学位論文要旨



No 120333
著者(漢字) 沖,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) オキ,トシヒコ
標題(和) マスト細胞の新しい接着機構の解析
標題(洋) A novel mechanism of adhesion of mast cells via the platelet specific,αIIbβ3 integrin
報告番号 120333
報告番号 甲20333
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2482号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

1)序論

 マスト細胞は主にIgEを介したアナフィラキシー等のI型アレルギーや寄生虫感染症におけるエフェクター細胞であるとともに、近年自然免疫、自己免疫疾患、動脈硬化、血管新生、組織修復、移植片に対する反応など、多くの生体反応に関わっている。 マスト細胞はインテグリンを中心とした様々な接着分子を発現しているが、これらの分子は細胞外マトリクス、線維芽細胞、血管内皮細胞との接着を担い、マスト細胞の遊走や局在に関与すると同時に、マスト細胞の機能調節にも大きく関わっている。インテグリンαIIbβ3 (CD41, GP-IIb-IIIa)は、αIIbとβ3のサブユニットからなり、フィブリノーゲン (FB)、von Willebrand Factor (vWF)、ビトロネクチン (VN) 等と結合し、止血・血液凝固に不可欠な分子として働く。興味深いことにそのαサブユニットのαIIbは、発現がほぼ巨核球・血小板に限定されており、巨核球・血小板系の分化においても重要な分子とされてきた。しかしながら最近αIIbが巨核球・血小板系の細胞だけでなく、血液系の前駆細胞のマーカーであること、さらにマスト細胞と巨核球の前駆細胞との関連が深いことが報告されている。このことに注目し、我々はまずマスト細胞でのインテグリン分子の発現を解析し、αIIbβ3が発現していることを見い出した。本研究では、その発現の特性や背景因子について解析するとともに、接着活性とマスト細胞の機能への影響を解析した。

2)方法と結果

1. マスト細胞におけるインテグリンαIIbβ3の発現

 まずマウス骨髄由来マスト細胞(BMMC)におけるインテグリン分子をFACSにて解析した。これまで報告のあったα4、α5、αV、β1、β2、β3に加え、血小板特異的なαIIbが高レベルに発現していた。さらにαIIbの発現はマウス腹腔マスト細胞(PMC)でも確認され、粘膜型及び結合組織型からなるマスト細胞の全てに発現していると考えられた。一方マウスT細胞、B細胞、顆粒球、マクロファージといった細胞では、αIIbの発現は認められなかった。巨核球・血小板以外の細胞では、これまで血液系前駆細胞でのαIIbの発現が報告されているが、骨髄細胞にαIIbの発現は認められるものの、一部の細胞に限られ、そのレベルもマスト細胞と比較して極めて微弱であった。また骨髄からマスト細胞をつくる過程でFcεRI+/c-kit+の細胞群とともに、αIIbを高発現する群が増加した。以上の結果から巨核球・血小板以外でのαIIbの高発現はマスト細胞に限られることが示された。

 次にαIIbの発現について転写因子の面から解析を行った。αIIbの発現は血小板の分化に関わるGATA-1、GATA-2、FOG-1、NF-E2、SCL、Fli-1、Gfi-1b、AML1/RUNX1等の転写因子によって制御されることが報告されているが、我々はRT−PCRによる解析によって、これらの転写因子全てが巨核球だけでなくBMMCにおいても発現していることを確認した。これはマスト細胞と巨核球の分化が非常に近い関係にあり、血小板特異的と考えられて来た蛋白がマスト細胞にも発現することを裏付けている。

