学位論文要旨



No 120309
著者(漢字) 中込,一之
著者(英字)
著者(カナ) ナカゴメ,カズユキ
標題(和) 気道過敏性の成立に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 120309
報告番号 甲20309
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2458号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 石井,彰
内容要旨 要旨を表示する

 アトピー型気管支喘息における気道過敏性亢進の獲得に関しては、抗原特異的免疫応答、T helper 2 (Th2)細胞活性化、好酸球活性化、慢性気道炎症、そして気道過敏性亢進という順番で進行していくという考え方が広く認められている。非特異的刺激に対する気道過敏性の亢進は気管支喘息の顕著な特徴であり、一般的には好酸球性気道炎症の持続が気道過敏性亢進を誘導すると考えられている。しかし最近では好酸球の気道過敏性亢進への意義に疑問が投げかけられており、気道過敏性と好酸球性気道炎症の乖離はしばしば起こる。例えば、Leckieらは気管支喘息患者に抗interleukin(IL)-5中和抗体を投与したとき、血液や痰の中の好酸球数は抑制されるにもかかわらず、気道過敏性亢進は改善しないことを報告した。臨床においても、吸入ステロイド治療などにより気道炎症が減弱した後でも気道過敏性が亢進している例を時々経験する。動物モデルでは、CoyleらはIL-5 knockout mouseにおいて、線虫感染のモデルで好酸球性炎症は抑制されるが気道過敏性亢進の誘導はwild type mouseと比較して変化が無かったことを報告した。Birrellらは低用量のステロイド投与は好酸球性気道炎症を抑制したが、気道過敏性亢進は抑制しなかったと報告した。さらに最近では、好酸球の気道過敏性亢進に対する防御的な役割についてさえも報告されている。これらの知見は、気道過敏性亢進の機序は不均一であり、好酸球性炎症以外の他の機序が気道過敏性亢進の誘導に関与しうる可能性を示唆する。

 我々は以前、抗原の全身感作のみで病理学的好酸球性気道炎症の成立に先行して気道過敏性亢進が誘導されることを報告した。このことは、抗原に対する全身的な免疫反応そのものが直接気道過敏性亢進を誘導しうる可能性を示唆した。この気道過敏性亢進は抗IL-4中和抗体の使用やIL-4 knockout mouseで抑制され、IL-4が重要な役割を果たしていることが示されている。

 そこで我々は、もし抗原特異的免疫応答が、好酸球性気道炎症と独立して、気道過敏性亢進の誘導に関与しているならば、免疫担当細胞のみによって気道過敏性亢進を誘導できるとの仮説を立て、感作個体から免疫担当細胞を分離しnaive個体に移入することによって、気道過敏性亢進が誘導できるか検討した。また誘導できる場合、どの細胞が最も重要な役割を果たしているかについても同時に検討した。さらに、初期の抗原に対する免疫反応を抑制することで、移入によって誘導される気道過敏性亢進を抑制できるかについても検討した。

結果

 1, 抗原全身感作及び抗原吸入感作を行った場合ほど高度ではないが、抗原の全身感作のみで有意な気道過敏性亢進が誘導される。この気道過敏性亢進は好酸球を中心とする病理学的気道炎症を伴わなかった。

 2, 抗原全身感作後の脾細胞の受身移入により、少なくとも移入4日目から10日目の間に、naiveマウスに気道過敏性亢進の誘導を再構築することができた。この気道過敏性亢進の程度は移入細胞数に依存した。気道過敏性の測定は、enhanced pause (Penh) の測定及び気道抵抗の測定という、2種類の方法で施行し、データの再現性を確認した。この移入により誘導される気道過敏性亢進も好酸球性気道炎症を伴わなかった。

 3,他のTh2免疫反応を誘導する抗原での全身感作によっても、好酸球性炎症と独立した気道過敏性亢進を誘導したが、Th1免疫反応を誘導する抗原及びadjuvantでの全身感作では気道過敏性亢進を誘導しなかった。また、それぞれの抗原及びadjuvantで感作した脾細胞をnaiveマウスへの移入した場合にも、同様の結果が得られた。すなわち、Th2反応を誘導する抗原によって感作された脾細胞のnaiveマウスへの移入は気道過敏性亢進を誘導したが、Th1反応を誘導する抗原及びadjuvantによって感作された脾細胞の移入では気道過敏性亢進を誘導しなかった。

 4, 移入された脾細胞の一部は肺に到達し、一部のT細胞はさらなる抗原の刺激無しで、局所で増殖していた。

 5, 移入されたマウス(recipient)の気管支肺胞洗浄(BAL)液では、IL-4およびIL-5の増加が見られ、interferon(IFN)-γの増加は見られなかった。すなわちTh2型免疫反応が気道過敏性亢進の誘導に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

 6, 抗原全身感作したマウスの脾細胞をin vitroで抗原再刺激をすることで、抗原全身感作したマウス脾細胞をin vitroで再刺激しない場合と比べ、1/50の細胞数で同等の気道過敏性亢進を誘導することができた。また、recipientのBAL液中のTh2サイトカインもin vitroで抗原再刺激した脾細胞の移入により増加した。

 7, Depletion 及び positive selectionの結果からは、CD4陽性細胞が移入によって誘導される気道過敏性亢進に必須であることが示された。

