学位論文要旨



No 120296
著者(漢字) 阿部,美南
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ミナミ
標題(和) アドレノメデュリンの血管新生作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 120296
報告番号 甲20296
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2445号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 講師 竹中,克
 東京大学 講師 大野,実
 東京大学 講師 世古,義規
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

アドレノメデュリン(adrenomedullin;AM)は、ヒト褐色細胞腫組織抽出液から発見された強力な血管拡張性ペプチドである。しかし、AMは副腎髄質だけでなく全身の様々な臓器で発現・分泌されており、肺・腎臓・心臓・血管など循環調節に重要な臓器での発現量が多い。強力で持続時間の長い血管拡張作用を持ち、アルドステロンの分泌抑制作用や利尿作用などで全体として血圧を低下させる方向に作用する。この血管作用の少なくとも一部は内皮依存性であり、NOを介する事が知られている。またAMによるNO遊離作用はphosphatidy inositol 3-kinase (PI3K) /Aktを刺激し、内皮型NO合成酵素(eNOS)を活性化することが知られている。また単に血管作用ばかりでなく、血管平滑筋や心筋細胞増殖抑制作用、血管内皮細胞のアポトーシス抑制作用を有し、各種の臓器障害に対し臓器保護的に作用していると考えられている。AM遺伝子を過剰発現するトランスジェニックマウスは血圧の低下が確認されているが、AMの欠損マウスはhomo(-/-)では胎児致死に至り、hetero(+/-)では各種の臓器障害を伴うことが報告されている。この報告もAMが生体において重要な物質であることを示している。また、AMは病的状態、つまりは虚血や炎症といった血管新生と深く関わると思われる状態で非常に発現が増強していることが報告されている。こういった事実から、我々はAMが血管新生に対して何らかの影響をもっているのではないかと考えた。そこで我々は、外因性に投与したAMの過剰発現した組織が、急性虚血に対して、側副血行促進を増強するのではという仮説を立て、いくつかの研究を試みた。

実験I

【方法】

 野生型C57/BL6 femaleマウスを用いて、下肢虚血モデルでAMの側副血行路に対する作用を研究した。35週齢の野生型C57/BL6 femaleマウスの右大腿動脈を結紮し下肢虚血モデルを作成した。1群には毎週ヒトAMを発現したplasmid、もう一群にはコントロールとしてpcDNAを発現したplasmidを虚血筋肉に注射し、さらにelectroporationを施行し、AMの遺伝子を導入した(AM群、コントロール群各n=8)。毎週レーザードップラーにより血流を測定し、5週間後にはマウスをすべて屠殺し、下肢の筋肉を採取した。抗CD31抗体免疫染色を施行し、毛細血管数を測定した。筋肉は一部Western blottingを施行し、AM蛋白の発現を調べた。また、屠殺時には心臓から血液を採取し、血漿中のAM濃度も測定した。また、マウスの系統や性別によりAMに対する反応に対して差異や特異性がある可能性も否定できないと考え、更にC57/BL6 maleマウス・C3H/He female マウス・C3H/He maleマウスで、同様の実験を行った。更に、内皮型NO合成酵素(eNOS)が血管拡張をはじめとする様々な作用、血管新生に対する報告を踏まえ、AMの作用とeNOSの関連を調べるためにeNOS遺伝子欠損マウスを用いて、AMの遺伝子導入・下肢虚血手術を施行し、全く同様の実験を行った。

【結果】

野生型C57/BL6 femaleマウスにおいて、血漿中のアドレノデュリン濃度はAM注射群でコントロール群に比較して有意に上昇しており(非虚血群0.667±0.373fmol/ml、コンロトール群0.902±0.301fmol/ml、AM群4.31±0.949fmol/ml、AM群vs. コントロール群 p=0.002、AM群vs. 非虚血マウス群 p=0.004) 、また下肢筋肉中でもAM蛋白の過剰発現が認められた。毎週レーザードップラ−により下肢血流を測定したところ、AM群ではコントロール群に比較して著明に下肢血流量が増加していた (AM群1.424±0.103 vs. コントロール群0.656±0.2114、屠殺時、P=0.011)。PcDNAを注射したコントロールマウスでは虚血側の下肢の脱落がしばしば認められたが、AMを遺伝子導入したマウスではそれは全く認められなかった。下肢虚血筋の抗CD31免疫染色にて確認したところ、AM注射群はコントロール群に比べて、著明に毛細血管密度が増加していた(コントロール群=407.5±56.47/mm2 vs. AM群=662.29±66.38/mm2、p=0.0043) 。C57/BL6 maleマウス・C3H/He female マウス・C3H/He maleマウスでも、ほとんど同様の結果が認められた。

 これらのことから、AMの作用に再現性があり、より普遍的であることが証明された。しかし、これらの実験と全く同じ手技を、eNOS遺伝子欠損マウスで行ったところ、下肢虚血手術後の血流の回復はAM群でもコントロール群でもほとんど同様に認められず、毛細血管密度もほとんど回復しなかった。

