学位論文要旨



No 120307
著者(漢字) 奥西,勝秀
著者(英字)
著者(カナ) オクニシ,カツヒデ
標題(和) 気道での抗原特異的免疫応答におけるシスティニルロイコトリエンの新たな意義に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 120307
報告番号 甲20307
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2456号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 石井,彰
 東京大学 講師 高見沢,勝
 東京大学 講師 大石,展也
内容要旨 要旨を表示する

 アラキドン酸代謝物であるエイコサノイドが、肺機能や呼吸器疾患において、重要な役割を担っていることは、良く知られている。エイコサノイドは、ロイコトリエン(leukotriene: LT) 及びプロスタグランジン(prostaglandin: PG)に大別される。LT は、5-リポキシゲナーゼ(5-lipoxygenase: 5-LO) の経路を介して、アラキドン酸から生成される。LT は、LTB4 およびシスティニルロイコトリエン(cysteinyl leukotrienes: cysLTs. LTC4, D4, E4) に分けられる。cysLTs は、強力な気管支収縮作用を有し、平滑筋細胞増殖、血管透過性、粘液産生、及び好酸球の肺への遊走を亢進させる。これまで、cysLTs の役割やロイコトリエン拮抗薬(cysLT1 receptor antagonist: LTRA) の効果については、喘息における好酸球気道炎症やリモデリングを中心に研究されてきた。一方、免疫応答初期におけるcysLTs の役割に関する研究は、わずかに認めるのみである。特に、樹状細胞(dendritic cell: DC) の抗原提示能に対するcysLTs の効果や、in vivo でのcysLTs のDC に対する作用については、ほとんど解明されていない。

 本研究では、マウス喘息モデルおよびin vitro の実験を用いて、抗原特異的免疫応答初期におけるcysLTs の役割について検討した。まず、マウスモデルを用いてin vivo での検討を行った。当研究室では、以前、抗原全身感作のみで、気道炎症成立以前に、気道過敏性(airway hyperreactivity: AHR) および肺でのサイトカイン産生が亢進することを報告した。同様の系を用いて、抗原全身感作により誘導される免疫応答初期の、肺での反応におけるcysLTs の役割について検討した。BALB/c マウスを卵白アルブミン(ovalbumin: OVA)/水酸化アルミニウムゲル(alum)で days 0, 11 に全身感作し、OVAで感作した一部のマウスに、days 11-17 に、LTRAであるプランルカスト(pranlukast hydrate: Prl) またはモンテルカスト(montelukast sodium: Mk) を投与した。対照群には、生理食塩水をdays 0, 11 に腹腔内投与した。Day 18 に、AHR 測定及び気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid: BALF) 回収を行った。OVA 全身感作で誘導されるAHR 及びBALF 中Th1, Th2 いずれのサイトカイン濃度上昇も、LTRA 投与により有意に抑制された。一方、LTRA 投与はOVA 全身感作で誘導される血清中IgG 及びIgE の上昇は抑制しなかった。すなわち、LTRA は、IgE 産生の抑制を介さない経路でその効果を発揮する可能性が示唆された。

 LTs とPGs は、in vivo、in vitro いずれにおいても、お互いの産生を干渉しあうという報告がある。そこで、LTRA の投与が、PGs 産生に及ぼす影響を検討する為に、BALF 中PGs 濃度の測定を行った。OVA 全身感作は、肺でのPGE2 産生を亢進させ、LTRA 投与は、肺でのPGE2 産生を更に亢進させた。他方、OVA 全身感作では、PGE2 以外のPGs の上昇は認めなかった。また、5-LO ノックアウトマウスを用いた検討でも、LTs の経路の阻害が、肺でのPGE2 産生を亢進させることを確認した。これまでの報告から、PGE2は、少なくともアレルギー性気道炎症においては、免疫抑制的に作用すると考えられる。そこで、シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase: COX)阻害剤である、インドメタシン(indomethacin: Ind) を用いてPGE2 の産生を抑制することにより、LTRA 治療におけるPGE2 の役割について検討した。LTRA とInd の同時投与により、AHR 及び肺でのサイトカイン産生に対するLTRA の抑制効果が有意に解除された。すなわち、LTRA が、in vivo においては、PGE2 の産生亢進を介してその作用を発揮する可能性があることが示唆された。

 次に、ex vivo およびin vitro の系を用いて、抗原特異的免疫応答初期におけるLTRA の効果について検討した。まず、LTRA のT 細胞に対する効果を検討する為、BALB/c マウスをOVA/Alum でday 0 に感作後、一部のマウスに、Prl 又はPrl + Ind をdays 0-10に連日投与し、day 11 に、各マウスから脾細胞及びCD4+ T 細胞を取り出し、in vitro でのOVA 再刺激に伴う脾細胞の反応、及びOVA 抗原が提示された場合のCD4+ T 細胞増殖能を検討した。脾細胞をOVA でin vitro で再刺激した際に誘導される細胞増殖、Th1, Th2 いずれのサイトカイン産生、及びOVA 抗原に対するCD4+ T 細胞の増殖は、Prl 投与群で有意に抑制されていた。すなわち、OVAによるT 細胞のプライミングを、Prl が有意に抑制することが示唆された。また、in vivo の結果と同様、PrlのT 細胞プライミングに対する抑制効果は、Ind 同時投与により、有意に解除された。

