No | 120300 | |
著者(漢字) | 西村,剛 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシムラ,ゴウ | |
標題(和) | ジンクフィンガー転写因子δEF1/ZEB1による血管平滑筋細胞の分化調節 | |
標題(洋) | A zinc finger transcription factor δEF1/ZEB1 controls vascular smooth muscle cell differentiation | |
報告番号 | 120300 | |
報告番号 | 甲20300 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2449号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 血管平滑筋細胞は血管の発生・分化および動脈硬化を始めとする血管疾患の形成において重要な役割を果たす。成熟した血管における平滑筋細胞は収縮に特化した機能を示すが、血管病態や血管形成の過程では大きく異なった機能・形質を示す。この相違は分化度の違いと捉えることができ、平滑筋細胞分化の分子機構を明らかとすることは血管分化・病態の解明に重要である。ところが、血管平滑筋細胞の分化状態を調節する分子機構には、未だ不明な点が多く残されている。今回私は血管平滑筋細胞で機能する新しいジンクフィンガー(zinc finger)をもつ転写因子としてδEF1/ZEB1を同定した。さらにその血管平滑筋細胞機能調節における役割を血管分化及び病態についてin vitro・in vivoの両面から解明した。 私は心血管系で機能する可能性のあるジンクフィンガー型転写因子をデータベースで検索し、δEF1を見出した。δEF1はジンクフィンガーをアミノ基末端側に4つ、カルボキシル基末端側に3つ持ち、その間にホメオドメイン (homeo domain) を持つ170kDaの転写因子で、マウス胎児では胎生8.5日に頭側ヒダ, 中胚葉に発現し、9.5日には頭部神経堤細胞・四肢原基に発現する。従来の研究では転写抑制作用を持つと報告されている。一部の血管平滑筋細胞は神経堤細胞から発生することから、δEF1が血管平滑筋細胞で機能する可能性が推測されるが、詳しい研究および報告は行われていない。 まず、その分布を調べるため、ラット成体から得たRNAでノーザンブロットを行った。δEF1は、心臓、大動脈及び頚動脈、脳、骨格筋、肺に発現するが、小腸、胃、膀胱には発現していなかった。すなわち、血管平滑筋細胞を多く含む臓器に発現するが、それ以外の、内臓平滑筋細胞で構成された臓器には、あまり発現していないと考えられた。 次にラット頚動脈の免疫染色により血管構造内での分布を調べた。健常頚動脈では、δEF1は、中膜平滑筋層に分布した。バルーン傷害後2週間の新生内膜が形成された頚動脈では、δEF1は、中膜平滑筋層に分布しているが、新生内膜にはほとんど検出されなかった。この時期の新生内膜は平滑筋細胞で構成されているが未分化な平滑筋細胞が多く存在することが報告されている。 血管平滑筋細胞は、分化に伴って収縮蛋白の発現を変え、未分化で、非平滑筋ミオシン重鎖B/SMembを発現している状態から、平滑筋α-アクチン、SM22α、平滑筋ミオシン重鎖を発現する状態へと変わっていく。このような分化の指標となる遺伝子を用いてδEF1と平滑筋分化との関係を検討した。 レチノイン酸刺激により平滑筋細胞へ分化する胎児性癌細胞P19の一系列、A404細胞でその発現を調べたところ、その分化の過程においてδEF1の発現が増加した。このδEF1の発現増加は平滑筋細胞の分化の指標である平滑筋α-アクチン、平滑筋ミオシン重鎖の発現に先駆けて見られた。 δEF1の転写調節作用を、培養平滑筋細胞におけるプロモーターアッセイで調べたところ、δEF1は平滑筋α-アクチン、平滑筋ミオシン重鎖、SM22αのプロモーターを活性化するが、未分化平滑筋細胞の指標であるSMembのプロモーターには影響を与えなかった。