学位論文要旨



No 120288
著者(漢字) 堀越,桃子
著者(英字)
著者(カナ) ホリコシ,モモコ
標題(和) 位置的・機能的情報に基づく日本人2型糖尿病遺伝素因の解析
標題(洋)
報告番号 120288
報告番号 甲20288
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2437号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 北村,唯一
 東京大学 講師 戸辺,一之
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】  2型糖尿病は遺伝素因に加え環境因子が組み合わさって発症する多因子病である。2型糖尿病の罹患者数は年々増加し、平成15年には740万人にものぼっている。2型糖尿病の発症・進展予防を行なうためには、その遺伝素因をもつハイリスクグループを早期に発見し、糖尿病予防のための強力な生活習慣介入をすることが大切である。

2型糖尿病の遺伝素因は一つ一つの遺伝子変異の発症への寄与は低いが、複数の遺伝子多型が同一固体に集積することで糖尿病発症の疾患感受性をたかめると考えられている。このような多型として一塩基多型(SNP)は2型糖尿病の遺伝因子として疾患の発症や進展に関与しうる。糖尿病の原因遺伝子に迫る方法として家系分析から全ゲノムマッピング(連鎖解析)によって疾患感受性遺伝子座を同定する全ゲノムアプローチと、糖尿病の病態に関与する遺伝子について関連解析を行なう機能的候補遺伝子アプローチがある。本研究に先立って行なわれた224組の日本人2型糖尿病罹患同胞対を対象としたwhole genome association studyで9ヶ所の染色体領域に(1p36-p32, 2q34, 3q26-q28, 6p23, 7p22-p21, 9p, 11p13-p12, 15q13-q12, 20q12-q13)日本人2型糖尿病疾患感受性遺伝子座が同定された。このうち1p36-p32と20q12-q13には機能的にも糖・脂質代謝に深く関与する遺伝子、AMPキナーゼα2サブユニット(PRKAA2)遺伝子[1p36-p32]とHNF4α遺伝子[20q12-q13]が存在する。AMPキナーゼα2サブユニットはおもに骨格筋に発現し、筋におけるブドウ糖の取り込みを抑制し、肝における脂肪酸のβ酸化の促進および糖新生の抑制をすることでインスリン抵抗性の改善に働く。一方HNF4α遺伝子はubiquitousに発現している転写因子であるが、そのもっとも5'側にあるp2プロモーターは膵β細胞特異的に発現しており、さまざまな糖・脂質代謝関連遺伝子の発現制御に関与している。最近このp2プロモーター周辺の遺伝子多型と2型糖尿病との相関がFinnishとAshkenazi Jewsにおいて報告されている。位置的にも機能的にも日本人2型糖尿病感受性遺伝子候補と考えられるこれらPRKAA2遺伝子およびHNF4α遺伝子について、SNPを利用した患者対照関連解析を行なった。

【対象および方法】

対象  東京大学医学部付属病院糖尿病・代謝内科に通院もしくは入院している192名の2型糖尿病患者と広島原対協健康管理センタ−を受診した272名の60歳以上でHbA1cが5.8%未満、かつ2型糖尿病の家族歴がない正常対照者を対象とした。また有意な結果が得られたものについては前述の施設から得られた657名の2型糖尿病患者と、552名の正常対照者においてさらに2次検討を行なった。東京大学大学院医学系研究科ヒトゲノム遺伝子解析研究倫理委員会の承認の下に行なわれ、文書による同意を得たうえで遺伝子解析をおこなった。

方法  PRKAA2遺伝子については直接シーケンス法によるスクリーニングで新たに同定したSNPと公開データベースから得た計10個のSNPを対象とした。HNF4α遺伝子については他民族において2型糖尿病との関連が報告されているSNPと公開データベースから得られた計12個のSNPを対象として遺伝子型を決定し、患者対照関連解析を行なった。遺伝子型の決定にはBig DyeTerminatorによるシークエンス法とTaqMan Probeによるタックマン法を用いた。関連解析にはFisherのχ2検定を用い、EMアルゴリズムによる連鎖不平衡解析とハプロタイプ解析についてはSNPAlyze V3.2 Pro softwareを用いた。また糖尿病関連指標と遺伝子多型との関連解析は糖尿病治療による影響を受けていない正常対照者においてone-way ANOVA法で解析した。インスリン抵抗性の指標としてHOMA-IR(Homeostasis Model Assessment-Insulin Resistance)値を用いた。

