No | 120290 | |
著者(漢字) | 中山,久仁子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカヤマ,クニコ | |
標題(和) | マクロファージにおける病原微生物構成成分による免疫学的不応答の分子生物学的機序 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120290 | |
報告番号 | 甲20290 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2439号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 軽症の細菌感染症治療は新規抗菌薬の開発によって容易になってきているが, 重症の細菌感染症とくに敗血症においての死亡率は未だ高い. 敗血症性ショック, 全身性炎症反応症候群などの重篤な病態は, 細菌側の要因と, 生体における免疫の過剰反応やバランスの破綻などの生体側の要因によって起こると推測される. 免疫は主に自然免疫と獲得免疫に分けられる. 自然免疫は従来まで, 外来異物や病原体の非特異的処理システムのみと考えられてきた. しかし自然免疫におけるマクロファージや樹上細胞のToll-like receptor (TLR) と呼ばれる受容体が, 病原微生物成分を抗原提示細胞からの抗原提示を受けずに直接認識し, 自然免疫を活性化し, さらに獲得免疫系の活性化の誘導にも必須であることが明らかになってきた. 敗血症患者の白血球は細菌刺激に対する応答性が悪く, マクロファージのサイトカインの産生が抑制されているという報告がある. この現象は「エンドトキシントレランス」と呼ばれ, グラム陰性杆菌の菌体成分である細菌リポ多糖(lipopolysaccharide;LPS) による現象として研究されてきたが, 最近, LPS以外の病原微生物構成成分によっても引き起こされることが明らかになり, この現象を総称して, 免疫学的不応答(トレランス) と呼んでいる. 免疫学的不応答は細菌感染に対して宿主が過剰反応をしないための調節機構と考えられている. その一方で, これにより新たな細菌感染が増悪する可能性も否定できず, 敗血症患者において治療薬の効果が低いことの理由の一つであると考えられる. トレランスに関する分子生物学的機序に関してはほとんど解明されていない. 従って, 敗血症における免疫システムの分子生物学的機序を解明することは重要で, 敗血症治療に光明をもたらすと考えられる. これらの背景を踏まえ, 敗血症時の免疫システムを解明する目的で, マクロファージをこれらの菌体成分であるLPS, ペプチドグリカン(peptidogrycan;PGN), 非メチル化CpG配列(CpG DNA) で刺激し, 細胞内シグナル伝達とTNF-αの産生について基礎的実験を行なった. 次にLPS, PGN, CpG DNAで一次刺激した後, これらのリガンドで二次刺激を行ない, TNF-αの産生を指標として, トレランスが誘導されるかどうかを検討した. 最後に, まだ解明されていないPGNによって引き起こされるトレランスの分子生物学的機序に関して, 特にIRAK-Mに焦点をあてて解析を行った. まずLPS, PGN, CpG DNAでマクロファージのRAW 264.7 細胞を刺激し, TLRからの細胞内シグナル伝達において重要なMAPK(ERK, p38, JNK) のリン酸化を刺激15-30分後に確認した. 次にトレランスの誘導の実験のために, 各リガンドにより炎症性サイトカインTNF-αが産生される条件を検証した. TNF-α産生量はLPS, PGN, CpG DNA刺激後8-12時間でプラトーに達した. この結果から, 後の実験では, 2回目の刺激を16時間以降に行なった. またTNF-αは, 各リガンドの用量依存性に産生され, その産生量がプラトーに達した各リガンドの濃度, LPS(0.1 μg/ml), PGN(30 μg/ml), CpG DNA(0.1 μg/ml)を, 以降の実験のリガンドの最小濃度に設定した. 