学位論文要旨



No 120318
著者(漢字) 林,周兵
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,シュウヘイ
標題(和) ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構
標題(洋)
報告番号 120318
報告番号 甲20318
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2467号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 助教授 川原,信隆
 東京大学 講師 久具,宏司
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 小川,利久
内容要旨 要旨を表示する

要旨

[はじめに]

先端巨大症患者をoctreotideで治療すると、約50%の患者でGH分泌の抑制がみられ、約60%の患者で下垂体腺腫の縮小が認められる。Octreotideによる腫瘍縮小の機構については、Saitohらが、アポトーシス等による細胞数減少の関与は少なく、腫瘍を構成している細胞それぞれのcell sizeの縮小によると報告したが、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞におけるcell sizeの縮小機構については明らかにされていない。したがって、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞におけるcell sizeの制御機構を調べることが腫瘍縮小の機序を知る上で重要であると考えられたため、細胞レベルでの縮小および拡大の様子を透過型電子顕微鏡で観察し、その作用機構の刺激伝達経路を調べた。

[百日咳毒素感受性G蛋白質の関与]

GH産生下垂体腺腫細胞におけるcell sizeの制御機構を調べるために、octreotide負荷試験によりGH分泌低下を認めた先端巨大症患者の下垂体腺腫細胞を初代培養し、透過型電子顕微鏡による観察を行った。臨床用量のoctreotideを7日間投与した細胞は、対照と比べて核の面積は有意差を認めなかったが、細胞質の面積が49〜59%に有意に縮小した(図1) (p<0.001)。このoctreotideによる細胞質の縮小は、3日毎に百日咳毒素(PTX)処理を行った細胞ではみられなくなった(図2)。これらの結果より、細胞質の縮小に百日咳毒素感受性G蛋白質が関与することが明らかとなった。OctreotideによるGH分泌抑制に百日咳毒素感受性G蛋白質が関与することは知られており、分泌抑制と細胞縮小の両方に百日咳毒素感受性G蛋白質が関与することが明らかとなった。

[p70 S6 kinase、mTOR、PP2Aの関与]

G蛋白質の下流の刺激伝達機構に、cell sizeの制御に重要なp70 S6 kinaseの関与を考えた。p70 S6 kinaseはリボゾーム蛋白質であるS6をリン酸化する酵素であり、mTORによって活性化され、mRNAの翻訳を促進することを介してcell sizeの制御を行う(図3)。Octreotide投与によりp70 S6 kinase活性が変化するか否かをウエスタンブロッティングにより調べた。p70 S6 kinase活性を調べるために、phospho-p70 S6 kinase抗体を用いてメンブレンの染色を行った。Octreotide投与群ではp70 S6 kinase活性が抑制された(図4)ことから、octreotideによる細胞質の縮小にp70 S6 kinase活性が関与していることが推測された。一方、p70 S6 kinase抗体を用いてリプローブを行った結果、octreotide投与群と対照群で差を認めなかった(図4)。また、百日咳毒素やokadaic acid 1nMの処理により、octreotideによるp70 S6 kinase活性の抑制が消失した(図4)ことから、octreotideによるp70 S6 kinase活性の抑制に、百日咳毒素感受性G蛋白質およびPP2Aが関与していると考えられた。

Octreotideによるp70 S6 kinase活性の抑制にはPP2Aが関与していると考えられたが、p70 S6 kinaseの上流にあるmTORを介している可能性を考え、phospho-mTOR抗体を用いて免疫染色を行った。Octreotideを投与するとmTOR活性は対照に比較して抑制された。OctreotideによるmTOR活性の抑制は、百日咳毒素処理やokadaic acid 1nMによる処理でみられなくなった。よって、octreotideによるmTOR活性の抑制にPP2Aが関与しており、octreotideの作用点はmTORである可能性が示唆された。

以上のことから、octreotide は、百日咳毒素感受性G蛋白質とPP2A を介して、mTOR およびp70 S6 kinase を抑制し、細胞縮小に働くと考えられた(図5)。

このシグナル伝達経路へのmTORの関与を確認するために、mTORのinhibitorであるrapamycinの投与によりmTOR活性が抑制されるか否かを調べた。Phospho-mTOR抗体を用いて免疫染色を行ったところ、rapamycinを投与した細胞ではmTOR活性が対照に比較して抑制された。よって、このシグナル伝達経路にmTORが関与することが示唆された。

