学位論文要旨



No 120297
著者(漢字) 綾部,征司
著者(英字)
著者(カナ) アヤベ,セイジ
標題(和) 一酸化炭素の低酸素下における血管内皮細胞保護効果についての検討
標題(洋)
報告番号 120297
報告番号 甲20297
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2446号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 佐田,政隆
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

[背景] 低酸素はアポトーシスやネクローシスを起こすことが知られており、最近この機序として酸化ストレスがこの経路に関与していることがいわれてきた。 ヘム・オキシゲナーゼ-1 heme oxygenase-1 (HO-1)は低酸素などの種々のストレス・炎症などで増加することが知られており、この増加における意味については完全には解明されていない。一酸化炭素 carbon monoxide (CO)はHO-1によるヘム heme代謝産物であり、それ自体は生体にとって毒ガスであるが細胞の種々の機能に重要な役割を持つことが報告されてきている。

[目的] 我々は今回、低濃度COの低酸素下での内皮細胞保護効果および細胞内酸化ストレス抑制効果についての検討を行った。

[方法] ウシ大動脈内皮細胞 bovine arterial endothelial cells (BAECs)・ヒト臍帯静脈内皮細胞 human umbilical vein endothelial cells (HUVECs)は低酸素下で培養され、それにCOを同時に低酸素ガスに250〜1000ppmを付加するという条件下で実験を行った。Cell viabilityはトリパン・ブルー阻害試験やWST-1を用いたアッセイで評価し、アポトーシスはヨウ化プロピディウムおよびアネキシンV-FITCを用いてフローサイトメトリーで評価を行った。細胞内酸化ストレスの増加については酸化状態感受性蛍光プローブであるdichlorofluorescein diacetateを用いたフローサイトメトリーで評価した。アポトーシス関連タンパクであるBcl-2、Bax、NAD(P)H oxidaseのサブユニットであるp22-phox、gp91-phox、あるいはHO-1のタンパク発現はウェスタンブロッティングを用いて解析を行った。

[結果] CO付加により特に500ppmの濃度のときに低酸素下での内皮細胞は生存率の増加が見られた。ヨウ化プロピディウムおよびアネキシンVを用いたフローサイトメトリーでもCOは低酸素下でのアポトーシス・ネクローシス細胞を減少させた。ウェスタンブロッティングではCO 500ppm付加で有意にアポトーシス関連タンパクであるBcl-2/Baxの発現比が低酸素下で増加するのが見られた。DCFを用いた細胞内酸化ストレスの評価を行ったところ、低酸素ではDCF蛍光が著明に増加し、これはCO付加により抑えられた。また外的過酸化水素添加1mMによるDCF蛍光の増加もCO 500ppmを24時間前より前投与することにより抑えられた。このことより低酸素及び過酸化水素投与による細胞内酸化ストレスがCOの投与により抑えられることが示された。またCOおよびHO-1 adenoviral gene transferは細胞内スーパーオキサイド産生の原因となるNAD(P)Hオキシダーゼ活性が低酸素下24時間後に増加するのを抑制し、NAD(P)H オキシダーゼのmembranous componentであるp22-phoxおよびgp91-phoxの低酸素下24時間後の発現をほぼ完全に抑制した。

[結語] 低酸素下にある内皮細胞において、COは500ppmの濃度で細胞保護効果を発揮した。この細胞保護効果の一因として、COの低酸素下での細胞内酸化ストレス抑制作用が今回示され、スーパーオキサイド産生の原因となるNAD(P)H オキシダーゼ活性抑制効果も認められた。COおよびHO-1はNAD(P)Hオキシダーゼ活性を抑制することにより細胞内酸化ストレス増加を抑制して細胞保護効果を発揮している作用があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、近年生体に対する保護作用が明らかにされてきたヘム・オキシゲナーゼ(HO)が産生する一酸化炭素(CO)について、内皮細胞に対する保護的作用および酸化ストレス抑制効果生理活性を明らかにするためにウシ大動脈内皮細胞(BAECs)およびヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)を窒素ガス充満による低酸素にさらすという系においてそのcell viabilityの改善効果をみたもので下記の結果を得ている。

1.BAECsは48時間の低酸素状態によりcell viabilityが低下するが、アデノウイルスによるHO-1遺伝子導入およびHeminによるHO-1誘導と同様にCO250〜1000ppmの付加によって改善することがトリパン・ブルー阻害試験およびWST-1アッセイを用いて示された。同様の結果がHUVECsにても認められた。これらの効果は500ppmで最も効果が強くなった。アネキシンV-FITCおよびヨウ化プロピディウムを用いたフローサイトメトリーにてアポトーシス・ネクローシス細胞が低酸素下で増加することがBAECsで示され、これはCO500ppmを低酸素に付加することで抑制された。アポトーシス関連タンパクであるBcl-2/Bax発現比は低酸素のみの群に対して低酸素にCO500ppm付加した群で有意に増加が見られた(0.47±0.05 vs. 0.19±0.02, n=5,p<0.01)。これらよりCO付加により低酸素での内皮細胞におけるアポトーシスを含めた細胞死を抑制することが示された。

2.BAECsを低酸素に48時間曝露すると、細胞内酸化ストレスの増加を反映してDCF蛍光が著明に増加することが蛍光顕微鏡およびフローサイトメトリーにて示され、N-アセチルシステインと同様にCO500ppmの付加はこの蛍光を抑制した。また外的に過酸化水素1mMを4時間投与するモデルではCO500ppm 24時間を前投与することでトリパン・ブルー阻害試験においてBAECsのcell viabilityを改善し、フローサイトメトリーでDCF蛍光の増加が抑制されることが示された。これらの結果は低酸素による細胞内酸化ストレスおよび外的酸化ストレス付加に対してCOの前投与・同時投与が酸化ストレスを抑制することを示唆した。

3.ルシゲニンを用いたNAD(P)Hオキシダーゼ活性測定は低酸素下ではBAECsにおいて亢進していることが示され、これはCO500ppm付加により抑制された。アデノウイルスによるHO-1遺伝子導入においても低酸素下でのNAD(P)Hオキシダーゼ活性は抑制された。HO-1−CO系はreactive oxygen speciesの発生源の一つと考えられるNAD(P)Hオキシダーゼが低酸素で亢進しているのを抑制することが示された。またNAD(P)Hのサブユニットであるp22-phox、gp91-phoxは24時間の低酸素曝露によって増加することがHUVECsで示され、低酸素にCO500ppmを付加することでこれは抑制された。これにより低酸素下での内皮細胞に対するCOの保護効果の一つにNAD(P)Hオキシダーゼを含めた酸化ストレス抑制効果が含まれている可能性が示された。

 以上、本論文はウシ大動脈内皮細胞およびヒト臍帯静脈内皮細胞において、低酸素曝露および過酸化水素投与を行い、一酸化炭素がこれらの障害に対して保護的に働くことを明らかにした。本研究はこれまで報告されていない毒ガスと考えられていた一酸化炭素の生理活性・細胞保護効果の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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