学位論文要旨



No 120293
著者(漢字) 大田,幹
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ミキ
標題(和) Graft-versus-Host Disease腸炎マウスモデルを用いたp38 Mitogen-Activated Protein Kinaseの生体内における機能とその病態への寄与に関する検討
標題(洋)
報告番号 120293
報告番号 甲20293
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2442号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 石川,昌
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 奥平,博一
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

 現在、骨髄移植療法は特に血液悪性疾患を中心に標準的な治療法の一つとして認知されているが、一方でこの移植治療には様々な合併症が存在するのも事実である。なかでもGraft-versus-Host Disease(GVHD)は、時に生命を脅かす重篤な合併症の一つである。GVHDは主としてドナー由来リンパ球が宿主の消化管・肝臓および皮膚などの標的臓器に組織障害をひきおこし、特にGVHD腸炎は重篤化すると時に致死的であり、臨床における重要な課題となっている。

 p38 MAPキナーゼ(p38)は、様々な細胞外刺激によって活性化され、免疫担当細胞においては炎症性サイトカイン発現や細胞増殖を制御していることから、免疫応答に中心的役割を果たす分子の一つであると考えられている。p38はこれまでも抗炎症治療における標的分子の候補の一つとして注目されてきており、実際にp38特異的阻害剤は、いくつかの炎症性疾患モデル等で有効性が報告されている。一方GVHDもまた、様々な炎症性サイトカイン刺激に伴う免疫応答を介して進展・増悪する疾患であることが知られているが、p38のGVHDの病態への関与について検討された報告はない。

 本研究ではp38ヘテロマウス(p38α+/-)を用いた急性GVHD腸炎モデルを作成し、p38の治療応用への可能性についても視野に入れて、p38の生体内炎症反応における機能と、そのGVHD腸炎の病態に果たす役割について検討した。

方法

 C57BL/6マウス(B6)、B6D2F1マウス(BDF1)、B6を背景に持つGreen fluorescent protein (GFP)トランスジェニックマウス(B6-GFP)、およびB6を背景に持つp38ヘテロマウス(B6-p38α+/-)を用意した。GFP-Wild-type (GFP-WT)およびGFP-p38α+/-マウスは、B6-GFPとB6-p38α+/-マウスを交配することにより作成された。急性GVHDはBDF1宿主マウスに致死量の放射線を全身照射した後に、B6マウス由来のドナー脾細胞および骨髄細胞を移植することで誘発した。

 移植マウスの腸管組織を用いてヘマトキシリン・エオジン染色およびTUNEL染色を施行した後に病理学的検討がされた。

 腸管組織のTNF-α濃度はEnzyme-linked immunosolbent assay (ELISA)を用いて定量した。

 Intestinal intraepithelial lymphocytes (IEL)は比重遠心法を用いて腸管組織より単離した。Mesenteric lymph nodes lymphocytes (MLNL)はナイロン・メッシュで単細胞に分離して回収した。IELおよびMLNLのGFP、CD4、CD8陽性分画をフローサイトメトリーを用いて解析した。

 IELおよびMLNLのサイトカイン発現量をquantitative reverse transcription-polymerase chain reaction (QRT-PCR、定量的RT-PCR)を用いて解析した。

 IELのin vitro培養下における生存率をトリパンブルー染色によって検討した。またIELの細胞死量を定量するために、培養上清を用いてlactose dehydrogenase Release Assay (LDH Assay)を施行した。

結果

 移植マウス群の移植後の生存日数と体重変化について検討したところ、宿主マウスと同種同系(B6→B6)の脾臓リンパ球および骨髄細胞を移植した対照移植マウス群(Syn-WT、Syn-p38α+/-)は、観察期間内では100%の生存率であり、体重減少も認めなかったが、一方で同種異系(B6→BDF1)の脾臓リンパ球および骨髄細胞を移植した両GVHD誘発マウス群(Allo-WT、Allo-p38α+/-)はともに100%の致死率であり、生存期間中も体重減少の進行を認めた。両GVHD誘発マウス群の平均生存日数はAllo-WT 群で30.8±2.7日、Allo-p38α+/-群で19.5±1.5日であり、Allo-p38α+/-群で有意な生存期間の短縮を認めた。

 移植第21日に腸管病理組織を評価したところ、Allo-p38α+/-群の腸管組織ではAllo-WT群に比して、腸管上皮や固有層への著明なリンパ球の浸潤、陰窩組織の破壊等のGVHD腸炎に認められる病理所見が明らかであった。TUNEL染色を施行するとAllo-p38α+/-群ではAllo-WT群に比して有意な腸管上皮のアポトーシス細胞数の増加を認め、Allo-p38α+/-群でのGVHD腸炎の増悪が示唆された。

