学位論文要旨



No 120311
著者(漢字) 大瀬,貴元
著者(英字)
著者(カナ) オオセ,タカモト
標題(和) LipoxinA4アナログによる抗GBM抗体腎炎モデルに対する腎炎抑制効果
標題(洋)
報告番号 120311
報告番号 甲20311
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2460号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 助教授 要,伸也
 東京大学 助教授 菱川,慶一
 東京大学 講師 野入,英世
 東京大学 講師 久米,春喜
内容要旨 要旨を表示する

[背景]抗GBM抗体腎炎モデルは、実験腎炎動物モデルとして古くから利用されてきたモデルであり、免疫反応を介する腎炎モデルとして代表的なものである。ヒトの抗GBM抗体腎炎はその糸球体基底膜を構成するIV型コラーゲンのα3鎖及びα4鎖のNC1ドメインに対する自己抗体が形成されることで糸球体を中心とした細胞浸潤を伴う腎炎が起こることが知られている。実験動物モデルでは、動物から採取した糸球体基底膜を含む抗原物質で作成したポリクローナル抗体を、目的の動物に投与することで腎炎を惹起する。通常ウサギなどの動物で作成した抗体をマウスなどの異種に投与するため、病態は次の二つの時期に分けられることがこれまでの研究で知られている。まず抗体投与1時間後から、投与したウサギの抗体が標的であるマウスの糸球体基底膜を認識して炎症を惹起する。この炎症は通常抗体投与2時間後に好中球浸潤を中心とした最も強い炎症が起き、acute phase,heterologous phase などと呼ばれる。この炎症の後、糸球体基底膜に結合しているウサギ抗体を、異種と認識して攻撃するマウス自身の免疫反応が起こり、単球・マクロファージなどを中心とした炎症が惹起される。この時期はlate phase,autologous phase と呼ばれる。

一方、LipoxinA4はリポキシゲナーゼによって産生されるエイコサノイドの一種であり、炎症や血管でのイベントに伴って産生されることが知られており、アラキドン酸が15-,5-,12-リポキシゲナーゼなどの働きによって段階的に酸化されて産生され、産生される経路によってLioxinA4,aspirin-triggered LipoxinA4(ATL)が存在する。このLipoxinA4はアラキドン酸カスケードの中では抗炎症作用を持つ数少ない物質として知られ、これまでに細胞の好中球の遊走・接着・内皮細胞を介した浸潤を抑制する効果が報告されている。体内に存在するnativeなLipoxinA4は速やかに代謝されることが知られており、これまで実験動物モデルに投与することが困難であったが、体内でも安定した動態を示すLipoxinA4のアナログが近年いくつか開発され、徐々に実験動物モデルでの抗炎症効果が報告されるようになってきた。これまでにTNFα投与による皮膚炎モデル、腎での虚血再還流モデルなどのモデルにおけるLipoxinA4アナログの治療効果について報告が見られている。

今回の論文では、aspirin-triggered LipoxinA4 のアナログの一つ、15-epi-16-(para-fluorophenoxy)- lipoxinA4 methyl ester(15-epi-16-(FPhO)-LXA-Me),(ATLa:aspirin-triggered LipoxinA4 analogue)を使用してマウス抗GBM抗体腎炎モデルに対する治療効果について検討した。

[方法]ATLa治療群では腎炎惹起30時間前からATLaを8時間ごとに4回腹腔内投与した。ウサギ抗GBM抗体をマウスに投与し、2時間後に腎組織を採取し、免疫組織染色で炎症細胞浸潤・炎症細胞による酸化・ニトロ化ストレスのマーカーであるチロシンのニトロ化を評価を行った。さらに、ATLa投与により好中球浸潤が抑制された機序を検討するため、フローサイトメトリーで循環血液中の好中球の表面に発現する接着分子(CD11b)を評価した。

