学位論文要旨



No 120332
著者(漢字) 浦野,敦司
著者(英字)
著者(カナ) ウラノ,アツシ
標題(和) 遺伝子欠損マウスを用いた小児急性白血病関連遺伝子の機能解析
標題(洋) Functional analysis of a gene involved in pediatric acute leukemia by gene targeting
報告番号 120332
報告番号 甲20332
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2481号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 百枝,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

染色体相互転座はヒトの様々な悪性腫瘍、特に白血病やリンパ腫において見られる染色体異常であり、切断点に位置する遺伝子はその病態に深く関与する。小児急性白血病や治療性二次性白血病における主な原因の1つに、ヒト染色体11q23に位置するMLL (Mixed Lineage Leukemia)遺伝子での染色体相互転座が挙げられる。MLLは発生期においてホメオボックス(Hox)遺伝子群を正に制御するハエtrithoraxと相同性を有し、MLL遺伝子欠損マウスやMLL転座を伴った白血病においてHoxの発現は変化する。MLLは染色体相互転座により30種類以上の遺伝子と融合遺伝子を形成することにより白血病の発症に関与し、その転座相手遺伝子は白血病の表現型を規定する。AF5q31は小児急性リンパ性白血病においてMLL転座の相手遺伝子として同定された。AF5q31はAF4やLAF4といったMLL転座の他の相手遺伝子や、精神遅滞に関わる遺伝子として同定されたFMR2と相同性を有し、転写活性化ドメインの存在から転写共役因子の可能性が示唆されている。近年、RNA polymerase IIの伸長因子であるP-TEFb (positive transcription elongation factor b)と相互作用することが報告されたが、その詳細な機能について不明な部分が多い。我々はAF5q31が生体内で担う機能の解明を目的として、AF5q31遺伝子欠損マウスを作成した。

[実験方法および結果]

マウスAF5q31は11番染色体に位置し、少なくとも21個のエキソンより構成される。AF5q31遺伝子欠損マウスは、1st ATGを含む第2エキソンおよび第3エキソンをネオマイシン耐性遺伝子で置換し、定法に従い作成した。AF5q31ヘテロマウスの交配によりAF5q31欠損マウスを作成した結果、欠損マウスはメンデルの法則から予想される数の約1/8であった。詳細な解析の結果、AF5q31欠損マウスは約1/2が胎生12.5日までに、残り約3/8が生後24時間以内に死亡することが明らかとなった。胎生10.5日より回収したAF5q31欠損マウスは著しい成長遅滞を示し、マウスの各胎生期より回収したRNAによるノーザンブロットではAF5q31の発現は胎生10.5-12.5日に発現のピークを示す。また生後24時間以内に死亡するAF5q31欠損マウスではミルクスポットが観察されず、呼吸不全を起こす特徴を有した。これらAF5q31欠損マウスの解剖学的解析では、肺において肺胞の拡張不全が確認された。

 2ヶ月以上生存するAF5q31欠損マウスは健康状態および行動において異常は認められない。また骨髄細胞の各コロニー形成能、血球数、さらに各血液成分における異常も認められなかった。また精巣を除く各組織の解剖学的観察においても異常は認められなかった。興味深いことに雌のAF5q31欠損マウスは正常に妊娠するが、雄は不妊を示した。生殖能力テストの結果から、雄のAF5q31欠損マウスの一部にプラグ形成能は確認できたものの、全ての雄において妊娠能力が欠損していた。各組織より回収したRNAを用いてのノーザンブロットから、AF5q31の発現は心臓・肝臓等の広範囲に発現が認められ、特に精巣において強い発現を示した。同様にファミリー遺伝子であるAF4およびLAF4、FMR2の発現を調べた結果、精巣における発現がほとんど見られなかったことから、AF5q31欠損マウスの精巣においてAF5q31の機能はファミリー遺伝子により相補されていないことが示唆された。

