学位論文要旨



No 120298
著者(漢字) 齋藤,幹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,カン
標題(和) アンジオテンシンII投与による腎障害と酸化ストレスおよび脂質動態異常について
標題(洋)
報告番号 120298
報告番号 甲20298
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2447号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 安東,克之
 東京大学 助教授 要,伸也
内容要旨 要旨を表示する

第1章-緒言-

 大規模試験の結果からACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬が、心筋梗塞後のリモデリングの抑制や心不全の予後改善などの心保護作用、また蛋白尿減少などの腎保護作用を有することが明らかとなった。

 レニン-アンジオテンシン(R-A)系は循環血中のR-A系と、組織内のR-A系の2つに分けられる。かつてR-A系は全身の循環ホルモンとしての作用が主に考えられてきたが、心臓や血管壁などの局所ではアンジオテンシノーゲンやレニン、アンジオテンシン変換酵素などが存在し、循環血中のR-A系とは独立にアンジオテンシンII(ANG II)が産生されている可能性もある。

 ANG IIは様々な機序で臓器障害に関与する。酸化ストレスもその一因と考えられている。ANG II はラットの培養平滑筋細胞や大動脈においてNADPHオキシダーゼを活性化し活性酸素の産生を亢進することが確認されている。また、ANG II投与ラットへのSOD投与は高血圧の発症を抑制したが、ノルアドレナリン(NE)投与ラットではSODは同様の効果を及ぼさない。これらの知見はANG IIによる血圧上昇へ酸化ストレスが関与していることを示唆している。

 酸化ストレスは生体の寿命を規定する重要な因子であると考えられている。KlothoマウスはKuro-oらにより報告された老化モデルマウスであり、動脈硬化、肺気腫、骨粗鬆症、不妊、短命など全身的な症状をきたす。腎臓でのklotho遺伝子の発現は代謝異常や高血圧を有する動物モデル、さらにヒト腎不全症例で減少することが報告されている。われわれはANG II投与ラットの腎臓でklotho遺伝子の発現が低下することを報告した。

 体内の遊離鉄はフェントン反応により細胞毒性の非常に強いヒドロキシラジカルを産生する。HO-1ノックアウト動物や欠損症症例では肝臓および腎臓に鉄の沈着が認められ、生体における鉄の再利用と酸化ストレスに対する防御因子としてHO-1の重要性が証明された。われわれはANG II投与ラットにおいて腎機能の低下と蛋白尿の増加が認められること、腎尿細管にHO-1の発現が亢進すること、さらに同部位に鉄の沈着が認められること、カテコラミン投与では同様の所見が認められないことを報告した。これらのことはANG II投与が腎臓への鉄沈着とそれに引き続く酸化ストレス亢進というメカニズムにより腎機能を悪化させている可能性を推測させる。

 今回実験1ではANG II投与による腎でのklotho遺伝子の発現と酸化ストレスの関連について検討した。実験2では線維化関連遺伝子であるTGF-β1、collagen遺伝子の発現と酸化ストレスの関連についても検討を行った。さらに実験3ではスーパーオキサイドとTGF-β1の局在について検討を行った。

第2章-実験1-

鉄のキレーターとフリー・ラジカル・スカベンジャーの投与はアンジオテンシンII投与ラットにおける抗老化遺伝子klothoの発現低下を抑制する

 Klothoマウスは老化徴候類似の症状をしめすことが知られている。Klothoマウスで欠損しているklotho遺伝子は主に腎尿細管に発現している。最近ヒトにおいてklotho遺伝子が寿命や冠動脈疾患と関係している可能性が指摘されている。このことはklotho遺伝子の発現がヒトにおいても老化と関係していることを類推させる。

 われわれはANG II投与がラットの腎klotho遺伝子の発現を低下することを報告した。また別の実験ではANG IIの投与により腎尿細管に鉄の沈着が認められるがカテコラミンの投与では認められないことを報告した。今回われわれはANG II投与による腎でのklotho遺伝子の発現低下が鉄のキレーションで抑制されるかどうか、逆に鉄の負荷によりklotho遺伝子が抑制されるかどうかについて検討した。

