学位論文要旨



No 120310
著者(漢字) 米野,由希子
著者(英字)
著者(カナ) コメノ,ユキコ
標題(和) 新規FLT3阻害剤Ki23819の抗白血病活性の解析
標題(洋) Identification of Ki23819, a highly potent inhibitor of kinase activity of mutant FLT3 receptor tyrosine kinase
報告番号 120310
報告番号 甲20310
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2459号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 内丸,薫
内容要旨 要旨を表示する

 FLT3は造血細胞に発現する受容体型チロシンキナーゼである。急性骨髄性白血病(AML)症例の9割以上にFLT3の発現を認めるが、その約30%に、FLT3の恒常活性化型変異体であるinternal tandem duplication(ITD)が認められる。FLT3-ITD陽性AMLでは、陰性例に比べ有意に予後が悪いとされている。このため、分子標的治療薬としてのFLT3阻害剤は、有望な白血病治療薬となることが期待されており、海外では臨床試験が進行している。しかし臨床試験において、既存のFLT3阻害剤「単独」での抗白血病活性は充分と言えず、他剤との併用療法の確立、更なる新薬の開発が望まれている。

 今回我々は、新規FLT3阻害剤として「Ki23819」を同定し、そのin vitro活性の解析をおこなった。Ki23819は、ATP類似のキノリン母核とウレア構造とを組み合わせた、独自の構造を有している。

 まずFLT3-ITD恒常的リン酸化に対する抑制効果を検討した。FLT3-ITD陽性ヒト白血病細胞株であるMOLM13およびMV4-11をKi23819に1時間曝露したところ、IC50が、MOLM13では3 nM、MV4-11では1 nMという、極めて低い濃度で自己リン酸化が抑制された。次に、FLT3のkinase domainを用いてin vitro kinase assayを行った。FLT3自己リン酸化はIC50 10.2 nMで抑制され、Ki23819はFLT3のkinase domainに直接作用することが示された。

 続いて細胞増殖への影響を、5種類の細胞株で評価した。72時間の曝露により、MOLM13とMV4-11の増殖はIC50が1nM以下という低濃度で抑制された。一方wild typeのFLTのみを発現するTHP-1、またFLT3を発現しないHL-60とK562では増殖抑制が見られなかった。この細胞増殖抑制効果を既存のFLT3阻害剤SU11248と比較した。MOLM13・MV4-11の両細胞で、Ki23819の増殖抑制効果はSU11248よりも約10倍強力であった。

 Annexin VとPIを用いアポトーシスアッセイを行った。MOLM13について0, 3, 10 nMの各濃度で、48時間および60時間の曝露後解析をおこなったところ、早期アポトーシスおよび細胞死を呈する細胞が濃度依存性、時間依存性に増加した。MV4-11でも同様の結果が得られた。この結果から、Ki23819による増殖抑制はアポトーシスによることが示された。

 以上の効果について、細胞の違いを除いて評価するため、IL-3依存性細胞株32Dに、wild type FLT3、FLT3-ITD、empty vectorをtransfectionし、stable cloneを各2クローンずつ樹立した。ITDクローンのみがIL-3非依存性を獲得した。これらの細胞で、まずKi23819のFLT3自己リン酸化抑制を評価した。ITDクローンではリガンド非存在下で自己リン酸化が効果的に抑制され、IC50は3nMであった。一方リガンドで活性化されたwild type FLT3のリン酸化抑制にはより高濃度を必要とし、IC50は30nMであった。次に、ITDクローン2クローンに対し、IL-3非存在下で72時間曝露したところ、両者で差はあるものの増殖抑制効果が確認された。Ki23819によるFLT3の下流シグナルに対する影響を調べるため、まずERK、STAT5、Aktの活性化状態を各クローンについて評価した。ERK、STAT5はITDクローンのみで恒常的に活性化されていた。Aktはいずれのクローンでも活性化していた。そこで、ITD下流で恒常的に活性化したERK・STAT5に対する、Ki23819の影響を評価した。1時間の曝露により、両者ともIC50 3nMでリン酸化が抑制された。一方parentの32D細胞では、IL-3により活性化された両分子に対してKi23819はリン酸化を抑制しなかった。従って、FLT3下流分子の抑制は、これらに対する直接の効果ではなく、FLT3のリン酸化抑制を介するものと考えられた。

