学位論文要旨



No 120326
著者(漢字) 陳,明翰
著者(英字) Chen,Ming-Han
著者(カナ) チン,メイカン
標題(和) 造血器腫瘍に対する新たな細胞標的治療法の開発に関する研究
標題(洋) Development of Novel Cell-targeted Therapeutics Against Hematological Malignancies
報告番号 120326
報告番号 甲20326
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2475号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学  千葉,滋
 東京大学  本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

 近年ヒトゲノム解析の進歩に伴って疾患関連遺伝子が次々と同定されている。悪性腫瘍の領域でも、特定のがん種の発症や進展に関与する遺伝子が多数クローン化されており、その産物である量的・質的に異常なタンパク質は有望な治療標的と考えられている。実際、BCR-ABLキメラ遺伝子に起因する慢性骨髄性白血病に対して、その産物であるBcr-Ablチロシンキナーゼの選択的阻害剤イマチニブが投与され、画期的な効果を挙げている事実は大きな注目を集めた。また、上皮成長因子レセプター(EGFR)の特定部位に変異を有する非小細胞性肺癌に対するEGFRキナーゼ阻害剤ゲフィチニブの有効性も最近の話題である。しかしながら、既存の抗ガン剤や同様の作用機序を有する低分子化合物ががん薬物療法の主役であることに変わりない。白血病や悪性リンパ腫に代表される造血器腫瘍は全身性の疾患であり、固形がんに比べて抗ガン剤に対する感受性が高いため、複数の抗ガン剤を組み合わせて投与する多剤併用化学療法が通常第一選択となる。また、悪性リンパ腫に対しては放射線療法も行われる。これらの治療法は造血器腫瘍に対して有効であるが、がん組織だけでなく正常組織にも影響してしまい、化学療法時にはほぼ全身の臓器に障害が及ぶため、患者は多くの副作用に耐えなければならない。また、骨髄・心臓・肝臓・腎臓など重要臓器に対する障害の程度によって投与量は制限され、抗ガン剤の蓄積毒性は時に致死的となる。一方、放射線の場合は治療範囲も効果も制限されるが、照射量が多くなれば皮膚やがん周囲の正常組織への障害は避けられない。

 理想的な抗ガン剤は、可能な限りがん細胞だけに強力な障害作用を発揮する薬である。前述の分子標的薬はこの理念に従って開発された治療法であるが、特定の表面形質を示す細胞だけを狙い撃ちする細胞標的薬も同様の治療法であり、その開発は今後のがん治療における重要課題のひとつである。細胞標的薬は、効能を発揮する薬剤とがん細胞へ薬剤を導くナビゲーターからなる。既にB細胞性リンパ腫の治療薬として汎用されている抗CD20モノクローナル抗体(リツキシマブ)は、Fab部分がナビゲーターとなり、Fc部分が補体依存性細胞融解や抗体依存的細胞障害活性を媒介している。いっぽう、抗体結合後速やかに内部化される表面抗原を標的とする場合は何らかの工夫が必要である。例えば、骨髄性白血病治療薬ゲムツズマブは抗CD33モノクローナル抗体に抗ガン剤カリキアマイシンを架橋することによって毒性を付与している。

 本研究において私は、造血器腫瘍を対象とする新たなドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発を試みた。本システムの特徴の第一は薬剤を封入したリポソームにモノクローナル抗体やサイトカイン等のリガンドを結合させて細胞標的化した点(イムノリポソーム)、第二は体内投与時に細網内皮系での捕捉を回避し、血中滞留性を向上させるためリポソームをポリエチレングリコール(PEG)修飾した点、第三は多種類のリガンドに簡便にリポソームを結合できるようにストレプトアビジン(SA)-ビオチン結合を応用した点である。このシステムが首尾よく働けば、リガンドと薬剤封入リポソームの組み合わせ次第でいろいろな種類の造血器腫瘍に対応可能である。