次に、下垂体腺腫細胞の細胞容積の変化を調べるために、透過型電子顕微鏡による観察を行った。Rapamycinを7日間投与した細胞は、対照と比較して核の面積は有意差を認めなかったが、細胞質の面積が49〜52%に有意に縮小した(p<0.001)。また、臨床用量のoctreotideを7日間投与した細胞も、対照と比較して核の面積は有意差を認めなかったが、細胞質の面積が53〜54%に有意に縮小した(p<0.001)。そして、rapamycinとoctreotideの両方を7日間投与した細胞は、対照と比較して核の面積は有意差を認めなかったが、細胞質の面積が58〜61%に有意に縮小した(p<0.001)。Rapamycinを投与した細胞において細胞質の縮小がみられたことから、細胞容積の制御機構にmTORが関与することが明らかとなった。また、octreotideを投与した細胞においても細胞質の縮小がみられたが、rapamycinとoctreotideの両方を投与しても、それぞれを単独で投与した場合以上の細胞質の縮小を認めなかったことから、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構に、mTORとp70 S6 kinaseが系として関与していると考えられた。

百日咳毒素を8日間連日で投与した細胞は、対照と比較して、細胞質の面積が121〜125%に有意に増大した(p<0.001)。百日咳毒素を8日間および臨床用量のoctreotideを7日間投与した細胞では、対照と比較して、細胞質の面積が118〜125%に有意に増大した(p<0.001)。このように、百日咳毒素を8日間連日で投与した細胞では細胞質の増大を認めたことから、実験で使用した10%FCS含有DMEMに、百日咳毒素感受性G蛋白質を介して細胞質の縮小に働く物質が含まれており、その細胞質縮小効果が百日咳毒素処理によって遮断されたために、細胞質が増大した可能性を考えた。

Octreotideによる細胞質の縮小は、okadaic acid 1nMを投与した細胞ではみられなくなったことから、octreotideによる細胞縮小機構にPP2Aが関与していると考えられた。

これらの結果をまとめると、octreotide は、百日咳毒素感受性G蛋白質とPP2A を介して、mTOR およびp70 S6 kinase を抑制し、細胞縮小に働くと考えられた(図5)。

[結語]

ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構に、百日咳毒素感受性G蛋白質が関与し、その下流に、PP2A、mTORおよびp70 S6 kinaseが介在して、細胞容積を制御すると考えられた。

図1.Octreotide投与により細胞質が縮小した。

図2.PTX処理により、octreotideによる細胞質縮小効果が減弱した。

図3.p70 S6 kinaseシグナル伝達機構(その1)

図4.ウエスタンブロッティングの結果

図5.p70 S6 kinaseシグナル伝達機構(その2)

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はoctreotide投与によるヒトGH産生下垂体腺腫の縮小機構を明らかにするため、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ヒトGH産生下垂体腺腫細胞の透過型電子顕微鏡による観察の結果より、細胞質の縮小に百日咳毒素感受性G蛋白質が関与することが明らかとなった。

2.ウエスタンブロッティングの結果より、octreotide投与群では細胞容積の制御に重要なp70 S6 kinase活性が抑制されることから、octreotideによる細胞質の縮小にp70 S6 kinase活性が関与していることが推測された。また、百日咳毒素やokadaic acid 1nMの処理により、octreotideによるp70 S6 kinase活性の抑制が消失したことから、octreotideによるp70 S6 kinase活性の抑制に百日咳毒素感受性G蛋白質およびPP2Aが関与していると考えられた。

3.免疫染色の結果より、octreotideは、百日咳毒素感受性G蛋白質とPP2Aを介して、mTORを抑制することが示唆された。

4.透過型電子顕微鏡による観察の結果より、rapamycinを投与した細胞において細胞質の縮小がみられたことから、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構にmTORが関与することが明らかとなった。

Octreotideを投与した細胞においても細胞質の縮小がみられたが、rapamycinとoctreotideの両方を投与しても、それぞれを単独で投与した場合以上の細胞質の縮小を認めなかったことから、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構に、mTORとp70 S6 kinaseが系として関与していると考えられた。

また、octreotideによる細胞質の縮小は、okadaic acid 1nMで処理をした細胞ではみられなくなったことから、octreotideによる細胞質の縮小にPP2Aが関与していると考えられた。

以上、本論文は、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構に、百日咳毒素感受性G蛋白質、PP2AおよびmTORが関与することを明らかにした。また、その下流に、p70 S6 kinaseが介在して、細胞容積を制御すると考えられた。本研究はこれまで不明であった、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞容積の制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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