【結果】

PRKAA2遺伝子(図9):プロモーター領域と9つのエクソンおよび5'UTR、3'UTRのスクリーニングによって新たに4つのSNPを同定した。公共のデータベースから得られたSNPを含め遺伝子型を決定した10個のSNPは比較的頻度が高く、すべてHardy-Weinberg平衡に従っていた。いずれの多型も遺伝子型においてもアリル頻度においても2型糖尿病群と正常対照者群の間で有意な頻度差を認める単一のSNPはなかった。しかし連鎖不平衡係数r2を推定し、r2>0.8以上のSNP群を一つのハプロタイプ群として得られる6つのハプロタイプ群から一つずつSNPを選択しハプロタイプを組むと、比較的頻度の高いハプロタイプが4つ同定され、そのうち1つのハプロタイプは有意に2型糖尿病と相関した(p=0.0032)。対象人数を増やした2次サンプルにおいても同じ4つの比較的頻度の高いハプロタイプが同定され、1次サンプルと同じハプロタイプが有意に2型糖尿病と相関した(p=0.011)。このハプロタイプは一つのSNP(rs2051040)についてのみマイナーアリルをもち、それ以外の5つのSNPについてはすべてメジャーアリルを有していた。

SNPと糖尿病関連指標との相関解析を行なったところ、2型糖尿病との相関が認められたハプロタイプに唯一含まれるマイナーアリルであるrs2051040に関して、インスリン抵抗性と有意な相関が認められた。すなわちマイナーアリルを持つ群(AA+AG群)は持たない群(GG群)に比べ、有意にインスリン抵抗性が高かった(AA/AG vs GG; 1.95±0.08 vs 1.49±0.10, 補正p=0.0020)。同様の結果が2次サンプルでも追認された(補正p=0.037)。

HNF4α遺伝子:p2プロモーターの上流27kbから下流73kbまでの間で、p2プロモーター周辺領域を中心に12個の比較的頻度の高いSNPについて遺伝子型を同定した。いずれのSNPもHardy-Weinberg平衡に従っていた。単一のSNPで2型糖尿病との相関を認めるものは見出せなかったが、隣り合う2つのSNPでハプロタイプを組んでハプロタイプ解析を行なうと、p2プロモーター周辺の4つのSNP(rs4810424, rs1884613, rs1884614, rs2144908)の間の組み合わせによるハプロタイプでは、糖尿病患者と正常対照者間で有意な頻度差が認められた。これら4つのSNPと2型糖尿病関連指標との関係を見るために正常対照者におけるHbA1c, 空腹時血糖、空腹時インスリン値、インスリン抵抗性(HOMA-IR)、インスリン分泌能(HOMA-β)と多型頻度の関連を調べたが、多型頻度の分布に明らかな差を認めなかった。

【考察】  本研究において日本人2型糖尿病の遺伝素因としてAMPキナーゼα2サブユニット(PRKAA2)遺伝子とHNF4α遺伝子が2型糖尿病と相関することが示された。単一の遺伝子多型で2型糖尿病と相関するものは同定できなかったが、PRKAA2遺伝子もHNF4α遺伝子もハプロタイプ解析にて2型糖尿病との相関が認められたことより、あらためて患者対照相関解析におけるハプロタイプ解析の重要性が示された。またハプロタイプを組んだ遺伝子領域もしくは解析対象となったSNPと連鎖不平衡にある未知のSNPのなかに真のSNPが存在する可能性が示唆される。

PRKAA2遺伝子変異が2型糖尿病のリスクをあげる要因として、インスリン抵抗性の増悪が一因を担っていることが示せたが、HNF4α遺伝子に関しては多型と有意な相関を持つ糖代謝関連指標は見出せなかった。今後真のSNPを同定するためにはp2プロモーター領域を中心にさらに密にSNPを選択し、患者対照相関解析を行なうことが課題となる。

また今回、2型糖尿病の遺伝素因という比較的頻度は高く、複数存在するものの、一つ一つの遺伝子変異の糖尿病発症への寄与は低いため同定するのが難しい遺伝子変異を効率的に見出していく方法として、位置情報をもとにした全ゲノムアプローチと分子の持つ機能面から迫る候補遺伝子アプローチの両方に立脚したアプローチが有用な方法であることが示された。

