学位論文要旨



No 120319
著者(漢字) 日野,雅予
著者(英字)
著者(カナ) ヒノ,マサヨ
標題(和) 糸球体上皮細胞障害におけるアドレノメデュリンの保護的作用
標題(洋)
報告番号 120319
報告番号 甲20319
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2468号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 菱川,慶一
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

 アドレノメデュリン(adrenomedullin、AM)は1993年Kangawa, Kitamuraらにより発見されたアミノ酸52残基よりなるペプチドで、副腎、心血管、肺、腎その他多くの臓器で産生され、降圧作用のほか利尿作用、ホルモン分泌調節作用など様々な生理作用を有し、さらに抗炎症、抗酸化作用、apoptosisを含めた細胞増殖・分化に関する作用などを有することが報告されてきた。これらの作用は主に臓器・細胞保護的に働くものである。一方AM産生刺激となるものとしては炎症、酸化ストレス、低酸素などがある。すなわち概して言うと、AMは細胞障害性の刺激により産生が上昇し、それらの刺激を打ち消す作用を有しているといえる。またAM受容体は、受容体本体calcitonin-receptor-like receptor (CRLR)と修飾的な受容体蛋白であるreceptor-activity-modefying protein (RAMP)2,もしくはRAMP3との複合体であり、これらも様々な臓器で発現している。

 腎機能を低下させる多くの糸球体疾患は、進行期において当初の原因にかかわらず類似した糸球体硬化像を示し、糸球体硬化を進行させる共通の機構の存在が示唆される。近年様々な糸球体疾患や動物モデルにおいて、糸球体硬化に先行して糸球体上皮細胞の障害が起きることが形態的に観察されてきた。これらのことから、RennkeやKrizらは糸球体上皮細胞の障害が、糸球体硬化症の一次的な原因であると提唱した。

 糸球体上皮細胞(足細胞・podocyte)は高度に分化した細胞であり糸球体基底膜を外側から覆い、その概観からタコ足細胞とも呼ばれる。血中蛋白濾過に際し最終的なバリアー機能を果しており、糸球体上皮細胞の障害は高度の蛋白尿を引き起こす。蛋白尿は、慢性腎不全の進展因子であるのみならず、心血管病の独立した危険因子であることが示されてきており、蛋白尿が生じる主因として、糸球体上皮細胞障害が着目されてきている。

 一方腎臓保護作用を有するアドレノメデュリン(AM)の糸球体上皮細胞における役割はこれまでほとんど検討されてこなかった。その理由の一つは、腎臓全体に占める足細胞の割合は少なく、AMの発現は細胞数の多い尿細管にはっきりと見られるため、足細胞への注目度が低かったことが挙げられる。もう一つは、足細胞はいったん分化すると増殖しないため、これまで継代培養が出来なかったことにある。そのため、均一な条件での細胞を揃えることが困難であり、AMを含め足細胞障害による病態解明の実験が十分に出来なかった。しかし1997年Mundelらは継代可能な糸球体上皮細胞株を樹立し、細胞障害機序についてのアプローチが容易となってきた。われわれもこの細胞株をMundelより分与を受け、実験を行うこととした。

 これまでわれわれの教室では主にAMノックアウトマウスを用い、AMの臓器保護効果について多数報告してきたが、今回我々は培養糸球体上皮細胞を用い、糸球体上皮細胞障害の機序、ならびにAMの保護作用の有無を特に酸化ストレス、アポトーシスの観点から検討することとした。

(1)培養糸球体上皮細胞でのAMの発現とその変化

 腎臓でのAMおよびその受容体の発現は、これまで尿細管での報告が主であり、糸球体におけるそれらの発現の報告は一定していない。また、糸球体上皮細胞における報告は殆どない。その理由の一つは腎臓全体における糸球体および糸球体上皮細胞の細胞数の割合が極めて少ないこと、および先にも述べたように糸球体上皮細胞の培養が困難で発現の有無の検討がこれまで困難であったことがある。そこで、われわれはまず、今回用いたMundelらが樹立した糸球体上皮細胞にAM、およびAM受容体が発現しているかをRT-PCR法で確認することとし、培養糸球体上皮細胞にAM、CRLRおよびRAMP2,3が発現していることを示した。

 また、AMの産生刺激について、これまで他の細胞では酸化ストレスや低酸素および炎症が因子となると報告されてきたが、今回用いた細胞についても、それらの刺激によりAM発現が上昇するか否かを、RIAによる培養上清の蛋白濃度を測定し約2.2-3.5倍、AMの遺伝子発現の変化について定量PCR法を用いて検討し約4.5-8.9倍と、AMの亢進を示した。

(2)puromycin aminonucleoside (PAN) による糸球体上皮細胞の障害機序とAMによるその保護的作用

 動物におけるpuromycin aminonucleoside (PAN) 腎症は、微小変化型ネフローゼ症候群もしくは巣状糸球体硬化症のモデルとなる。PANによる糸球体上皮細胞障害の機序に関してはこれまで多くの報告がなされているが、活性酸素の関与を示唆したものが多く、またapoptosisを示したものも多い。われわれもまた、Mundel作成の糸球体上皮細胞がPANにより活性酸素およびapoptosisを生じているかを検討することとした。まず酸化ストレスについては、蛍光色素CM-H2DCFDAによる活性酸素検出を行いPAN刺激により約1.5倍、活性酸素によるDNA障害で増加する8-OHdG(8-hydroxy-deoxyguanosine)の培養上清中の濃度を測定し約3.2倍、Western blottingによるnitrotyrosine検出での増加を示した。apoptosisについては、Hoechst33342によるapoptosis細胞の計数およびcaspase-3活性の検出によるapoptosisの確認を行い、PANによりapoptosisが増悪する(約22倍)ことを示した。

