学位論文要旨



No 120291
著者(漢字) 北沢,貴利
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,タカトシ
標題(和) クラミジア抗原刺激によるマクロファージの免疫賦活作用および泡沫化機序の解析
標題(洋)
報告番号 120291
報告番号 甲20291
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2440号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 滝澤,始
内容要旨 要旨を表示する

 動脈硬化の機序を解明し、治療的介入を行うことは医学上の重要な課題の一つである。動脈硬化の発症、進行に対する研究において動脈硬化を炎症としてとらえる概念が定着し、炎症を惹起する成因の一つとして、病原体の感染とそれに対する宿主の免疫応答が位置付けられている。現在までに動脈硬化との関連性を指摘されている病原体は多岐にわたり、中でも肺炎クラミジア感染症は、動脈硬化の危険因子となる感染症として最も多くの疫学的研究が集積されている。

 肺炎クラミジアは、呼吸器感染症の起因菌である一方で、不顕性感染の割合も高い病原体である。肺炎クラミジアと動脈硬化症との関連性の指摘は1988年の血清疫学的報告に始まり、以後多くの関連性を示唆する報告が得られている。また動脈硬化病変からクラミジア検出も試みられ、高率な分離培養の成功は病変部位での感染を示唆している。動物モデルによる感染実験も報告され、肺炎クラミジアの呼吸器感染により、早期に同菌が大動脈に出現し、アテローム硬化が進展する。

 動脈硬化を担当する細胞の反応としてin vitroの系での解析も進められ、マクロファージ・単球に感染すると泡沫細胞化し、その誘導因子はリポ多糖 (lipopolysaccharide; LPS)であるとされている。泡沫化は、炎症性サイトカイン刺激でも亢進するという報告もあり、外的ストレスに対する細胞応答ととらえられる。

 外的ストレスに対し活性化するシグナル伝達系の一つにmitogen-activated protein kinase (MAPK) 系がある。MAPKにはExtracellular-regulated protein kinase(ERK p42/44)、c-Jun NH2-terminal kinase(JNK)、p38 mitogen-activated protein kinase(p38)をシグナル因子とする主要な3系統が存在し、泡沫化でもMAPKの関与が指摘されている。しかし、肺炎クラミジア感染がこのシグナル伝達系を介してマクロファージ泡沫化を誘導させているかについての具体的検討は未だされていない。そこで本研究ではクラミジア抗原刺激によるマクロファージ賦活機序およびマクロファージ泡沫化機序に関して特にMAPKに焦点をあて解析を行った。

 まずクラミジア抗原に対する宿主の受容体認識機構について解析した。病原体の外来抗原特異的な構造を、宿主細胞が生来的に発現する膜受容体により認識し、サイトカインやケモカインといった免疫賦活化因子を誘導することは、感染免疫の初期応答として重要である。この受容体群としてToll様受容体(Toll-like Receptor; TLR)が知られ、細菌成分の認識には腸内細菌LPSはTLR4を介して、またペプチドグリカンなどはTLR2を介して行われている。TLRを介して活性化されるシグナル因子にはNF-κBやMAPKがあり、炎症性サイトカイン産生に寄与している。本研究ではHEK293細胞にTLR2、もしくはTLR4とMD2を強制発現させ、クラミジア抗原刺激によるNF-κBルシフェラーゼアッセイを行った。TLR2発現細胞でNF-κB活性化を認め、一方でTLR4とMD2発現細胞では活性化は軽度であり、クラミジア抗原の認識に関して主にTLR2を介して細胞内シグナル伝達系を活性化させていることが明らかとなった。

 次にクラミジア抗原刺激によるMAPK活性化の解析を行った。マクロファージ由来のRAW264.7細胞にクラミジア抗原を処理すると15-30分をピークとする3系統のMAPKのリン酸化が認められ、濃度依存性の亢進傾向を示した。

 クラミジア抗原刺激による炎症性サイトカイン産生としてTNF-α、IL-1βの産生をELISA法により測定した。クラミジア抗原によりTNF-α、IL-1βともに用量依存的に産生が亢進した。サイトカイン産生におけるMAPK関与についてMAPK阻害薬による検討を行い、IL-1β産生はp38インヒビター、JNKインヒビターにより減少し、p38、JNKはIL-1β産生に促進的に作用することが示唆された。一方TNF-αの産生は、ERKインヒビター、p38インヒビターで減少し、ERK、p38で促進的に作用することが明らかとなった。

 泡沫化の機序の解析には、泡沫化細胞をoil-red-O染色し、明視野顕微鏡下で算定、もしくはイソプロパノールによる溶出による吸光度測定を行った。クラミジア抗原により用量依存性の促進作用を認めた。また添加するLDL濃度でも用量依存的に亢進した。

 泡沫化におけるMAPK系の関与を検討するために、クラミジア抗原刺激時に各MAPK阻害薬を処理した上でLDL添加を行った。ERKインヒビター処理では泡沫化が亢進し、p38インヒビターおよびJNKインヒビター処理では泡沫化が抑制されていたことから、クラミジア抗原による泡沫化の過程においてERKは抑制的に、p38、JNKは促進的に作用していると考えられた。