 8, CD4+Th1細胞とCD4+Th2細胞では、CD4+Th2細胞が移入によって誘導される気道過敏性亢進に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 9, CD4陽性T細胞の中で、CD4+CD62Lhigh naiveT細胞とCD4+CD62Llow memory/effector T細胞では、この移入によって誘導される気道過敏性亢進にはCD4+CD62Llow memory/effector T細胞が必須であることが示された。

 10, IL-10により抗原に対する初期の免疫反応を抑制することで、移入によって誘導される気道過敏性亢進の形成が抑制された。

考察

 今実験で我々は、抗原によって誘導される細胞性免疫反応の移入により、局所での抗原吸入なしに気道過敏性亢進を再構築しうることを示した。抗原に感作されたCD4+CD62Llow memory/effector Th2細胞が、この気道過敏性亢進の過程で、必須の細胞であることを明らかにした。抗原感作により、memory/effector 細胞が、肺組織に動員され、抗原吸入なしでも局所で気道に作用し、従って、強度は中程度だが、直接基底の気道過敏性を誘導維持しうる可能性が強く示唆された。

 以上の結果を踏まえ、気道過敏性の成立、維持に関する我々の見解を示す。抗原の全身感作により基底の気道過敏性の亢進が見られ、好酸球性気道炎症が進展し、さらに気道過敏性亢進が増悪すると考えられる。ステロイド等の治療により、好酸球性気道炎症が減弱すると気道過敏性は改善するが、抗原に対する感作が成立し続ける限り、ある程度の基底の気道過敏性亢進が維持される。この基底の気道過敏性亢進の誘導及び維持に、抗原に感作されたCD4+CD62Llow memory/effector Th2細胞が最も重要な役割を果たしている。抗原の再曝露やウィルス感染などを契機として、好酸球を中心とする気道炎症が再燃すると、それに伴って気道過敏性は再び高度に亢進すると考えられる。

 気管支喘息の自然史は明らかにされていない。従って抗原感作、気道過敏性亢進の誘導、及び好酸球性気道炎症の成立との関係は完全にはわかっていない。アトピー素因を持つ幼児は持っていない幼児と比較し気管支喘息になりやすいことが知られている。今までは気管支喘息は慢性の気道炎症により規定される疾患として認識され、従って治療標的は好酸球性炎症を抑制することに重点が置かれていた。今研究は感作初期が、治療介入の主要な標的になる可能性を強く示唆するものである。実際臨床では、吸入ステロイドや抗ロイコトリエン拮抗薬を、アトピー素因を持つ幼児に対しその後の喘息の発症を予防する目的で投与され始めている。今実験はこの傾向に対し実験的根拠を提供するものである。

まとめ

 抗原全身感作の成立したアトピー個体では、好酸球性気道炎症とは独立した機序により、基底の気道過敏性亢進が誘導されている可能性があり、その機序の一つとして抗原特異的なmemory/effector CD4陽性T細胞が関与している。CD4陽性T細胞を中心とする抗原に対する初期の免疫反応を抑制することで、その後に生ずる基底の気道過敏性亢進を抑制できる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、気管支喘息の特徴の一つである気道過敏性亢進の誘導に、どの細胞が最も重要な役割を果たしているかにつき、抗原感作個体から免疫担当細胞を分離しnaive個体に移入する系を使用することによって、検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1, 抗原全身感作後の脾細胞の受身移入により、少なくとも移入4日目から10日目の間に、naiveマウスに気道過敏性亢進の誘導を再構築することができた。この気道過敏性亢進の程度は移入細胞数に依存した。この移入により誘導される気道過敏性亢進は好酸球性気道炎症を伴わなかった。

 2, Th2反応を誘導する抗原によって感作された脾細胞のnaiveマウスへの移入は気道過敏性亢進を誘導したが、Th1反応を誘導する抗原及びadjuvantによって感作された脾細胞の移入では気道過敏性亢進を誘導しなかった。

 3, 移入された脾細胞の一部は肺に到達し、一部のT細胞はさらなる抗原の刺激無しで、局所で増殖していた。

 4, 移入されたマウス(recipient)の気管支肺胞洗浄(BAL)液では、IL-4およびIL-5の増加が見られ、interferon(IFN)-γの増加は見られなかった。すなわちTh2型免疫反応が気道過敏性亢進の誘導に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

 5, 抗原全身感作したマウスの脾細胞をin vitroで抗原再刺激をすることで、抗原全身感作したマウス脾細胞をin vitroで再刺激しない場合と比べ、1/50の細胞数で同等の気道過敏性亢進を誘導することができた。また、recipientのBAL液中のTh2サイトカインもin vitroで抗原再刺激した脾細胞の移入により増加した。

 6, Depletion 及び positive selectionの結果からは、CD4+CD62Llow memory/effector Th2 細胞が移入によって誘導される気道過敏性亢進に最も重要な役割を果たしていることが示された。

 7, IL-10により抗原に対する初期の免疫反応を抑制することで、移入によって誘導される気道過敏性亢進の形成が抑制された。

 以上、本論文は抗原感作個体から免疫担当細胞を分離しnaive個体に移入する系を使用することで、CD4+CD62Llow memory/effector Th2 細胞が、好酸球性気道炎症と独立して、気道過敏性亢進の誘導に最も重要な役割を果たしていることを明らかにした。従来、好酸球性気道炎症の持続又は好酸球とCD4陽性T細胞の協調が気道過敏性亢進の誘導に必須と考えられており、T細胞のみで気道過敏性亢進を誘導できるとは考えられていなかった。気道過敏性亢進は様々な機序で誘導されうると考えられるが、その解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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