学位論文要旨



No 120323
著者(漢字) 劉,静
著者(英字) Liu,Jing
著者(カナ) リュウ,ジン
標題(和) アドレノメデュリンの生理作用検討 抗酸化作用の検討
標題(洋) Physiological role of Adrenomedullin as an antioxidant
報告番号 120323
報告番号 甲20323
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2472号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 浅野,知一郎
 東京大学 講師 大野,実
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

 アドレノメデュリンは当初細胞内cAMPを増加させる因子として副腎褐色細胞腫より単離同定されたペプチドで降圧作用を有することが報告された。現在では、アドレノメデュリンが全身の臓器、特に心臓、血管、腎臓といった高血圧症の標的臓器から産生されること、また、その受容体もこれら臓器に存在することが知られ、降圧作用以外にも多くの生理作用を有することが報告された。特に最近では抗酸化作用が注目されている。

 我々の検討から活性酸素は血管平滑筋でのアドレノメデュリン産生を亢進させることがわかってきた。アドレノメデュリンノックアウトマウスを用いて酸化ストレスと臓器障害の関係を検討したところ、アンジオテンシン負荷によりノックアウトマウスでは酸化ストレスのマーカーである8-iso-prostaglandin 2αの排泄が増加し、また、冠動脈においてNADPH oxidaseのコンポーネントであるp67phoxが増加していた。さらに、このノックアウトマウスでは著明な冠動脈周囲の繊維化と内腔の狭窄が認められた。このことはアドレノメデュリンの欠乏は酸化ストレスを増加させ、また酸化ストレスによる細胞障害を助長させることを意味し、アドレノメデュリンが酸化ストレスによる細胞障害に対する内因性の防御因子であることを示唆する。ところが細胞レベルでの具体的な抗酸化メカニズムがまだ解明されていない。

 そこで、今回、我々は片側尿管結紮モデルマウス(UUO)及び血管平滑筋細胞(VSMC)を用いて、アドレノメデュリンの抗酸化ストレスメカニズムを解明することを目的としてin vivo とin vitro の研究を行った。

 アドレノメデュリンは腎においてナトリウム利尿作用や、細胞外基質の蓄積を減少させたり、TGF-β1 の分泌を抑制させることが知られている。そこで、我はin vivo でアドレノメデュリンの腎保護作用が酸化ストレスと関連するか検討した。片側尿管結紮モデルでは局所レニンアンジオテンシン系及び酸化ストレスを介して腎間質の線維化を生じる。本研究はアドレノメデュリンノックアウトマウスを用いて片側尿管結紮モデルを作成し、病変を検討するとともにアンジオテンシンII受容体拮抗剤の効果も検討した。TGF-β1, collagen III, α-SMA と PCNAは線維化のマーカーとして、組織免疫染色及びmRNAレベルで検討した。酸化ストレスのマーカーとしては、NF- Bの活性化にて評価した。野生型の片側尿管結紮モデルではshamモデルと比べ尿細管の拡大と萎縮をみとめ、組織におけるTGF-β1, collagen III, α-SMA, PCNAは腎尿細管間質おいて増加を認めた。アドレノメデュリンノックアウトマウスにおいては、これらの変化は更に著明に認めた。片側尿管結紮モデルではNF- Bの活性化の発現の増加がみとめられ、この変化はアドレノメデュリンノックアウトマウスで更に強い変化となって認められた。これら全ての変化は、アンジオテンシンII受容体拮抗薬valsartanで改善を認めた。これらの結果から、片側尿管結紮モデルでは局所のレニンアンジオテンシン系が亢進することで、酸化ストレスが産生され、病理変化を生じること、さらに、血管拡張ペプチドであるアドレノメデュリンは腎間質障害においても酸化ストレスを抑制することで保護的に働く可能性が示された。

 アドレノメデュリンの抗酸化作用のメカニズムをアンジオテンシンとの関連において、特に酸化ストレス産生系に着目してin vitroでの検討を行った。ラットの培養平滑筋細胞を用いて、アンジオテンシンIIによる活性酸素の産生をアドレノメデュリンが抑制するかどうかを検討した。アンジオテンシンIIは10-8から10-6mol/Lにおいて濃度依存的に活性酸素を産生させたが、その効果はアドレノメデュリンにより濃度依存的に抑制された。アドレノメデュリンの作用を細胞情報伝達経路からさらに詳しく検討した。アンジオテンシンIIによる活性酸素の産生はSrcのリン酸化を介してNADPH oxidaseを活性化させることが知られていたため、Srcリン酸化に与える影響を検討した。アドレノメデュリンは、Srcのリン酸化を抑制し、またアンジオテンシンIIによるCsk(Srcの負性調節因子)の活性化をさらに亢進させた。Srcのリン酸化の抑制は、dibutyl-cAMPで同様に認め、H-89(PKA拮抗剤),CGRP(8-37)( アドレノメデュリン受容体拮抗剤)でブロックされた。

