学位論文要旨



No 120312
著者(漢字) 小野里,マリステラ リカ
著者(英字) Onozato,Maristela Lika
著者(カナ) オノザト,マリステラ リカ
標題(和) 糖尿病性腎症の治療標的としてのNADPH oxidase
標題(洋) NADPH oxidase : A Therapeutic Target in Diabetic Nephropathy
報告番号 120312
報告番号 甲20312
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2461号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 上原,誉志夫
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 西松,寛明
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】酸化ストレスは糖尿病や高血圧、心血管系疾患の発症進展に重要な役割を果しており近年、多くの研究者が重点的に研究している。酸化ストレスはミトコンドリア電子伝達系、キサンチンオキシダーゼ、シクロオキシゲナーゼ、チトクロームP450、nitric oxide synthase (NOS)などにより産生されるが、主な産生源はnicotinamide adenine dinucleotide phosphate (NADPH) oxidase由来のスパーオキシド アニオン(O2・-)である。O2・-は細胞膜や細胞質内の酵素、DNAの酸化により直接細胞障害を起こしたり、細胞増殖シグナルや接着分子、線維化の活性化を引き起こす。マクロファージのclassic phagocytic NADPH oxidaseはp22phoxとgp91phoxの2つの膜成分とp47phox, p67phox, p40phox, small GTP-binding proteinのRacなどの細胞質成分から構成される。non-phagocytic NADPH oxidaseの構成はphagocytic NADPH oxidaseと同様であるが、われわれは腎臓ではNADPH oxidaseの各成分が糸球体、遠位尿細管、macula densa、血管平滑筋や内皮細胞に存在し、NADPH oxidaseはnitric oxide (NO)合成酵素(NOS)とネフロン上で共存し、NOの作用を調節していることを高血圧モデルで報告した。

【目的】糖尿病モデルにおいてNADPH oxidase の発現を調節し酸化ストレスを抑制することにより糖尿病性腎症の治療を検討した。

【方法】糖尿病モデルはストレプトゾトシン(60mg/kg 体重)の静注により作成し2週目よりアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI, quinapril 3mg/kg/day), アンジオテンシン受容体AT1遮断薬 (ARB, candesartan 0.05mg/kg/day)で4週まで治療しNADPH oxidaseの発現と酸化ストレスについて検討した。またdipyridamole (0.3g/kg/day)とACEI(quinapril 3mg/kg/day)の併用効果について検討した。4%高コレステロール食を糖尿病ラットに投与し、NADPH oxidase発現調節と酸化ストレスの産生に対する糖尿病と高脂血症の相加効果について検討した。

【結果および考察】まずはじめに、1型糖尿病のラットモデルにおいて腎障害発症におけるNADPH oxidaseの役割について検討した。Western blotによる検討ではストレプトゾトシン誘発糖尿病ラット(DM)の腎臓でNADPH oxidaseの増加がみられ(DM 0.32 ± 0.02 vs. control 0.21 ± 0.01 arbitrary units; p< 0.0005)、その産物である腎組織内の酸化ストレスの増加がみられた(renal hydrogen peroxide in DM 4.62 ± 0.02 vs. control 3.78 ± 0.13 FI unit/μg protein, p<0.05)。内皮型NOS(eNOS)の発現はDMラットの腎臓で増加しているが、NO作用はスーパーオキシドによる消去作用のため減少している。NOとO2・-の反応化合物peroxynitrite (ONOO-)の産生を腎内nitrotyrosineのWestern blotで評価するとコントロールに比べ糖尿病で有意に増加していた。糖尿病ラットにおけるこれらの酸化ストレスの腎臓における増加は糸球体を障害し尿中アルブミン排泄を有意に増加した(DM 1.23 ± 0.39 vs. Control 0.12 ± 0.02 mg/24h, p<0.005)。ACEIあるいはARBはNADPH oxidase p47phoxの発現を抑制し(DM+ACEI 0.24 ± 0.02; p< 0.005 vs. DM; DM+ARB 0.23 ± 0.01; p< 0.002 vs. DM)、腎組織内の酸化ストレス(renal hydrogen peroxide: DM+ACEI 3.85 ± 0.22; p< 0.05 vs. DM; DM+ARB 3.72 ± 0.33 FI unit/μg protein; p< 0.05 vs. DM)およびperoxynitrite (ONOO-)の産生を有意に抑制した。ACEIおよびARBは腎酸化ストレスの抑制によりアルブミン尿を有意に減少させた(DM+ACEI 0.29 ± 0.09, p< 0.02 vs. DM; DM+ARB 0.51 ± 0.16 mg/24h, p< 0.05 vs. DM)。このことはAT1受容体が糖尿病性腎症早期の酸化ストレスによる腎障害の進展に病因として関与していることを示している。

