学位論文要旨



No 120301
著者(漢字) 鈕,培
著者(英字) Niu,Pei
著者(カナ) ニュウ,ペイ
標題(和) アドレノメデュリンの心肥大、線維化に対する保護作用
標題(洋) Protective Effects of Endogenous Adrenomedullin on Cardiac Hypertrophy and Fibrosis.
報告番号 120301
報告番号 甲20301
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2450号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 講師 佐田,政隆
 東京大学 講師 大野,実
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

 血管作動物質には血管を弛緩させる、また、血管を収縮させる一連の因子が存在する。Adrenomedullin(AM)は血管作動物質として血管を弛緩させる因子の一つで、血管内皮細胞、平滑筋細胞から産生される。AMは1993年にヒト褐色細胞腫より発見された強力な降圧作用を有する生理活性ペプチドであり、循環生理に深く関与していると考えられている。AMは副腎髄質以外に、心血管系組織を含め広く全身の組織で生合成されている。広汎な組織分布から推測されるように、AMの作用は多彩であり、血管拡張作用以外にもナトリウム利尿、アルドステロン分泌抑制、細胞増殖制御、エンドセリン分泌抑制、飲水活動抑制、気管支拡張などの多彩な薬理作用を持つことが報告されている。

 本態性高血圧症、心不全、腎不全などの循環器疾患においては、その重症度に比例して血中のAM濃度が上昇することが報告されている。しかし血中AM濃度の上昇が、病態を修飾する原因となっているのか、あるいは代償する方向に働いているのなのかは議論のあるところである。

 心肥大は種々の循環器疾患において認められ、心不全、虚血性心疾患などにおいて一つの独立した危険因子である。心筋細胞は、圧負荷などの機械的ストレスに加え、Angiotensin II (Ang II)をはじめとした液体因子により、肥大を誘発される。本研究では、AMノックアウト(AMKO)マウスを用いて、大動脈縮窄モデル、Ang II持続投与モデルを作成し、内因性のAMが心肥大、心線維化に及ぼす影響を検討した。

対象と方法

1.AMのエクソン1から4をつぶすターゲティングベクターを用いて作成したAMKOマウスを使用した。

2.AMKOマウスのホモ接合体は、胎生14日で致死のため、ヘテロ接合体を用いて腹部大動脈の縮窄モデル、AngII持続投与モデル(3.2 mg/kg/日)を作成した。

3.心エコーによる左室壁厚と心機能評価(左心室中隔、後壁、左心室拡張期径、収縮期径)を行い、心肥大(心体重比、心筋細胞サイズ)、心線維化(冠動脈周囲線維化部分の面積/血管内腔の面積比、Proliferation cell nuclear antigenの発現)を病理学的に評価した。

4.更に心肥大関連遺伝子の発現(アンジオテンシノーゲン、アンジオテンシン変換酵素遺伝子、Transforming growth factor (TGF)β、I型コラーゲン遺伝子、c-fos、SERCA2)を検討した。

5.次にAMKOマウス及び野生型(WT)マウス新生児より心筋細胞、心線維芽細胞を初代培養して、AngII投与時の心筋細胞のタンパク合成能、Extracellular signal-regulated kinase (ERK)の活性化、線維芽細胞の増殖能などを比較した。

6.最後にAngII刺激した培養心筋細胞へのAM投与、あるいはProtein kinase C (PKC) 阻害剤、Protein kinase A(PKA)阻害剤投与の影響を検討した。

結 果

1.アドレノメデュリンの心肥大、線維化抑制作用

 ヘテロ接合体では、野生型と比較して心臓、腎臓などの発現量の多い臓器でAMのレベルは半分まで低下していることを確認した。大動脈の縮窄モデルは手術してから4週間で心肥大を検討した。AngIIをminiポンプで2週間持続投与して心肥大を構成した。圧負荷モデル及び、AngIIを持続投与したモデルにおいては、WTマウス、AMKOマウスとも心体重比の増加と左室壁肥厚が認められたが、WTマウスに比較してAMKOマウスでより顕著であった。心エコーで圧負荷後共に左心室中隔、後壁の肥厚が認められたが、AMKOマウスで有意に厚くなっていた。

