学位論文要旨



No 120308
著者(漢字) 高地,雄太
著者(英字)
著者(カナ) コウチ,ユウタ
標題(和) 関節リウマチ感受性遺伝子FcRH3の同定
標題(洋)
報告番号 120308
報告番号 甲20308
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2457号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨 要旨を表示する

<緒言>

関節リウマチ(rheumatoid arthritis;RA)は全身の関節炎および骨破壊をきたす原因不明の自己免疫性疾患である.疫学的研究から,環境因子と複数の遺伝素因の集積によって発症する多因子疾患であると考えられている.RA感受性遺伝子探索のため,多くの連鎖解析や関連解析が行われてきたが,人種を超えた共通のRA感受性遺伝子として繰り返し同定されてきたのがHLA-DR遺伝子の多型である.DR抗原のサブタイプを規定しているのはそのβ鎖をコードするHLA-DRB1の多型であるが,コーカシアンではDRB1*0401,*0404,日本人では*0405,ユダヤ人では*0101がRA感受性と関連することが報告されている.これらのRA感受性対立遺伝子は,抗原ペプチドが結合する部位(第70〜74残基)に共通のアミノ酸配列を持つため,この共通配列がRA発症に関与しているとの仮説が提唱された(shared epitope仮説).HLA-DR多型はRA遺伝素因のおよそ1/3を占めると推定されるが,家系連鎖解析では,HLA-DR以外にも,複数の遺伝子がRA発症に関与していることが明らかにされている.このような,遺伝素因としてのHLA多型と非HLA遺伝子多型の組み合わせは,他の多くの自己免疫性疾患においてもみられるが,連鎖解析の候補領域における非HLA遺伝子多型の同定は,少数の例外を除いて,必ずしも成功には至っていない.連鎖解析によって絞られるゲノム領域に大きな幅があることと,その疾患への寄与度が,HLA遺伝子多型のそれと比較して相対的に低いことが解析を困難にしている要因である.

 非HLA感受性遺伝子探索の別の試みとして,動物の自己免疫性疾患モデルにおける遺伝解析も行われてきた.これらモデル動物における連鎖解析によって明らかにされた候補領域を,ヒト自己免疫性疾患の家系連鎖解析の結果と合わせて解析することにより,ゲノム上のいくつかの領域に,感受性遺伝子座が重複して存在することが明らかにされた.このことは,異なった疾患の間のみならず,ヒト・動物モデル間でも,共通の感受性遺伝子が存在することを示唆する.1番染色体長腕21-23領域(1q21-23)は,このような重複して遺伝子座の存在する候補領域の一つである.1q23に存在するFcγ Receptors(FcγRs)は,この領域における有力な候補遺伝子であり,その多型は,RAや全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus;SLE)の感受性との関連が報告されている.最近,1q21領域に,FcγR遺伝子と相同性の高い遺伝子群Fc Receptor Homologs(FcRHs)の存在が明らかにされ,B細胞での特異的な発現が確認された.FcRH遺伝子群が存在する1q21領域は,乾癬および多発性硬化症の感受性遺伝子候補領域であると同時に,マウスではコラーゲン誘導性関節炎モデルを含む複数の自己免疫疾患モデルの候補領域である. これらの事実は,1q21-23において,自己免疫性疾患共通の遺伝素因が存在することを強く示唆する.本研究では,この領域におけるRA感受性遺伝子を探索する目的で,一塩基多型(single-nucleotide polymorphism; SNP)を用い,ケース・コントロール関連解析を行った.

<対象・方法>

 RA患者1370人(第1群830人,第2群540人),SLE患者564人,自己免疫性甲状腺疾患(autoimmune thyroid disease;AITD)患者509人(バセドウ病患者351人,橋本病患者158人),およびRA・SLE・AITDに罹患していない対照群2046人(第1群658人, 第2群636人, 第3群752人を対象とし,1q21-23領域に存在する507SNPを用いて連鎖不平衡解析および関連解析を行った.

