No | 120304 | |
著者(漢字) | 水野,由子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミズノ,ヨシコ | |
標題(和) | 老化抑制遺伝子Klothoによる血管内皮機能制御 | |
標題(洋) | Regulation of endothelial function by aging suppressor gene klotho | |
報告番号 | 120304 | |
報告番号 | 甲20304 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2453号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 klotho遺伝子はヒトの老化に関わる多彩な作用を持つ遺伝子であり、その発見は1997年にさかのぼる。トランスジーンの挿入変異によりヒトの老化関連疾患様のフェノタイプを呈するマウスが発見され、その欠損遺伝子はklothoと名づけられた。当初より、本マウスではMonckeberg型動脈硬化が4週齢より観察され、更なる解析により、高血圧、動脈硬化、洞機能不全との関連が明らかとなっている。当研究室のこれまでの検討により、klotho欠損マウスにおいて、アセチルコリン反応性動脈血管拡張が減弱すること、内皮細胞におけるスーパーオキサイドの産生が増加すること、またAngiogenesisとVasculogenesisの両者が阻害されること、更には、それらの血管新生障害がklothoアデノウィルスの補填により改善することが判っている。klotho欠損マウスの尿中NOxは野生型に比べて低い値を示すため、以上の一連の血管内皮機能障害は、血管内皮細胞でのNO産生低下に起因すると予測されてきたが、klotho遺伝子とNO産生に関する詳細なメカニズムは未だ解明されていない。一方、近年klotho遺伝子とヒトの冠動脈疾患の関連が報告され、本年にはヒトの血清や脳脊髄液でklotho蛋白の存在が確認できるようになり、本遺伝子のヒトにおける重要性が俄かに注目を浴びつつある。 血管内皮細胞の産生するNOは、血小板凝集、接着分子発現を抑制し、また、血管平滑筋に働いて血管拡張、細胞増殖・遊走を抑制する。また、血管内皮細胞由来NOの産生は加齢とともに低下し、その結果、血管内皮機能は阻害される。従ってklotho遺伝子が、動脈硬化の発生、進展に重要な役割を果たすNOを何らかの形で修飾することが予測される。 方法と結果 そこで本研究では、klothoの高発現ベクターpCAGGS-human klothoおよびhuman klothoセンダイウィルスを作成し、血管内皮に於けるklothoの果たす役割に焦点を当てた。COS1、Hela細胞及びヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)にpCAGGS-human klothoを導入し、klothoに特異的な抗体でウェスタンブロットを実施したところ、COS1、Helaにおいて、細胞のみならず培養上清においても、klotho蛋白の発現が認められた。これはklothoが細胞内にとどまらず、培養上清中に分泌されていることを意味し、また、これらの培養上清を新たな細胞に添加したところ、細胞内でAktのリン酸化が認められた。同様の実験をPI3-Kの阻害剤wortmanninを添加して実施したところ、Aktのリン酸化は阻害され、klothoによるAktリン酸化の特異性が確認された。他方、HUVECにおいては、上述した高発現ベクターpCAGGSを用いて多種のトランスフェクション溶液にて遺伝子導入を試みたものの、十分なトランスフェクション効率は得られず、上清は勿論のこと、細胞においてもklotho蛋白の発現には至らなかった。しかしklotho遺伝子とNOの関係を議論するには、血管内皮細胞での検討が不可避であるため、新たにklotho遺伝子を搭載したセンダイウィルスを構築し、引き続き実験を行った。 まず始めに、センダイウィルスにて十分な感染効率が得られる条件を確立した。次にHUVECにklothoセンダイウィルスを感染導入し、ウェスタンブロットを行ったところ、感染強度に準じたリン酸化の増強がAktおよびeNOSで認められ、klothoが血管内皮細胞においてAktを介しeNOSのリン酸化に関与していることが証明された。