学位論文要旨



No 120316
著者(漢字) 土井,研人
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,ケント
標題(和) 進行性腎障害における遺伝学的検討
標題(洋) A Genetic Study in End-stage Renal Disease
報告番号 120316
報告番号 甲20316
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2465号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 助教授 後藤田,貴也
 東京大学 講師 関,常司
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 1990年に開始されたヒトゲノム計画は目覚しいスピードで進行し、2003年にはヒトゲノム全配列の解読が終了した。今後は解読された配列情報から生体における遺伝子の機能・役割についての詳細な検討や疾患と遺伝子の関連についてさらなる研究が要求される。

 高血圧症、糖尿病、アレルギーなどのcommon diseaseは、多因子疾患(multifactorial disease)に分類され、これらの疾患においては複数の環境要因と遺伝要因がそれぞれ少しずつ発症に寄与し、それらの組み合わせによって発症にいたるものと理解されている。また、遺伝要因を構成する遺伝子については、発症に直結するわけではなく、発症の危険率が上昇することを意味することから、感受性遺伝子と呼ばれる。近年、これらの感受性遺伝子を同定するゲノム研究が盛んに行われているが、単一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)を遺伝子多型マーカーとして用いたケース・コントロール関連研究が最も検出力が高い。さらに、SNPは対立遺伝子が2個に限られて比較的判定が容易であることから高速・大量のSNPタイピング技術が実現可能である。

 本研究では第一に自動化シークエンサーと新たに開発された非変性ポリマーを用いてキャピラリー電気泳動によるsingle strand conformation polymorphism (SSCP) 解析によるハイスループットSNPタイピングシステムを確立した。次に同システムを用いて、進行性腎障害における疾患感受性遺伝子を同定すべくケース・コントロール関連研究を行った。進行性腎障害の予後は、慢性糸球体腎炎、糖尿病性腎症といった原疾患によらず、蛋白尿や尿細管間質病変の程度によって規定されていることが知られており、何らかの共通因子の存在が考えられている。本研究では候補遺伝子アプローチによりvascular endothelial growth factor (VEGF) 遺伝子において、遺伝子の発現調節に重要であり、しかもSNPが多数存在するプロモーター領域、5'および3'側非翻訳領域(untraslated region; UTR)を中心に解析を行った。VEGFは血管新生において重要な役割を果たす増殖因子であり、糸球体および尿細管間質における傍血管系という進行性腎障害の予後を規定する上で重要な微小血管系においても重要な役割を果たしていることが示されている。

【方法と結果】

キャピラリー電気泳動によるSSCP解析 (capillary electrophoresis-SSCP, CE-SSCP)

 蛍光ラベルされたプライマーを用いてPCR反応を行い、得られた産物を熱変性にて1本鎖とした後、自動化シークエンサー(ABI 3100, Applied Biosystems)およびSSCP解析のために開発されたConformation Analysis Polymer (Applied Biosystems)を用いて、キャピラリー電気泳動を行った。136検体を用いて14SNPのタイピングをCE-SSCP解析および直接シークエンス法の両者で行い、その結果を比較したところ100%一致していた。また、LDLR1413G/A多型はこれまでのアクリルアミドゲル電気泳動によるSSCPでは解析が難しいと報告されていたが、キャピラリー電気泳動ではタイピング可能であり、本システムの優位性が示された。さらに、4つの異なる蛍光プライマーを組み合わせることによって、一度のキャピラリー電気泳動にて最大5SNPのタイピングを行うことに成功した。キャピラリー電気泳動は30分で終了可能であり、本システムでは1日3,000タイピング以上のスループットで正確なSNPタイピングが実現できることが示された。CE-SSCPを用いたSNPタイピングでこのようなハイスループットを実現したのは、本研究が初めてである。

