学位論文要旨



No 120317
著者(漢字) 野口,貴史
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,タカシ
標題(和) ヒトGH産生下垂体細胞における非選択性陽イオンチャネルの活性化機構
標題(洋)
報告番号 120317
報告番号 甲20317
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2466号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 講師 遠藤,久子
 東京大学 講師 小川,利久
 東京大学 講師 関,常司
内容要旨 要旨を表示する

 細胞は、その内外で各イオンの濃度構成が異なっている。細胞膜にはチャネル蛋白が散在しており、細胞はこのチャネルの開閉を司ることで、そのチャネルを透過するイオンの流入や流出を調節できる。特に興奮性細胞においては、チャネル開閉機構によって細胞内イオン組成を大きく変え、細胞内電位を短時間のうちに変化させることを可能にしている。チャネルの種類としては、特定のイオンに特に高い透過性を示す、Na+ チャネルや電位依存性K+ チャネルなどが早くから知られていた。しかしその一方で、イオン選択性の比較的低い、非選択性陽イオンチャネルと呼ばれる性質のチャネルもさまざまな組織で存在することが分かっていた。下垂体細胞においても、これまでに我々の研究室において、GH 産生下垂体細胞でGHRH が非選択性陽イオン電流を活性化することや、ACTH 産生下垂体細胞でCRH が非選択性陽イオン電流を活性化することを確認している。

 実際に非選択性陽イオンチャネルとして機能しているのはどのような蛋白があるのか、その同定は近年まであまりなされていなかった。しかし、TRPC チャネルファミリーやTRPV チャネルファミリーといった蛋白群が近年相次いで発見され、その多くは非選択性陽イオンチャネルを形成することが明らかとなった。実際にこれらの蛋白の一部は、今までに同定されていなかった非選択性陽イオンチャネル分子の候補として挙げられている。

 今回、ghrelin やIGF I が下垂体前葉GH分泌細胞に作用する際においても、GHRH刺激の場合と同じように非選択性陽イオン電流が活性化されており、[Ca2+]i 上昇やGH分泌促進といった反応に関与していることが判明した。今回の一連の研究では、これらの非選択性陽イオン電流の活性化機構やその性質について検討を行った。

 実験の方法としては、その対象として、GH産生が認められるヒト下垂体前葉腺腫細胞を初代培養して用いた。電気生理学的実験はナイスタチンを用いたperforated whole-cell clamp 法によって行った。またfura 2 を用いて[Ca2+]i を測定した。抗TRPV2 抗体を用いた免疫細胞化学染色およびRT-PCR により、細胞のTRPV2 の発現を確認した。

 実験の結果、ghrelin の投与によって脱分極と活動電位の頻度増加がおこり、電位依存性L 型Ca2+ チャネルを介した[Ca2+]i の一相性の増加が認められた。脱分極の際には内向きの膜電流が発生しており、その反転電位から、非選択性陽イオン電流であることが判明した。Ca2+ に対する透過性は認められなかった。内向き電流はNa+ の細胞内への流入によるものであった。また、PKC を薬理学的に阻害すると、内向き電流の活性化や[Ca2+]i 上昇は認められなくなり、GH分泌量についてもghrelin による増加が抑制された。一方で、PKA やPI3 kinase を阻害してもghrelinによる膜電流活性化や[Ca2+]i 上昇は抑制されず、ghrelin によるGH 分泌促進作用も抑制されなかった。このことから、この現象はPKC を介した伝達経路によるものであり、それがghrelin のGH 分泌作用に実際に関わっている可能性が考えられた。まとめると、ghrelin が投与された際には、PKC を介する伝達経路によって非選択性陽イオン電流が活性化し、Na+ 流入によって脱分極が起こって電位依存性L型Ca2+ チャネルが開口し、Ca2+ 流入による[Ca2+]i 増加が起こるものと考えられ、この[Ca2+]i 増加がGH 分泌を促進させていることが推測される。ghrelin のこのような作用機構は、マウスやブタで今までに観察された作用機構とは異なるものであり、種にょる差異が大きいことが明らかとなった。また、非選択性陽イオン電流を担うチャネル分子については、既知のチャネルには合致する性質のものはみられず、新規のチャネルである可能性が考えられた。

 また、今回明らかとなったこの電流の特徴は、GHRH で活性化される非選択性陽イオン電流とも共通するものであった。ghrelin とGHRH とはともに同じチャネルを活性化し、GH 分泌を促進させる可能性も考えられた。