 SNPsは,JSNPデータベースに登録されているもの,および新規同定したものを用いた.SNPのジェノタイピングにはInvader法およびTaqMan法を用いた.HLA-DRB1のジェノタイピングはSSP-PCR法およびダイレクト・シークエンス法により行った.FcRH3遺伝子プロモータ領域配列の転写活性は,ルシフェラーゼ・アッセイを用いて評価した.同配列に結合する転写因子の同定にはゲルシフト・アッセイを用いた.正常組織および細胞でのFcRH3遺伝子発現の定量は定量的PCR法(TaqMan法)を用いた.RA滑膜組織でのFcRH3遺伝子発現は,in situハイブリダイゼーション法により確認した.リウマトイド因子の抗体価は、FcRH3のジェノタイプ別に比較した.

<結果>

1q21-23領域における関連解析

 まず,対照群658人の491SNPをジェノタイピングし,この領域の連鎖不平衡の評価をしたところ,110個の連鎖不平衡ブロックが同定された.次に,RA患者94人について491SNPのジェノタイピングを行い,対照群と比較したところ,9SNPにRA感受性と関連する可能性を確認した.これらのSNPについては計830人のRA患者のジェノタイピングを行い,患者・対照群でアレル頻度比較をしたところ,FcRH3 遺伝子のイントロンに存在するSNPに強い関連を認めた(P =1.8 ×10-5).この関連の源を探索するため,FcRH遺伝子群を含む2つの連鎖不平衡ブロックについて詳細な評価をした.2つのブロックに存在した41SNPについて,RA患者830人,対照群658人のジェノタイピングを行い,アレル頻度比較をしたところ,関連のピークをFcRH3遺伝子の4SNPに認めた(P <1.0 ×10-4).これら4SNPにおいて劣性遺伝型式のジェノタイプ比較を行ったところ,最小P値はプロモータ領域のSNP(-169C/T)に認めた(P =8.5×10-7; オッズ比=2.15; 95%信頼区間=1.58-2.93).

-169 C/TによるFcRH3発現制御

 FcRH3プロモータ配列の解析では,-169C/T周辺配列のうち,RA感受性アレルである-169Cアレルで強い転写増強活性を認めた.また,-169CアレルでNFκBの強い結合が確認された.健常人の末梢血B細胞におけるFcRH3発現量を定量したところ,疾患感受性アレルを保有する群で高い発現を認めたため,生体内でも-169C/TによってFcRH3の発現が制御されていることが考えられた.

FcRH3の組織での発現

 正常組織では,2次リンパ組織およびB細胞での高発現を認めた.また,末梢血B細胞では,CD40の刺激により発現が誘導された.RA滑膜では,T細胞と集塊を形成するB細胞において高発現を認めた.

-169C/Tと自己抗体およびHLA-DR多型との関連

 RA患者の活動期のリウマトイド因子抗体価を-169C/Tのジェノタイプ別に評価したところ,疾患感受性アレル数で有意に回帰された(R2 =0.049, P =0.0065).すなわち,感受性アレルを多く持つほど,活動期の抗体価が高くなることが考えられた.さらに,この多型とHLA-DR多型との関連を検討したところ,shared epitopeアレルのホモ・ジェノタイプ群で,疾患感受性アレル(-169C)の頻度が高かった.このことは,FcRH3多型はshared epitopeを持つ患者において,より疾患に寄与している可能性を示唆した.

RA(第2群),AITD,SLEでの関連解析

 RA患者第2群540人および対照第2群636人を用いて-169C/TとRA感受性の追認関連解析を行った.アレル頻度比較では,-169C疾患感受性アレル頻度は,RA患者群において高かった(P = 0.041).さらに,FcRH3多型と他の自己免疫性疾患感受性との関連を検討するために,SLE患者564人,AITD患者509人および対照群2046人を用いて関連解析を行った.アレル頻度比較では,AITD患者,SLE患者ともに,疾患群においてRA感受性多型(-169C)の頻度が高く,有意な関連を認めた(AITD,P =0.0000042; SLE,P =0.025)