 今回標的とした表面抗原は、大部分の骨髄性白血病に発現しているCD33、T/NK細胞腫瘍の他骨髄性白血病の一部に発現するCD7、さらに骨髄性白血病や一部のB細胞性腫瘍に発現する顆粒球コロニー刺激因子レセプター(G-CSF Receptor、GR)である。これらの表面抗原は、(1)生理的な発現が特定の血球系列に限られており、造血幹細胞には認められないこと、(2)リガンド結合後速やかに細胞内へ内部化されること、(3)GR以外は腫瘍細胞における発現量が概して高いことを根拠として選択した。また、GRは8;21転座を有する急性骨髄性白血病(AML)において過剰発現することが知られている。実験に用いたビオチン化マウス抗ヒトCD33モノクローナル抗体(Bi-anti-CD33 MAb)およびビオチン化マウス抗ヒトCD7モノクローナル抗体(Bi-anti-CD7 MAb)はいずれも市販品を購入し、ビオチン化ヒトG-CSF(Bi-G-CSF)は中外製薬より供与を受けた。PEGリポソームは、dipalmitoyl phosphatidylcholine(DPPC)とコレステロール(CH)の割合が2:1(m/m)となる基本組成に末端にマレイミド基を有するPEG脂質誘導体(DSPE-PEG-mal)を2mol%添加し、reverse-phase evaporation法およびextrusion法により調整した。実験目的に応じて、リポソーム内に蛍光色素カルセイン(Cal)やシトシンアラビノシド(AraC)を封入した。未封入の化合物をゲルろ過カラムにより除去した後、SAをSPDP法によりPEG末端に共有結合させた。

 まず、Cal封入SA-PEGリポソームを用いて、標的分子特異的なリポソームの結合と標的分子が媒介するリポソームの内部化が認められるかどうかフローサイトメトリー法で検討した。AML由来のIMS-M2細胞にBi-anti-CD33 MAbを結合させた後Cal封入SA-PEGリポソームを添加すると、IMS-M2細胞はCalの蛍光で染色された。この蛍光染色は未標識のanti-CD33 MAbによって用量依存的に阻害されるため、IMS-M2細胞に対するリポソームの結合はCD33が媒介することが示された。また、リポソーム結合後のIMS-M2細胞を37℃で孵置すると、細胞表面に結合したリポソームは30分後には内部化するので、蛋白分解酵素プロナーゼで細胞を処理した時の蛍光強度の変化は少なかった。一方、アジ化ソーダ存在下では内部化が阻害されるため、プロナーゼ処理で蛍光強度は明らかに低下した。このBi-anti-CD33 MAbとCal封入SA-PEGリポソーム複合体のIMS-M2細胞内への取り込みは共焦点レーザー顕微鏡を用いた実験でも確認された。リガンド依存的なCal封入SAv-PEGリポソームの結合と内部化を、Bi-anti-CD7 MAbについてはT細胞性白血病由来Jurkat細胞を用いて、Bi-G-CSFについては8;21転座型AML由来のKasumi-1細胞を用いて検討した。いずれもIMS-M2細胞と同様の結果が得られた。さらに、細胞株だけでなく、AML患者より分離された白血病細胞についても、リガンド依存的なCal封入SA-PEGリポソームの結合と内部化を確認することができた。

 次に、Calの替わりにAra-C 63μg/mlを封入したSA-PEGリポソームを作製し、前記3種類の細胞株(IMS-M2,Kasumi-1、Jurkat)に対する細胞障害活性を検討した。その結果、いずれの細胞においても、ビオチン化リガンドとSA-PEGリポソームの組み合わせのほうがフリーAra-Cより低濃度で強い細胞障害活性を示した。IC50で比較すると、フリーAra-Cに対してBi-G-CSFは約2倍、Bi-anti-CD33 MAbは約10倍、Bi-anti-CD7 MAbは約10倍高い活性を示した。

 新たに開発したこのDDSが試験管内では予想通り働くことが確認できたので、生体における細胞標的化に応用可能かどうかマウスを用いて実験した。NOD-SCIDマウスにIMS-M2細胞5x106個を静注すると、約4週間後にマウスは両下肢の麻痺を呈し、白血病を発症する。そこで、麻痺を呈したマウスの尾静脈からBi-anti-CD33 MAbを静注し、さらに15分後にCal封入SA-PEGリポソームを静注した。1時間後にマウスを解剖して、末梢血ならびに骨髄、脾臓におけるIMS-M2細胞の分布とCalで蛍光染色された細胞の比率をフローサイトメトリーで調べた。その結果、末梢血と脾臓に検出されたIMS-M2細胞の90%以上が蛍光染色されたが、骨髄中のIMS-M2細胞の標識率は10%と低率であった。なお、マウス血球の非特異的な蛍光染色はほとんど認められなかった。組織間で標識率に差異が生じた理由は不明であるが、この実験で生体における細胞標的化も確認できた。