 次に、細胞の増殖や成長に関して標的細胞に直接作用するIGF I について、その作用機構を調べた。

 IGF I を投与した時には[Ca2+]i の有意な増加が認められた。この増加は、Ca2+が流入することで起こっていたが、ghrelin の場合と異なり、L 型電位依存性カルシウムチャネルは介していなかった。電気生理学的手法を用いてそのイオン機構を調べたところ、IGF I 投与時には内向きの膜電流が発生しており、反転電位の値から、非選択性陽イオンチャネルが開口していることが判明した。また、内向き電流は主に細胞外から細胞内へNa+ が流入することによるものであった。このチャネルはCa2+ に対する透過性を持つことが確認された。この細胞をthapsigargin で処理して細胞内Ca2+ の枯渇を惹起しても、内向き膜電流の活性化はみられないことから、この細胞にはstore operated channel (SOC) は機能しておらず、IGF I で活性化するチャネルもSOC ではないことが判明した。

 PI3 kinase 阻害剤によりIGF I による内向き電流の抑制・[Ca2+]i 上昇の抑制がみられた。さらに、tranilast ならびにruthenium red の前処理によっても、IGF I による膜電流の活性化の抑制・[Ca2+]i の上昇の抑制が確認され、これらはいずれもIGFI で活性化するチャネルに対してブロッカーとして作用することがわかった。ここで、IGF I で活性化するチャネルはTRPV チャネルファミリーの一員である可能性が推測された。なかでもTRPV1 およびTRPV2 には、高温で活性化し[Ca2+]i を増加させるという特徴があることから、[Ca2+]i の高温に対する反応を観察した。すると、45℃前後から[Ca2+]i の増加が認められ、ruthenium Red によりこの反応は著しく減弱した。一方で、TRPV1 のみのアゴニストであるcapsaicin では[Ca2+]i 増加はみられず、TRPV1 は機能していないことが明らかとなった。以上から、この細胞においてはTRPV2 が発現し機能していると考えられた。RT-PCR でもTRPV2のmRNA の発現が確認され、抗TRPV2 抗体を用いた細胞免疫染色でも陽性であり、いずれもTRPV2 の発現を支持する結果であった。

 そこで、IGF I 投与時に活性化される非選択性陽イオンチャネルはTRPV2 ではないかと予想し、確認のためTRPV2 に対するFITC ラベルしたアンチセンスオリゴを作成・導入した。アンチセンスオリゴが導入され蛍光発色を呈する細胞では、TRPV2 の発現の抑制が免疫細胞染色により確かめられた。これらを対象に膜電流を測定したところ、アンチセンス処理細胞では、IGF I 投与での内向き電流が著しく減弱しており、一方でコントロールオリゴ処理細胞では、IGF I 投与での内向き電流は大きな減弱はみられず両群間で有意な差が認められた。このことから、IGFI により活性化される内向き電流は、TRPV2 チャネルを介した物であることが判明した。

 繊維芽細胞においては、IGF I に対してCa2+ 透過性のチャネルの開口がみられ、そのチャネルはCD20 に類似した構造が予測されることが既に報告されている。更に、このチャネルの候補としてTRPV2 が挙げられている。また遺伝子導入によりマウスTRPV2 を発現させたCHO 細胞では、IGF I やPDGF による刺激により、TRPV2 が細胞内から細胞膜へと輸送されることが報告されている。これらは、TRPV2 がIGF I で活性化し内向き電流の活性化・[Ca2+]i 上昇を担うという今回の結果を支持するものである。

 IGF I は細胞の成長や増殖に深く関わるホルモンであり、生体にとって非常に重要な生理的役割を担っている。また、末端肥大症における心肥大をはじめとした症状の多くは過剰なIGF I によるものであり、その作用機構を探ることは新規治療法の開発にもつながる。更には癌や動脈硬化などにおいても増殖因子の寄与は大きな注目を浴びており、受容体結合後の細胞内現象の解明が重要視されている。今回解析したことについては、IGF I のさまざまな他の標的細胞においても、さらには他の成長因子の作用においても同様の現象が起こっている可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ghrelin およびIGF I の作用機構の解明の一端として、ヒトGH 産生下垂体腺腫細胞においてこれらが非選択性陽イオン電流を活性化することを明らかにし、その活性化機構および特性を調査して、どのようなチャネルが活性化しているかについて考察したものである。特にIGF I については、以下に示すようにチャネル分子の候補についても検討した。