 その結果、ANG II投与ラットでは、腎でのklotho発現は低下した。鉄の負荷もANG IIと同程度までklotho発現が低下した。またANG IIによるklothoの発現低下は鉄のキレーター(DFO)とラジカル・スカベンジャー(T-0970)により緩和された。

 また、ANG II投与ラットでは8-epi-PGF2α値は上昇していた。一方鉄負荷ラットでもANG II投与ラットと同程度まで上昇していた。ANG II投与による8-epi-PGF2α値の上昇はDFOにより部分的にT-0970により完全に抑制された。また、T-0970はANG IIによる蛋白尿を改善した。

 これらの結果から、ANG II投与によるklothoの発現低下には、腎における鉄動態異常が関与していることを示唆している。また、ANG II投与ラットへラジカル・スカベンジャーを投与することによりklothoの発現低下が抑制されたことから、活性酸素種 (ROS) の増加がANG II投与によるklotho遺伝子の発現に重要な影響を与えている可能性が示唆される。

 klothoの発現は自然発症高血圧ラットやDOCA-salt ラット、OLETFラットなどの、循環系や代謝系の疾患の動物モデルにおいて発現低下することが報告されている。循環系や代謝系を改善する薬剤の投与によりklothoの腎での発現低下が改善することからklothoの発現には遺伝的な背景の他に循環系や代謝系の因子も関与していると考えられる。in vitroでのklothoを発現する細胞の報告は少なく、培養細胞系でklothoの発現調節の経路を解明するのは現在のところ困難である。

 今回の実験ではわれわれは、ラジカル・スカベンジャーの投与によりANG II投与によるklotho遺伝子の発現低下を抑制することを示したが、このことは腎臓でのklotho遺伝子の発現には酸化ストレスが関与していることを示唆している。NEは血漿で8-epi-PGF2αを増大させたが、腎臓でklotho発現を減少させなかった。このことは血中の酸化ストレスマーカー上昇がそのまま、腎におけるklothoの発現低下につながらないことを意味している。

 フリー・ラジカル・スカベンジャーは腎クレアチニン・クリアランスを改善しなかったがANG IIによる蛋白尿は著明に改善した。このことはANG II投与による腎障害がklothoの発現改善により軽減していることと一致している。しかし、OPC-15161やジメチル・チオ尿素などの抗酸化剤が蛋白尿を改善することも報告されており、抗酸化剤による蛋白尿の改善がklothoの発現低下を介した現象かどうかは更なる研究が必要である。

第3章-実験2-

アンジオテンシンII投与高血圧ラットの腎臓におけるTGF-β1の発現亢進に対する鉄動態異常の役割

 Transforming Growth Factor (TGF-β) は腎の糸球体や尿細管の線維化の進展や腎不全の進行に関与する重要な因子であることが知られている。また、AT1受容体のブロックは糸球体硬化症や高血圧、糖尿病での腎発症時のTGF-βの発現亢進を抑制する。逆にANG II投与はTGF-βの発現を亢進することや、糖尿病モデルラットや片側腎モデルラットへの抗TGF-β抗体の投与により腎障害が改善するなどの報告は、R-A系の活性化がTGF-βの作用を介して臓器障害に働く可能性を示唆している。

 鉄負荷がTGF-β1や線維化関連遺伝子の発現を亢進することが肝臓や心筋細胞で報告されている。さらにラット腎の間質線維芽細胞は鉄の負荷によりTGF-β1の発現を亢進することが報告されている。これらの所見からわれわれはANG II投与による腎における鉄動態異常がTGF-βの発現亢進に何らかの関係があると推測した。実験2では、鉄のキレーターとフリー・ラジカル・スカベンジャーがANG II投与による腎のTGF-βやcollagen遺伝子の発現亢進に対する影響について検討した。

 この結果、ANG IIを投与することにより腎臓でTGF-β1, collagen type I, collagen type IVの発現が亢進すること、またこの現象が鉄のキレーターとラジカル・スカベンジャーにより抑制されることを示した。逆に鉄負荷はこれらの遺伝子発現を亢進した。以上からANG II投与によるTGF-β1, collagen type I, collagen type IVの腎での発現亢進の少なくとも一部は、腎での鉄の動態異常とそれに伴う酸化ストレスの亢進の結果によるものと推測された。