 両GVHD誘発マウス群より経時的にIELおよびMLNLを回収して、ドナー由来リンパ球の浸潤細胞数を検討したところ、Allo-WT群においてはドナー由来IEL、MLNL数ともに移植第12日にピークに達して、その後減少傾向にあることが観察された。特にIELは移植第12日以降に大半がドナー由来CD8陽性リンパ球で構成されていることが確認された。一方Allo-p38α+/-群では、ドナー由来MLNL数はAllo-WT群と同様に移植第12日をピークとするものの、いずれの時期においてもAllo-WT群に比して有意な細胞数の減少を認めたが、ドナー由来IEL数はAllo-WT群と異なり、第12日以降の浸潤細胞数の減少を認めなかった。

 両GVHD誘発マウス群の腸間膜リンパ節におけるサイトカイン発現量をQRT-PCRにて定量したところ、両GVHD誘発マウス群とも移植第12日にはIFN-・発現量の著明な上昇、およびIL-4の発現低下を認めた。IFN-γ発現量は両GVHDマウス群で有意差を認めなかったが、IL-4はAllo-p38α+/-群で有意な発現低下をみた。またIL-12とIL-18の発現量も、移植第12日にAllo-WT群で有意な上昇を認めたが、これらの発現量の上昇はAllo-p38α+/-群で有意に抑制されていた。

 移植第21日に両GVHD誘発マウス群からIELを回収して、in vitro培養下における生存率の検討をしたところ、48時間培養後のAllo-p38α+/-由来IELはWT由来IELに比して有意な生存率の上昇を認めた。

 移植第21日の腸管組織中のTNF-α発現量をELISA法にて定量したところ、Allo-p38α+/-群ではAllo-WT群に比して有意なTNF-α濃度の上昇を認めた。両GVHD誘発マウス群から経時的に回収したIELにおけるTNF-α発現量をQRT-PCRにて定量したところ、TNF-α発現量は経時的に増加傾向にあることが示され、Allo-p38α+/-由来IELでは、特に移植後12日以降においてAllo-WT群に比しても有意に上昇していることが示された。

考察

 本研究は、ドナー細胞のp38α低発現が、マウスGVHD腸炎の臨床的、病理的重症度の増悪をひきおこすことを示した初めての報告である。

 腸間膜リンパ節の検討からは、p38α低発現がドナー由来リンパ球数の減少に寄与することが示された。既報の如くp38αがIL-12p40やIL-18といったTh1系サイトカイン発現を制御していることが、本検討で用いられたGVHD腸炎モデルにおいても確認され、これらサイトカインの発現量の減少が、GVH反応に伴う活性リンパ球数の増殖抑制に寄与している可能性が考えられた。一方で腸管組織においては、p38α低発現がドナー由来IELの浸潤遷延をひきおこす可能性が示唆された。IELのin vitro培養の検討から、p38α低発現はIELの生存率の上昇をもたらすことが示された。p38がT細胞の中でも特にCD8陽性T細胞に特異的にアポトーシスを誘導して、細胞生存に重要な役割を持っていることが既に報告されている。IELの大半がCD8陽性細胞で構成されていることを考え合わせると、p38αがGVHD腸炎で浸潤したIELにおいても生存シグナルを負に制御する役割を果たしている可能性が考えられ、p38α発現低下によるGVHD腸炎でのドナー由来IELの浸潤遷延、さらには腸管組織障害の増悪を部分的に説明し得る現象と考えられた。

 p38α+/-移植GVHD誘発マウス群の腸管組織中TNF-α濃度も、WT移植群に比して有意な上昇を認めた。GVHD腸炎において抗TNF療法がその重症度を軽減することは既に報告されており、TNF-αはGVHD腸炎の増悪にかかわる主要なサイトカインのひとつと考えられている。TNF-αは、さらに回収したドナー由来浸潤IELにおいてもp38α+/-移植GVHD誘発マウス群で有意に発現量が上昇していた。p38αはGVHD腸炎においてTNF-αを負に制御することで、抗炎症的に作用している可能性も考えられた。