 ACEI/ARBは糖尿病性腎症に効果的ではあるが、腎障害の進展を完全に抑制できるほど満足のいくものではない。そこでpart IIとしてACEIにNOの腎保護作用を増加させる作用のあるジピリダモールを併用しその効果を検討した。ジピリダモールをACEIに併用するとフォスフォジエステラーゼを抑制しNOのセカンドメッセンジャーであるcGMPの分解を抑制することによりNO作用を増強し、かつNADPH oxidaseの直接的抑制によりeNOSの発現を増強し、尿蛋白を正常化し(DM+ACEI+dipyridamole 0.22 ± 0.06 mg/24h, NS vs. Control)、相加的な腎保護作用の増強を示した。

 近年、多くの糖尿病患者は高脂血症を合併しており、高脂血症自体も酸化ストレスの産生をもたらすので、腎障害の増悪に関与している。そこでpart IIIとして高コレステロール血症が糖尿病性腎症において酸化ストレス産生と腎障害進展に相加的効果をもたらすか検討した。DMラットに高コレステロール食(HC-DM)を投与すると4週目からNADPH oxidase p47phoxの発現が普通食のDMラットに比べさらに増加し、ICAM-1の発現増加から糸球体内マクロファージの浸潤が増加した(HC-DM 2.28 ± 0.10 vs. DM 0.40 ± 0.03, p< 0.0001)。酸化ストレスを尿中過酸化脂質(LPO)で評価すると普通食下で糖尿病ではコントロールに比べ上昇しているが(DM 7.1 ± 1.7 vs. Control 3.3 ± 0.4 nmol/mgCr, p< 0.005)、高コレステロール食下では糖尿病になるとさらに著明な増加を示した(HC-DM 125.2 ± 22.0 vs. HC-Control 17.7 ± 1.3 nmol/mgCr, p< 0.0001)。さらに、抗酸化機構のMnSODの発現は高脂血症を合併した糖尿病の腎臓では有意に減少した。Azabicyclo octyl ring構造により抗酸化作用をもつスルホニル尿素薬のグリクラジドで高コレステロール血症を伴う糖尿病ラットを治療すると酸化ストレスの産生が減少し(尿中LPO: HC-DM+gliclazide 57.9 ± 13.0 nmol/mgCr, p<0.05 vs. HC-DM)、さらにMnSODとeNOSの発現が回復しNO bioavailabilityが増加した (腎内nitrite産生: HC-DM 57.7 ± 4.8 vs. HC-DM+gliclazide 82.9 ± 14 μmol/kidney, p<0.05)。グリクラジド治療によるNADPH oxidaseの抑制とNO bioavailabilityの増加によりICAM-1の発現が減少し、糸球体内マクロファージ浸潤が抑制され(HC-DM+gliclazide 1.85 ± 0.08, p<0.0001 vs. HC-DM)、微量アルブミン尿は有意に改善された。

【結論】腎臓におけるAT1受容体を介したNADPH oxidaseの刺激による酸化ストレスの増加とNO bioavailabilityの減少が糖尿病における腎障害の進展に重要な病因的役割を果していると考えている。ACEIやARBによる腎アンジオテンシンIIを介したNADPH oxidaseの抑制だけでなく、腎NADPH oxidaseの直接的抑制によって糖尿病性腎症を抑制する治療法が将来的には期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は酸化ストレスの産生源として重要なNADPH oxidaseの糖尿病性腎症の発症、進展増悪における役割を検討し、NADPH oxidaseの発現を抑制することにより糖尿病性腎症の発症進展が抑制できるか検討したものであり、以下の結果を得ている。