 一般的に、cysLT1 受容体mRNA/蛋白は、T 細胞上にはほとんど存在しないとされている。本研究でも、PMA およびionomycin で誘導されるCD4+ T 細胞の増殖反応をPrl が抑制しないこと、及びサイトカイン産生にLTD4 が影響を与えないことを確認した。以上の結果から、抗原感作により誘導されるCD4+ T 細胞活性化を、LTRA は間接的に抑制することが示唆された。次に、LTRA の、抗原提示細胞、特に最強の抗原提示細胞であるDC に対する効果を検討した。まず、ex vivo の実験系を用いて、LTRA のin vivo 投与がDC 機能へ及ぼす効果について検討した。マウスをOVA でday 0 に全身感作後、一部のマウスにはPrl またはPrl+Ind の投与を行い、day 11 に脾臓からDC を取り出した。まず、RT-PCR 法にて、マウス脾細胞由来DC 上にcysLT1受容体mRNA が発現していることを確認した後、DC のOVA 抗原提示能及びサイトカイン産生能について検討し、in vivo でのLTRA 投与が、OVA 全身感作により亢進するDC の抗原提示能及びサイトカイン産生能を有意に抑制することを確認した。また、LTRA のDC 機能抑制効果は、Ind 同時投与により、有意に解除された。LTRA のDC への直接作用の検討の為に行ったin vitro の実験においても、LPS 刺激により、DC からのcysLTs 産生が亢進し、DC をLPS 刺激下で2 日間培養する際、その上清中にPrl を添加することにより、DC のアロ抗原提示能が有意に抑制されることを確認した。すなわち、Prl がDC 機能を直接的に抑制することが示唆された。更に、OVA を抗原として、アジュヴァントとして、alum の代わりに完全フロイントアジュヴァントを用いることにより誘導される、Th1 に偏向した反応及びDCからのサイトカイン産生亢進も、LTRA が有意に抑制することを確認した。

 最後に、抗原感作により誘導される初期免疫応答におけるLTRA の投与が、その後抗原吸入により誘導される好酸球性気道炎症に及ぼす効果について、マウス喘息モデルを用いて検討した。そして、抗原感作初期のLTRA の投与が、その後抗原吸入により誘導されるAHR、好酸球性気道炎症及び気道上皮細胞からの粘液産生の進展を、有意に抑制することを確認した。更に、抗原感作初期のPrl 投与は、効果期においても、DC の抗原提示能を抑制することを確認した。一方、抗原感作期に、Prlと共にIndの投与を行うと、Prlにより抑制されたAHR、好酸球性気道炎症、粘液産生が有意に回復し、また、肺DCの抗原提示能を亢進させることを確認した。

 本研究により、cysLTs が、気道炎症期だけでなく、抗原により誘導される免疫応答初期においても、DC の機能を亢進させることにより、重要な役割を担っていることが示された。更に、本研究では、LTRA が、DC 機能の抑制を介して、抗原により誘導されるT 細胞プライミングを抑制し、その結果、Th2 型免疫応答だけでなく、Th1 型免疫応答も強力に抑制することが示された。これまで、Th2 型免疫応答の進展におけるTh1 型反応の重要性が報告されている。臨床の場においても、ウイルス感染などのTh1 型気道炎症が気管支喘息を増悪させることが、しばしば経験される。従って、本研究の結果は、ウイルス感染に伴う喘息の急性増悪の抑制において、LTRA が有効であることを示唆する。更に、LTRA が喘息以外の免疫疾患の治療にも有効な可能性が示唆された。

 喘息の発症の予防において、明らかな気道炎症が起きる以前の前または早期気道炎症期の制御の重要性も報告されている。本研究においても、抗原免疫応答初期におけるLTRA の投与が、その後抗原吸入により誘導される喘息に特徴的な所見を、有意に抑制することが示された。すなわち、臨床においても、気道炎症が十分に成立する以前の抗原感作早期にLTRA を投与することにより、その後の喘息発症が減少する可能性が示唆された。