 更に大動脈縮窄モデルにおける術後の死亡率はAMKOマウスで高値であった。特に術後一週間目の死亡率はAMKOマウスで顕著であった(AMKOマウス, 38% vs. WTマウス, 18%; p<0.05)。AMKOマウスでは心臓でのBrain natriuretic peptide (BNP)の発現の亢進を認め、術直後の急性期、慢性期とも血中BNP濃度が高いことから、心機能に問題があると考えられた。実際心エコーによる検討では、AMKOマウスにおいて心機能の低下が確認された。更に病理所見の検討でも、負荷後の心筋細胞のサイズの増大はAMKOマウスでより顕著であった。

 次に、心線維化の検討を進めたところ、AMKOマウスでは、双方のモデルにおいて心臓の間質の線維化及び冠動脈周囲の線維化の増強が認められた。冠動脈周囲線維化部分の面積/血管内腔の面積比(PVF/VA)の検討では、AMKOマウスで有意な上昇が確認された。増殖細胞のマーカーであるProliferation cell nuclear antigen (PCNA)陽性細胞の数は、AMKOマウスでより増加していた。

 AMKOマウスはWTマウスに比較して、負荷前に既に血圧上昇を認めるが、ヒドララジン投与を行って血圧を低下させたAMKOマウスにおいても、WTに比べて臓器障害が強く認められた。このため、AMKOマウスにおける臓器障害は、血圧上昇による二次的なものではなく、AMの発現量低下そのものによると考えられた。

 次に、心臓において各遺伝子の発現を検討した結果、圧負荷前にはAMKOマウスとWTマウスの間で有意な差を認めなかったが、圧負荷後の心臓においては、心肥大関連遺伝子としてアンジオテンシノーゲン、アンジオテンシン変換酵素遺伝子の発現亢進、また線維化関連遺伝子として Transforming growth factor (TGF)β、I型コラーゲン遺伝子の発現亢進をAMKOマウスの方でより強く認めた。術後2時間の急性期の心臓では、初期反応遺伝子であるc-fosの発現亢進もAMKOマウスでより著明であった。逆にカルシウムハンドリングに関わるSERCA2の発現はAMKOマウスで低下していた。

 心筋細胞を初代培養し、AngII刺激を行ったところ、タンパク合成能、Atrial natriuretic peptide (ANP)の発現亢進が認められたが、その変化はAMKOマウスで顕著であった。更に心線維芽細胞の培養系での検討でも、心線維芽細胞の増殖能、I型コラーゲンの発現などはAMKOマウスでより亢進していた。

2.アドレノメデュリンの心肥大抑制作用のメカニズム

 AMKOマウスの新生児の心筋細胞を初代培養し、これを用いてAMの心肥大抑制作用のメカニズムを検討した。AMKOマウスではWTに比較して、圧負荷後急性期の心臓及びAngII刺激した心筋細胞共に、ERKの活性化亢進が認められた。一方、PKCの阻害剤である H7を投与したところ、ERKの活性化はAMKOマウスもWTマウスも同じ程度まで抑制された。つまり、AMKOマウス においては、PKC pathwayを介したERK活性化が亢進していると考えられた。

 更に、ERKの活性化についてPKA pathwayの関与を、ラット培養心筋細胞を用いて検討した。AngII刺激により上昇したERK活性化は、recombinant AMを添加することにより抑制された。このAMのERK活性化抑制作用はPKA阻害剤であるH89を添加する事により減弱した。以上から、AMの心肥大抑制作用は、PKC pathwayの抑制に加えて、PKA pathwayの亢進を介したERK活性化抑制によると考えられた。