 クラミジア抗原刺激によるIL-1β産生および泡沫化に対するMAPKの関与において、p38、JNKがともに促進的に作用することから、産生されたIL-1βが泡沫化を誘導している可能性も考えられた。そこでクラミジアで刺激した後、産生放出されたIL-1βがマクロファージに結合するのを阻害することで、IL-1βのマクロファージ泡沫化に及ぼす影響を検討した。まず抗IL-1受容体抗体によりIL-1βが受容体に結合阻害され、シグナル活性化が影響されるかをNF-κBルシフェラーゼアッセイにて検討した。コントロールの抗rat IgG1抗体を前処理し、IL-1βで刺激するとNF-κBの活性化が見られたが、抗IL-1受容体抗体を前処理ではIL-1βで刺激によるNF-κB活性は抗体の濃度依存的に阻害された。次に抗IL-1受容体抗体、抗rat IgG1抗体にて前処理し、クラミジア抗原もしくはIL-1β を刺激後、LDL を添加し泡沫化を定量した。IL-1β単独刺激、また抗rat IgG1抗体、抗IL-1受容体抗体による泡沫化促進はみられなかった。抗rat IgG1抗体で前処理した後、クラミジア抗原で刺激すると泡沫化が促進したが、抗IL-1受容体抗体で前処理し、クラミジア抗原刺激すると泡沫化が減少していた。よってクラミジア抗原刺激による泡沫化の機序の一部として、放出したIL-1βによる促進効果も含まれることが示唆された。

 泡沫化の要因としてLDL受容体発現の亢進によるLDL取り込みの上昇の可能性を考え、LDL受容体の発現量を検討した。MAPK阻害薬存在下または非存在下で処理し、その後クラミジア抗原で刺激後、抽出したタンパクに対し、ウエスタンブロッティングにて発現量の比較を行った。クラミジア抗原の刺激によりLDL受容体の発現の亢進が見られ、MAPK阻害薬の前処理ではERKインヒビター、JNKインヒビターでコントロールと比べ発現量に変化がなかったが、p38インヒビターで発現量はコントロールより減少した。以上の結果よりLDL受容体の発現ははクラミジア抗原刺激により亢進し、p38により促進的に作用することが示唆された。

 以上本研究により、クラミジア抗原刺激はマクロファージにおいてMAPK3系統を活性化させ、中でもp38およびJNKはIL-1β産生、泡沫化に促進作用をもたらすことが明らかとなった。また泡沫化の機序の一部にクラミジア刺激により産生、放出されたIL-1βが関与している可能性が示唆された。LDL取り込みに関与するLDL受容体はp38がその発現亢進に関与し、泡沫化促進の一因である可能性が推測された。肺炎クラミジアに対する動脈硬化治療の介入として、抗菌薬投与による動脈硬化巣の評価、心血管イベントに対する臨床試験が行われているが、その効果については意見が分かれている。今後、肺炎クラミジア特有の動脈硬化発症におけるMAPKの関与など分子生物学的機構の解明がすすみ、宿主の免疫応答の制御を標的とした創薬につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、動脈硬化の危険因子として指摘されている肺炎クラミジア感染症が、動脈硬化の初期病変であるマクロファージの泡沫化を誘導する機序を明らかにするため、クラミジア抗原を用いてMAPK系の活性化、炎症性サイトカインの産生誘導、マクロファージ泡沫化機構の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.クラミジア抗原に対して宿主のToll Like受容体(TLR)を介する認識機構を明らかにするため、TLR強制発現細胞にてクラミジア抗原刺激によるNF-κB転写活性を測定した結果、クラミジア抗原は主としてTLR2で認識されていることが明らかとなった。マクロファージに対してクラミジア抗原で刺激するとERK、p38、JNKのMAP3系統は全てが活性化された。クラミジア抗原によりTNFα、IL-1βの各炎症性サイトカインも産生が誘導されたが、MAPK阻害薬を用いて各MAPKのサイトカイン産生誘導への関与を検討した結果、TNF-α産生には主にERKが、一方IL-1β産生にはp38、JNKが促進的に関与していた。

2.クラミジア抗原刺激によりマクロファージの泡沫化の促進が認められた。MAPK阻害薬を用いたマクロファージ泡沫化に対するMAPKの関与の検討では、p38、JNKが泡沫化に対して促進的に、ERKが抑制的に作用していることが示された。IL-1β産生、マクロファージ泡沫化に対して、ともにp38、JNKの各MAPKが促進的に作用していることが示唆された点から、泡沫化の機序にクラミジア抗原刺激により産生、放出されたIL-1βが二次的に関与している可能性が示唆された。そこでIL-1βのIL-1受容体結合阻害によるマクロファージ泡沫化の影響を検討した。クラミジア抗原刺激による放出相当分のIL-1β単独刺激ではマクロファージの泡沫化は促進されなかったが、IL-1受容体中和抗体でIL-1βの結合を阻害させた細胞にクラミジア抗原で刺激すると、コントロールIgG抗体で処理しクラミジア抗原で刺激した細胞に比較して、泡沫化が抑制されていた。この結果より、クラミジア抗原刺激により産生、放出されたIL-1βは、クラミジア抗原による泡沫化促進機序に対し促進的な作用をもたらしていることが明らかとなった。

以上、本論文はクラミジア抗原刺激によるマクロファージの免疫賦活化作用を介した泡沫細胞形成および動脈硬化形成の機構解明に貢献した論文と考えられ、学位(医学博士)の授与に値するものと考えられる。

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