図9 PRKAA2

a)LDmap

b)PRKAAのハプロタイプブロック

図9 c)ハプロタイプ解析

審査要旨 要旨を表示する

本研究は日本人2型糖尿病の発症に関与する遺伝素因の解明のため、日本人2型糖尿病の罹患同胞対法による全ゲノムマッピングで得られた9ヶ所の疾患感受性遺伝子座(1p36-p32, 2q34, 3q26-q28, 6p23, 7p22-p21, 9p, 11p13-p12, 15q13-q12, 20q12-q13)に含まれ、これまでの知見から糖尿病モデル動物等の実験から糖尿病の病態に関わる分子と考えられる中で、その遺伝子座が1p36-32に存在するPRKAA2遺伝子と、20q12-13に存在するHNF4α遺伝子という2つの候補遺伝子について遺伝子多型(SNP)と2型糖尿病との相関を検討した。下記に結果を記す。

1.PRKAA2遺伝子の9つのexon-intron-junctionおよびプロモーター領域を直接シーケンスして見出した4つの新たなSNPと公開データベースに報告されている6つの計10個のSNPについて192人の2型糖尿病患者と272人の正常対照者[1次パネル]における患者対照関連解析をおこなったが、単一のSNPで2型糖尿病と相関するものは認められなかった。

2.10個のSNP間のペアワイズ連鎖不平衡係数(D', r2)をEMアルゴリズムを用いて推定し、r2>=0.8以上を示すSNP群を一つのハプロタイプ群と考え、各ハプロタイプ群から1つずつ選択したSNPから構成されるすべてのnハプロタイプについて2×nのΧ2検定で2型糖尿病との相関を解析した。計6個のSNP (rs2051040, rs2796494, rs2143754, rs1418442, rs932447, rs3738568)の組み合わせによるハプロタイプのうち、5%以上の比較的頻度の高いハプロタイプは4つあり、一つのハプロタイプが有意に2型糖尿病と相関した(p=0.0032)。同様の結果が1次パネルとは独立した2次パネル(657人の2型糖尿病患者と552人の正常対照者)においても追試された(p=0.011)。このハプロタイプは6つのSNPのうちrs2051040についてのみマイナーアリル(Aアリル)をもち、それ以外のSNPはすべてメジャーアリルを有するハプロタイプであった。

3.各SNPと糖尿病関連指標との関連を糖代謝正常者において解析したところ、rs2051040がインスリン抵抗性と有意に相関した。すなわちAアリルをもつ群(AA+AG群)は持たない群(GG群)に比べ、有意にインスリン抵抗性が高かった(p=0.0020)。同様の結果が2次パネルでも追試された(p=0.037)。

4.rs2051040がインスリン抵抗性に関するat risk alleleであり、これを有するhaplotypeが有意に糖尿病と相関したにもかかわらず単独のSNPでは2型糖尿病と相関を示すものは認められなかったことから2型糖尿病を規定する真のSNPとしては(1)at risk haplotypeと連鎖不平衡にあり、2型糖尿病を真に規定する未知の機能性SNPが存在するか、(2)ハプロタイプを構成するSNPの協調的作用によって糖尿病が引き起こされている、という可能性が考えられる。

5.HNF4α遺伝子については膵特異的に発現しているP2プロモーター領域を中心に他民族(Finnish, Ashkenazi Jewish)で2型糖尿病との相関が認められている多型を含めて12個のSNPで前述の1次パネルにおける患者対照関連解析をおこなったが、単独のSNPで2型糖尿病と相関を認めるものはなかった。

6.隣り合う2つのSNPによるハプロタイプ解析をおこなったところ、P2プロモーター領域上流10kbから下流1.2kbに存在する4つSNP; rs4810424, rs1884613, rs1884614, rs2144908の間の組み合わせによるハプロタイプでは、糖尿病患者と正常対照者間で有意な頻度差が認められた(1次パネルで各々p=4.0x10-27, p=0.26, p=1.4x10-27)。特にrs1884614, rs2144908の組み合わせによるハプロタイプは2次パネルでも有意に2型糖尿病との関連が追試され(p=0.0029)、この領域に2型糖尿病を規定する真のSNPが存在する可能性が示唆された。

以上より罹患同胞対法による日本人2型糖尿病疾患感受性遺伝子座に含まれる候補遺伝子について網羅的にSNPを検索し患者対照関連解析をした結果、PRKAA2遺伝子とHNF4α遺伝子において2型糖尿病と関連するハプロタイプが見いだされた。また全ゲノムアプローチ(位置的情報)と候補遺伝子的アプローチ(機能的情報)の融合は疾患感受性遺伝素因の解析に有用であること、ハプロタイプ解析が同様に有用であることが示され、今後の日本人2型糖尿病遺伝素因の解明につながるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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