 以上より、私が開発したイムノリポソームによるDDSは細胞標的治療の有効な手段と考えられる。造血器腫瘍の分野ではリツキシマブの成功例があり、またDoxilなどリポソーム化抗ガン剤も既に海外では認可されている。しかし、ドキソルビシンを封入した抗胃がん細胞MAb結合PEGリポソーム(MCC465)が臨床第一相試験中であることを除けば、イムノリポソームはまだ開発段階である。本研究でSA-ビオチン結合に着目した理由は、リガンドならびに抗ガン剤の選択肢を広げて可及的多くのがんへ応用するためである。なお、SAは異種タンパク質であるため使用できる状況が制限される可能性もあるが、現在いくつの臨床試験でSA-ビオチン結合を利用した細胞標的放射線治療が試みられており、安全性が高いことが判ってきている。このタイプのDDSは、試験管内で有効であっても非特異的副作用のため全身投与が困難な薬剤については唯一有望な送達方法である。イマチニブに代表される分子標的薬も大量投与による副作用は避けられないため、疾患によっては十分な薬効が得られない。特に多種類の正常組織や細胞に影響するシグナル伝達阻害剤は細胞標的化しなければ臨床応用できない。この観点から、本研究成果は、試験管内では有望であるがそのままでは投与できない薬剤に実用化の途を開くものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、白血病などの造血器腫瘍に対して特異的に薬物を送達するシステムの開発を目的として、ストレプトアビジン(SA)とビオチンの特異的かつ強力な結合を利用した細胞標的リポソーム製剤を作製し、薬物の送達効率および内封した抗ガン剤の効果について基礎検討を行い、下記の結果を得ている。

1.蛍光色素カルセイン(Cal)を内封したストレプトアビジンPEGリポソーム(SAL)を用いて、ビオチン化(Bi-)リガンドを介した標的分子発現細胞との結合および内部化をフローサイトメトリーと共焦点顕微鏡により検討した。Bi-リガンドとして抗CD33抗体、抗CD7抗体およびG-CSFを用いたが、Cal-SALはBi-リガンド依存的に造血器腫瘍細胞株および患者白血病細胞と結合し、細胞内へ効率よく内部化されることが示された。また、本システムではリガンドの標的分子への結合能を損なうことがないため、抗体のみならず各種サイトカインなど生理活性物質を細胞標的化に応用できる可能性が示唆された。

2.本研究で選択した標的分子は、いずれも造血幹細胞には発現せず、特定の細胞系列のみに発現し、リガンド結合後速やかに内部化する表面抗原である。すなわち、骨髄系細胞に発現するCD33、T細胞およびNK細胞系列と造血前駆細胞の一部で発現しているCD7、さらに骨髄系細胞やB細胞に発現が認められる顆粒球コロニー刺激因子レセプター(G-CSFR)であるが、どれを標的分子にしてもSALはBi-リガンド結合後の細胞に内部化でき、有用であると考えられた。

3.本研究で開発したリポソーム系の有効性はin vitroだけでなくin vivoの系でも示された。AML細胞株IMS-M2移植免疫不全マウスにあらかじめBi-抗CD33抗体を投与した後、Cal-SALを静注すると末梢血と脾臓に浸潤したIMS-M2細胞の90%以上が蛍光標識された。一方、骨髄中のIMS-M2細胞の標識率は低く、この原因の究明と送達効率の改善が将来の課題である。

4.抗ガン剤AraCを封入したSAL(AraC-SAL)を用いて細胞障害性を検討した結果、3種類の白血病細胞に対してBi-リガンドとAraC-SALを組み合わせたほうが非封入状態のAraCより低濃度で強い細胞障害活性を示した。

 以上のように、本論文では、SALが、Bi-リガンドを介して標的細胞に特異的に結合し、効率よく内部化されることが確認された。また、細胞標的化に用いるリガンドならびに内封する抗ガン剤の組み合わせ次第で、固形腫瘍を含む多くの悪性腫瘍の治療に応用できる可能性が示唆された。本研究で開発されたリポソーム系は臨床応用が期待される新たなDDSであり、化学療法が有効な造血器腫瘍に対する細胞標的療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値する。

UTokyo Repositoryリンク