2. マスト細胞におけるインテグリンαIIbβ3の接着性

次にマスト細胞におけるインテグリンαIIbβ3の接着性について、インテグリンαIIbβ3のリガンドとして知られるFB、vWF、VN、そしてコントロールとしてマスト細胞では主にインテグリンa5b1のリガンドとしてしられるフィブロネクチン(FN)をコーティングしたプレート上でマスト細胞の接着を解析した。 IgE+特異抗原、monomeric IgE、SCF、トロンビン、Mn2+等の刺激により、全てのリガンドへの接着が認められたが、各種阻害抗体を使用した解析により、FBではほぼ100%αIIbβ3が、VNではほぼ100%αVβ3が、そしてvWFでは双方のインテグリンが同程度に接着に関与することが証明された。一方FNについてはこれまでの報告通り、β1インテグリンの関与が認められた。

3. インテグリンαIIbβ3を介した接着とマスト細胞の機能調節

インテグリンαIIbβ3を介した接着がマスト細胞の機能に与える影響に付いて検討するため、FBをコートしたプレートもしくはチャンバーを使ってマスト細胞の遊走、増殖、生存、サイトカイン産生を調べた。 各種刺激存在下で無処理プレート上のマスト細胞のものと比較した結果、SCFによるマスト細胞の遊走や増殖が増強されること、SCF及びトロンビン等の刺激によって産生されるIL-6量が増加することが観察された。同時にこの増強効果が抗インテグリンαIIbβ3抗体により、完全に阻害されることを確認した。

3)考察

 今回我々は、血小板特異的なインテグリンであるαIIbβ3が、マスト細胞に高発現すること、またαIIbβ3の高発現は巨核球・血小板以外ではマスト細胞に限られることを初めて見い出し、機能解析をおこなった。αIIbの発現は諸説あるものの巨核球系の分化を司る転写因子によって制御されることが知られている。これまで報告されている転写因子についてRT-PCRで解析を行った結果、その全てが巨核球およびマスト細胞に発現しており、αIIbのマスト細胞での発現が説明可能であると考えられた。

 次に機能解析によって、マスト細胞上のαIIbβ3はFB、vWFに対する接着分子として働くことを証明した。なお興味深いことにマスト細胞上でのαVβ3はVN、vWFへの接着を担うことが観察され、共通のリガンドを持つとされるαIIbβ3とαVβ3がリガンドに応じて使いわけされていることを示された。マスト細胞がαIIbβ3、αVβ3の双方を発現する特異な細胞であること、同じリガンド特異性を持つとはいえ特定のリガンドに対するaffinityの差がαIIbβ3とαVβ3との間で存在することが理由として挙げられる。

 最後にインテグリンを介した接着はT細胞、B細胞、マクロファージ等の免疫担当細胞の機能調節の上で重要であり、マスト細胞においてもインテグリンα5β1とFNがサイトカイン分泌、生存を増強することや、遊走におけるインテグリンα4β1、α5β1、α4β7の関与が報告されてきた。興味深いことにαIIbβ3とFBの接着は、SCFによって引き起こされるマスト細胞の遊走や増殖を増強すること、そしてSCF及びトロンビン等の刺激によって引き起こされるIL-6分泌を増強することが観察された。一般にSCFによるマスト細胞の遊走・増殖は、寄生虫感染などの炎症に加え、動脈硬化部位へのマスト細胞の集積に重要とされている。一方でFNやその分解産物であるフィブリンはこうした炎症巣や動脈硬化巣に豊富に存在しさらにFBは炎症細胞の炎症巣への浸潤に関与することが報告されている。こうした状況を加味すると、炎症等の病変部位へのマスト細胞の遊走、集積及びそこでのサイトカイン分泌等のマスト細胞機能にインテグリンαIIbβ3とFBの接着が関与することが考えられる。