 形態学的比較では野生型マウスとAF5q31欠損マウスの生殖器に異常は認められなかった。しかしAF5q31欠損マウスでは野生型マウスと比較して精巣および精巣上体における著しい縮小、精嚢の肥大が認められた。また、血中のテストステロンにおいては統計学的有為差は認められなかった。精巣上体尾部を回収し、定法に従い精子数を測定したところ、AF5q31欠損マウスは野生型の0.1%以下であり、その観察された全ての精子がアポトーシス後の死骸であったことから、AF5q31欠損マウスは無精子症であることが判明した。AF5q31ヘテロマウスに精子数・精子の形態・精子運動能の異常は認められなかった。

 AF5q31欠損マウスの精巣上体尾部を病理学的解析したところ、精子は全く観察されなかった。次に精巣の解析を同様に行ったところ、AF5q31欠損マウスの精細管の形状およびセルトリ細胞、ライディッヒ細胞は野生型のマウスと同様に正常に観察された。しかし精子細胞は少なくともstep 11までは分化するが伸長・凝縮した精子細胞および内腔に放出された精子は観察することが出来なかった。

 AF5q31の発現部位を調べるために精巣の免疫染色を行ったところ、AF5q31は主にセルトリ細胞において発現が認められた。このことからAF5q31はセルトリ細胞と精子細胞との接触を通して、精子細胞の分化を制御していることが予想された。そこで、野生型マウスおよびAF5q31欠損マウスの精巣より回収したRNAを用いてRT-PCR法を行うことにより、精子発生に関与する遺伝子の発現の変化を調べた。遺伝子欠損マウスなどの解析から精子形成に必須とされるCREM、TRF2、ACT、RARα、RXRβといった遺伝子の発現に変化は見られなかった。さらに精子細胞から精子へと分化する際に発現することが知られているTpap、RT7、Hsc70t、Mcs、Pgk2といった遺伝子の発現にも変化は見られなかった。精子細胞から精子へと分化する際には、ヒストンがTP1およびTP2を経てプロタミン (Prm1およびPrm2)に置換されることが知られている。最後にこれらの遺伝子発現を探索したところ、AF5q31欠損マウスにおいてTP1はわずかな減少だったものの、TP2およびPrm1、Prm2は著しくその発現が低下していた。

 AF5q31とP-TEFbの相互作用によるRNA polymerase II制御の関与の可能性を調べるためにマウス胎仔繊維芽細胞を野生型マウスおよびAF5q31欠損マウスから調製し、RNA polymerase IIのリン酸化の変化を特異的リン酸化抗体を用いて調べた。しかし野生型マウスとAF5q31欠損マウスの間に差は認められなかった。そこでAF5q31ファミリー遺伝子による機能的代償の可能性を考え、次に精製したAF5q31およびP-TEFb、RNA polymerase IIのリン酸化されるドメインを用いた再構成系によりin vitro kinase assayを行ったが、AF5q31の存在によるRNA polymerase IIのリン酸化の変化は観察されなかった。以上の結果より、AF5q31は一般的な転写調節機構ではなくセルトリ細胞における組織特異的な遺伝子の制御を通して精子形成を制御している可能性が示唆された。

 AF5q31欠損マウスにおける不妊と無精子症の原因を探るため、TUNEL法により野生型マウスとAF5q31欠損マウスの精巣を比較したところ、AF5q31欠損マウスにおいて約6倍以上の頻度で精子細胞のアポトーシスが引き起こされていることが明らかとなった。以上の結果から、AF5q31は精子形成と生殖細胞の生存に必須であることが明らかとなった。

[考察]

AF5q31およびファミリー遺伝子であるAF4の発現は、発生期および成熟した個体の各組織においても広く発現が確認されていることから、AF5q31欠損マウスが様々な表現型を示していることは、AF5q31の機能がAF4などにより代償されている可能性が否定できない。現在までのところ、胎生期および新生仔におけるAF5q31欠損マウスの死に対して、明確なメカニズムは明らかでなく、今後の課題である。

 セルトリ細胞は生殖細胞との接触により精子形成に関与する。AF5q31欠損マウスは無精子症を呈したが、その発現がセルトリ細胞に観察されることから、間接的に精子形成に関与していると予想されるが、そのメカニズムに関しては不明である。現在までにセルトリ細胞では幾つかの核内レセプターおよび共役因子と精子形成の関与が報告されていることから、これらの因子とAF5q31の関係を調べることも興味深い。