 以上をまとめると、Ki23819は、FLT3-ITD陽性白血病細胞株および32D FLT3-ITD クローンにおいて、FLT3の恒常的リン酸化・細胞増殖・FLT3下流シグナルをIC50 1〜3 nMで抑制し、強力なFLT3阻害活性を示した。また、既存のFLT3阻害剤SU11248よりも低濃度でFLT3-ITD陽性細胞株の増殖を抑制した。FLT3自己リン酸化抑制効果はwild type FLT3 およびFLT3-ITDの両者において見られたが、FLT3-ITDに対する効果がより強力であった。これらの結果から、Ki23819は、wild type FLT3及びFLT3-ITDの両者を抑制する、有望なFLT3阻害剤であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は急性骨髄性白血病症例の約30%で検出される恒常活性化型変異体FLT3(Fms-like tyrosine kinase 3)、"FLT3-ITD (internal tandem duplication)"をターゲットとした新規分子標的治療薬Ki32819の、in vitroにおける抗白血病活性を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. FLT3-ITDはリガンド非依存性に、恒常的にリン酸化されているが、これに対するKi23819の抑制効果を検討した。FLT3-ITD陽性ヒト白血病細胞株であるMOLM13およびMV4-11をKi23819に1時間曝露したところ、IC50がMOLM13では3 nM、MV4-11では1 nMという、極めて低い濃度で自己リン酸化が抑制された。また、FLT3のkinase domainを用いたin vitro kinase assayでは、FLT3自己リン酸化がIC50 10.2 nMで抑制され、Ki23819はFLT3のkinase domainに直接作用することが示された。

2. 5種類のヒト白血病細胞株に対する細胞増殖効果を評価した。72時間の曝露により、FLT3-ITDを発現するMOLM13とMV4-11の増殖はIC50が1nM以下という低濃度で抑制された。一方wild typeのFLTのみを発現するTHP-1、またFLT3を発現しないHL-60とK562では増殖抑制が見られなかった。この細胞増殖抑制効果を既存のFLT3阻害剤SU11248と比較したところ、MOLM13・MV4-11の両細胞に対するKi23819の増殖抑制効果はSU11248よりも約10倍強力であった。

3. Annexin VとPIを用いたフローサイトメトリーで、アポトーシスアッセイを行った。MOLM13およびMV4-11をKi23819に曝露したところ、早期アポトーシスおよび細胞死を呈する細胞が濃度依存性、時間依存性に増加した。この結果から、2.で示されたKi23819による増殖抑制はアポトーシスによることが示された。

4. 以上の効果について、細胞の違いを除いて評価するため、マウスIL-3依存性細胞株32Dに、wild type FLT3、FLT3-ITD、empty vectorをtransfectionし、stable cloneを各2クローンずつ樹立した。ITDクローンのみがIL-3非依存性を獲得した。ITDクローンではリガンド非依存性自己リン酸化が効果的に抑制された(IC50 3nM)。一方リガンド刺激で活性化されたwild type FLT3のリン酸化抑制にはより高濃度を必要とした(IC50 30nM)。ITDクローンのIL-3非存在性増殖に対しても抑制効果が確認された。

5. FLT3の下流シグナルとしてERK、STAT5、Aktの活性化状態を上記の各クローンについて評価したところ、ERKとSTAT5がITDクローンのみで恒常的に活性化されていた。そこで、FLT3-ITDの下流で恒常的に活性化したERK・STAT5に対する、Ki23819の影響を評価した。1時間の曝露により、両者ともIC50 3nMでリン酸化が抑制された。一方parentの32D細胞では、IL-3により活性化された両分子に対してKi23819はリン酸化を抑制しなかった。従って、FLT3下流分子の抑制は、これらに対する直接の効果ではなく、FLT3のリン酸化抑制を介するものと考えられた。

 以上、本論文は、Ki23819がwild type FLT3及びFLT3-ITDの両者を抑制する、有望なFLT3阻害剤であることを示した。本研究は、現在も治癒が困難である急性骨髄性白血病に対する、新規の治療薬の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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