 更に、COX阻害剤投与により、in vivo でのLTRA の抑制作用の多くが解除されることから、LTRA は、アレルギー性免疫応答において、少なくともin vivoでは、PGE2 産生亢進を介してその効果を発揮している部分がある可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、これまで明らかでなかった、初期免疫応答におけるシスティニルロイコトリエン(cysteinyl leukotrienes: cysLTs)の役割を、マウス喘息モデル及びin vitro の実験系を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.BALB/c マウス(雄7 週齢)を、卵白アルブミン(ovalbumin: OVA)/水酸化アルミニウムゲル(alum)で全身感作することにより、肺でのcysLTs 産生は、生理食塩水投与対照群と比較して、有意に亢進した。更に、ロイコトリエン拮抗薬(cysLT1 receptor antagonist: LTRA)の投与は、OVA/alum 全身感作で誘導される気道過敏性(airway hyperreactivity: AHR) の亢進、及び肺でのTh1、Th2 型サイトカインの産生上昇を、有意に抑制した。一方、LTRA の投与は、OVA/alum 全身感作により誘導される血清中免疫グロブリン(immunoglobulin: Ig)E 及びIgG の産生亢進を抑制しなかった。すなわち、LTRA は、IgE 産生の抑制を介さない経路で、その効果を発揮する可能性が示唆された。

2. OVA/alumで全身感作されたマウスでは、生理食塩水投与対照群と比較して、気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid: BALF)中PGE2濃度が有意に上昇した。LTRA 投与は、OVA/alum 全身感作と比較して、更に、有意にBALF中プロスタグランジン(prostaglandin: PG) E2濃度を上昇させた。LTRA と非特異的シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase: COX)阻害剤であるインドメタシン(indomethacin: Ind)の同時投与は、BALF中PGE2濃度を有意に低下させ、AHR及び肺でのサイトカイン産生に対するLTRA の抑制効果を、有意に解除した。PGE2は、少なくともアレルギー性気道炎症においては、免疫抑制的に作用すると考えられている。これらの結果から、LTRAが、抗原全身感作により誘導される肺での初期免疫応答において、PGE2産生亢進を介してその作用を発揮する機序が存在する可能性が、示唆された。

3. LTRA のT細胞に対する効果をex vivoの系でも検討した。BALB/c マウスをOVA/alum でday 0 に感作後、一部のマウスに、プランルカスト(pranlukast hydrate: Prl) 又はPrl + Ind をdays 0-10に連日投与し、day 11に、各マウスから脾細胞及びCD4+ T細胞を取り出し、in vitro でのOVA 再刺激に伴う脾細胞の反応、及びOVA 抗原が提示された場合のCD4+ T細胞増殖能を検討した。脾細胞をOVA でin vitroで再刺激した際に誘導される細胞増殖、Th1, Th2 いずれのサイトカイン産生、及びOVA 抗原に対するCD4+ T細胞の増殖は、Prl 投与群で有意に抑制されていた。すなわち、OVAによるT細胞のプライミングを、Prl が有意に抑制することが示唆された。

4. LTRA の樹状細胞(dendritic cell: DC)に対する効果を、ex vivo 及びin vitro の系を用いて検討した。まず、ex vivo では、マウスをOVA/alumでday 0 に全身感作後、一部のマウスにPrl またはPrl+Ind の投与を行い、day 11 に脾臓からDCを取り出し、DCの抗原提示能及びサイトカイン産生能について検討した。そして、in vivoでのLTRA 投与が、OVA全身感作により亢進するDCの抗原提示能及びサイトカイン産生能を有意に抑制することを確認した。更に、LTRA のDCへの直接作用の検討の為に行ったin vitro の実験においても、LTRAが、DCのアロ抗原提示能を有意に抑制することを確認した。

5. OVA を抗原として、アジュヴァントとして、alum の代わりに完全フロイントアジュヴァントを用いることにより誘導される、Th1 に偏向した反応及びDCからのサイトカイン産生亢進も、LTRA が有意に抑制することを確認した。

6. マウス喘息モデルにおいて、抗原感作初期のLTRA の投与が、その後抗原吸入により誘導されるAHR、好酸球性気道炎症、及び気道上皮細胞からの粘液産生の進展を、有意に抑制することを確認した。更に、抗原吸入前抗原感作初期のLTRA 投与は、抗原吸入後の肺DC の抗原提示能をも抑制することを確認した。

 以上、本論文は、マウス喘息モデル及びin vitro の実験を用いて、抗原により誘導される免疫応答初期におけるcysLTsの役割及びLTRA 投与の効果を明らかにした。すなわち、免疫応答初期において、LTRA が、DC 機能の抑制を介して、抗原により誘導されるT細胞プライミングを抑制し、その結果、Th1、Th2 型いずれの免疫応答をも抑制することが示された。更に、LTRA は、アレルギー性免疫応答において、少なくともin vivoでは、PGE2 産生亢進を介してその効果を発揮している部分がある可能性が示唆された。本研究は、これまで明らかではなかったcysLTs の新たな役割を解明し、臨床におけるLTRA投与の適応拡大の可能性を示唆する、重要な研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク