学位論文要旨



No 120322
著者(漢字) 松井,宏光
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,ヒロミツ
標題(和) 肺血管・左室拡張機能障害形成過程における調節因子としての活性酸素種
標題(洋) Reactive oxygen species : a key modulator in the progression of pulmonary vascular remodeling and left ventricular diastolic dysfunction.
報告番号 120322
報告番号 甲20322
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2471号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 浅野,知一郎
 東京大学 助教授 佐田,政隆
内容要旨 要旨を表示する

背景

 活性酸素種(ROS)が、心血管疾患と密接な関係を有することが知られている。ROSの増加が心血管疾患の病勢に相関するだけでなく、ROS自体が病態形成のシグナルであるとする知見が得られつつある。

 まずROSと血管障害に関するモデルとして、低酸素刺激による肺血管障害モデル(ROS on the vascular aspect)を作成した。低酸素刺激は、ROSの過剰産生を介して血管障害を惹起させることが知られている。一方低酸素刺激・ROSはアドレノメデュリン(AM)の発現を亢進させる。AMの持つ血管保護作用はROSの抑制を介することが、AMノックアウトマウス(AM+/+)にangiotensinおよび高食塩を負荷した検討などで報告されている。したがって低酸素刺激-肺血管障害の過程においても、AMの血管保護作用が、ROS抑制を介している可能性が考えられ、今回検討することとした。

 次にROSと心機能障害に関するモデルとして、ROSの過負荷による左室弛緩障害モデル (ROS on cardiac aspect)を作成した。Aortic-bandingによる圧負荷モデルでは、ROSの過剰産生により左室弛緩障害が惹起されることが報告されているが、ROSが圧負荷に非依存的に左室弛緩障害をもたらすかは報告がない。Dahl食塩感受性(DS)ラットでは、高食塩負荷により血圧上昇・ROSの増加・左室拡張障害が誘発される。DSラットに対する高食塩負荷に加え、γ-glutathione合成阻害薬であるBSOを投与しROSを過負荷させ、左室弛緩機能の変化を検討した。

方法・結果

 肺血管障害モデルでは、野生型(AM+/+)およびAM+/-を10%酸素濃度下で3日から21日間飼育した。血管障害を肺動脈の中膜肥厚で、ROS産生を電子スピン共鳴法・3-nitrotyroisine に対する免疫染色にて評価した。慢性低酸素刺激は血管障害・ROS産生の増加を惹起させたが、その程度はAM+/- においてAM+/+ より顕著であった。特にROSの増加は低酸素刺激3日後をピークとする時間経過を示した。一方外因性のAM補充は、抗酸化作用を有するhydroxyl-TEMPOの投与と同様に、AM+/+だけでなくAM+/-においても血管障害を改善し、ROSの増加を抑制した。またRT-PCR法にてAM+/+における低酸素刺激によるAM発現の変化を検討したところ、ROSの時間経過と一致して低酸素刺激3日後をピークとする発現の増加を認めたが、hydroxyl-TEMPOの投与により発現の増加は消失したことから、肺組織においてROSがAM発現増加の刺激となることが示された。以上より、低酸素刺激による肺血管障害形成過程にはROSが関与し、早期からのROS抑制が有用な治療戦略となり得る可能性が示された。また内因性のAMは過剰なROSを抑制するfeed-back機構を担う可能性が示唆された。

 左室弛緩障害モデルでは、ドップラーエコー・観血的測定にて左室弛緩障害を、lucigenin (10 μmol/L) 化学蛍光法で左室組織中のROSの産生を評価した。DSラットに対する4週間の高食塩単独負荷(HS)により、若干の血圧上昇・NADPH oxidase由来のROSの増加・左室弛緩障害を認めた。高食塩に加えBSOを負荷した群(HS+BSO)では、NADPH oxidase活性の亢進・左室弛緩障害は顕著であったが、hydroxyl-TEMPO によりROSを消去した群(HS+TEMPO)ではNADPH oxidase活性は低下し、左室機能も改善していた。HS+BSO群では血圧上昇を認めなかったことから、ROSの過負荷により血圧に非依存的に左室弛緩障害が惹起されることが示された。特にこの過程において、ROS過負荷によりNADPH oxidaseが活性化されるfeed-forward機構の存在が示唆された。さらに負荷を8週間に延長すると、HS群においても、BSOを単独投与した群(NS+BSO)と同様に顕著なNADPH oxidaseの亢進・左室弛緩障害を認めた。このNADPH oxidaseの亢進・左室弛緩障害はROSを消去したHS+TEMPO群では改善したが、hydralazineによって十分に降圧させた群(HS+HY)では改善は認められなかった。