 組織の線維化の進展における鉄の役割は肝臓においてよく研究されている。アルコール性肝機能障害、C型肝炎、遺伝性ヘモクロマトーシスで肝臓でのTGF-βの発現亢進や線維化の進展において鉄の過剰がメカニズムのひとつとして考えられている。過酸化脂質が鉄負荷モデルの動物の肝臓で増加しており、また抗酸化剤の投与により鉄負荷モデルでの線維化の進展が抑制されるといった現象から、鉄過剰がROSの発生増加に関与していることが示唆される。今回の実験はANG II投与ラットの腎臓では、鉄の動態変化が線維化関連遺伝子発現を調節している可能性を示している。

 ANG II投与によるTGF-β1 mRNAの発現は主に腎尿細管細胞で認められ、その他糸球体細胞や炎症細胞でも認められることを示した。糖尿病性腎症や虚血性腎症など他の腎障害モデルでも尿細管細胞がTGF-β1の発現に大きくかかわっていることが報告されている。糖尿病ラットや抗酸化剤制限ラットなどの動物モデルを用いた実験により、腎でのTGF-β1の発現亢進にはROSが細胞内伝達物質として働いていると考えられている。今回の実験ではANG II投与によるTGF-β1の発現亢進はDFOとT-0970により抑制され、ANG IIにより惹起された酸化ストレス関連遺伝子であるHO-1の発現は、DFOとT-0970により抑制された。われわれは以前ANG II投与によるROSの産生はDFOにより抑制され、逆に鉄デキストランの投与によりROSの産生が亢進することを示した。鉄動態の異常により増加した酸化ストレスが、ANG II投与のラットモデルによる腎でのTGF-β1発現の原因のひとつとして考えられる。今回の実験ではTGF-β1の高発現部位は必ずしも鉄が沈着した細胞とは一致していない。鉄沈着とTGF-β1の発現部位の解離の理由については不明であった。

 ANG II投与ラットで沈着がみられる鉄の由来は明らかではない。尿細管で鉄の沈着が認められることや、同部位でHO-1の発現が認められることなどヘムタンパクの過剰投与とANG II投与モデルの間には類似点があることから、ANG II投与はヘムタンパクの負荷となっていることが類推される。実際、ANG IIの投与では心筋や骨格筋の変性が起こることが報告されており、ミオグロビンが放出され全身に循環していることが推測される。

 T-0970がANG IIで誘導された腎臓のフェリチンタンパクの発現亢進を抑制するメカニズムについては明らかではない。しかし、ラジカル・スカベンジャーはANG IIによる筋肉の障害を抑制し、結果的に腎臓での鉄動態の異常を緩和している可能性がある。われわれはスーパーオキサイドの産生がANG II投与ラットの腎臓で増加していることを、蛍光顕微鏡で明らかにした。過去の研究により鉄の負荷によりミトコンドリアのスーパーオキサイドの産生亢進が認められている。スーパーオキサイドの産生は顆粒状の物質の周辺で最も強く確認されたが、この顆粒状物質は鉄染色陽性ではなかった。

第4章-実験3-

アンジオテンシンII投与ラットの腎臓における脂質集積と酸化ストレスについて

 高脂血症は高血圧・糖尿病・喫煙などとともに心血管イベントの危険因子として知られている。大規模臨床試験では、スタチン系などの高脂血症に対する薬剤の心血管イベントの抑制効果が認められている。高コレステロールの食事を与えたラットでは、尿蛋白が増加し血中クレアチニン濃度が上昇し腎の間質や尿細管で脂質の集積が認められ、自然発症高コレステロールラットではアンジオテンシンII受容体拮抗薬の投与により血漿総コレステロールが減少し蛋白尿を軽減するとの報告などから、R-A系の抑制は脂質低下作用や蛋白尿の軽減作用があることが推測される。