1.ストレプトゾトシン(STZ)糖尿病ラットにおいて腎NADPH oxidaseの発現と局在を検討した。NADPH oxidaseの活性を調節するp47phoxは糸球体上皮細胞、遠位曲尿細管、macula densa, 集合尿細管、血管平滑筋、内皮細胞に発現し、糖尿病では腎組織アンジオテンシンIIの発現増加に伴い NADPH oxidase p47phoxの発現とsuperoxide産生が増加した。糖尿病性腎症初期には腎eNOS発現とNO産生が増加しているが、NOはスーパーオキシドと反応しperoxynitriteとなりNO bioavailabilityは低下する。糖尿病ラットでは腎NADPH oxidaseによる酸化ストレスの増加は糸球体を障害し尿中アルブミン排泄を増加することが示された。

2.アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)あるいはアンジオテンシン受容体AT1遮断薬(ARB)の腎NADPH oxidase発現と酸化ストレスに対する効果を検討した。ACEIおよびARB治療はp47phoxの発現を抑制し、腎組織の酸化ストレスおよびperoxynitriteの産生を有意に抑制した。ACEIおよびARBは腎酸化ストレスの抑制によりアルブミン尿を有意に減少し、AT1受容体が糖尿病の酸化ストレスによる腎障害に関与していることが示された。

3.ACEI/ARBは糖尿病性腎症の進展を完全に抑制できないので、ACEIにNOの腎保護作用を増加させる作用のあるジピリダモールを併用しその効果を検討した。ジピリダモールとACEIを併用するとフォスフォジエステラーゼを抑制しNOのセカンドメッセンジャーであるcGMPの分解を抑制しNO作用を増強し、かつNADPH oxidaseの直接的抑制作用とeNOSの発現増加作用により、尿蛋白を正常化することが示された。

4.多くの糖尿病患者は高脂血症を合併しており、高コレステロール血症が糖尿病性腎症の酸化ストレス産生と腎障害進展に相加的効果をもたらすか検討した。糖尿病ラットに高コレステロール食を投与するとNADPH oxidaseの発現が普通食の糖尿病ラットに比べ増加し、ICAM-1発現増加から糸球体内マクロファージ浸潤が増加した。尿中過酸化脂質は普通食下では糖尿病ではコントロールに比べ上昇しているが、高コレステロール食下では糖尿病でさらに相加的に著明な増加を示した。抗酸化機構のMnSOD発現は高脂血症を合併した糖尿病の腎臓では著明に減少していることを示した。

5.Azabicyclo octyl ring構造により抗酸化作用をもつスルホニル尿素薬のグリクラジドで高コレステロール血症を伴う糖尿病ラットを治療すると酸化ストレスの産生が減少し、MnSODとeNOSの発現が回復しNO bioavailabilityが増加することを示した。グリクラジド治療はNADPH oxidase抑制とNO bioavailability増加によりICAM-1の発現を減少し、糸球体内マクロファージ浸潤を抑制し、微量アルブミン尿を改善することを示した。

 以上、本論文は腎臓におけるAT1受容体を介したNADPH oxidase発現増加による酸化ストレスの増加とNO bioavailabilityの減少が糖尿病性腎障害の進展に重要な病因的役割を果していることを明らかにし、ACEIやARBによる腎アンジオテンシンIIを介したNADPH oxidaseの抑制とともに、ジピリダモールや、グリクラジドなどによる腎NADPH oxidaseの直接的抑制やラジカルのscavengeによって糖尿病性腎症の進展を抑制できることを示した。NADPH oxidaseが糖尿病性腎症の将来的に新しい治療ターゲットになることを示し、学位の授与に値するものと考えられる。

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