学位論文要旨



No 120321
著者(漢字) 本清,雅子
著者(英字)
著者(カナ) ホンセイ,マサコ
標題(和) カリウム欠乏による酸化ストレス増大の分子機序解明
標題(洋)
報告番号 120321
報告番号 甲20321
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2470号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 後藤田,貴也
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 助教授 三村,芳和
 東京大学 講師 大野,実
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

 カリウム(K)はナトリウム(Na)に次いで生体内に多く分布する陽イオンであるにも関わらず、ヒトは進化の過程で腎尿細管を発達させ、Na貯留能を獲得する一方で、Kに関しては容易に排泄する機構を備わった。現代では文明の変化によりNa摂取量は増大しK摂取量は減少するという食生活の変化が起こり、古来にはなかったK欠乏という問題にさらされることとなった。

 Kの生体への影響としてK摂取増大には降圧効果や血管内皮機能の保護、バルーン血管形成術後再狭窄の抑制という利点があり、逆にK欠乏では催不整脈作用、脳卒中発症リスクの増大などの欠点があると報告されている。特にこれまでK欠乏による脳卒中などの心血管事故発症リスク増大に関しては、K欠乏の直接作用によるものか、また血圧変化を介した作用によるものかは議論の余地ある問題とされてきた。しかし近年SHEP (Systolic Hypertension in the Elderly Program)研究のサブ解析により、K欠乏が血圧値とは独立した心血管事故のリスクとなることが指摘された。我々はK欠乏による心血管事故リスクの増大原因として、血管障害の一因である酸化ストレス(ROS)量が増大し血管を直接障害する可能性があると仮定し、K欠乏によるROS量増大とその機序について検討を行った。

 血管ROSの産生系の中心であるNAD(P)H oxidase活性と消去/保護系の中心であるsuperoxide dismutase (SOD)について検討を行った。特に血管特異的に多く存在するSOD familyに着目し、各々の活性及び蛋白量の検討からExtracellular-superoxide dismutase (EC-SOD)が重要であることが示唆された。EC-SODはSOD family中で最も血管に多く、内皮依存性の血管拡張能やROS量を規定すると報告があるため、K欠乏によるROS量増大とEC-SODの関係を明らかにすることを目的とした。

【方法】

ラット

 雄性Sprague-Dawley (SD)ラット(350-400g)を14日間K欠乏食(0.002% K, 0.53% Na)、対照食(1.89% K, 0.53% Na)で飼育し、胸部大動脈および血漿を使用。なお経時的変化を検討した実験では上記食にて5日間飼育したものを使用した。

細胞

 SDラットの胸部大動脈より単離したvascular smooth muscle cell (VSMC)を使用し、透析済みfetal calf serum (FCS)20%を含むDMEM(細胞外K濃度:[K]o=0, 0.2, 1, 3, 5mEq/L)で6-24時間培養したものを使用した。

組織含有K濃度の測定

 ラットの胸部大動脈および心臓を0.75N nitric acidで消化分解した後、原子吸光分析法にて測定した。

ROS量の測定

 血漿8-isoprostane (8-epi PGF2α)量(EIA法)、血管標本およびVSMC破砕抽出液のROS量(lucigenin化学蛍光法)、胸部大動脈中の3-nitrotyrosine量(免疫組織染色法)を測定。

 また機序の検討としてNAD(P)H oxidase依存のROS阻害剤の4,5-dihydroxy-1,3-benzene-disulfonic acid (tiron)、diphenyleneiodonium (DPI)やNOS由来のROS阻害剤のL-NNA、xanthin oxidase由来のROS阻害剤のallopurinol、銅(Cu)をキレートするSOD活性阻害剤のN,N'-diethyldithiocarbamate (DDC)、D-penicillamine、potassium cyanide (KCN)、tetraethylenepentamine pentahydrochloride (TEPA)、triethylenetetramine (TRIEN)で前処理後の血管およびVSMCのROS量をlucigenin化学蛍光法で測定した。

NADPH oxidase活性

 胸部大動脈の破砕抽出液をlucigenin化学蛍光法で測定した。

SOD活性

 NBT法で測定。Mn-SOD活性には3mM KCNを使用した。

SOD蛋白量

 ウェスタン解析で測定し、定量解析にはNIH imageを用いた。

EC-SOD mRNA量

 ノザン解析で測定し、定量解析にはphosphorImager SIを用いた。

EC-SODタンパク合成量

 [35S]-Met/Cysを用いたmetabolic labelling法でVSMCを標識後、EC-SOD抗体で免疫沈降を行い検討。定量解析にはphosphorImager SIを用いた。

