学位論文要旨



No 120325
著者(漢字) 宮本,悦子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,エツコ
標題(和) パーソナリティー及び生活習慣と前立腺癌のリスク
標題(洋) Personality,Lifestyle and the Risk of Prostate Cancer
報告番号 120325
報告番号 甲20325
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博第2474号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 武内,巧
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 佐々木,司
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

 前立腺癌の発症におけるパーソナリティ及び生活習慣要因の寄与の程度及びそのメカニズムを検討することを目的とする。具体的には食生活習慣、パーソナリティ関連要因(パーソナリティ特性、ストレス対処、感情状態)に加えて、それらとの交絡や相乗効果を示す可能性のある身体的要因(精管結紮術既往、糖尿病既往、生活習慣、喫煙習慣、家族歴、身長、体重等)やホルモン(androgen、cortisol、ACTH)と、前立腺癌発症との関連を検討するための準前向き研究(生検前症例対照研究)を行う。

[方法]

 前立腺癌の確定診断を目的に国立がんセンター泌尿器科に2001年4月より2003年3月の間に入院した患者217名を対象にして、生検前日に以下の質問紙への回答と面接を行い生検当日に採血を実施した。生検の結果、前立腺癌と診断された患者(ケース)は106名、それ以外の患者(コントロール)は111名となった。そのうち30名は重複癌、もしくは他癌の既往があり除外。その他若年者(40歳)1名、生検結果、異型細胞(atypical glands)を示した13名(うち1名は重複癌)、PSA (prostate specific antigen) が3192.8(ng/dl)と1人だけ4桁以上を示した者、精神疾患合併2名、質問紙回答の協力が得られなかった2名、フォローアップ中の再生検で前立腺癌と診断されたコントロールの5名(うち1名重複癌、2名異型細胞)、を解析から除外した。その結果、ケース86名、コントロール81名を対象にして、2群間で各変数に差があるかどうかを多重ロジスティック回帰分析により検討した。なお、本研究は国立がんセンター倫理委委員会での承認を得ており、対象者全員に対して研究の目的と内容を書面で説明した後、文書による同意を得た。

[調査項目]

臨床情報記入票:年齢、身長、体重、初診年月日、外来でのPSA値、疾患名、Stage、治療、

病理組織などの対象者の疾患に関する臨床情報。

病歴・生活習慣アンケート:既往歴、精管結紮術既往、家族歴、結婚歴、患者による生検結果の予測、生活習慣(森本らが作成した自記式調査票)。

食品摂取頻度票:厚生省多目的コホート研究において妥当性を評価された質問票で、個々の食品の摂取頻度から脂質・カルシウム・ビタミンA・レチノール・カロテン・たんぱく質・ビタミンC等の個々の栄養素の摂取量を算出。

SIRI33:タイプ1(癌に罹患しやすい)、タイプ2(虚血性心疾患に罹患しやすい)、タイプ3(タイプ1とタイプ2の特徴を併せ持ち精神病質的)、タイプ4(自律的・健康的)、タイプ5(合理的・反情緒的)、タイプ6(反社会的)の6つのパーソナリティを評価。

NEO-FFI (NEO Five-Factor Inventory):神経質、外向性、開拓性、愛想のよさ、誠実さの5つのパーソナリティ特性を評価。

CISS (Coping Inventory for Stressful Situations):ストレス状況に対する対処様式を課題優先対処、情緒優先対処、回避優先対処の3側面から評価。

POMS (Profile of Mood States):緊張・不安、抑うつ・落込み、怒り・敵意、活気、疲労、混乱の6つの感情・気分を評価。

M.I.N.I.(精神疾患簡易構造化面接法):精神疾患の診断のために短時間で施行可能な構造化面接法であり、上記質問紙内容の確認と併せて前日に面接を施行。

空腹時採血:血清中testosterone、遊離testosterone、androsterone、cortisol、ACTHを測定。

[結果]

 まず、前立腺癌発症における食生活習慣要因の寄与及びそれらと交絡、相乗効果を示す可能性のある身体的要因(年齢、前立腺癌家族歴、精管結紮術既往、糖尿病既往歴、身長、喫煙習慣、喫煙指数)、男性ホルモン(血清中testosterone、遊離testosterone、androsterone)を説明変数として、変数増加法(投入基準p=0.05、除去基準p=0.05)による多重ロジスティック回帰分析を行なった結果、レチノールの摂取量低下(1標準偏差増加当たりのオッズ比 = 0.59, 95%信頼区間 = 0.39-0.88)と前立腺癌家族歴(オッズ比 = 14.47, 95%信頼区間 = 1.63-128.77) が選択され、それぞれ独立に前立腺癌発症リスクファクターと見なしうることが示された。