更に内因性の遺伝子に対する転写調節作用について、δEF1発現アデノウィルスベクターを培養平滑筋細胞に感染させ調べたところ、内因性の平滑筋ミオシン重鎖・平滑筋α-アクチンの発現増加が見られた。 このδEF1の、平滑筋分化に対する作用をin vivoでも検証するため、δEF1ノックアウトマウスの大動脈からRNAを抽出し、δEF1および平滑筋分化指標遺伝子の発現を調べた。ホモ接合体のδEF1ノックアウトマウスは心血管系に大きな異常を認めないが、生後間も無く死亡するため、胎生18.5日の胎児から大動脈を採取した。胎児の大動脈では、平滑筋ミオシン重鎖、平滑筋α-アクチン、SM22αいずれもノックアウトマウスにおいて野生型マウスより発現が減少していた。対して未分化平滑筋細胞の指標であるSMembはノックアウトマウスで発現が増加しており、δEF1の発現減少は生体においても平滑筋細胞を未分化な状態にすると考えられた。野生型マウスの胎児・成体でδEF1の発現を比較するとδEF1は成体において胎児より多く発現しており、その発現が発達の比較的後期に見られるという特徴が示唆された。 以上の所見から、δEF1が平滑筋細胞の分化に強く関与することが考えられ、次いで私は、平滑筋細胞の分化指標遺伝子の転写活性化メカニズムに注目し研究を進めた。 まず、平滑筋ミオシン重鎖プロモーターでδEF1作用部位を調べた。平滑筋ミオシン重鎖の転写調節領域を順次切断し、δEF1との反応性を調べても、明確な反応性の違いは生じず、転写開始点近傍のみでもδEF1への反応性を保持していた。この転写開始点近傍の領域には、δEF1が強い親和性を示すと報告されているCACCTG配列のE boxとCACCTという配列があり、この部分に変異を導入するとδEF1の転写促進作用が減弱した。ゲルシフトアッセイ(EMSA)でδEF1は、このE boxならびにCACCT配列に特異的な結合を示した。 つづいて平滑筋α-アクチンのプロモーター上でδEF1の作用部位を探した。プロモーターと第一イントロンを含む転写調節領域を順次切断しδEF1への反応性を調べたところ、転写開始点より271塩基上流から155塩基上流までにδEF1が強く作用する部位があると考えられた。この領域にδEF1の結合が報告されている配列はなかったがTHR (TGF-β1 hypersensitivity region)と呼ばれる部位に変異を導入するとδEF1による転写促進作用が大きく損なわれた。ゲルシフトアッセイで、δEF1はこの部位に結合した。 平滑筋α-アクチンプロモーターは転写開始点より155塩基上流からの短い領域でもδEF1により活性化される。この領域は転写因子serum response factor (SRF)の結合配列として知られるCArGエレメントを有しており、SRFは平滑筋細胞における遺伝子発現の多くに関与することが報告されている。このCArGエレメントに変異を導入するとδEF1への反応性が失われることから、δEF1の作用がCArGエレメントを介するものであると考えられ、更にSRFとδEF1の相互作用が推測された。そこでSRFとδEF1が相互作用するとの仮説について更に検討した。 平滑筋α-アクチンプロモーターとSRF, δEF1の発現ベクターで相互作用を調べたところ、SRFとδEF1は協調して平滑筋α-アクチンプロモーターを活性化した。ゲルシフトアッセイでは、δEF1単体はCArGエレメントに結合しないがSRFとδEF1の共存下では複合体を形成し、CArGエレメントに結合した。更に免疫沈降によりSRFとδEF1の蛋白同士の結合が示され、δEF1とSRFとの結合部位を調べたところ、δEF1のカルボキシル基側のジンクフィンガードメインが結合に関与するとの所見が得られた。 δEF1の平滑筋α-アクチンプロモーター上の結合部位と考えたTHRはTGF-β1に対する反応性を司る部位と報告されている。TGF-βは多分可能を持つ神経堤細胞に平滑筋α-アクチンを発現させ、平滑筋細胞への分化を誘導するとの報告があり、血管の発達および血管疾患形成において平滑筋の分化・増殖に強く関与することが示されている。