定量的SSCP解析

 136検体分のゲノムDNAを等量ずつ混合し、pooled DNAサンプルを作成した。pooled DNAサンプルを用いてCE-SSCP解析を行い、二つのアリルのピークの相対比から136検体におけるアリル頻度を推定し、個別タイピングで得られたアリル頻度と比較した。また、VEGF 936C/T多型においては、CCおよびTTのホモ接合体を様々な割合で混合したmixed DNAサンプルを作成し、同様にCE-SSCPによる混合比の推定値と実際の混合比を比較した。136検体を等量混合したpooled DNAサンプルを用いた解析で推定された集団内のアリル頻度は、個別タイピングで得られた実際のアリル頻度と高い関連を示した。同様にmixed DNAサンプルを用いた検討においても定量的SSCP解析は高い関連を示した。本手法を用いてVEGF 936C/TにおけるmRNA安定性の検討を行った。

進行性腎障害におけるケース・コントロール関連解析

 対象は健康診断を受診した健常人502人および末期腎不全にて血液透析を必要とする患者499人、患者における原疾患の内訳は、慢性糸球体腎炎230人、糖尿病性腎症129人、腎硬化症62人、多発性嚢胞腎23人、その他55人であった。

 VEGF遺伝子のプロモーター、5'UTR, 3'UTRに存在する合計8SNPを選択し、CE-SSCPおよび直接シークエンス法にてタイピングを行った。その結果よりハプロタイプ構造を決定し、患者群と健常人群でのハプロタイプ頻度の比較を行ったところ、3'UTRにおけるハプロタイプ936T-1451T-1642G-1725G-2295Tの頻度が患者群において有意に低いことが明らかになった(P = 0.0076)。同ハプロタイプはほぼ完全に連鎖不平衡の状態にある2つのSNP、936C/Tおよび1451C/Tによって規定され(tag SNP)、この2SNPが疾患感受性を有しているものと考えられた。すなわち、936CC-1451CCというgenotypeはESRDにおけるハイリスクと考えられた(P = 0.0072, OR 1.43; 95% CI, 1.10-1.86)。対象を性別に解析すると、男性群ではさらに強い関連が認められたが(P = 0.00039)、女性群においては有意差が認められなかった。

機能的SNPについての解析

 健常人46人(男23人、女23人)から採取した血漿のVEGF濃度をELIZA法にて測定し、SNPとの関連を調べたところ、ケース・コントロール関連解析の結果と同様に男性において936C/T-1451C/Tと血漿VEGF濃度は有意な関連を示した(P = 0.038)。また、936C/T-1451C/Tにおいて、mRNAの安定性におけるSNPの影響を定量的SSCP解析によって検討した。936C/Tヘテロ接合体の健常人より末梢血単核球を抽出し、actinomycin Dにより転写を停止させ、2時間後および4時間後にRNAを回収した。得られたRNAから、蛍光ラベルプライマーを用いたRT-PCRを行い、PCR産物をタイピングと同様に1本鎖に変性させた後、定量的CE-SSCPにて解析し、CアリルおよびTアリルを有するmRNAの相対的な安定性を検討した。actinomycin D投与後4時間の時点で、Cアリルを有するmRNAの相対量が増加しており、より安定であることが明らかとなった。この結果は、Cアリルを有する個人のVEGF血漿濃度が高いという前述の結果と一致していた。

【考察】

 本研究で確立したCE-SSCP解析は正確かつハイスループットなSNPタイピングを実現するのみならず、pooled DNAサンプルを用いた集団内でのアリル頻度の推定などの定量性にも優れていた。このタイピングシステムを用いて、進行性腎障害により末期腎不全に陥った患者において、VEGFを候補遺伝子としてケース・コントロール関連解析を行ったところ、男性において非常に強い関連を示すハプロタイプが3'UTR領域に同定され、さらにこのハプロタイプはVEGF血漿濃度に有意な関連を示した。3'UTRはmRNAの安定性に関わるタンパクが結合する領域として知られているが、本研究においても936C/Tおよび1451C/T多型はmRNAの安定性に有意な影響を及ぼしていることが示された。これまで936C/Tおよび1451C/TのSNP部位に結合するタンパクは報告されておらず、未知の調節タンパクが存在する可能性が考えられる。これらの結果をまとめると、VEGFレベルの上昇をもたらすハプロタイプが進行性腎障害の危険因子であるといえる。VEGFの血管新生作用から腎疾患に対してVEGFは保護的に作用する可能性も指摘されていたが、遺伝子改変動物による検討では、過剰発現、ノックアウトマウスの両者に腎病変の進展が確認されており、VEGFレベルはある一定の範囲で保たれるべきであると報告されている。また、疾患との関連が性別によって影響を受けることについては、これまで女性のほうが進行性腎障害について抵抗性であるといったmeta-analysisや動物実験が報告されており、性ホルモンによるVEGFの調節が進行性腎障害に関与している可能性が示唆されている。