考 察

1.AMノックアウトマウスを用いて、Ang II持続投与モデル、大動脈縮窄モデルを作成し、内因性のAMが心肥大、心繊維化に対して保護的に働いていることを示した。

2.PKA及びPKC pathwayを介したERK活性化抑制が、AMの心肥大抑制作用の一つと考えられた。

結 語

1.本研究から、AMは血管拡張作用に加えて、臓器保護作用を有する生理活性物質であることが明らかとなった。

2.AMは高血圧に伴う臓器障害に対して、治療薬の候補となる可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 Adrenomedullin(AM)は、心臓、腎臓、肺など広く循環器系の臓器に発現し、血管においては血管平滑筋及び内皮細胞にて産生され、強力な血管拡張作用にもとづく降圧作用を持つペプチドと考えられている。高血圧、心不全、心筋梗塞、慢性腎不全のような病態では、血中のAMが重症度に比例して高値を示すことが報告されている。心肥大は種々の循環器疾患に伴って生じ、心疾患の原因や増悪因子となっている。本研究はAMノックアウト(AMKO)マウスを用いて、内因性のAMが心肥大および心線維化に及ぼす影響の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.AMノックアウト(AMKO)マウスはホモ接合体が胎生期致死であり、胎生13.5日の死亡率が80%を超えていた。ヘテロ接合体では平均血圧10 mmHg程度の血圧上昇を認め、野生型(WT)と比較して心臓、腎臓などの発現量の多い臓器でAMのレベルは半分まで低下していることを確認した。

2.圧負荷モデル及び、AngIIを持続投与したモデルにおいては、WTマウス、AMKOマウスとも心体重比の増加と左室壁肥厚が認められたが、WTマウスに比較してAMKOマウスでより顕著であった。心エコーで圧負荷後、共に左心室中隔、後壁の肥厚が認められたが、AMKOマウスで有意に厚くなっていた。病理所見の検討でも、負荷後の心筋細胞のサイズの増大はAMKOマウスでより顕著であった。圧負荷後の心臓においては、心肥大関連遺伝子としてアンジオテンシノーゲン、アンジオテンシン変換酵素遺伝子の発現亢進、また線維化関連遺伝子として Transforming growth factor (TGF)β、I型コラーゲン遺伝子の発現亢進をAMKOマウスの方でより強く認めた。術後2時間の急性期の心臓では、初期反応遺伝子であるc-fosの発現亢進もAMKOマウスでより著明であった。逆にカルシウムハンドリングに関わるSERCA2の発現はAMKOマウスで低下していた。

3.AMKOマウスでは、上述した両者のモデルにおいて心臓の間質の線維化及び冠動脈周囲の線維化の増強が認められた。冠動脈周囲線維化部分の面積/血管内腔の面積比(PVF/VA)の検討では、AMKOマウスで有意な上昇が確認された。増殖細胞のマーカーであるProliferation cell nuclear antigen (PCNA)陽性細胞の数は、AMKOマウスでより増加していた。

4.AMKOマウスはWTマウスに比較して、血圧上昇を認めるが、ヒドララジン投与を行って血圧を低下させたAMKOマウスにおいても、WTに比べて臓器障害が強く認められた。このため、AMKOマウスにおける臓器障害は、血圧上昇による二次的なものではなく、AMの発現量低下そのものによると強く示唆された。

5.心筋細胞を初代培養し、AngII刺激を行ったところ、タンパク合成能、Atrial natriuretic peptide (ANP)の発現亢進が認められたが、その変化はAMKOマウスで顕著であった。更に心線維芽細胞の培養系での検討でも、心線維芽細胞の増殖能、I型コラーゲンの発現などはAMKOマウスでより亢進していたことがわかった。

6.AMKOマウスではWTマウスに比較して、圧負荷後急性期の心臓及びAngII刺激した心筋細胞共に、ERKの活性化亢進が認められた。PKCの阻害剤である H7を投与したところ、ERKの活性化はAMKOマウスもWTマウスも同じ程度まで抑制された。ラット培養心筋細胞において、AngII刺激により上昇したERK活性化は、AMを添加することにより抑制された。AMのERK活性化抑制作用はPKA阻害剤であるH89を添加する事により減弱した。AMの心肥大抑制作用は、PKC pathwayの抑制に加えて、PKA パスウェーの亢進を介したERK活性化抑制によると考えられた。

 以上、本論文により内因性のAMが心肥大、心繊維化に対して保護的に働いていることが判明した。また、PKA及びPKC パスウェーを介したERK活性化抑制が、AMの心肥大抑制作用の一つであることも明らかとなった。従って、内因性のAMは血管拡張作用に加えて、臓器保護作用を有する生理活性物質であることが認められた。これらの知見はAMが高血圧に伴う臓器障害に対する保護作用を有し、今後、心疾患に対する治療薬として臨床応用される上で重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

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