 ヒトの不妊症ではPrm1およびPrm2の発現量比の変化が知られ、またPrm1、Prm2およびTP2はヒトおよびマウスの16番染色体に同方向に連続して存在することが知られている。AF5q31欠損マウスではPrm1、Prm2およびTP2の著しい発現量の低下が観察された。過去の報告から、TP1・2およびPrm1・2は精子形成のstep 7以降に発現が始まり、全転写反応が停止するstep 11まで転写されることが知られている。これらを考えあわせると、AF5q31欠損マウスの不妊症の原因はPrm1、Prm2およびTP2の発現量の低下による可能性が高い。AF5q31がこれら遺伝子群の発現をどのように調節しているかは今後の検討課題であるが、ヒトの不妊症のメカニズムの解明に向けてAF5q31は一つのあらたなアプローチを投げかける可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 小児急性白血病原因遺伝子の1つであるMLL (Mixed Lineage Leukemia)は、染色体相互転座により30種類以上の遺伝子と融合遺伝子を形成し、白血病発症に関与するが、その転座相手遺伝子は白血病の表現系を規定する。AF5q31はファミリー遺伝子のAF4やLAF4と同様にMLLと融合遺伝子を形成し、リンパ性白血病の発症に関与する。本研究はAF5q31遺伝子欠損マウスを作成することにより、生体内におけるAF5q31の機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.21個のエキソンより構成されるマウスAF5q31のうち、1st ATGを含む第2エキソンと第3エキソンをネオマイシン耐性遺伝子で置換し、定法に従ってAF5q31欠損マウスの作成を行った。AF5q31欠損マウス胎仔繊維芽細胞のtotal RNAを用いたRT-PCR法および、精巣を用いた免疫染色法による解析から、AF5q31欠損マウスにおけるAF5q31の欠損が確認された。

2.AF5q31欠損マウスは胎生12.5日目までにその1/2が、また3/8が生後24時間以内に死亡するが、残り1/8は正常に発育した。この生存したAF5q31欠損マウスでは、健康状態および行動の異常は観察されず、骨髄細胞や末梢血を用いた血液学的解析からも、異常は認められなかった。

3.生殖能力テストの結果、オスのAF5q31欠損マウスは一部にプラグ形成が確認されたものの、全ての雄において不妊が確認された。ノーザンブロット法による解析から、AF5q31ファミリー遺伝子中、マウス精巣での発現が確認されたものはAF5q31のみであった。

4.解剖学的解析からAF5q31欠損マウスでは精巣および精巣上体の著しい縮小が観察された。精巣上体尾部内の精子数は、AF5q31欠損マウスでは野生型マウスの0.1 %以下であり、観察された全ての精子がアポトーシス後の残骸であったことから、AF5q31欠損マウスは無精子症であることが確認された。血中のテストステロン濃度測定では、AF5q31欠損マウスと野生型マウスの間に差は認められなかった。

5.病理学的解析において、AF5q31欠損マウスの精巣上体尾部に精子は全く観察されなかった。同様の解析を精巣において行った結果、ライディッヒ細胞およびセルトリ細胞は正常に観察され、step 11までの精子細胞も正常に観察されるが、それ以降の精子細胞および内腔に放出された精子は観察されなかった。

6.免疫染色法を用いた解析において、AF5q31は主にセルトリ細胞において発現が確認された。精子形成に関与する遺伝子の発現をRT-PCR法を用いて探索した結果、精子細胞におけるヒストンのクロマチン変換に必須であるTP2およびPrm1・Prm2に著しい発現の低下が認められた。

7.TUNEL法を用いて野生型マウスおよびAF5q31欠損マウスの精巣を比較したところ、AF5q31欠損マウスにおいて約6倍以上の精子細胞がアポトーシスを引き起こしていることが示された。

 以上、本論文は遺伝子欠損マウスの解析を通して、AF5q31がマウスの発生過程に大きな役割を担っていること、染色体相互転座により生じたMLL-AF5q31融合遺伝子産物はAF5q31に対する優性抑制変異体として機能している可能性が低いこと、AF5q31は精子形成と生殖細胞の生存に必須であることを示すものである。本研究はこれまで未解明の部分が大きかったAF5q31ファミリー遺伝子の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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