実験II

【研究の背景】

次いで実験Iの結果を踏まえ、AMが血管新生を促進する際の細胞の由来を検討した。具体的には骨髄由来の血管内皮前駆細胞の関与を想定した。骨髄幹細胞とその分化・内皮前駆細胞をはじめとする前駆細胞の概念は近年最も注目されており、虚血に対する骨髄由来内皮前駆細胞の動員は生理的な応答で構成されているが、サイトカインや可溶性受容体、接着因子などにより制御されている。VEGF はマウスでは虚血に対する骨髄前駆細胞の動員に最も重要なmediatorと考えられている。こういった報告から我々はAMの血管新生作用に対しても、内皮前駆細胞が関与しているのではないか考え、骨髄由来細胞・内皮前駆細胞に対して、AMがどのように作用し、血管新生と関連するかを調べるため再度骨髄移植マウスに下肢虚血を導入し、AMの投与実験を行った。

【方法】

 我々は骨髄由来の内皮前駆細胞がAMの血管新生作用と関わっている可能性を調べるために、GFPマウス(Green fluorescence protein transfected mouse、ROSA26マウス(LacZマウス)を使用し、骨髄移植モデルを作成した。放射線照射を施行した15週齢のC57BL/6J femaleマウスにGFPマウスおよびLacZマウスの骨髄細胞を尾静脈から静脈内注射し、骨髄移植を施行した。骨髄移植から8週間後に、眼窩から採血し、骨髄置換率を測定し、骨髄移植の成功を確認した(置換率90%以上)。さらに1群には毎週ヒトAMを発現したplasmid、もう一群にはコントロールとしてpcDNAを発現したplasmidを遺伝子導入した(AM群、コントロール群各n=12)。下肢虚血モデル作成のための手術、レーザードップラーによる血流の測定を続けた。抗CD31抗体免疫染色を施行による毛細血管数の測定は実験Iと同様である。また、下肢筋肉の一部は蛍光顕微鏡を用いて骨髄由来細胞(GFP陽性細胞)を観察した。LacZ骨髄移植マウスはβgalactosidase染色を施行し、LacZ陽性細胞を観察した。更に標本に抗CD31蛍光免疫染色を施行した。また、sacrifice時には心臓から血液を採取し、末梢血と骨髄から細胞を採取し、FACS analysisを施行し、Sca-1 (stem cell antigen 1)陽性細胞・c-kit陽性細胞を測定した。

【結果】

AM遺伝子導入群ではコントロール群(pcDNA導入群)に比較し、虚血下肢の有意な血流回復が認められ(AM群1.424±0.103 vs. コントロール群0.656±0.2114、屠殺時、P=0.011)、屠殺時の下肢虚血筋の毛細血管密度も有意な増加が認められた(コントロール群=395.62±65.02/mm2 vs. AM群=657.23±39.66/mm2、p=0.0022) 。また、蛍光顕微鏡にて、AM群は有意に下肢虚血筋肉中にGFP陽性細胞が認められ、その一部はCD31陽性であった。コントロール群ではGFP陽性細胞は有意に少なく、非虚血筋ではほとんど認められなかった(非虚血筋群=0.521±0.02/mm2 vs.コントロール群=16.458±3.32/mm2 vs. AM群=29.609±4.53/mm2、AM群vs. コントロール群 p=0.0406、AM群vs. 非虚血下肢筋肉群 p=0.0006、コントロール群vs. 非虚血下肢筋肉群 p=0.0013) 。末梢血のFACS analysisでは、AM群のSca1陽性細胞の有意な増加が認められた(AM群6.07±0.102%、コンロトール群3.7±0.073%、p=0.046)。同様にLacZマウスの骨髄移植モデルを使用した実験でも、AM遺伝子導入群ではコントロール群(pcDNA導入群)に比較し、虚血下肢の有意に大きな血流回復が認められ、屠殺時、下肢虚血筋の毛細血管密度の有意な上昇が認められた。また、βgalactosidase染色にて、AM群は有意に下肢虚血筋肉中にLacZ陽性細胞が認められた。コントロール群ではLacZ陽性細胞は非常に少なく、非虚血筋ではほとんど認められなかった(AM群3.222±0.667%、コンロトール群0.278±0.373%、p=0.001) 。末梢血のFACS analysisでは、AM群のSca1陽性細胞とc-kit陽性細胞の有意な増加が認められた (AM群7.250±2.104% vs. コントロール群3.900±1.119%、p=0.007) 。このことからAMが血管の障害(虚血)に対して、骨髄由来細胞の動員を促進し、血管新生を促す可能性が示唆された。

