジャンクション (TJ) に分布するが、TNF-αやIL-6等の炎症性サイトカインの働きによりTJより遊離し、白血球の血管外への遊走の手助けをすることが知られている。AR42J細胞がAct+BTCの作用によりインスリン産生細胞へ分化する際、JAM-1の発現は著明に亢進するが、形態学的には突起を伸長して神経細胞様になり、TJは形成しない。本来TJに存在するはずのJAM-1が、TJを形成せず、炎症とは無縁の分化の過程で、発現が著明に亢進することに着目した。JAM-1は上皮、内皮細胞だけでなく、血小板や白血球細胞などにも発現している。TJを構成するだけでなく、細胞の分化、機能維持等にも関与している可能性が考えられる。本研究は、JAM-1のTJ構成蛋白としての機能以外に、今までには知られていない全く新しい機能があるに違いないと推察し、膵内分泌細胞の分化におけるJAM-1の発現変化の解析を行うことを目的とした。

 まずはじめに、AR42J細胞がインスリン産生細胞へ分化する際のJAM-1の発現の変化をmRNAと蛋白レベルで比較検討した。ノザンブロットではJAM-1の発現はAct+BTCに反応して3時間後に急速に増加した。ウエスタンブロットではAct+BTC添加24時間後に発現が増加した。JAM-1はAR42J細胞の分化の初期にその機能を発揮すると考えられる。

 次に細胞間接合部に局在する他の蛋白に関して、AR42J細胞が分化する際の時間経過における発現の変化を調べた。アドヘレンスジャンクションに局在するE-カドヘリンは時間経過に無関係にほぼ一定量が発現していた。TJに局在してJAM-1と結合し、情報を伝達する分子であるPAR-3とaPKCλは、JAM-1と同様にAct+BTC添加24時間後に発現が増加した。これはJAM-1関連の情報伝達系がAR42J細胞のインスリン産生細胞への分化に関与していることを示唆する。

 細胞内におけるJAM-1の局在を免疫細胞染色、細胞分画法により検討した。インスリン産生細胞へと分化したAR42J細胞はJAM-1の発現が亢進しているにも関わらず、抗JAM-1抗体では染色されなかった。そこで、JAM-1のHis-Myc タグ付きの発現ベクターを作成した。尿細管上皮細胞由来の細胞株であるMDCK細胞にトランスフェクションし、抗Myc抗体で染色したところ、JAM-1は細胞間結合部に存在し、TJのマーカーであるZO-1と局在が一致したが、それ以外にも細胞内が顆粒状に染色された。抗JAM-1抗体で染色すると、同様に細胞内が染色され、この染まりは特異的なものと考えられた。タグの影響ではないことを確認するために、タグなしの発現ベクターを作成し、MDCK細胞にトランスフェクション後、抗JAM-1抗体で染色したが、同様の結果であった。以上より、JAM-1はTJに存在するが、それ以外に細胞内にも局在する可能性が示唆された。超遠心を用いた細胞分画法により、インスリン産生細胞に分化したAR42J細胞の細胞画分を集め、ウエスタンブロットにより、細胞内のどの画分にJAM-1が存在するのかを検討したところ、JAM-1はミクロソーム分画、ミトコンドリア分画に局在した。細胞膜貫通ドメインを持つことからも、細胞内小胞の上に存在するものと考えられる。

 次にラット膵ラ氏島でのJAM-1の局在を免疫組織化学にて検討した。膵ラ氏島においてJAM-1は、予想に反して、β細胞ではなく、辺縁のα細胞に発現していた。δ細胞、PP細胞とは局在が異なった。より詳しく調べるために、膵ラ氏島を抗JAM-1抗体と抗グルカゴン抗体で二重染色し,共焦点顕微鏡で観察した。JAM-1はα細胞の細胞間結合部以外にも、細胞内で染色され、MDCK細胞の染色パターンと同様であった。

 当初の予想では、JAM-1はβ細胞に存在すると思われたが、実際にはα細胞に存在した。膵内分泌細胞の分化の過程では、胎生期には複数の膵ラ氏島ホルモンを発現する細胞が混在し、やがてそれらが分化して単一ホルモン産生の内分泌細胞へと分化してゆく。マウスでは、胎生14-15日頃にグルカゴン細胞が数多く出現し、一時的なグルカゴン-インスリン共存細胞を経て、やがてインスリン細胞が優勢になっていく。AR42J細胞がインスリン産生細胞に分化する時に発現が亢進するJAM-1が、ラットの膵ラ氏島においてα細胞に局在する理由として、(1).膵内分泌細胞の分化のごく初期において、JAM-1は発現し、グルカゴン-インスリン共存細胞にも存在して分化を調節する重要な因子として働き、引き続きα細胞に局在してα細胞の機能維持に関与する、(2).グルカゴン細胞だけではなく、インスリン細胞にも分化のごく初期には存在するが、成長と共にインスリン細胞からは消失する、(3).グルカゴンやインスリンよりも早期に発現して分化を調節し、やがてグルカゴン細胞にのみ局在する、などの可能性が考えられる。これらを検証するために、ラットにストレプトゾトシン (STZ) を投与してβ細胞を破壊し、糖尿病ラットを作成し、再生を促された膵ラ氏島でのJAM-1の発現がどのように変化するかを検討した。まず、正常ラットと糖尿病ラットにおける膵ラ氏島でのJAM-1の発現量をRT-PCR法、ウエスタンブロットにより比較した。mRNAレベルでも、蛋白レベルでもJAM-1の発現は糖尿病ラットで上昇していた。次に、STZ投与後6週のラットの膵ラ氏島の免疫組織染色を行った。正常ラットと比較して、β細胞が減少し、α細胞が増加して膵ラ氏島の辺縁のみでなく中心寄りにも認められた。JAM-1も糖尿病ラットの膵ラ氏島では正常ラットと比べ増加し、α細胞に局在していたが、JAM-1の染まらないα細胞も認められた。これは(3)の可能性は低いことを示唆する。