またklothoによるeNOSシグナルの賦活化が、実際に血管内皮細胞に及ぼす影響を調べたところ、klothoセンダイウィルスを導入したHUVECにおいてNO及びcyclic GMP産生の増強が認められ、それらの現象はPI3-K阻害剤であるLy294002およびwortmanninにより阻害された。よって、Akt上流にPI3-Kが存在することが予測され、klothoが血管内皮細胞におけるPI3-K/Akt/eNOSシグナル経路の発現に関与し、NOの産生を介して血管内皮保護的に働くことが示唆された。 血管内皮細胞の機能維持には、NOの産生のみならず、抗アポトーシス作用や、細胞生存といった要素が深く関わる。よってそれらの作用につきklothoセンダイウィルスを用いた検討を進めた。klotho遺伝子を導入したHUVECにおいて、アポトーシスの最終的な現象であるDNAの断片化を評価する検討では、コントロールに比べDNAの断片化が有意に低下する現象が認められた。次にアポトーシスに関わる因子を網羅的に調べたところ、Bax及びcaspase 3がklotho遺伝子を導入した細胞で減弱していることが判明した。これらの結果よりklotho遺伝子と同ファミリーの関与が示唆された。Bcl-2ファミリーは内皮細胞の抗炎症及び抗アポトーシス作用の要であり、その下流にcaspase 3が存在する。また、Aktの抗アポトーシス作用がBadのリン酸化を介して発揮されることは、既に知られるところである。本研究でもklothoによるBadのリン酸化の有無につき検討を進めてきたが、未だその解明には至っていない。 次に、センダイウィルスによりklotho遺伝子を導入したHUVECの増殖速度を、コントロールと比較して観察した。ウィルス感染7日目までklotho群の細胞増殖速度が速く、klothoが何らかの形で細胞増殖を促進していることが示唆された。この詳細なメカニズムに関しては、現在、解明を進めているところである。 本研究の最後では、マウスの皮膚損傷モデルを作成し、klothoセンダイウィルスを導入して治癒過程に及ぼす影響を調べた。7日目までの観察においてklotho投与マウス群での治癒促進が有意に促進され、新生血管のマーカーであるPECAM/CD31染色を実施した結果、コントロール群に比べてklotho群で28%の血管新生の増加が認められた。これは、klotho遺伝子が血管新生促進作用及び抗炎症作用を有することを示唆し、血管内皮細胞に於けるklotho遺伝子の重要性を強調している。 考察 以上の報告より、klothoがPI3K/Akt/NO経路を介してNOを産生し、血管内皮機能維持に関わること、更には抗アポトーシス作用、抗炎症作用、細胞増殖促進作用を持ち、幅広い維持機構を有することが明らかとなった。Aktのリン酸化は、eNOSのリン酸化を介してNOを産生する他、インスリン代謝、抗アポトーシス作用、細胞保護作用、抗炎症作用と、多彩な作用を発揮する。本研究でのklothoの幅広い血管内皮機能維持作用も、おそらくこのAktリン酸化を介するものであることが予測される。一方、klothoはかねてから、液性因子である可能性を指摘されてきた経緯がある。その理由は、klothoマウスで見られるアセチルコリン反応性動脈血管拡張の減弱が、klotho欠損マウスと野生型のパラビオーシスで改善することや、klothoマウスに於ける老化関連疾患様フェノタイプが、klothoアデノウィルスの尾静脈投与により改善することなどを根拠としている。このたびの検討で、klotho蛋白が細胞培養上清に分泌され、且つ分泌されたklotho蛋白はAktシグナルの賦活化に関与することが判明した。これらのデータは、klothoがインスリン、IGF-1、VEGF、PDGFといった液性因子に類似した作用をもつことを示唆し、予測されるklothoレセプターとしてチロシンキナーゼレセプターが候補の一つである。klotho遺伝子の多様な血管内皮保護作用および液性因子としての詳細な現象を解明するには更なる研究が必要であるが、本遺伝子が高血圧、動脈硬化、血管新生といった血管内皮細胞障害に起因する病態の理解、更にはそれらの治療に役立つ可能性は高いといえる。 | |