平滑筋細胞においてδEF1がTGF-βの作用に関与するか研究を進めた。 TGF-βの信号を細胞内で伝達する主要要素であるSmad蛋白の一つSmad3とδEF1の相互作用を平滑筋α-アクチンプロモーターで調べたところ、Smad3はδEF1と協調して平滑筋α-アクチンプロモーターを活性化し、この作用は活性化型TGF-β type1 receptor (ALK5)の存在により更に増幅された。逆に、抑制作用を示すSmadの一つSmad7はδEF1の転写促進作用を阻害した。SRFもTGF-βの作用に関与することが言われており、SRF, Smad3, δEF1三者の相互作用を平滑筋α-アクチンのプロモーターで調べたところ、SRFとSmad3、SRFとδEF1, Smad3とδEF1相互間の協調作用に加え、更なる転写活性化作用が三者共存と活性化型ALK5の存在により認められた。 TGF-βの平滑筋細胞における作用へのδEF1の関与を直接的に見るため、RNA干渉(siRNA)によって、培養平滑筋細胞中のδEF1の発現を抑制した状態で、TGF-β刺激を行った。δEF1の発現をsmall interference RNA (siRNA) で抑制した細胞では、非特異的配列のsiRNAを導入した細胞に比べてTGF-βによる平滑筋α-アクチン発現の誘導が損なわれていた。 次に、δEF1の血管平滑筋細胞分化誘導作用を、血管疾患形成の病態においても検討するため、ラットの頚動脈をバルーンで傷害した後、血管内腔にδEF1アデノウィルスベクターを注入しδEF1を強制発現させた。このδEF1を強制発現させた頚動脈では、バルーン傷害後、コントロールとなる強制発現遺伝子を持たないアデノウィルスを注入した頚動脈に比べて有意に新生内膜の形成が抑制されていた。この頚動脈から抽出したRNAを調べたところ、δEF1を強制発現させた頚動脈では、平滑筋ミオシン重鎖の、より分化した平滑筋細胞に発現するisoformであるSM2の発現が誘導されていた。 逆にδEF1のノックアウトマウスで大腿動脈ガイドワイヤー傷害モデルを作ったところ、δEF1のヘテロノックアウトマウスでは新生内膜の形成が野生型マウスと比べ有意に多かった。 以上、本研究により私は転写因子δEF1が、平滑筋細胞において、転写因子SRF及びSmadと相互作用し、平滑筋分化を制御すること、δEF1が血管発生・血管疾患形成において重要な役割を果たすサイトカインであるTGF-βの信号を伝達する役割を担っていることを解明した。このように、δEF1は外的環境に応じた平滑筋分化、機能の制御に重要であり、血管病態モデルによって示されたように血管疾患においても重要な機能を担うことが明らかとなった。 | |
審査要旨 | 本研究は、血管の発生・分化、及び動脈硬化などの血管疾患形成において重要な役割を果たす血管平滑筋細胞の分化調節を明らかにするため、ジンクフィンガーを持つ転写因子であるδEF1/ZEB1の機能の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.ラットの各組織より採取したRNAのノーザンブロットにより、δEF1が心臓、大動脈・頚動脈、脳、骨格筋、肺に発現していることが示された。ラット頚動脈の免疫染色では、健常頚動脈及びバルーン傷害後2週間が経過し新生内膜が形成された頚動脈のいずれでも、特に後者では新生内膜には発現せず、中膜平滑筋細胞にδEF1が発現していることが示された。マウス胚性腫瘍細胞(P19)の一系列でレチノイン酸刺激により平滑筋細胞へ分化するA404細胞では、その分化の過程で、平滑筋α-アクチン・平滑筋ミオシン重鎖の発現に先駆けてδEF1の発現が増加することが示された。 2.平滑筋細胞におけるプロモーターアッセイで、δEF1は、平滑筋分化の指標となる平滑筋α-アクチン、平滑筋ミオシン重鎖、SM22αの転写調節領域に対し、転写促進作用を示した。平滑筋細胞でアデノウィルスベクターによりδEF1を強制発現すると、内因性の平滑筋α-アクチン、平滑筋ミオシン重鎖の発現が増加した。