学位論文要旨



No 120313
著者(漢字) 鈴木,快文
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヨシフミ
標題(和) マウス腎虚血再灌流モデルにおける血小板活性化因子およびp38 MAPKの役割についての検討
標題(洋)
報告番号 120313
報告番号 甲20313
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2462号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 要,伸也
 東京大学 助教授 菱川,慶一
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

 血小板活性化因子(PAF)は,催炎症作用,平滑筋の収縮,血圧降下作用など様々な生理活性や,気管支喘息,エンドトキシンショックやアナフィラキシーショックなどの病態生理に重要な役割を持つリン脂質メディエーターであり,白血球や血管内皮細胞,好酸球,好塩基球,マクロファージ,血小板など種々の細胞から刺激に応じて産生,分泌される.

 腎臓においては,micro-dissection法によってネフロンセグメント毎にRT-PCRを行った検討から糸球体,近位尿細管曲部および直部,集合管,遠位尿細管曲部,ヘンレ係蹄太い上行脚などにPAF受容体が存在することが証明された(BBRC 225:352,1996).また,PAFは虚血再灌流などの酸化ストレス後の組織障害において重要な役割を担っていると考えられ,そうした条件下で,好中球や単球などから分泌され,また内皮細胞表面に発現してくることが明らかになっている.そして,PAF受容体との相互作用によって,好中球などの活性化,走化性,血管透過性や血小板機能などが亢進し,組織障害を惹起すると考えられている.

 ERK,JNKとともにMAPKファミリーを構成する,p38 MAPKは,ヒト好中球に低濃度のLPSと血清による刺激からtyrosineがリン酸化されるというERKには認められない働きを持つ,38 kDaの蛋白として発見され,細胞外の浸透圧変化など生理的ストレスによって活性化することが明らかになっている.虚血再灌流障害においては,ストレス関連MAPKであるJNKやERK1/2の活性化やラットおよびイヌ心やラット腎でp38 MAPKの活性化が観察されるなど,その細胞内シグナル伝達に関するMAPKの知見が集まっている.

【方法】PAF活性とそのシグナル伝達におけるp38 MAPKの関連を検討するために,PAF受容体欠損マウスとp38 MAPK阻害剤を使用し,腎虚血灌流モデルでの腎機能に対する影響を観察するとともに,リン酸化p38 MAPK抗体を用いてウエスタンブロット解析を行い,シグナル伝達におけるp38 MAPKの活性化を検証した.続いて,in vitroで,過酸化水素刺激による尿細管細胞でのp38 MAPKの活性化を観察し,PAF受容体拮抗剤の作用を検証した.さらに,虚血再灌流モデルでは,遊走細胞による組織障害が重要と考えられており,casein刺激にて採取したマウス腹腔好中球を用いて,同様にPAF刺激とp38 MAPKの活性化を検討した.これらの結果から,遊走細胞と標的細胞との相互作用を検討するため,ラット腎葉間動脈内皮細胞(RIAEC)とGFPラット腹腔好中球との接着実験を行い,PAF受容体拮抗剤およびp38 MAPK阻害剤による影響をみた.

【結果】 腎虚血再灌流後,野生型マウスでは,再灌流後24時間の血清クレアチニン(Cr)および尿素窒素値(BUN)が著しく上昇した(Cr: 1.60 +/- 0.32 mg/dL, BUN: 205.1 +/- 45.7 mg/dL).これに対して,p38 MAPK阻害剤投与群では腎機能の低下が抑えられた (Cr: 0.48 +/- 0.14 mg/dL, BUN: 70.7 +/- 24.0 mg/dL).また,同様にPAF受容体欠損マウスでも,血清クレアチニンおよび尿素窒素値の上昇 (Cr: 0.43 +/- 0.05 mg/dL, BUN: 50.7 +/- 16.4 mg/dL) は抑えられた.リン酸化p38 MAPK抗体を用いて,ウエスタンブロット解析を行ったところ,正常腎および再灌流直後では,リン酸化型p38 MAPKの発現を認めることはできなかったが,再灌流後5分に強く発現を認めた.この発現は,15分,30分後と時間を追う毎に弱くなり,60分後にはほとんど認められなかった.p38 MAPK阻害剤の投与にて,虚血再灌流5分後のリン酸化p38 MAPKの発現は減弱した.また,PAF受容体欠損マウスでもリン酸化p38 MAPKの発現は減弱していた.免疫組織染色では,尿細管を中心に,抗リン酸化型p38 MAPK抗体にて強く染色された.尿細管においてのPAFとp38 MAPKとの関連を検討するため,ヒト尿細管細胞由来である,HKC8細胞に対して過酸化水素 200 mMでの刺激を行った.ウエスタンブロット解析にて,リン酸化p38 MAPKの発現は,0,5分後では認められなかったが,20,60分後と時間を追って強く認められた.HKC8細胞に対するPAF刺激では,ウエスタンブロット解析にて,リン酸化型p38 MAPKの発現は認められず,PAF刺激による細胞内カルシウムの上昇を調べたが,著明な上昇を示すATP刺激と比較して,わずかな細胞内カルシウムの上昇を認めるだけであった.しかし薄切したマウス腎皮質に対するPAF刺激では,ウエスタンブロット解析にて,リン酸化型p38 MAPKの発現が認め,これはPAF 受容体拮抗剤にて減弱した.次に,PAF刺激による白血球系細胞への影響を調べるために,casein刺激にて得られたマウス腹腔好中球にPAF刺激を与えた.野生型マウス由来好中球では,ウエスタンブロット解析で,リン酸化型p38 MAPKは,刺激後2分にて強く発現を認め,このリン酸化型p38 MAPKも時間を追う毎に認めなくなった.そして,PAF受容体拮抗剤を作用させた好中球では,刺激後2分での発現は減弱し,同様にPAF受容体欠損マウス由来好中球では,リン酸化型p38 MAPKの発現は減弱していた.

 腎虚血再灌流障害では,遊走細胞による組織障害が重要であることが明らかになっており,今回の結果から,白血球の遊走性にPAFが関与していると考え,血管内皮細胞と白血球との相互作用,細胞間接着を検討した.単層培養したRIAEC細胞上にGFPラットから採取した腹腔好中球を接触させ,30分間放置したところ,穏やかな洗浄後もRIAEC細胞の表面に残存しているGFP細胞が観察された.そして,PAF受容体阻害剤にて残存する細胞数が減少した.

【考察】p38 MAPKは,細胞外ストレスによる細胞応答に関するシグナル伝達を担う,ストレス関連MAPKの1つと考えられている.腎虚血再灌流障害モデルにおけるシグナル伝達については,ウエスタンブロット解析でp38 MAPKの活性化が認められること,p38 MAPK阻害剤にて腎虚血再灌流障害が抑えられること,短時間(15分間)の腎虚血後8日に虚血再灌流を行うとJNKとp38 MAPKの活性化が抑えられ腎機能低下は軽度であること,24時間の尿管閉塞後8日での腎虚血再灌流でも同様にJNKとp38 MAPKの活性化が抑えられ腎機能低下が軽度であることなど,p38 MAPKがこのモデルにおいて,重要な働きを担っていることが報告されている.また,腎虚血再灌流障害において,PAF受容体拮抗剤が腎機能低下を抑えることが報告されている.今回,腎虚血再灌流障害によって,p38 MAPKがリン酸化されることが明らかになった.PAF刺激によるp38 MAPKのリン酸化は培養細胞では認められなかったが,薄切したマウス腎皮質ではリン酸化が認められ,一方で,casein刺激による採取したマウス腹腔好中球ではPAF刺激によってp38 MAPKのリン酸化を認めた.

 これらの結果から,PAF-PAF受容体から誘導されるp38 MAPK系のシグナル伝達は,尿細管細胞だけではなく,白血球系細胞内でのシグナル伝達にも関与していることが示唆された.

 HL-60細胞は,PAF刺激によってsuperoxideを産生することが明らかになっている.好中球においては,PAF 受容体からのシグナルでMKK3が活性化し,MKK3がp38 MAPKをリン酸化することも示されている.虚血再灌流モデルでは,PAFが好中球と内皮細胞との細胞間相互作用に強く関与していることが考えられ,PAFは細胞の走化性因子として,炎症反応時に細胞の遊走に関与していると考えられている.好中球と内皮細胞との接着,tetheringにはP-selectinが細胞間接着分子として働くと考えられているが,この接着に対して,内皮細胞表面に発現したPAFと好中球表面に発現したPAF受容体とが,補完的に働いているとする報告もある.

 腎虚血再灌流モデルにおいては,PAF刺激による尿細管障害及び好中球の活性化のステップの中でp38 MAPK系がそのシグナル伝達を担っていることが示唆された.活性化した好中球は,その細胞表面に発現するP-selectinとPAFによって血管内皮細胞に接着し,局所での炎症を惹起し,好中球によって細胞障害を来すことが示唆された.この時,さらに尿細管細胞などが酸化ストレスを受け,細胞内シグナル伝達機構としてp38 MAPKが活性化し,細胞障害を生じると考えられた.