【まとめ】

 CE-SSCP解析によるSNPタイピングシステムを確立し、進行性腎障害におけるVEGF遺伝子の関与をケース・コントロール関連解析にて証明し、関連を示したSNPが遺伝子の機能に影響していることを証明した。

審査要旨 要旨を表示する

 進行性腎障害の予後は、原疾患に関わらず蛋白尿や尿細管間質の線維化といった共通因子によって規定されており、腎障害進展には何らかのcommon pathwayが存在すると想定されている。common pathwayには、複数の遺伝的要因および環境的要因が複雑に関与しているものと考えられ、本研究では進行性腎障害における遺伝的要因を同定すべく、第一にsingle strand conformation polymorphism (SSCP)解析によるハイスループットsingle nucleotide polymorphism (SNP)タイピングシステムを確立し、ついでこのシステムを用いて候補遺伝子アプローチによりVascular Endothelial Growth Factor (VEGF)遺伝子において、ケース・コントロール関連研究を行った。

1.蛍光ラベルされたプライマーを用いてPCR反応を行い、自動化シークエンサーを用いて、キャピラリー電気泳動によるSSCP解析を行った。タイピング結果は直接シークエンス法による結果と100%一致していた。また、これまでのアクリルアミドゲル電気泳動によるSSCPでは解析が難しいと報告されていたSNPについても、キャピラリー電気泳動ではタイピング可能であり、本システムの優位性が示された。さらに、4つの異なる蛍光プライマーを組み合わせることによって、本システムでは1日3,000タイピング以上のスループットで正確なSNPタイピングが実現できることが示された。

2.136検体分のゲノムDNAを等量ずつ混合し作成したpooled DNAサンプルを用いてSSCP解析を行い、二つのアリルのピークの相対比から136検体におけるアリル頻度を推定し、個別タイピングで得られたアリル頻度と比較したところ、推定された集団内のアリル頻度は、個別タイピングで得られた実際のアリル頻度と高い関連を示した。

3.上記タイピングシステムを用いて、進行性腎障害におけるケース・コントロール関連解析を行なった。候補遺伝子としてVEGF遺伝子を選択し、プロモーター、5'非翻訳領域(UTR), 3'UTRに存在する8SNPについてタイピングを行った。その結果、3'UTRにおけるハプロタイプ936T-1451T-1642G-1725G-2295Tの頻度が患者群において有意に低いことが明らかになり(P = 0.0090)、同ハプロタイプを規定している2つのSNP、936C/Tおよび1451C/Tが疾患感受性を有しているものと考えられた。すなわち、936CC-1451CCというgenotypeはESRDにおけるハイリスクと考えられた(P = 0.0026)。対象を性別に解析すると、男性群ではさらに強い関連が認められたが(P = 0.00020)、女性群においては有意差が認められなかった。

4.ケース・コントロール関連解析にて有意な関連を示した936CC-1451CCは、同様に男性において血漿VEGF濃度と有意な関連を示し(P = 0.038)、単離した末梢単核球におけるmRNAの安定性とも有意な関連を示した。

以上、本論文はキャピラリー電気泳動を用いたSSCP解析によるSNPタイピングシステムを確立し、次いで進行性腎障害におけるVEGF遺伝子の関与をケース・コントロール関連解析にて証明し、有意な関連を示したSNPが遺伝子の機能に影響していることを証明した。本研究はVEGFレベルの上昇をもたらす遺伝子多型が進行性腎障害の危険因子であることを指摘しており、増加し続ける末期腎不全患者数を抑止する画期的な治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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