EC-SODの分解(degradation)

 [35S]-Met/Cysを用い、Pulse and Chase法により標識したタンパクを経時的に追跡後、EC-SOD抗体で免疫沈降を行い検討。定量解析にはphosphorImager SIを用いた。

【結果】

1)K欠乏による血管への影響〜動物個体での検討

1-1)K欠乏による生体への影響

 K欠乏群では血清K値および血管含有K量のみが有意に低下し(p<0.001, p<0.05)、腎機能、糖代謝および脂質代謝異常の指標には差がなかった。また血圧、心拍数にも差はなかった。体重は早期では差がなかったが14日目には差を認めた。

1-2)K欠乏による血管酸化ストレス(ROS)の増大

 さらにlucigenin化学蛍光法によって測定した血管ROS量は、14日間飼育のK欠乏群では有意に増大したが(p=0.039)、5日間飼育では差を認めなかった。また様々な生体パラメーターのうち血管ROS量と最も強い相関が認められたのは血清K値であり、有意な負の相関が認められた(R2=0.33)。胸部大動脈の3-nitrotyrosine抗体による免疫組織染色でも、K欠乏群では血管内皮に増加を認め、血漿中の8-isoprostane濃度も、K欠乏群で増加した。

 このK欠乏によるROS量増大の機序検討として、薬理学的手法を加えlucigenin化学蛍光法で検討した。L-NNAやallopurinolではK欠乏によるROS量増大は抑制されなかったが、tironやDPIにより抑制された。またDDCやD-penicillamine、KCN、catechol、TEPA、TRIENなどのEC-&Cu/Zn-SOD inhibitorにより対照群のROS量が増大し上述のROS量差が消失した。

1-3)K欠乏による血管NAD(P)H oxidase活性への影響

 K欠乏群では血管のNAD(P)H oxidase活性の増加は認められなかった。

1-4)K欠乏による血管SODへの影響

 K欠乏群では血管の総SOD活性が39.8%低下し、SOD familyのうちMn-SODはむしろ増加したが、EC-SODおよびCu/Zn-SOD活性も39.9%低下した。

 血管のSOD familyのうち、K欠乏群ではEC-SOD蛋白量のみが特異的に減少し(p=0.007)、Cu/Zn-SODは両群間で差はなく、Mn-SODはむしろ増加した(p=0.043)。

なお、K欠乏群では心臓のEC-SODおよびCu/Zn-SOD活性は減少せず、臓器特異性が認められた。

2)K欠乏下によるVSMCへの影響〜培養細胞での検討

2-1)K欠乏によるVSMC ROSの増大

 in vivo同様にVSMCの酸化ストレス量をlucigenin化学蛍光法によって測定した。K欠乏([K]o=1mEq/Lで24時間培養)によりVSMCではPKC activatorのPDBu刺激時にROS量が増大した(p=0.01)。またDDCやD-penicillamine、KCN、catechol、TEPA、TRIENなどのEC-&Cu/Zn-SOD阻害剤によって両群のROS量差が消失した。

2-2)K欠乏によるVSMC SODへの影響

 K欠乏([K]o=1mEq/Lで24時間培養)ではVSMCの総SOD活性(p=0.04)、EC-SOD&Cu/Zn-SOD活性(p=0.04)が低下し、Mn-SOD活性には差はなかった。またPDBu刺激を行っても総SOD活性およびEC-&Cu/Zn-SOD活性の低下を認めた(p=0.002)。

 また蛋白発現レベルではEC-SOD蛋白のみが特異的に[K]o濃度依存性に減少し、Cu/Zn-SOD蛋白は影響を受けなかった。

3)K欠乏によるEC-SOD抑制の機序

3-1) EC-SODは翻訳レベルで制御される

 VSMCにおいてK欠乏はEC-SOD mRNAを低下させず、EC-SOD蛋白の分解亢進も来さなかった。一方K欠乏はVSMCのEC-SOD蛋白新生を[K]o濃度依存性に低下させることが明らかとなった。従ってK欠乏によるEC-SOD低下は少なくとも翻訳レベルで制御されることが示唆された。

3-2)ROS増大によるEC-SOD発現への影響

 K欠乏によるEC-SOD低下がROS自体によるかどうかを検討する目的で、抗酸化剤による効果を検討したが、抗酸化剤はEC-SOD発現に全く影響を及ぼさず、ROS自体は影響を及ぼさないことが分かった。