 糸球体上皮細胞の障害マーカーおよび障害シグナルとしては、これまで障害によりその構成分子蛋白であるnephrinやpodocin, synaptopodinなどが低下するとの報告がなされているが、障害の種類や経過時間などで、発現の傾向が変化するため、汎用できるマーカーが少なかった。ごく最近、抗原提示細胞表面で共刺激因子として発現している分子B7-1について、糸球体上皮細胞の障害の際に発現が増強され、またB7-1ノックアウトマウスでは糸球体障害が軽減されたという報告がなされ、糸球体上皮細胞の障害マーカーおよび障害シグナルとしてのB7-1の有用性が着目されている(Rieser J et al., 2004)。そこで、PAN刺激でB7-1が増加するかを検討し、B7-1の遺伝子発現が約2.8倍に上昇することを示した。

 上述したように、PANによる腎障害の機序は、酸化ストレスの関与が大きいとされている。そこでわれわれは、酸化ストレスを抗酸化剤により抑制したときに、細胞障害マーカーであるB7-1、および酸化ストレスで増加するAMの発現が減少するか否かを検討することとした。酸化ストレスの産生部位としては、細胞膜のNADPH oxidaseおよびミトコンドリアで発生する酸化ストレスが重要である。そこで、抗酸化剤の実験についてこの2系統を抑制する抗酸化剤を用いることとした。定量PCRによりmRNA発現を見たところ、細胞障害マーカーB7-1、およびAMはいずれもミトコンドリア系抗酸化剤を加えることで抑制された。

 また、これも上述したようにPANによる腎障害の機序は、一部は酸化ストレスを介したapoptosisによるとされている。そこで、抗酸化剤を加えたときにapoptosisが抑制されるかを調べることとした。そしてapoptosisが抗酸化剤により抑制されることが示され(control : 0.24±0.16%, PAN : 5.30±0.05%, antimycinA: 0.22±0.01%、DPI: 0.08±0.10%、apocynin: 1.83±0.13%)、酸化ストレスを介するものであることが示唆された。

 AMは酸化ストレスにより産生が刺激され、産生されたAMは抗酸化剤として作用すると考えられる。それではPANによる糸球体上皮細胞障害の機序のである酸化ストレス、および酸化ストレスを介したapoptosisを内因性AMが抑制しているのだろうか。それを確認するためAMの受容体拮抗剤であるCGRP8-37を添加し、酸化ストレスについては蛍光色素CM-H2DCFDAを用い、apoptosisについてはHoechst33342染色により、酸化ストレスおよびapoptosisが増悪するか否かを検討することとした。そしてCGRP8-37により、PAN単独時よりも酸化ストレスが約2.5倍、およびapoptosisが約3.9倍増悪することを示した。

 以上まとめると

1.AMおよびその受容体は、培養糸球体上皮細胞に発現している。

2.このAM発現は、PANを含む細胞障害刺激により亢進する。

3.PANによるapoptosis・細胞障害マーカーB7-1およびその際のAM発現亢進は、抗酸化剤で抑制されることから、酸化ストレスを介するものと考えられる。

4.AM受容体拮抗剤は、PANによる酸化ストレスならびにapoptosisを増強することから、内因性AMは酸化ストレスを抑制することにより抗apoptosis的に作用する。すなわち、AMは糸球体上皮細胞においても細胞保護的な役割を有することが示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、蛋白尿の病因主座である糸球体上皮細胞において、保護的作用を有すると考えられるアドレノメデュリン(AM)の役割を明らかにするため、培養糸球体上皮細胞を用い、細胞障害の機序、ならびにAMの保護作用の有無を特に酸化ストレス、apoptosisの観点から検討したものであり、以下の結果を得ている。

1. 培養糸球体上皮細胞におけるAMおよびAM受容体の発現について、Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction (RT-PCR)法を施行した。その結果、培養糸球体上皮細胞においてAMおよびAM受容体は共に定常状態で発現していることが確認された。

2. 培養糸球体上皮細胞に細胞障害性因子(過酸化水素、低酸素、アルブミン、puromycin aminonucleoside (PAN)、腫瘍壊死因子-α(TNF-a))を加え、AM蛋白濃度が上昇することをRIA法により確認した。PAN、TNF-a刺激によりAM mRNAの発現が亢進することを定量PCRで示した。

3.  PANにより酸化ストレスが亢進することを、蛍光色素による検出、EIA法による培養上清8-OHdG測定、ニトロチロシンのWestern blottingで確認した。またPANによりapoptosisが亢進することをHoechst33342染色およびcaspase-3活性の検出により確認した。さらにPANにより細胞障害マーカーB7-1(CD80)の遺伝子発現が亢進することを定量PCRで示した。

4. PAN投与によるapoptosis・細胞障害マーカーB7-1、よびアドレノメデュリン発現の亢進は、抗酸化剤の投与で抑制されることから、酸化ストレスを介するものと考えられた。

5. AM受容体拮抗剤CGRP8-37は、PANによる酸化ストレスならびにapoptosisを増強することから、内因性AMは酸化ストレスを抑制することによりanti - apoptoticに作用すること考えられた。

 以上、本論文は、培養糸球体上皮細胞にAMが存在することをはじめて示し、細胞障害性刺激に対し、AMは抗酸化作用および抗apoptosis作用を介して細胞保護的な作用を有することを示した。本研究はこれまで未知に等しかった、糸球体上皮細胞障害におけるAMの作用の解明に新たな貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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