 下記の結果を得ている。

1. 電気生理学的実験により、ghrelin 投与時には非選択性陽イオン電流の活性化が確認された。細胞外液のNa+ を不活性1価陽イオンであるtetrametylammonium+(TMA+) に置換すると電流活性化が有意に抑制されることから、この電流は主にNa+ 流入による内向き電流であることが確かめられた。また、細胞外の陽イオンを等張のCa2+ に置換すると電流活性化が有意に抑制されることから、そのチャネルはCa2+ に対し非透過性であることが示された。

2. Fura 2 を用いて細胞内Ca2+ 濃度([Ca2+]i) を測定したところ、ghrelin 投与による[Ca2+]i 上昇が確認された。この上昇はnitrendipine によって阻害されることから、L 型電位依存性Ca2+ チャネルを介したCa2+ 流入によることが示された。細胞外のNa+ をTMA+ に置換すると[Ca2+]i 上昇が抑制されることから、前述のNa+ 流入によって膜が脱分極し、L 型電位依存性Ca2+ チャネルを開口しているものと考えられた。

3. PKC を薬理学的に阻害することで、ghrelin による内向き電流の活性化および[Ca2+]i 上昇は抑制された。PKA の阻害およびPI3 kinase の阻害ではこのような抑制はみられず、活性化経路にはPKC が関与していることが示された。この結果は、従来ラットやブタで知られているghrelin での活性化機構とは異なるものであった。

4. 細胞外液中のNa+ のTMA+ の置換・L 型電位依存性Ca2+ チャネルのブロック・PKC 阻害はいずれもghrelin によるGH 分泌促進作用を有意に抑制した。一方で、PKAの阻害・PI3 kinase の阻害はいずれもGH分泌促進作用の抑制はみられなかった。このことから、ghrelin 投与に対する上記の反応は、ghrelinのGH 分泌作用に関与していることが示された。

5. これらの特性は、GHRH によって活性化される非選択性陽イオンチャネルと共通のものであった。既知のチャネルでこの特性と合致するものを検索したが、該当するものはみられなかった。

6. 同様に、IGF I を投与したときにも非選択性陽イオン電流の活性化がみられた。これは主にNa+ の流入による内向き電流であった。ghrelin で活性化するものとは異なり、Ca2+ に対しても透過性を有していた。

7. IGF I の投与によって[Ca2+]i 上昇があることが確認された。これはCa2+ 流入によるものであったが、ghrelin の場合と異なり、L 型電位依存性Ca2+ チャネルを介してはいなかった。

8. PI3 kinase の阻害剤によって内向き電流および[Ca2+]i 上昇は抑制されることから、PI3 kinase を介する伝達経路であることが示された。また、rutheniumred およびtranilast によっても、内向き電流および[Ca2+]i 上昇が抑制されることが示された。

9. この細胞にはTRPV2 が発現していることが、RT-PCR および免疫染色で確かめられた。また、TRPV1の活性化物質であるcapsaicin への反応はみられないが、加温に対して[Ca2+]i の可逆性の上昇がみられたことから、このTRPV2は機能していることが考えられた。そして、TRPV2 に対するアンチセンスを導入して発現を抑制した細胞では、IGF I での内向き電流活性化が対照群に比べ有意に抑制されることから、IGF I に対する反応にはTRPV2 が関与していることが示された。

 以上、本論文はghrelin はヒトGH 産生下垂体腺種細胞において、ラットやブタで報告されているものとは異なる経路を介して作用すること、そこで活性化される非選択性陽イオン電流の特性はGHRH で活性化されるものと共通であり、新規のチャネルを介している可能性があることを明らかにした。また、IGF I はこの細胞において、PI3 kinase を介してTRPV2 を活性化させており、これを介するNa+およびCa2+ の流入が非選択性陽イオン電流をなしていることを明らかにした。

 これまで、ヒトにおけるghrelin の作用機構は検討されておらず、本研究によってヒト細胞での特異性が初めて明らかとなった。この結果は、未だ主要な生理的役割も明らかでないghrelin の今後の研究において寄与する所が大きいと考えられる。また、本研究でIGF I の新たなエフェクター蛋白が明らかになったことは、成長因子の持つ細胞成長や増殖の作用機構、あるいは癌や動脈硬化をはじめとする増殖性疾患の病態生理への関与を解明する上で貢献をなすと考えられる。以上より、本研究は学位の授与に値するものと考える。

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