結語

 マウス急性GVHDモデルを用いた本研究の結果から、ドナー移植細胞のp38α発現低下が臨床的あるいは病理学的な腸炎の増悪をもたらすことが示された。p38α低発現はGVH反応に伴うIL-12p40やIL-18の上昇を抑制し、ドナー由来CD4およびCD8リンパ球数の減少に寄与するが、一方で宿主腸管組織ではIELの浸潤遷延を認め、TNF-α発現も上昇しており、p38α減少に伴うGVHD腸炎の増悪の一因と推察された。現在p38は分子標的治療の候補の一つとしてその抗炎症作用が期待されているが、本研究の結果からは、p38αはGVHD腸炎の進展・増悪に対しては単に炎症反応を誘導・促進するのみならず、抗炎症作用としての役割を併せ持っている可能性が示され、疾患によってp38αの抑制による抗炎症効果が一様に表現されないことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、免疫担当細胞において炎症性サイトカイン発現や細胞増殖の制御に関わるとされる、p38α Mitogen-Activated Protein Kinase (p38α)のGraft-versus-Host Disease(GVHD)腸炎の病態への関与を明らかにするために、p38αノックアウトマウスを用いた急性GVHD腸炎モデルを作成し、p38αのGVHD腸炎の病態に果たす役割について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.GVHD誘発マウス群の移植後の生存日数について検討した所、野生型マウスを移植ドナーとしたGVHD誘発マウス群(WT群)の平均生存日数は30.8±2.7日、p38α+/-マウスを移植ドナーとしたGVHD誘発マウス群(p38α+/-群)で19.5±1.5日であり、p38α+/-群で有意な生存期間の短縮を認めた。また観察期間中のマウスの体重変化の検討においてもp38α+/-群で体重減少が有意に増悪することを明らかにした。

2.移植後第21日にGVHD誘発マウス群の腸管病理組織を評価した。p38α+/-群の腸管組織では腸管上皮や固有層への著明なリンパ球の浸潤、陰窩組織の破壊等の病理所見を認め、WT群に比して明らかなGVHD腸炎の組織学的増悪を認めた。またTUNELアッセイを用いてp38α+/-群で野生型群に比して有意な腸管上皮アポトーシス細胞数が増加していることを示した。

3.両GVHD誘発マウス群より経時的にIntestinal intraepithelial lymphocytes (IEL)とMesenteric lymph noedes lymphocytes (MLNL)を回収して、フローサイトメトリー解析によってドナー由来リンパ球数を検討した。野生型群においてはIEL、MLNL数とも移植第12日にピークに達して、その後は減少傾向にあることが示された。一方p38α+/-群では、ドナー由来MLNL数は移植第12日をピークとしていずれの時期においてもWT群に比して有意な細胞数の減少を認めたが、IEL数は第12日以降も減少しないことが示された。

4.MLNLでの各種炎症性サイトカイン発現量を定量的RT-PCRにて定量した。両GVHD誘発マウス群とも第12日にはIFN-γの著明な上昇、およびIL-4の発現低下を引き起こすことを確認した。さらにIL-12p40とIL-18の発現量も、移植後第12日にWT群で有意な上昇を認めたが、これらの発現上昇はp38α+/-群で有意に抑制されることを明らかにした。またIL-4もp38α+/-群でWT群に比して有意に発現が低下することも明らかにした。

5.移植後第21日に両GVHD誘発マウス群から回収したドナー由来IELを用いてin vitro培養下における生存率の検討をした。Tripan blue染色やLDHアッセイによる解析から、p38α+/-由来IELでWT由来IELに比して有意に生存率が上昇することを明らかにした。

6.移植後第21日に腸管組織中のTNF-α発現量をELISA法を用いて、p38α+/-群ではWT群に比して有意にTNF-aが上昇することを明らかにした。さらに両GVHD誘発マウス群より経時的に回収したIELを用いての定量的RT-PCR解析によって、移植後12日以降においてはp38α+/-由来IELでのTNF-a発現量がWT群に比して有意に上昇することを明らかにした。

 以上、本論文はドナー由来移植細胞におけるp38αの発現低下がGVHD腸炎の臨床的また組織学的な増悪に寄与することを示した初めての報告である。本研究からは、p38αが急性GVHD腸炎においては単に炎症反応を促進させるのみならず抗炎症作用も併せ持つという、p38αの生体内での複雑な分子作用機序の存在が示唆され、p38αの生体内炎症反応における機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

1.全体の文章構成を見直し、不適切な表現を改めた。

2.統計上の表記および方法を適切なものに改めた。

3.目的および考察を適切なものに改めた。

4.本文の最後に結語を記載した。

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