続いて GeneChip を用いて、コントロール群・腎炎惹起群・腎炎惹起+ATLa投与群の3群について腎炎惹起2時間後での腎におけるmRNAの発現を解析した。さらにその結果をrealtimePCRを用いて評価した。さらにこれらの結果から得られた、抗GBM抗体腎炎の heterologous phase における好中球浸潤とIFNγ関連遺伝子の関係を調べるためにIFNγ欠損マウスを用いて抗GBM抗体腎炎を惹起し、炎症細胞浸潤を評価した。

[結果]治療群では有意な好中球浸潤減少(0.440 vs 1.227個/糸球体)とチロシンニトロ化の軽快を認めた。フローサイトメトリー解析した好中球表面上のCD11bの発現は、治療群でも変化が見られなかった。GeneChip による解析でmRNAは疾患群で2倍以上亢進する54個の遺伝子を抽出した。IFNにより誘導される遺伝子が18含まれ、多くはATLaによる治療で発現が減少していた。4遺伝子(IRF1,PSMB9,TGTP,IGTP)を選択し realtimePCR で解析を行い、GeneChip と同様の変化を確認した。好中球浸潤の抑制とIFN関連遺伝子の抑制の関連を調べるためにIFNγ欠損マウスを用いて抗GBM抗体腎炎を惹起して組織の細胞浸潤を評価したが、惹起後2時間での好中球浸潤は野生型と有意差を認めなかった。

[結論]ATLa治療により好中球浸潤および酸化・ニトロ化ストレスのが抑制され、IFNにより誘導される遺伝子の減少が認められた。今回使用した抗GBM抗体腎炎モデルは、これまで疾患早期ではIFNγの関与はほとんど知られておらず、今研究においてはじめてその関与が示された。ノックアウトマウスを用いた検討では、本モデルにおけるIFNγの誘導が、好中球浸潤の直接の原因ではないことが示され、mRNAの解析によって明らかとなったATLaによるIFNγ関連遺伝子の抑制は、これ自体が好中球浸潤抑制の原因となってはいないことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

腎疾患ではこれまで多くの研究がなされ、その病態生理も徐々に明らかになってきているものの残念ながら有効な治療薬は多くなく、また多くの疾患で使用される副腎皮質ステロイド薬も副作用の問題が大きく、腎疾患に対して効果的でかつ安全に使用できる薬剤の開発は重要な課題である。本研究では炎症組織への好中球浸潤に対して抑制効果が認められているLipoxinA4の生体内で比較的安定なアナログ(ATLa)を使用し、好中球浸潤が炎症の主体をなすと考えられている抗GBM抗体腎炎のモデルマウスでの炎症抑制効果を検討し、さらにその際に腎組織においておこる遺伝子発現の変化について解析したものであり、この結果以下の知見が得られた。

1.抗GBM抗体腎炎モデルマウスにおいて病態早期に起こる好中球の糸球体への浸潤が、ATLa投与により著明に抑制され、さらにそれに引き続いて起こると考えられている腎糸球体係蹄壁での酸化ストレス・ニトロ化ストレスを改善することが示され、ATLaが抗GBM抗体腎炎における糸球体の炎症を軽減することが明らかとなった。

2.ALTaを抗GBM抗体腎炎モデルマウスに投与することで腎糸球体において惹起される遺伝子発現の変化を GeneChip の手法を用いて網羅的に解析した。この結果、正常マウスと疾患を惹起されたマウスを比較すると、インターフェロンによって誘導される多くの遺伝子の発現が亢進していることが明らかとなり、この遺伝子群の多くがATLa治療によって発現が低下していた。

今までに報告されている抗GBM抗体腎炎の早期の病態は、好中球が炎症の主体でありリンパ球系のサイトカインであるインターフェロンやそれにより誘導されるサイトカインの関与については報告されておらず、新たな知見であり、またこれらがATLaの投与によって改善していることは今後の抗GBM抗体腎炎の病態の解析、さらにはその治療に大きく貢献するものである。

以上、本論文はマウス抗GBM抗体腎炎に対するLipoxinA4の薬剤としての治療の可能性を提示し、さらにGeneChipによる網羅的解析から遺伝子レベルでLipoxinA4の作用を解析したものであり、腎疾患に対する今後の治療の可能性を大きく開くものとして重要な知見であると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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