【結語】 腎虚血再灌流障害モデルにおいて腎機能障害は,PAF受容体欠損マウスおよびp38 MAPKによって,改善することが明らかになった.そしてp38 MAPKのリン酸化がPAF刺激により誘導されることを近位尿細管に富む腎皮質および好中球で示すことに成功した.虚血再灌流での組織障害を惹起する一つのメカニズムとして尿細管細胞と好中球に対するPAF刺激がp38 MAPKを介するシグナル伝達の活性化に関わっている可能性を示唆した.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は腎虚血再灌流障害でのPAF活性とそのシグナル伝達におけるp38 MAPKの関連を検討するために、PAF受容体欠損マウスとp38 MAPK阻害剤を使用し、腎機能障害に対する影響を観察するとともに、リン酸化p38 MAPK抗体を用いてWestern blot解析を行い、シグナル伝達におけるp38 MAPKの活性化を検証した。続いて、マウス腎皮質に対する過酸化水素およびPAF刺激によるp38 MAPKの活性化を観察し、PAF受容体拮抗剤の作用を検証した。さらに、虚血再灌流モデルでは、遊走細胞による組織障害が重要と考えられており、casein刺激にて採取したマウス腹腔多核白血球を用いて、PAF刺激によるp38 MAPKの活性化を検討した。また、遊走細胞と標的細胞との相互作用を検討するため、ラット腎葉間動脈内皮細胞とGFPラット腹腔多核白血球との接着実験を行い、PAF受容体拮抗剤およびp38 MAPK阻害剤による影響をみた。これらはPAFとp38 MAPKの関連性、p38 MAPKの活性化の時間的経過、PAFの標的組織と活性化されるp38 MAPKの局在に関する解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 野生型マウスでの腎虚血再灌流モデルでは、再灌流後24時間の血清クレアチニンおよび尿素窒素値が著しく上昇するのに対して、p38 MAPK阻害剤の投与によってその上昇が有意に抑えられた。また、同様にPAF受容体欠損マウスでも、血清クレアチニンおよび尿素窒素値の上昇は抑えられた。またリン酸化p38 MAPK抗体を用いて、Western blot解析を行ったところ、正常腎および再灌流直後では、リン酸化p38 MAPK発現を認めることはできなかったが、再灌流後5分に強く発現を認めた。この発現は、15分、30分後と時間を追う毎に弱くなり、60分後にはほとんど認められず、対照と同程度となった。そして、p38 MAPK阻害剤の投与にて、虚血再灌流5分後のリン酸化p38 MAPKの発現は減弱した。また、PAF受容体欠損マウスでもリン酸化p38 MAPKの発現は減弱していた。再灌流後5分での免疫組織染色を行ったところ、尿細管を中心に、抗リン酸化型p38 MAPK抗体にて強く染色された。

2. ヒト尿細管細胞の不死化細胞である、HKC8細胞に対する過酸化水素刺激では、Western blot解析にて、リン酸化p38 MAPKの発現は、0、5分後では認められなかったが、20、60分後と時間を追って強く認められた。

3. マウス腎皮質を薄切し、PAF刺激を与えた結果、p38 MAPKのリン酸化を認め、PAF受容体拮抗剤にてリン酸化の減弱を認めた。また、PAF受容体欠損マウスの腎皮質では、PAF刺激によるp38 MAPKのリン酸化は減弱していた。

4. casein刺激にて得られたマウス腹腔多核白血球にPAF刺激を与えたところ、野生型マウス由来多核白血球では、Western blot解析で、リン酸化型p38 MAPKは、刺激後2分にて強く発現を認め、このリン酸化型p38 MAPKも時間を追う毎に認めなくなるという、一連の実験と同様の動きを示した。そして、PAF受容体拮抗剤を作用させた多核白血球では、刺激後2分での発現は減弱し、同様にPAF受容体欠損マウス由来多核白血球では、リン酸化型p38 MAPKの発現は消失していた。

5. 単層培養したラット腎葉間動脈内皮細胞由来のRIAEC細胞上にGFPラットから採取した腹腔多核白血球を接触させ、30分間放置したところ、穏やかな洗浄後もRIAEC細胞の表面に残存しているGFP細胞が観察された。これに対してPAF受容体阻害剤にてRIAEC細胞と多核白血球を培養すると残存する細胞数が減少することから、PAFとPAF受容体との相互作用が、細胞間接着に関係していることを示唆する結果と考えた。

 以上、本論文は腎虚血再灌流モデルによる腎機能障害が、PAF受容体欠損マウスにおいて、そしてp38 MAPK阻害剤の投与によって、改善することを示した。ここで、p38 MAPKのリン酸化には虚血再灌流後5分という早い段階で腎皮質において認められ、このリン酸化はその後急速に消失することを明らかにした。また今回、尿細管および好中球の両者において、PAF刺激がp38 MAPKをリン酸化することが明らかになった。すなわち、先行研究により虚血再灌流障害においてPAFとp38 MAPKはそれぞれ重要な役割を担っていることは示されてきたが、本研究では、腎虚血再灌流の極めて早期にp38 MAPKのリン酸化がPAF刺激により誘導されることを近位尿細管に富む腎皮質および好中球で示すことに成功した。これらより尿細管細胞と好中球に対するPAF刺激がp38 MAPKを介するシグナル伝達の活性化に関わっている可能性を示唆し、腎虚血再灌流障害のメカニズムの解明に重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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