4. まとめと今後の展望

 本研究は血小板特異的とされてきたインテグリンαIIbβ3がマスト細胞に発現していることを証明した最初の報告であるとともに、その分子が接着分子として機能を持ち、マスト細胞の関与する反応を制御する分子であることを示した点で、生物学的にも臨床的にも意義深いと考えられた。マスト細胞のインテグリンαIIbβ3とFBのinteractionがもつ生理学的な意味合いは、本質的にはinvivoのシステムでの解析を待たねばならないが、我々の観察結果はその重要性を示唆しており、今後は遺伝子改変マウスやマスト細胞欠損マウスを利用した解析が望まれる。またこれらの結果はマスト細胞の関わる疾病におけるインテグリンαIIbβ3の関与を示すものであり、近年血栓治療を目的としてインテグリンαIIbβ3の機能を押さえる薬剤が開発されていることを考えると、マスト細胞が関与する疾患の治療・予防にこうした薬剤が有効である可能性も秘めている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、これまで血小板特異的と考えられてきたインテグリンαIIbβ3が、マスト細胞に高発現することをはじめて見出し、その接着性およびマスト細胞の機能に対する影響について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.マウス骨髄由来マスト細胞(BMMC)におけるインテグリン分子のFACS解析にてこれまで報告のあったα4、α5、αV、β1、β2、β3に加え、血小板特異的なインテグリンαIIb鎖が高レベルに発現していることが示された。またインテグリンαIIbの発現はマウス腹腔マスト細胞(PMC)でも確認され、粘膜型及び結合組織型からなるマスト細胞の全てに発現していることが示された。一方マウスT細胞、B細胞、顆粒球、マクロファージといった細胞では、インテグリンαIIbの発現は認められず、また骨髄からマスト細胞をつくる過程でFcεRI+/c-kit+の細胞群とともに、インテグリンαIIbを高発現する群が増加した。以上の結果から巨核球・血小板以外でのインテグリンαIIbの高発現はマスト細胞に限られることが示された。さらに、インテグリンαIIbの発現制御に関与するGATA-1、GATA-2、FOG-1、NF-E2、SCL、Fli-1、Gfi-1b、AML1/RUNX1等の巨核球・血小板の分化にかかわる転写因子の発現もRT-PCRによりBMMCに発現していることが認められ、マスト細胞と巨核球の分化が非常に近い関係にあることが示された。

2.マスト細胞におけるインテグリンαIIbβ3の接着性について、インテグリンαIIbβ3のリガンドとして知られるFB、vWF、VN、そしてコントロールとしてマスト細胞では主にインテグリンα5β1のリガンドとしてしられるフィブロネクチン(FN)をコーティングしたプレート上でマスト細胞の接着を解析したところ、IgE+特異抗原、monomeric IgE、SCF、トロンビン、Mn2+等の刺激により、全てのリガンドへのマスト細胞の接着が認められた。さらに各種阻害抗体を使用した解析により、FBではほぼ100%インテグリンαIIbβ3が、VNではほぼ100%インテグリンαVβ3が、そしてvWFでは双方のインテグリンが同程度に接着に関与することが示された。このことから、マスト細胞上のインテグリンαIIbβ3はFB、vWFをリガンドとした接着分子として機能することが証明された。

3.インテグリンαIIbβ3を介した接着がマスト細胞の機能に与える影響について、FBをコートしたプレートもしくはチャンバーを使ってマスト細胞の遊走、増殖、生存、サイトカイン産生を解析した。その結果SCFによるマスト細胞の遊走や増殖が増強すること、SCF及びトロンビン等の刺激によって産生されるIL-6量が増加することが示された。同時にこの増強効果が抗インテグリンαIIbβ3抗体により、完全に阻害されることが確認された。

以上本論文はマスト細胞において、これまで血小板特異的に発現しているとされてきたインテグリンαIIbβ3が高レベルに発現しており、接着分子として機能することを明らかにし、さらにこのインテグリンを解した接着により、マスト細胞機能が増強されることを示したものである。本研究はこれまで血小板のみに発現し、止血・血液凝固に関する機能のみが注目されてきた接着分子が、マスト細胞上で接着分子として機能を持ち、マスト細胞の関与する反応を制御することを示した点で、生物学的にも臨床的にも意義深いと考えられた。この結果はアレルギー反応等マスト細胞の関与する疾患のメカニズムの解明だけでなく、その予防・治療法開発の面でも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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