以上の結果から、過剰なROSの負荷と同様に、食塩感受性に対する慢性的な高食塩負荷によっても、血圧には非依存的に左室のNADPH oxidase活性が亢進し、左室弛緩障害が惹起されることが示された。

結語

 ROSが血管障害や心機能障害の病態形成において持つ重要性が示された。様々な病態において、早期よりROSを減少させる治療が有効である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 心血管疾患と密接な関係を有するだけでなく、病態形成のシグナルとされる活性酸素種(ROS)と、血管障害・心機能障害との関係を明らかにするため、低酸素刺激による肺血管障害モデル・ROSの過負荷による左室弛緩障害モデルにて検討し、以下の結果を得ている。

1.肺血管障害モデルでは、抗酸化作用を有するアドレノメデュリン(AM)ノックアウトマウス(AM+/-)を用い、ROS産生刺激である低酸素暴露に対する反応を野生型(AM+/+)と比較することで、ROSと肺血管障害との関係の明瞭化を試みた。AM+/+およびAM+/-を10%酸素濃度下で3日から21日間飼育し、血管障害を肺動脈の中膜肥厚で、ROS産生を電子スピン共鳴法・3-nitrotyroisine に対する免疫染色にて評価した。その結果、慢性低酸素刺激は血管障害・ROS産生の増加を惹起させたが、その程度はAM+/- においてAM+/+ より顕著であった。特にROSの増加は低酸素刺激3日後をピークとする時間経過を示すことが確認された。

2.外因性のAM補充は、抗酸化作用を有するhydroxyl-TEMPOの投与と同様に、AM+/+だけでなくAM+/-においても血管障害を改善し、ROSの増加を抑制した。

3.RT-PCR法にてAM+/+における低酸素刺激によるAM発現の変化を検討したところ、ROSの時間経過と一致した発現の増加を認めたが、hydroxyl-TEMPOの投与により発現の増加は消失したことから、肺組織において、ROSがAM発現増加の刺激となり、さらにAMが過剰なROSを抑制するfeed-back機構の存在が示唆された。

4.左室弛緩障害モデルでは、Dahl食塩感受性(DS)ラットに対し、高食塩負荷に加え、γ-glutathione合成阻害薬であるBSOを投与しROSを過負荷させ、左室弛緩機能の変化を検討した。ドップラーエコー・観血的測定にて左室弛緩障害を、lucigenin化学蛍光法で左室組織中のROSの産生を評価した。DSラットに対する4週間の高食塩単独負荷(HS)により、若干の血圧上昇・NADPH oxidase由来のROSの増加・左室弛緩障害を認めた。高食塩に加えBSOを負荷した群(HS+BSO)では、NADPH oxidase活性の亢進・左室弛緩障害は顕著であったが、hydroxyl-TEMPO によりROSを消去した群(HS+TEMPO)ではNADPH oxidase活性は低下し、左室機能も改善していた。HS+BSO群では血圧上昇を認めなかったことから、ROSの過負荷により血圧に非依存的に左室弛緩障害が惹起されることが示された。特にROS過負荷によりNADPH oxidaseが活性化されるfeed-forward機構の存在が示唆された。

5.さらに負荷を8週間に延長すると、HS群においても、BSOを単独投与した群(NS+BSO)と同様に顕著なNADPH oxidaseの亢進・左室弛緩障害を認めた。このNADPH oxidaseの亢進・左室弛緩障害はHS+TEMPO群では改善したが、hydralazineによって十分に降圧させた群(HS+HY)では改善は認められなかった。したがって、過剰なROSの負荷と同様に、食塩感受性に対する慢性的な高食塩負荷によっても、血圧とは非依存的に左室のNADPH oxidase活性が亢進し、左室弛緩障害が惹起される可能性が示された。

 以上、本論文はROSが血管障害や心機能障害の病態形成においてもつ重要性を明らかにした。特に早期よりROSを減少させる治療が有効である可能性が示唆されたことは、今後の臨床治療における新たな展望に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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