【考察】

 今回我々はK欠乏が血管ROS量を増大させることを動物個体および細胞レベルで確認し、かつその機序を初めて明らかにした。我々の結果は、ROS産生系ではなく、ROS消去/防御系の鍵となるEC-SODがK欠乏によるROS量増大に少なくとも一部関与することを示した。さらにK欠乏によりEC-SODが翻訳レベルで制御されることがその機序と考えられた。既に遺伝子改変動物においては、ROS消去/防御系の低下で血管ROS量の増大や血管障害を来しうる分子として、EC-SOD、glutathione peroxidase、Cu/Zn-SOD、Mn-SODが明らかにされている。また、血管障害の原因の一つとなるhomocysteineにより防御系のglutathione peroxidaseやEC-SODの発現低下とそれに起因するnitric oxide(NO)系の減弱が示されている。これまで翻訳レベルでEC-SOD発現量に影響を及ぼすものとして報告されているのはhomocysteineのみであり、我々が観察したK欠乏はこれに次ぐものである。今回K欠乏による翻訳レベルでのEC-SOD低下の機序は明らかにしえなかったが、今後その分子機構を明らかにすることによりK欠乏による生体応答反応の一端が明らかになり、K欠乏により心血管リスクが増大する機序の理解が進むものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は降圧利尿薬内服時にしばしば生じるK欠乏が、血管機能に悪影響を及ぼす機序を酸化ストレス(ROS)の観点より検討したものである。K欠乏が血管障害の一因となるROSを増大させるか否かを検証し、さらにその分子機序の一部をはじめて明らかにした。以下に得られた結果を示す。

1. 雄性Sprague-Dawley (SD)ラットを14日間K欠乏食(0.002% K, 0.53% Na各含有)で飼育後、血清K値および血管組織K含量によりK欠乏を確認後、K欠乏によりROS (O2-・)が増大することを三つの手法(lucigenin化学蛍光法、3-nitrotyrosine免疫染色性、8-isoprostane定量)により確認した。K欠乏による血管ROS増大はPKC activatorによるROS産生の刺激下でより顕著となった。

2. SDラット大動脈より単離した培養平滑筋細胞細胞(VSMC)を用い、24時間のK欠乏(培地中K濃度を5から1 mEq/Lに低下)によりVSMCのROS (O2-・)増大をlucigenin化学蛍光法で確認した。

3. 上記in vivoおよびin vitro実験系におけるK欠乏によるROS増大の機序を検討した。薬理学的手法により、K欠乏によるROS増大はNitric oxide synthaseやXanthine oxidaseではなく、NAD(P)H oxidaseに依存することが示唆されたが、K欠乏によりNAD(P)H oxidase活性自体の亢進は認められなかった。そこでSuperoxide dismutase (SOD)阻害薬を用いて同様に検討し、SOD、特にCuを活性中心に有するExtracellular (EC)-SODおよびCu/Zn-SODの関与が示唆された。また実際にin vivoおよびin vitroにおいて、K欠乏によりEC-SODおよびCu/Zu-SOD活性の和が低下していた。蛋白発現レベルでは、K欠乏によりCu/Zn-SODは変化せず、EC-SODが特異的に減少することが明らかとなった。

4. 以上の結果より、K欠乏による血管ROS増大の機序として、EC-SOD低下の関与が示唆されたため、さらに分子機序を検討した。転写レベルはノザン解析法で検討し、K欠乏によるEC-SOD mRNA低下は認められなかった。翻訳レベルは35S-methionine/ cysteineによる代謝ラベル法で検討し、K欠乏により濃度依存性にEC-SOD合成の抑制が認められた。蛋白分解レベルは35S-methionine/ cysteineによるPulse and Chase法で検討し、K欠乏による分解亢進は認められなかった。

 以上、本論文はK欠乏により血管ROSが増大することを確認し、ROS産生亢進下でこの現象が顕著となることを示した。さらに、この機序にEC-SOD低下が関与する可能性を初めて明らかにした。これはROS制御における消去系の重要性を喚起した興味深いものである。また、本論文はK欠乏によりEC-SOD低下が翻訳レベルで制御されうることを明らかにした。

 近年翻訳レベルの制御が病態形成に関与する例がいくつか報告されており、これもそれに次ぐものと考えられる。今後この分子機構を解明することによりK欠乏による生体応答反応の一端が明らかになり、心血管リスクの管理に新たな展望をもたらしうるため、学位の授与に値するものと考えられる。

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