審査要旨 | 本研究は、ヒトの老化関連疾患様のフェノタイプを呈するklotho欠損マウスにおいて血管内皮機能が障害されるという既存の事実に立脚し、老化抑制遺伝子klothoが液性因子であるとの予測のもと、同遺伝子が血管内皮機能の恒常性に関わるメカニズムを解明すべく、NOに焦点を当てたシグナルの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.klothoの高発現ベクターpCAGGS-human klothoを作成し、COS1細胞およびHela細胞に遺伝子導入した結果、培養上清にklotho蛋白が分泌されることが判明した。同培養上清を新たな細胞(COS1, HUVEC)に添加すると、遺伝子導入をしていない細胞であるにも関わらず、細胞内にklotho蛋白が発現している現象が捉えられ、klothoが細胞外に分泌され、且つ他の細胞に影響を及ぼしうる事実が示された。 2.klotho蛋白を含む培養上清(COS1細胞由来)を、新たなCOS1細胞に添加し、短時間のタイムコースでAktの挙動を観察したところ、klotho刺激によるAktリン酸化の増強が確認された。同様の実験をPI3-K阻害剤wortmannin添加のもと実施したところ、Aktのリン酸化は阻害され、本現象へのPI3-Kの関与が示唆された。以上より、細胞外のklothoがPI3-K/Aktシグナルを賦活化する事実が示された。 3.上述の高発現ベクターpCAGGSを用いても血管内皮細胞への遺伝子導入は不可能であったため、新たな手段としてklotho遺伝子を搭載したセンダイウィルスを構築し、引き続き実験を行った。ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)にklothoセンダイウィルスを感染導入したところ、感染強度に準じたリン酸化の増強がAktおよびeNOSで認められ、klothoが血管内皮細胞においてAktを介しeNOSのリン酸化に関与することが証明された。またklothoによるeNOSのリン酸化が、実際に血管内皮細胞に及ぼす影響を調べたところ、klothoセンダイウィルスを感染導入したHUVECにおいてNO及びcyclic GMPの産生増強が認められ、2.と同様にPI3-K阻害剤のLy294002およびwortmanninを添加することで阻害された。以上より、klothoが血管内皮細胞におけるPI3-K/Akt/eNOSシグナル経路の発現に関与し、NO産生を介した血管内皮機能保護の働きを持つ事実が示された。 4.klotho遺伝子を感染導入したHUVECにおいて、抗アポトーシス作用と細胞増殖促進作用が観察された。klotho遺伝子導入によりBax及びcaspase 3の発現が減弱していることより、抗アポトーシス効果の責任カスケードにBcl-2ファミリーが含まれることが予測された。一方、klothoを感染導入したHUVECはコントロールに比し増殖速度が亢進していた。以上よりklothoが(おそらく)Aktを介し、NO産生のみならず、抗アポトーシス作用や、細胞保護作用を発揮し、血管内皮細胞の機能維持に寄与している事実が示された。 5.マウスの皮膚損傷モデルを作成し、klothoセンダイウィルスを感染導入して治癒過程に及ぼす影響を調べた。7日目までの観察においてklotho投与マウス群での治癒促進が有意に促進され、新生血管のマーカーであるPECAM/CD31染色を実施した結果、コントロール群に比べてklotho群で28%の血管新生の増加が認められた。これにより、klothoが血管新生促進作用を有し、血管内皮細胞機能維持に於いて重要な役割を果たす事実が示された。 以上、本論文は老化抑制遺伝子klothoがPI3K/Akt経路を介し血管内皮機能維持に幅広く関わることを明らかにした。また特筆すべきは、分泌されたklotho蛋白が細胞外からAktシグナルの賦活化に関与する事実であり、液性因子klothoに特異的なレセプターの存在が推測される。本研究は、これまで未知に等しかった、老化抑制遺伝子klothoの血管内皮機能に関わる詳細なメカニズムを解明し、高血圧、動脈硬化、血管新生といった血管内皮細胞障害に起因する病態の更なる理解に重要な貢献をなし、また同遺伝子の治療薬への布石をうったことより、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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