次に上記の条件の各リガンドで一次刺激をした後, 16時間後に同一のリガンドで二次刺激をした場合のTNF-α産生量を検出した. LPSまたはPGNで一次刺激を行なった後に同一のリガンドで二次刺激を行なうと, 単独刺激よりもTNF-α産生量が顕著に抑制された. CpG DNAでもTNF-αの産生量は抑制されたがその程度は小さかった. さらに一次刺激と二次刺激で異なったリガンドを使用すると, いずれの場合でも単独刺激と比較してTNF-αの産生量は低下した. この結果より, LPS, PGN, CpG DNAによってホモトレランス, ヘテロトレランスが誘導されることが確認された. PGNによるトレランスについてはあまり明らかにされていないので, PGNによるトレランスの誘導の分子機序を解明する目的でさらに研究を進めた. まず種々の濃度のPGNで細胞を一次刺激した後, 16時間後に30 μg/mlの PGNで再刺激を行ないTNF-αの産生量を比較検討した. その結果3μg/ml以下の濃度のPGNで一次刺激をした細胞では, TNF-αの産生量の低下は認めなかったが, 30 μg/ml 以上のPGNで一次刺激した細胞ではその産生は抑制された. このことから, 30 μg/ml以上の高濃度PGNで前処置を行なうと, 16時間後には細胞にトレランスが誘導されるが, 3 μg/ml以下の低濃度PGNではトレランスは誘導されなかったということが示唆された. さらにこのトレランスが誘導された細胞では, MAPKと I B リン酸化が抑制されており, PGNによる一次刺激後にトレランスの誘導された細胞も誘導されなかった細胞でも,細胞表面のTLR2受容体発現量は, 刺激後16時間までおおむね変化はなかった. この結果から, トレランス誘導がその受容体の発現量の変化ではなく, TLR下流の細胞内シグナル伝達機構の変化によるものであるということが確認された. IRAK-1はTLR 受容体直下に位置し, PGN刺激後に速やかに活性化されることが知られており, 本実験ではPGNでトレランスの誘導された細胞ではIRAK-1キナーゼ活性は抑制されていたが, PGN一次刺激後のIRAK-1 タンパク量はほぼ同じであった. その結果, トレランスが誘導された細胞において, IRAK-1キナーゼ活性の抑制が, IRAK-1タンパク量の減少によるものではないことが示された. さらにPGNのトレランスを誘導した細胞において, 無刺激または低濃度PGNで二次刺激した場合, IRAK-Mは刺激後24時間まで検出されなかったが, 高濃度PGNで4-24時間一次刺激した細胞では, IRAK-Mの発現量は亢進した. その上IRAK-Mに特異的なsiRNAでIRAK-Mの発現を抑制すると, TNF-α産生は元のレベルに戻った. これらの結果は, IRAK-MはマクロファージにおけるPGNによるトレランス誘導において, 重要な働きをしていることを示している. またトレランスの誘導された細胞において, PGNの二次刺激のあとでMyD88 と IRAK-1の会合はわずかに検出されたが, トレランスの誘導されていない細胞では MyD88 と IRAK-1の会合は顕著に認められた. このことは、トレランスの誘導された細胞において、IRAK-1とMyD88の会合が抑制されることが, トレランス誘導の一つの分子機序であることを示していた. 以上の結果から本研究では, 30 μg/ml 以上の高濃度のPGNによってトレランスの誘導されたRAW264.7細胞では, IRAK-Mが誘導され, そのIRAK-MがIRAK-1活性を抑制し, IRAK-1 と MyD88の会合の抑制がおこり, TLRからのシグナル伝達が抑制されると考えられた. 敗血症における免疫の過剰反応は, 生理学的に微小循環の変化をきたし, 最終的に多臓器不全をもたらし生命を脅かしている. そのため全身感染症の継続によって自己破壊に至らないように, 初期の炎症反応の後に炎症機序が抑制され, 制御されている. 一方で, その制御は細菌感染に対する応答性を悪くし, 敗血症患者の予後を悪化させている可能性がある. 本研究のIRAK-MがPGNによるトレランス誘導に関与しているという発見は, トレランスの分子生物学的機序を理解するうえで非常に重要と思われる. 今後, このトレランスの分子生物学的機序の理解は, 敗血症を引き起こす炎症反応の進歩した治療の発展の一助となるかもしれない. | |