<考察>

 本研究は,FcRH3の機能性多型と複数の自己免疫性疾患感受性との関連を同定した.この多型は,感受性アレルにおいて,転写因子NFκBの強い結合を認め,FcRH3の高発現をもたらし,結果として生体における自己抗体の産生を増大し,疾患発症に関与するものと考えられた.疾患感受性アレル頻度がHLA-DRB1のジェノタイプと関連していることから,FcRH3は,主にHLAクラスII拘束性の環境下において機能していることが示唆された.また,B細胞に高発現することから,B細胞とT細胞の相互作用の際に関与する分子であることが考えられた.動物モデルでの知見や,B細胞除去療法が臨床的に有用であるとのことからも,自己免疫性疾患におけるB細胞の重要性が再認識されている.B細胞に高発現するFcRH3の多型は,B細胞異常の遺伝的背景の一部を説明する可能性があり,FcRH3は自己免疫疾患の病態に深く関与していることが考えられた.

 FcRH3は2次リンパ組織の胚中心の明領域において高発現していることが報告されている.明領域ではクローン増殖したB細胞が選択を受け,抗原レセプターの親和性成熟が起きるが,FcRH3はこの過程になんらかの影響を与え,自己応答性クローンの出現に関与している可能性がある.一方,本研究での,RA滑膜における発現解析では,T細胞と混合して集塊となったB細胞でのFcRH3の高発現を認めたため,RA滑膜での自己免疫応答においてもFcRH3の関与していることが考えられた.今後,FcRH3のリガンド同定や,下流シグナルの詳細な解析が,自己免疫におけるFcRH3の役割を,明らかにするものと思われる.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,代表的な自己免疫性疾患である関節リウマチ(rheumatoid arthritis;RA)の感受性遺伝子を明らかにするため,1番染色体(1q21-23領域)に存在する一塩基多型(single-nucleotide polymorphisms;SNPs)を用いて,連鎖不平衡解析および疾患・対照関連解析を行ったものであり,下記の結果を得ている.

1. 1q21-23領域に存在する491 SNPsを用いた連鎖不平衡解析では,110個の連鎖不平衡ブロックが同定された.RA患者830人,対照群 658人を用いた関連解析ではFcRH3遺伝子の4 SNPsに強い関連が示された(P < 1.0 ×10-5).これら4 SNPsを用いた劣性遺伝型式のジェノタイプ比較では,プロモータ領域のSNP(-169C/T)に強い関連が示された(P = 8.5×10-7; オッズ比 = 2.15; 95%信頼区間 = 1.58-2.93).

2. SNP -169C/TのFcRH3遺伝子転写活性への影響を,ルシフェラーゼ・アッセイを用いて解析したところ,-169C/T周辺配列のうち,RA感受性アレルである-169Cアレルで強い転写増強活性が確認された.また,ゲルシフトアッセイでは,-169Cアレルで転写因子NFκBの強い結合が示された.健常人の末梢血B細胞においては,RA感受性アレルを保有する群で,FcRH3遺伝子の高い発現が確認された.

3. FcRH3の発現解析では,正常組織においては,2次リンパ組織およびB細胞分画での高発現が示された.また,末梢血B細胞では,CD40の刺激により発現が誘導された.RA滑膜組織では,T細胞と集塊を形成するB細胞において高発現が示された.

4. RA患者の活動期のリウマトイド因子抗体価を-169C/Tのジェノタイプ別に評価したところ,疾患感受性アレル数で有意に回帰された(R2 = 0.049, P = 0.0065).さらに,この多型とHLA-DR多型との関連を検討したところ,RA感受性と関連するshared epitopeを有するアレルのホモ・ジェノタイプ群で,疾患感受性アレル(-169C)の頻度が高いことが示された.

5. RA患者・対照第2群を用いた関連解析では,FcRH3多型の関連が追認された(P = 0.041).さらに,FcRH3多型と他の自己免疫性疾患感受性との関連解析では,自己免疫性甲状腺炎および全身性エリテマトーデスとの関連が示された(P = 0.0000042,およびP = 0.025)

 以上,本論文は,FcRH3遺伝子のプロモータ領域の機能性多型が,RAおよび複数の自己免疫性疾患の疾患感受性と関連していることを明らかにした.本研究は,これまで機能が未知であったFcRH3遺伝子が,自己免疫性疾患の発症に関連していることを明らかにした最初の報告であり,自己免疫現象の解明に重要な貢献をなすものと思われ,学位の授与に値するものと考えられる.

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