 実験2で示したようにグリセオールによるヘム鉄負荷モデルとANG II投与モデルには共通点が多い。Zagerらはヘム鉄負荷モデルにより腎皮質におけるコレステロール濃度上昇することを報告している。このことから鉄の投与が腎でのコレステロール集積に関与している可能性がある。

 実験2ではANG II投与によるスーパーオキサイドの発現が腎尿細管の顆粒状物質の周辺で起こること、さらに腎尿細管でのTGF-β1の発現亢進が鉄陽性細胞とは一致しなかったことを示した。われわれはこの顆粒状物質が脂質ではないかと推測した。実験3ではANG II投与により尿細管に認められる顆粒状の物質について同定を行い、またこの物質がDFOとT-0970により集積が緩和されるかについて検討を行った。

 実験3ではANG II投与により腎尿細管に脂質の集積が認められた。また、位相差顕微鏡により認められた顆粒状物質は脂質と確認された。脂質の集積はNEでは認めず、DFOおよびT-0970の投与にて軽減した。また、ANG II投与により血清総コレステロール、中性脂肪の上昇が認められた。ANG II投与ラットの腎皮質ではコントロールと比較してSREBP-1の発現が有意に亢進していた。またNE投与ではSREBP-1の発現亢進は認められず、DFOとT-0970の投与にてANG IIによるSREBP-1の発現亢進は抑制された。また、脂質集積細胞の周囲でのスーパーオキサイドの産生増加が確認された。TGF-β1によるin situ hybridizationにより、腎尿細管と一部の血管にTGF-β1の発現亢進が認められた。脂質染色と比較したところ、脂質沈着と一致してTGF-β1の発現が認められた。脂質染色と鉄染色陽性細胞との一致は一部分で、TGF-β1の発現亢進は脂質の集積した細胞に認められた。さらにTGF-β1の発現が認められた血管壁には脂質の集積が認められた。

 腎臓へ脂質の集積をきたす疾患がいくつか報告されている。糖尿病性腎症のラットや高脂血症食ラットでは腎尿細管と間質に脂質の沈着を認め、グリセオール負荷マウスや虚血腎、敗血症、熱ショックにより腎皮質でもコレステロール濃度が上昇することが報告されている。

 高脂血症食ラットで腎尿細管と間質に脂質の沈着を認めるという報告からは、血中のコレステロール濃度の上昇が結果的に脂質集積に関与していることが類推される。実際われわれの実験でも脂質集積を認めたANG II投与ラットでは血清脂質濃度は上昇していたが、脂質集積を認めないその他のモデルでは血清脂質濃度は上昇していなかった。しかし、血清脂質濃度の上昇がどのような機序で脂質沈着に結びつくかは不明である。

 SREBP-1は脂質の取り込みと脂質合成を調節する転写因子として知られている。ストレプトゾトシン・ラットでは血糖値の上昇により腎臓でのSREBP-1が上昇し腎臓に脂質の集積が認められる。血糖値の改善によりSREBP-1の発現が低下し腎での脂質集積が改善することから、腎での脂質集積にはSREBP-1の発現が関与している可能性が考えられる。われわれの実験でもANG II投与により腎臓でSREBP-1の発現が亢進したが、DFOやT-0970の投与によりSREBP-1の発現亢進が抑制された。これらの結果からANG II投与による腎臓での脂質の集積には腎臓での脂質合成亢進が脂質集積の原因のひとつと推測される。

 実験2でANG IIにより腎でのTGF-β1の発現が亢進し、尿細管でスーパーオキサイドの産生が亢進することを示した。実験3ではスーパーオキサイドの産生は脂質集積細胞の周辺で起こり、この部位と一致してTGF-β1の産生が亢進していることが明らかになった。糖尿病ラットや抗酸化剤制限ラットなどの動物モデルを用いた実験により、腎でのTGF-β1の発現亢進にはROS が細胞内伝達物質として働いていると考えられており、今回の実験結果と一致する。