δEF1ノックアウトマウスの大動脈より抽出したRNAのRT-PCRでは、δEF1ホモノックアウトマウスは野生型マウスに比して平滑筋α-アクチン、平滑筋ミオシン、SM22αの発現が少なく、逆に非平滑筋ミオシン重鎖(SMemb)の発現が増加しているとの傾向が示された。 3.平滑筋ミオシン重鎖の転写調節領域において、δEF1は転写開始点近傍のE boxおよびCACCT配列に結合することがin vitroで合成したδEF1蛋白によるgel shift assayで認められ、この部位に変異を導入することにより、δEF1の転写促進作用が減弱することがプロモーターアッセイで示された。 4.平滑筋α-アクチンの転写調節領域では、転写開始点より163塩基上流にあるTHR (TGF-β1 hypersensitivity region)にδEF1が結合することが、平滑筋細胞の核抽出液を用いたgel shift assayで示された。この部位に変異を導入すると、δEF1の転写促進作用が減弱し、また、平滑筋α-アクチンプロモーターのTGFβに対する反応性も損なわれることが、平滑筋細胞におけるプロモーターアッセイで示された。TGFβは平滑筋細胞の分化を誘導すると報告されているが、TGFβの細胞内信号伝達系を構成するSmad3とδEF1との結合が免疫沈降で見られ、プロモーターアッセイでは、Smad3とδEF1が協調して平滑筋α-アクチンの転写を促進することが示された。更にRNA干渉によりδEF1の発現抑制を行うと、TGFβによる平滑筋α-アクチン発現誘導が損なわれ、δEF1はTGFβによる平滑筋細胞の分化誘導に関与すると考えられた。 5.δEF1の作用がCArG boxにも依存していることと、δEF1がCArG boxに結合するserum response factor (SRF)と協調して平滑筋α-アクチンの転写を促進させることがプロモーターアッセイで示された。in vitro合成のSRF及びδEF1蛋白を用いたgel shift assayでは、δEF1は直接CArG boxに結合せず、SRFと複合体を形成してCArG boxに結合すると考えられる結果が得られた。 6.ラットの頚動脈にバルーン傷害を加えた後、アデノウィルスベクターを血管内腔に注入する実験で、対照となる強制発現遺伝子を持たないアデノウィルスを注入した頚動脈と比べ、δEF1を強制発現させると、有意に新生内膜の形成が抑制されることが示された。この処置を行った頚動脈から採取したRNAのRT-PCRで、δEF1の発現が対照群の頚動脈において傷害後減少し、徐々に回復すること、平滑筋α-アクチン・平滑筋ミオシン重鎖の発現はδEF1強制発現群でも対照群同様、傷害後減少するが、対照群より速やかに回復する傾向にあることが示された。 7.δEF1ヘテロノックアウトマウスと野生型マウスで大腿動脈ガイドワイヤー傷害を行い、δEF1ヘテロノックアウトマウスは野生型マウスより顕著な内膜増殖を起こすことが示された。ラット頚動脈の結果と併せ、生体内でも平滑筋細胞においてδEF1の発現が増すと、分化指標遺伝子の発現が誘導され、増殖能は減弱され、平滑筋細胞は分化した状態になると考えられる結果を得た。 8.δEF1の平滑筋細胞増殖抑制作用に関しては現在研究中であるが、平滑筋細胞におけるδEF1強制発現によりP21waf1の発現が増加すること、RNA干渉によってδEF1発現抑制を行うとTGFβによるP21waf1の発現誘導が損なわれることが示された。δEF1はP21waf1を介して細胞周期を調節し、平滑筋細胞の増殖を抑制しているものと考えられる。 以上、本論文は転写因子δEF1が他の転写因子と協調することにより、平滑筋細胞の分化を誘導することを明らかにした。本研究は現在未知な点が多く存在する平滑筋細胞の分化誘導機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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