 本研究において、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞間接着分子JAM-1がTJだけでなく、細胞内にも局在することを明らかにした。AR42J細胞がAct+BTCの作用によりインスリン産生細胞へと分化する際に、PAR-3, aPKCλと共に発現が亢進すること、膵β細胞ではなくα細胞に存在すること、糖尿病状態において発現が亢進し、JAM-1の染まらないα細胞が存在することなどから、JAM-1は細胞内で膵内分泌細胞の分化または機能に何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられた。今後は、(A) STZ投与後の時間経過の細かい追跡、(B) 胎生期のラットの膵組織を用いて、インスリン、グルカゴンと共に染色し、発生段階における膵内分泌細胞の分化過程において、JAM-1がどのような時期に、どのような細胞に発現しているかの検討、(C) 膵内分泌細胞分化の初期に発現する転写因子PDX-1, PGP9.5等との発現の関連の検討、(D) 膵共通前駆細胞に発現するAct, 膵に存在するBTCとの関連の検討、(E) グルカゴンプロモーターの下流に膜貫通ドメインを欠失したドミナントネガティブの発現ベクターを作製し、マウスでの膵内分泌細胞の分化の検討、等を通じて本研究を発展させ、膵内分泌細胞の分化において、JAM-1がどのような機能を果たしているのかを明らかにしてゆく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、AR42J細胞がインスリン産生細胞へ分化する際に発現が著明に亢進する遺伝子群の中から、JAM (Junctional Adhesion Molecule) -1に注目した。AR42J細胞の分化過程ではタイトジャンクション (TJ) を形成しない為、JAM-1にはTJ構成蛋白以外の新たな機能があるのではないかと推察し、発現の時間的変化、局在、糖尿病状態における発現の変化等から、JAM-1の発現変化を解析し、下記の結果を得ている。

1.AR42J細胞がインスリン産生細胞へ分化する際のJAM-1の発現の変化をmRNAと蛋白レベルで比較検討した。ノザンブロットではJAM-1の発現はアクチビンA (Act)+ベータセルリン (BTC) に反応して3時間後に急速に増加した。ウエスタンブロットではAct+BTC添加24時間後に発現が増加した。JAM-1はAR42J細胞の分化の初期にその機能を発揮しうる事が示された。

2.細胞間接合部に局在する他の蛋白に関して、AR42J細胞が分化する際の時間経過における発現の変化を調べた。アドヘレンスジャンクションに局在するE-カドヘリンは時間経過に無関係にほぼ一定量が発現していた。TJに局在してJAM-1と結合し、情報を伝達する分子であるPAR-3とaPKCλは、JAM-1と同様にAct+BTC添加24時間後に発現が増加した。以上より、JAM-1関連の情報伝達系がAR42J細胞のインスリン産生細胞への分化に関与していると考えられた。

3.細胞内におけるJAM-1の局在を免疫細胞染色、細胞分画法により検討した。インスリン産生細胞へと分化したAR42J細胞はJAM-1の発現が亢進しているにも関わらず、抗JAM-1抗体では染色されなかった。そこで強制発現系を利用して、JAM-1の細胞内での局在を検討した。発現ベクター (JAM-1/His-Myc) をMDCK細胞にトランスフェクションし、抗Myc抗体で染色した所、細胞間結合部以外にも、細胞内が顆粒状に染色された。抗JAM-1抗体を用いても細胞内が顆粒状に染色された。以上より、JAM-1はTJに存在するが、それ以外に細胞内にも局在する可能性が示唆された。細胞分画法により、インスリン産生細胞に分化したAR42J細胞の細胞画分を集め、ウエスタンブロットにより、細胞内のどの画分にJAM-1が存在するのかを検討したところ、JAM-1はミクロソーム分画、ミトコンドリア分画に局在した。細胞膜貫通ドメインを持つことからも、細胞内小胞の上に存在すると考えられた。

4.ラット膵ラ氏島でのJAM-1の局在を免疫組織化学にて検討した。膵ラ氏島においてJAM-1は、β細胞ではなく、辺縁のα細胞に発現していた。より詳しく調べるために、膵ラ氏島を抗JAM-1抗体と抗グルカゴン抗体で二重染色し, 共焦点顕微鏡で観察した。JAM-1はα細胞の細胞間結合部以外にも、細胞内で染色され、MDCK細胞の染色パターンと同様であった。

5.ラットにストレプトゾトシン (STZ) を投与して、糖尿病ラットを作成し、再生を促された膵ラ氏島でのJAM-1の発現がどのように変化するかを検討した。正常ラットと糖尿病ラットにおける膵ラ氏島でのJAM-1の発現量をRT-PCR法、ウエスタンブロットにより比較した。mRNAレベルでも、蛋白レベルでもJAM-1の発現は糖尿病ラットで上昇していた。

6. STZ投与後6週のラットの膵ラ氏島の免疫組織染色を行った。正常ラットと比較して、β細胞が減少し、α細胞が増加して膵ラ氏島の辺縁のみでなく中心寄りにも認められた。JAM-1も糖尿病ラットの膵ラ氏島では正常ラットと比べ増加し、α細胞に局在していたが、JAM-1の染まらないα細胞も認められた。

 以上、本論文において、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞間接着分子JAM-1がTJだけでなく、細胞内にも局在することを明らかにした。JAM-1は細胞内で膵内分泌細胞の分化に何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられた。本研究はJAM-1の発現変化の解析に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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