 実験3ではさらにANG II投与ラットの腎血管壁においてもTGF-β1の発現亢進部位と一致して脂質集積が確認された。このことはANG IIによる脂質の集積とTGF-β1の発現亢進が腎以外の心血管系でも起こりうることを示唆しているが、それについては今後の研究課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はレニン-アンジオテンシン系の中心物質であるアンジオテンシンII (ANG II)と、酸化ストレスに影響を与えていると推測される鉄動態の関連について、ラットによる動物モデルを用いて検討を行なったものであり、下記の結果を得ている。

<実験1>ANG II投与がラットの腎臓で抗老化遺伝子であるklotho遺伝子の発現を低下すること、ANG IIの投与により腎尿細管に鉄の沈着が認められるがカテコラミンの投与では認められないことが報告されている。実験1ではANG II投与による腎でのklotho遺伝子の発現低下が鉄のキレーターとラジカル・スカベンジャーで抑制されるかどうか、逆に鉄の負荷によりklotho遺伝子が抑制されるかどうかについて検討した。

 ANG II投与ラットでは、腎でのklotho発現は低下した。鉄負荷モデルもANG IIと同程度までklotho発現が低下した。またANG IIによるklothoの発現低下は鉄のキレーター(DFO)とラジカル・スカベンジャー(T-0970)により緩和された。これらの結果からANG II投与によるklothoの発現低下には、腎における鉄動態異常が関与していることを示唆している。また、ANG II投与ラットへラジカル・スカベンジャーを投与することによりklothoの発現低下が抑制されたことから、活性酸素種 (ROS) の増加がANG II投与によるklotho遺伝子の発現に重要な影響を与えている可能性が示唆された。

<実験2>ANG IIによる腎障害には腎臓でのTGF-βの発現が関与していると考えられている。実験2では鉄のキレーターとフリー・ラジカル・スカベンジャーがANG II投与による腎のTGF-βやcollagen遺伝子の発現亢進に対する影響について検討した。

 ANG IIの投与により腎臓でTGF-β1, collagen type I, collagen type IVの発現が亢進すること、またこの現象が鉄のキレーターとラジカル・スカベンジャーにより抑制されることが示された。逆に鉄負荷はこれらの遺伝子発現を亢進した。以上からANG II投与によるTGF-β1, collagen type I, collagen type IVの腎での発現亢進の少なくとも一部は、腎での鉄の動態異常とそれに伴う酸化ストレスの亢進の結果によるものと推測された。

 これらの結果から鉄動態異常により増加した酸化ストレスが、ANG II投与ラットモデルの腎臓でのTGF-β1発現亢進の原因のひとつとして考えられた。

<実験3>実験2ではANG II投与によるスーパーオキサイドの発現増加が腎尿細管の顆粒状物質の周辺で起こること、さらに腎尿細管でのTGF-β1の発現亢進が鉄陽性細胞とは一致しなかったことが示された。実験3ではこの顆粒状物質が脂質ではないかと推測しANG II投与により尿細管に認められる顆粒状の物質について同定を行い、またこの物質がDFOとT-0970により集積が緩和されるかについて検討を行った。

 ANG II投与により腎尿細管に脂質の集積が認められた。また、位相差顕微鏡により認められた顆粒状物質は脂質と確認された。脂質の集積はノルエピネフリンでは認めず、DFOおよびT-0970の投与にて軽減した。また、脂質集積細胞の周囲でのスーパーオキサイドの産生増加が確認された。TGF-β1によるin situ hybridizationを行い、脂質沈着と一致して腎尿細管にTGF-β1の発現が確認された。これらの結果からANG II投与ラットでは腎尿細管に脂質が集積し、集積した細胞よりスーパーオキサイドの産生が増加しTGF-βの発現が亢進していることが明らかとなった。

 以上、本論文ではアンジオテンシンII投与ラットの腎臓において、鉄の動態異常が酸化ストレスを亢進しklotho遺伝子やTGF-β1、collagen遺伝子に影響を与えること、また腎臓の脂質動態にも影響を与えることを明らかにした。アンジオテンシンIIによる腎障害における鉄動態異常と酸化ストレス、および脂質動態異常に関してはいまだ不明な部分も多く、本研究はその解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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