 このことからアドレノメデュリンはcAMP,PKAを介して、Cskの活性化さらにSrcのリン酸化の抑制を行い、アンジオテンシンIIによる活性酸素の産生を抑制しているということが明らかになった。これらの結果はアドレノメデュリンが平滑筋細胞における活性酸素の産生の抑制を行うことにより、臓器保護的に作用していることを示した。

 今回の実験により、アドレノメデュリンは血管拡張作用やナトリウム利尿作用だけでなく、酸化ストレスを抑制することでさまざまな臓器において保護的な作用を併せ持っていることが証明された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、降圧、また酸化ストレスによる細胞障害に対する内因性の防御因子と考えられるペプチドアドレノメデュリンの抗酸化ストレスメカニズムを解明するため、 片側尿管結紮モデルマウス(UUO)及び血管平滑筋細胞(VSMC)を用いて、in vivo とin vitro の研究を行って、下記の結果を得ている。

1.アドレノメデュリンノックアウトマウスを用いて片側尿管結紮モデルを作成し、病変を検討した。TGF-β1, collagen III, α-SMA と PCNAは線維化のマーカーとして、組織免疫染色及びmRNAレベルで検討したところ、野生型の片側尿管結紮モデルではshamモデルと比べ尿細管の拡大と萎縮をみとめ、組織におけるTGF-β1, collagen III, α-SMA, PCNAは腎尿細管間質おいて増加を認めた。アドレノメデュリンノックアウトマウスにおいては、これらの変化は更に著明に認めた。

2.酸化ストレスのマーカーとしては、NF- Bの活性化にて評価した。片側尿管結紮モデルではNF-κBの活性化の発現の増加がみとめられ、この変化はアドレノメデュリンノックアウトマウスで更に強い変化となって認められた。

3.これら全ての変化は、アンジオテンシンII受容体拮抗薬valsartanで改善を認めた。これらの結果から、片側尿管結紮モデルでは局所のレニンアンジオテンシン系が亢進することで、酸化ストレスが産生され、病理変化を生じること、さらに、血管拡張ペプチドであるアドレノメデュリンは腎間質障害においても酸化ストレスを抑制することで保護的に働く可能性が示された。

4.アドレノメデュリンの抗酸化作用のメカニズムをアンジオテンシンとの関連において、特に酸化ストレス産生系に着目してin vitroでの検討を行った。ラットの培養平滑筋細胞を用いて、アンジオテンシンIIによる活性酸素の産生をアドレノメデュリンが抑制するかどうかを検討した。アンジオテンシンIIは10-8から10-6mol/Lにおいて濃度依存的に活性酸素を産生させたが、その効果はアドレノメデュリンにより濃度依存的に抑制された。

5.アドレノメデュリンの作用を細胞情報伝達経路からさらに詳しく検討した。アンジオテンシンIIによる活性酸素の産生はSrcのリン酸化を介してNADPH oxidaseを活性化させることが知られていたため、Srcリン酸化に与える影響を検討した。アドレノメデュリンは、Srcのリン酸化を抑制し、またアンジオテンシンIIによるCsk(Srcの負性調節因子)の活性化をさらに亢進させた。Srcのリン酸化の抑制は、dibutyl-cAMPで同様に認め、H-89(PKA拮抗剤),CGRP(8-37)( アドレノメデュリン受容体拮抗剤)でブロックされた。このことからアドレノメデュリンはcAMP,PKAを介して、Cskの活性化さらにSrcのリン酸化の抑制を行い、アンジオテンシンIIによる活性酸素の産生を抑制しているということが明らかになった。

 以上、本論文はアドレノメデュリンが平滑筋細胞における活性酸素の産生の抑制を行うことにより、臓器保護的に作用していることを示した。本研究はアドレノメデュリンの臓器保護メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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