 次に、パーソナリティー要因の寄与を調べるため、パーソナリティー関連要因(タイプ1パーソナリティ、NEO-FFIの5因子、CISSの3因子)を説明変数として、変数増加法(投入基準p=0.05、除去基準p=0.05)による多重ロジスティック回帰分析を行なった結果、タイプ1パーソナリティーのみが選択された。そこで、改めてレチノール、前立腺癌家族歴を加えた3変数を説明変数として多重ロジスティック回帰分析をおこなったところ、タイプ1パーソナリティーはこれらの変数とは独立に(オッズ比 = 4.51, 95%信頼区間 = 1.34-15.15)癌発症のリスクファクターと見なしうることが示された。一方、癌になった結果、またはその過程で変動すると思われるPSA、患者による生検結果の予測、POMSの6因子、ACTHのうち、多重ロジスティック回帰分析によって前立腺癌の有無と有意な関連を示したPSA、患者による生検結果の予測の2変数を上記の3変数(レチノール、前立腺癌家族歴, タイプ1パーソナリティー)に加えて、さらに多重ロジスティック回帰分析を行なった結果でも、タイプ1パーソナリティは独立に癌発症のリスクファクターと見なしうることが示唆された。

[結論]

 前立腺癌発症に関して食生活習慣や身体的要因ではレチノール摂取の低下と前立腺癌の家族歴がリスクを増大させる可能性が示唆された。一方パーソナリティ関連要因では、タイプ1パーソナリティ(社会的同調性)のみが選択され、レチノール、前立腺癌家族歴を説明変数に加えても、独立して有意に関与していることが示された。本研究は、癌であるかどうかが確定していない生検前の患者を対象にしているが、それでも横断的な症例対照研究であるため、因果関係について断定することはできない。さらにケース、コントロールともPSAが高値であることや直腸診や超音波検査で癌の疑い所見がある患者が多いといった傾向がある。また多くの質問紙が自己記入式であることから回答に偏りが生じる可能性もある。それらの限界の下で、タイプ1が前立腺癌発症のリスクファクターとなる可能性を主張するためには、癌を発症した結果タイプ1傾向が高まったのではないことの裏づけを得る必要がある。そのひとつの傍証として、他のパーソナリティ関連要因にケースとコントロールの間で有意差を示したものがないことが挙げられる。もし癌になった結果、パーソナリティ全般に変化が起こるのであれば、包括的にパーソナリティを評価しているNEO-FFIに差が出るはずであるし、一方、不安や抑うつが強くなった結果SIRI33の回答傾向が変わったとすれば、POMSの下位尺度に差が認められるはずである。さらに、癌であると予測することや、癌に罹患していることの身体的影響が何らかの影響をもたらしているのではないかと考えて、患者による予測とPSAを共変量とした結果でも、タイプ1パーソナリティは独立に有意な関連を示すことが明らかになった。

 今回の結果からは、レチノールの摂取不足、前立腺癌家族歴、タイプ1パーソナリティ(社会的同調性)が、相乗効果を持ちながら、前立腺癌発症に関わっている可能性が示されたが、その一方で、パーソナリティ要因と前立腺癌発症の媒介要因に関しては明らかにできなかった。したがって、今後、タイプ1パーソナリティが癌発症に関わるメカニズムを明らかにするために、精神神経免疫学的研究や遺伝学的研究を進めると同時に、横断的な症例対照研究の限界を踏まえ、レチノール摂取不足およびタイプ1と前立腺癌発症の因果関係を確定するための前向き研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、前立腺癌の発症におけるパーソナリティ及び生活習慣要因の寄与の程度及びそのメカニズムを検討したもので、下記の結果を得ている。

1. まず生検前の入院患者167名を対象にして調査をおこない、前立腺癌発症における食生活習慣要因の寄与及びそれらと交絡、相乗効果を示す可能性のある身体的要因を説明変数として、多重ロジスティック回帰分析を行なった結果、レチノールの摂取量低下と前立腺癌家族歴が選択され、それぞれ独立に前立腺癌発症リスクファクターと見なしうることが示された。

2. 次に、パーソナリティー要因の寄与を調べるため、パーソナリティー関連要因を説明変数として、多重ロジスティック回帰分析を行なった結果、タイプ1パーソナリティ(社会的同調性)のみが選択され、レチノール、前立腺癌家族歴を説明変数に加えても、独立して有意に関与していることが示された。さらに、癌であると予測することや、癌に罹患していることの身体的影響が何らかの影響をもたらしているのではないかと考えて、患者による予測とPSAを共変量とした結果でも、タイプ1パーソナリティは独立に有意な関連を示すことが明らかになった。

 以上、前立腺癌の発症におけるパーソナリティを中心とした検討は本研究が初めてであり、生活習慣要因ではレチノール摂取不足、パーソナリティー要因ではタイプ1(社会的同調性)が独立に前立腺癌発症との有意な関連を示したことも本研究の特徴と言える。よって、前立腺癌の発症におけるパーソナリティ及び生活習慣要因の寄与の程度及びそのメカニズムを検討するにあたり、本研究は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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