審査要旨 | 敗血症においては、細菌刺激に対する血球細胞の応答性が悪い, 即ちトレランスと呼ばれる免疫学的不応答が認められることが以前より知られているが, この分子生物学的機序はほとんど解明されていない. 本研究は, 病原微生物構成成分によって誘導されるトレランスの分子生物学的機序を明らかにするため,特にPGNにより誘導されるマクロファージのトレランスの機序についてIRAK-Mに焦点をあてて解析したものであり, 下記の結果を得ている 1. RAW 264.7 細胞を用い, LPS, PGN, CpG DNA刺激によりTNF-αが産生される条件を検証した. TNF-α産生量は, 各リガンド用量依存性に産生されプラトーに達し, そのプラトーに達した濃度を以降の実験で用いた. TNF-α産生量の経時的変化は, それぞれ各リガンドとも刺激後8-12時間でプラトーに達したため, 以降の実験の2回目の刺激を16時間以降に行なった. さらにTLRからの細胞内のシグナル伝達において重要なMAPK(ERK, p38, JNK) のリン酸化を確認した. 2.LPS, PGN, CpG DNAで細胞を一次刺激した後, 16時間後に上清をwash outし, 各々同一のリガンドまたは異なったリガンドで二次刺激を行ないTNF-α産生量を比較検討した. 結果, いずれのリガンドの場合でも一次刺激を行なった後に二次刺激を行なうと, 単独刺激よりもTNF-α産生が顕著に抑制され, ホモトレランス, ヘテロトレランスが誘導されることが確認された. 3.低濃度PGNの一次刺激後16時間後にPGNで二次刺激した場合には, TNF-α産生量は抑制されなかったが, 一次刺激を高濃度にすると抑制された. この結果は高濃度PGNで前処置を行なうと, 16時間後には細胞にトレランスが誘導されるが, 低濃度PGNではトレランスは誘導されなかったということを示唆した. 4.PGNによってトレランスが誘導された細胞と誘導されていない細胞で, MAPKと IκB-αのリン酸化を比較すると, トレランスの誘導された細胞ではこれらのリン酸化が抑制されていた. 5.細胞表面のTLR2発現レベルを トレランスが誘導された細胞と誘導されていない細胞でウェスタンブロット法にて経時的比較したところ, トレランスが誘導された細胞も誘導されていない細胞と同じようにTLR2は細胞膜表面に発現しているが示唆された. これは, トレランスがTLR2の細胞表面発現量の変化によるものではなく, TLR2の下流の細胞内シグナル伝達機構の変化によるものであることを示唆した. 6. PGN刺激後のIRAK-1の活性をin vitroキナーゼアッセイを用いて検討したところ, トレランスの誘導された細胞では, IRAK-1キナーゼ活性は抑制されており, IRAK-1 タンパク量はほぼ同じであった. これは, トレランスが誘導された細胞において, IRAK-1キナーゼ活性が抑制される理由が, IRAK-1タンパク量の減少によるものではないことを示していた. 7. 無刺激または低濃度PGNで刺激した細胞ではIRAK-Mの発現は検出されなかったが, 高濃度PGNで刺激した細胞ではIRAK-Mの発現量は亢進し, IRAK-Mの誘導がPGNによるトレランスに関与している可能性を示唆した. 8. MyD88 と IRAK-1の会合は, トレランスの誘導されていない細胞では顕著に認められ, トレランスの誘導された細胞においてはほとんど認めなかった. トレランスの誘導された細胞において、IRAK-1とMyD88の会合が抑制されることが示唆された. 9.IRAK-M特異的siRNAでIRAK-Mの発現を抑制した細胞では, IRAK-M特異的siRNA用量依存性にTNF-αの産生が増加し, 産生量は元のレベルに戻った. これは、IRAK-Mの発現を抑制することでトレランスが認められなくなったことを示しており, IRAK-MはPGNによるトレランスの誘導に重要な働きをしていると考えられた. 以上の結果から本論文は, PGNによってトレランスの誘導されたRAW264.7細胞では IRAK-Mが誘導され, そのIRAK-Mが直接または間接的にIRAK-1活性を抑制し, IRAK-1 と MyD88の会合の抑制がおこり, TLRからのシグナル伝達が抑制されることを明らかにした. 本研究のIRAK-MがPGNによるトレランス誘導に関与しているという発見は, トレランスの分子生物学的機序を理解するうえで重要な貢献をなすと考えられ, 学位の授与に値するものと考えられる. | |
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