【考察および結語】

AMは血流を改善し、毛細血管密度を増加させることから虚血に対して側副血行路を促進するが、その作用はeNOS遺伝子欠損マウスで全く損なわれることから、AMの効果発現のためにはeNOSが重要であると思われる。我々は当初よりAMはPI3K/Akt pathwayを通じeNOS、NOを介して血管新生作用を発揮すると考えていたが、その機序として更に内皮前駆細胞の動員が血管新生に効果的に作用している可能性が考えられた。血管内皮細胞の動員は様々な病的ストレス、血管の障害・虚血・炎症などに対して、組織の修復のため行われると考えられ、また、VEGFをはじめとするサイトカインや可溶性受容体、接着因子などが内皮前駆細胞の動員を増強し、血管新生を促すという報告もなされている。近年、血管新生時の内皮前駆細胞の動員にNOが重要な役割を果たしていることが明らかにされた。骨髄移植モデルを用いた実験ではAMを遺伝子導入したマウスでは末梢血・骨髄ともSca1陽性細胞・c-kit陽性細胞の数が増加しており、さらに増加した新生血管には有意に骨髄由来細胞が増加しており、また、一部の細胞はCD31陽性であった。以上からAMはPI3K/Akt pathwayを活性化しeNOS、NOを介し内皮前駆細胞の動員を促し、急性の虚血組織に対して血管新生に効果的に作用していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は血管拡張性ペプチドとして発見されたアドレノメデュリン(adrenomedullin;AM)の可能性を明らかにするため、その血管新生作用を中心にマウスの下肢虚血モデルを用いて実験を試みて下記の結果を得ている。

1.野生型C57/BL6 femaleの下肢虚血モデルにAMを遺伝子導入したところ、コントロール群と比較して著明な側副血行路の改善が認められた(AM群、コントロール群各n=8)。さらにコントロール群を注射したコントロールマウスでは虚血側の下肢の脱落がしばしば認められたが、AMを遺伝子導入したマウスではそれは全く認められなかった。また、それに伴い、下肢虚血筋肉の抗CD31抗体免疫染色によりAM群の毛細血管密度の上昇も認められた。屠殺時には心臓から血液を採取し、血漿中のAM濃度も測定したところ、AM投与群の血漿中のAM濃度の優位な上昇が認められ遺伝子導入の有効性が確認できた。また、マウスの系統や性別によりAMに対する反応に対して差異や特異性がある可能性も否定できないと考え、更にC57/BL6 maleマウス・C3H/He female マウス・C3H/He maleマウスで、同様の実験を行ったが、同様の結果を得た。これらのことから、AMの作用に再現性があり、より普遍的であることが証明された。

 更に、内皮型NO合成酵素(eNOS)が血管拡張をはじめとする様々な作用、血管新生に対する報告を踏まえ、AMの作用とeNOSの関連を調べるためにeNOS遺伝子欠損マウスを用いて、AMの遺伝子導入・下肢虚血手術を施行し、全く同様の実験を行ったところ、下肢虚血手術後の血流の回復はAM群でもコントロール群でもほとんど同様に認められず、毛細血管密度もほとんど回復しなかった。これよりAMは血流を改善し、毛細血管密度を増加させることから虚血に対して側副血行路を促進するが、その作用はeNOS遺伝子欠損マウスで全く損なわれることから、AMの効果発現のためにはeNOSが重要であると思われる。

2.実験1の結果を踏まえ、AMが血管新生を促進する際の細胞の由来を検討し、骨髄由来の血管内皮前駆細胞の関与を考え、骨髄移植マウス(GFPマウス(Green fluorescence protein transfected mouse)、ROSA26マウス(LacZマウス))を使い同様の実験を試みた。放射線照射を施行した15週齢のC57BL/6J femaleマウスにGFPマウスまたはLacZマウスの骨髄細胞を尾静脈に注射し、骨髄移植を施行し、下肢虚血手術を施行した。ヒトAMを発現したplasmid、もう一群にはコントロールとしてpcDNAを発現したplasmidを遺伝子導入した(AM群、コントロール群各n=12)ところ、AM群の血流の著明な改善と毛細血管密度の上昇が認められた。また、下肢筋肉の一部は蛍光顕微鏡を用いて骨髄由来細胞(GFP陽性細胞)を観察したところAM群は有意に下肢虚血筋肉中にGFP陽性細胞が認められ、その一部はCD31陽性であった。コントロール群ではGFP陽性細胞は有意に少なく、非虚血筋ではほとんど認められなかった。同様にLacZ骨髄移植マウスはβgalactosidase染色を施行し、LacZ陽性細胞を観察したところAM群は有意に下肢虚血筋肉中にLacZ陽性細胞が認められた。コントロール群ではLacZ陽性細胞は非常に少なく、非虚血筋ではほとんど認められなかった。また、屠殺時には末梢血から細胞を採取し、FACS analysisを施行し、Sca-1 (stem cell antigen 1)陽性細胞・c-kit陽性細胞を測定したところ、AM群のSca1陽性細胞とc-kit陽性細胞の有意な増加が認められた。このことからAMが血管の障害(虚血)に対して、骨髄由来細胞の動員を促進し、血管新生を促す可能性が示唆された。実験1,2より、AMはeNOS、NOを介し内皮前駆細胞の動員を促し、急性の虚血組織に対して血管新生に効果的に作用していると考えられる。

 以上、本論文は下肢虚血モデルマウス・eNOS欠損マウス・骨髄移植マウスを使用して、急性の虚血組織に対するAMの血流改善効果を証明し、さらにその機序について解明を試みている。本研究はAMの作用を明らかにし、その臨床応用の可能性も考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク